第2347話 退魔師 X

 柏木さんの術後の経過は順調だった。

 腹腔内の体液を抜くドレーンの排せつも問題なく、三日後には外すことが出来た。

 やはり並大抵の体力ではない。


 しばらくして普通の食事が摂れるようになり、俺は柏木さんをオークラの「山里」へお誘いした。

 最初は遠慮なさっていたのだが、俺が無理にお連れした。


 「このような高級なお店は初めてです」

 「どうぞ遠慮なさらずに」

 「はい、ありがとうございます」


 退魔の仕事であちこちへ出掛けるが、移動は大抵一番安い夜行バス。

 宿泊も主にカプセルホテルを利用するということだった。

 当然食事も安い場所だ。

 柏木さんはあらゆる方面で節制を心がけておられた。

 「山里」での食事は、そういう柏木さんを喜ばせた。


 「先生、こんなに美味しいものは初めてです」

 「そうですか、それは良かった」

 

 食材を吟味し、繊細な調理を施した料理だ。

 料理の内容は柏木さんの身体に負担の入らないように俺が指示した。

 だが、そんな心配もいらないように見えるほど、柏木さんは健啖だった。

 やはり質素な食事がお好きなようで、胡麻豆腐や土鍋炊きのキノコご飯などを特に美味しいと仰っていた。

 見舞客の無い柏木さんの係累についてお聞きしようと思った。


 「柏木さんはご結婚は?」

 「はい、このような仕事なもので、とても誰かと一緒に暮らせるものではありませんから」


 収入の話ではない。

 退魔の仕事は家庭の中にも当然入り込んで来るのだろう。

 普通の人間では耐えられるものではないことは、想像出来た。

 今度は俺が聞かれた。


 「石神先生はご家族は?」

 「あー」


 俺は山中の子どもたちを引き取ったこと。

 それから数人の女性と関係を持っていることを正直に話した。


 「結婚はしていないのですけどね」

 「そうですか、石神先生らしいですね」

 「どういう意味でしょうか?」


 二人で笑った。


 「いえ、世間とは違うというだけで。石神先生の愛情は様々な女性たちを惹き付けるでしょう」

 「まあ、自分でもどうかと思わないこともないんですけどね」


 俺は柏木さんには安心して正直に語ることが出来た。

 現代的な「正しさ」ではないもので、柏木さんは物事を見ている。

 退魔師をしている方だ、通常の「正しさ」などは何の意味も無い。


 「学生時代に結婚を約束した女がいましてね。亡くなってしまってから、結婚をする気が無くて」

 「そうなのですか」

 「でも、今じゃ何人もの女性と付き合って子どもも四人います」

 「え、もっと多いのでは?」

 「?」


 一瞬分からなかった。


 「あー! 妖魔と大ヘビの子がぁ!」

 「それは?」


 俺が仲間の妖魔のタヌ吉と、御堂の実家のオロチとのことを話し、柏木さんも驚かれた。


 「石神先生は凄まじいですな」

 「アハハハハハハ!」

 

 納得してくれただろうか。

 器はでかいが、それにしてもなー。


 「妖魔との間に子が生まれる話は、昔からあります」

 「そうですよね!」

 「実際に知ったのは初めてですが」

 「ワハハハハハハハハ!」


 そりゃなー。


 「会います?」

 「いえ、結構です」


 そりゃなー。


 俺は野薔薇の話をし、大阪で六花の妹の風花を護ってくれているのだと話した。


 「そうなのですか。石神先生は妖魔とも御縁が深いのですね」

 「自分ではよく分かりませんけどね。ああ、「大黒丸」とか何体か妖魔の「王」も仲間になってくれましたよ」

 「そ、それは!」


 柏木さんが驚かれ、その時個室のドアが開いた。

 次の料理が運ばれたかと思ってみると、野薔薇が立っていた。


 「お父さまー!」

 「よう! 来たのかよ!」

 「はい! わたくしのお話をなさっていましたので!」

 「そうか、おう、座れよ!」

 「はいー!」


 俺は野薔薇の料理を頼んだ。

 急な人間で申し訳ないが、普通のランチをどんどん持って来てもらう。


 「野薔薇です。こちらは柏木天宗さんだ」


 野薔薇が頭を下げ、柏木さんをジッと見ていた。


 「随分と綺麗な魂ですね」

 「美味しそうか!」

 「はい!」


 野薔薇が笑い、柏木さんが苦笑した。


 「柏木天宗です。どうぞお見知りおきを」

 「こちらこそ。お父様を何度も御救い頂きありがとうございました」

 

 野薔薇には見えるようだ。


 「いいえ、私など。他にいろいろな方々が力を尽くしていましたから」

 「あら、遠慮深い方ですね!」

 

 野薔薇が嬉しそうに笑い、運ばれて来た料理を食べ始めた。

 俺は野薔薇の料理は最後までどんどん持って来るように言い、野薔薇はデザートの抹茶アイスまで食べた。


 「ではお父様、今日はこれで」

 「おう。お前いつでも会いたくなったら来いよな」

 「!」

 「遠慮するんじゃねぇ。お前は俺の大事な娘なんだからよ」

 「はい!」


 野薔薇が顔を輝かせて部屋を出て行った。


 「すいませんでした、突然に」

 「い、いいえ」


 柏木さんが少し汗をかいていた。


 「あの、きつかったです?」

 「ま、まあ、少し。あれほど強力な者は滅多にいませんから」

 「そうですか」

 「大分力を抑えてくれていたのは分かります。それでも、凄まじい」

 「あはははは」


 すみません。


 「あの、先ほど「大黒丸」とおっしゃっていましたが」

 「はい、ああ、俺は「クロピョン」って呼んでますけどね」

 「名付けをなさったのですか!」

 「ええ。一度喧嘩しましてね。舎弟にしました」

 「!」


 柏木さんの顔が青くなる。


 「あ、この話はもう辞めましょう!」

 「お願いします」


 その後は他愛無い話をし、食事を終えた。

 病院へ戻ると、柏木さんが少し熱を出した。

 俺のせいかなー。


 「すみませんでした。少し疲れさせてしまったようで」

 「いいえ、とんでもない。本当に美味しいお食事でした。身体がびっくりしたんですよ」

 「アハハハハハハ!」


 本当に良い方だ。

 夕方には柏木さんの熱も下がり、俺は長い入院生活になるので、一江を紹介した。


 「俺の右腕の一江です。俺がいない場合には何でも一江に仰って下さい」

 「はい、ありがとうございます」

 

 一江が自己紹介し、怪談話が大好きなので、いつか聞かせて欲しいと言った。


 「バカ!」

 「いいじゃないですか!」

 

 柏木さんが笑った。


 「いいですよ。私もヒマですし。どうぞいつでもいらしてください」

 「ほんとですか!」

 

 一江の頭を引っぱたいた。


 「お前は顔面の退魔でもしてもらえ!」

 「なんですよ!」

 

 柏木さんがまた笑った。


 「あの、一江さんのご先祖も退魔に関わっておられましたね?」

 「「!」」


 俺たちは驚いた。

 江戸時代の虎之介と妖子のことが分かるのか。


 「御子孫だからでしょう。妖魔と関わる因子をお持ちだ」

 「分かるんですか!」

 「ええ。石神先生との御縁も、恐らくそのことと関りが」

 「部長! 私たち運命だったんですね!」

 「呪いか!」

 「違いますよ!」


 まあ、柏木さんは一江とも仲良くして下さるように安心した。

 一江の先祖のことはあまり見られたくないのだが。

 何より、柏木さんは順調だった。


 そして俺は、今後の柏木さんとの関係を考え始めていた。

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