第2232話 《ハイヴ》襲撃 Ⅲ

 御堂の実家で一泊し、昼食を頂いてから出発した。

 柳は数日、御堂の実家にいる。

 響子と六花も同様に昼食後に出るはずなので、大体同じ時刻に別荘に着くだろう。

 そう思っていると、六花から電話が着て、これから出るということだった。


 「タカトラー!」


 響子が電話を替わった。


 「おう、楽しかったか!」

 「うん! でも早くタカトラに会いたい!」

 「俺もだ!」


 隣でスマホを俺の耳に充てている亜紀ちゃんが笑った。

 

 「竹流君がね、カッコ良くなってた!」

 「お前! 浮気したのかぁ!」

 「してないよ!」


 後ろで子どもたちも笑った。

 宴会の中で、「暁園」の子どもたちも来て、竹流がギター演奏をしたようだ。

 それが良かったらしい。


 「タカトラのね、『響子』を弾いてくれたの」

 「やっぱり浮気じゃねぇか!」

 「違うよ!」


 響子が否定しながらも喜んでいるのが分かる。

 俺が嫉妬していることが嬉しいのだ。


 「でもカッコ良かったなー」

 「あいつ! ぶちのめしてやる!」

 「やめてよ!」


 まあ、響子も分かっている。

 会話を楽しんでいるだけだ。

 運転中なので、電話を切った。


 「響子ちゃん、元気そうですね」

 「ああ。あいつ、本当に丈夫になって来たなぁ」

 「結構、食べるようになりましたよね」

 「ああ」


 レイのお陰だ。





 別荘に着き、子どもたちは荷物を降ろしながら掃除を始める。

 俺はロボ当番だ。

 ロボと一緒に別荘を見歩き、異常がないことを確認した。


 「ロボ、ゴキブリいないな?」

 

 なんか口に黒いものを咥えていたが、すぐになくなった。


 「おう、いないな!」

 「にゃ!」


 3時を過ぎた頃に、響子と六花、吹雪が到着した。

 みんなで荷物を降ろすのを手伝う。

 響子を抱き締め、六花と吹雪も抱き締めた。


 「竹流の匂いがすんな」

 「しないよ!」


 響子は淡いグリーンのワンピースを着ていた。

 木々に映えて非常に美しかった。

 そういう「女」になりつつある。

 六花は鋲を散りばめたデニムに、生成りのシャツを着ている。

 黒のタンクトップが透けて見えて色っぽい。


 「お前も竹流の匂いがちょっとすんな」

 「たまにはショタも」

 「吹雪もすんな」

 「BLですね」


 中へ入ってお茶にする。

 六花が持って来たイチゴ大福をみんなで食べた。


 「やっぱ栃木は違うな!」

 「はい!」


 同じだった。


 お茶を終えて亜紀ちゃんと買い物に出た。

 響子と六花と吹雪は少し寝る。

 スーパーで店長さんが「石神家専用駐車場」で待っていてくれた。

 いつものことなので、外で長い時間を待たせないように、いつ着くのかを事前に連絡するようになった。


 「石神様! 亜紀様!」


 店長さんが嬉しそうに挨拶して来た。


 「またお世話になりますね」

 「いいえ、こちらこそ! どうぞ中へ!」


 駐車場から中へ入って驚いた。

 中学生の合奏団と合唱団が待っていた。

 指揮者が演奏を始める。

 もちろん、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』だ。

 亜紀ちゃんが大興奮で喜んだ。


 「タカさん! スゴイですよ!」


 わざわざ用意したのか。

 店員たちも俺たちを向いて頭を下げている。


 「店長さん、やり過ぎですよ」

 「ワハハハハハハハ!」


 店長さんも、俺たちが驚いているので嬉しそうだった。


 「友人が、中学の音楽の教師をしていましてね。頼んだら喜んでやってくれました」

 「またそんな」

 「石神様が毎回お立ち寄り下さる店だと知って、全国からお客様がいらっしゃるようになりました」

 「え?」

 「私が、港区の大病院の有名な外科医の方、と言っておりましたが」

 「はぁ」


 俺の名前は出さないように頼んでいたのだが。


 「その情報で、皆様石神様だとお分かりになったようで。もう大盛況で御座います」

 「そうなんですか……」


 「例えば、先日は和田商事の方々がいらして下さって」

 「え!」


 明彦の会社だ。


 「なんでも、この近くに会社の保養所を建てられたそうで。社員の方々がいらっしゃる度にうちを利用して下さいまして」

 「あいつらー」

 「もちろん、石神様の別荘の御住所などは話しておりません」

 「おねがいしまーす」


 仕方ねぇ。

 店長さんは他にも幾つかの団体の名前を挙げていた。

 そのうちに、軽井沢のような保養地として有名になりそうだ。

 亜紀ちゃんと買い物を済ませて、早々に帰った。






 

 「タカさん、今晩からいよいよですね」

 「ああ」


 帰りの車内で亜紀ちゃんが行った。

 日本時間で、今晩の夜中から虎白さんたちが、ブラジルの《ハイヴ》を攻撃する。

 これまで生体研究所の攻略はあったが、本格的な《ハイヴ》の攻略は初めてだ。

 それを虎白さんたちに任せた。

 作戦としても、考え得る限りのサポートはしている。

 通常の施設であれば、デュールゲリエと《ヨルムンガンド》の爆撃で十二分のはずだ。

 周辺を防衛しているライカンスロープや妖魔は、虎白さんたちの敵ではないだろう。

 妖魔を練り込んだ防壁は、俺たちが開発した「シャンゴ」によって破壊出来るはずだった。

 「シャンゴ」は「ヴォイド機関」に似た特別なエネルギーにより、「桜花」と同等の破壊力を持っている爆弾だった。

 周囲1キロを2億度のプラズマがうねり狂う。

 同時に「オロチストライク」の波動を発し、妖魔の堅固な防壁ごと破壊して行く。

 「シャンゴ」とは、アフリカのヨルバ族に伝わる雷と嵐の神の名だ。


 だが、《ハイヴ》には未知の状況があると俺は考えていた。


 《ハイヴ》という存在は、ロシアに潜入したアメリカの諜報員が最初に掴んだ。

 「ローテス・ラント」もその情報を掴み、徐々にその内容が明らかになって行った。

 《ハイヴ》では、特殊なライカンスロープの研究と改造、そしてジェヴォーダンとバイオノイドの育成が行なわれている。

 但し、その規模は大きく、それだけに高度な研究開発もなされているようだった。


 生体研究所では、俺たちを待ち構えての罠はこれまでもあった。

 しかし、《ハイヴ》にはもっと本格的な存在がいる。

 恐ろしく強い敵だ。

 

 《ハイヴ》攻略には、「虎」の軍の強力な部隊が出動する。

 それを撃滅する用意が敵にはあることが予想された。

 だからのんびりとした攻撃では無く、最初から高火力で短時間に破壊する作戦を取った。

 出来れば、強力な奴も一緒に殲滅したかった。

 《ハイヴ》の構造や機能の情報も得たかったが、俺は危険だと考えた。

 今回の第一回目の攻略は、一気呵成に行く。


 それに、虎白さんたちは戦闘の達人だ。

 死を恐れてはいないが、無意味に全滅はしない。

 「見切り戦」はするが、それも場合によってだ。

 今回のような、俺たちが様々な観測要員を備えている状況では、無理なことはしないで戻ってくれるだろう。

 

 それが可能であれば、だが。

 だから念のために聖にも頼んだ。

 聖たちは、石神家の救出に専念してもらう。

 聖ならば、戦況によって柔軟な行動をしてくれるはずだった。


 「虎」の軍で、最も戦場に慣れている二つの組織に俺は委ねた。

 場合によっては、もちろん俺も行く。

 





 俺はハマーを運転しながら、作戦の無事を祈っていた。

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