第2226話 挿話: 金愚 Ⅲ

 とんでもない方が来た。

 なんだ、あの方は。

 全身が真っ赤な炎の柱に包まれている。

 あんな方は見たことが無いぞ。

 全ての上に君臨する方だ。

 わしなどが会っていいものかと思った。

 でも、とんでもなく優しい方だと分かった。

 わしなどに手を伸ばしてくれ、そっと優しく撫でてくれた。

 あまりにもいい匂いで、舐めずにはいられなかった。

 忠誠を誓いたくて仕方がなかった。

 嬉しかった。


 前から時々見ていた、飼い主よりも若い男は、肩に恐ろしいものを乗せている。

 最初から逆らう気は無かった。

 なんで、あんなの乗せてんの?

 

 とんでもない方がわしをどこかへ連れて行った。

 石神さんとおっしゃるらしい。

 もちろん、大人しく従った。

 しばらくすると、大きな家に着いた。

 臭いから、若い男の家だと分かる。

 若い男は早乙女さんだと分かった。

 どうしてここに連れて来られたのかは分からんが、わしにはどうしようもない。

 石神さんのなさることなので、逆らうつもりもない。


 石神さんがわしを降ろしてリードをつなげた。

 散歩だろうか?

 すぐに、こちらも前に会っている、早乙女さんの家族が来た。

 知っている臭いなので、俺も普通にしていた。

 優しい人間たちなのはよく知っている。

 そして、早乙女さんの連れの女も、肩に恐ろしい奴がいる。

 幼い娘の肩にも。

 なんでだろう?


 ただ、一番小さな者はもっと恐ろしい。

 こいつの肩には他の人間のような恐ろしい奴はいない。

 でも、もっとずっと恐ろしいのが一番小さな者だ。

 前に一度だけ会ったが、今はあの時よりも意識が随分とはっきりしている。

 石神さんには少し劣るが、相当な者だ。

 多分、わしが万一気に食わないことをすれば、一瞬で殺される。


 頭の中に響いて来た。


 《お前、美獣の主と私の家族に何かしたら承知しないからな》

 (それは、もちろんでございます!)

 《私はクルス。美獣の主をお助けするためにこの世に来た。忘れるな》

 (はい! けっして!)


 クルス様が少し微笑まれた。


 《まあ、よい。あまり脅えるな。短い間だろうが歓迎しよう》

 (あ、ありがとうございます!)


 驚いた。

 美獣とは石神さんのことだろう。

 私が脅えていることに、石神さんが気付かれた。

 優しく撫でられ「大丈夫だぞ」と言われ、嬉しかった。

 クルス様は短い間とおっしゃった。

 ならば、わしもここで大人しくしていよう。

 優しい人間たちであることは分かっている。

 

 石神さんに撫でられて少しホッとしていると、後から小さなネズミが来た。

 また頭の中に響いた。


 《おい、お前、俺がちっちゃいからって舐めたら承知しないぞ!》

 (え?)

 《今、俺のことをちっちゃいって思っただろう!》

 (はい、申し訳ありません)


 ネズミと思ったがとんでもないことに気付いた。

 どういうことかは分からないが、石神さんの臭いがする!


 《俺はな、石神様に御血を頂いた者だ! だからお前など一瞬で消せるんだからな!》

 (はい! 申し訳ございません!)


 本当にそのことが分かった。


 《まあ分かればいい。しばらくお前もここで暮らすようだからな。まあ、よろしくな!》

 (はい! よろしくお願いします!)


 その後で、アレらが来た。

 全然見たこともないものだったので、どう表現していいか分からない。

 チビらないようにするのが精一杯だった。

 チビったりなどしたら、きっとここにいる誰かに殺される。

 本当でそう思った。

 アレらは無いわー。


 わし、結構強かったんですけど。

 向かう所敵なしの大横綱でしたんですけど。

 すっかり自信が無くなった。

 なんなの、ここ。

 





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 早乙女の家で金愚を飼い始め、1週間が経過した。

 金愚は大食いなので、俺が梅田精肉店に頼んで、二日おきに10キロの肉を配達してもらった。

 雪野さんが買い物に行くのは大変だ。


 最初のうちは俺も気になって様子を聞いていたが、万事順調なようで、金愚は大人しく、徐々に家にも慣れたようだ。

 毎日夜に早乙女が散歩に連れて行き、雪野さんも一緒に歩いた。

 そのうちに、昼間は雪野さんが金愚を散歩に連れ出すようになった。

 夜に帰ると、時々金愚を散歩に連れ出している早乙女と会った。


 「金愚ぅー!」


 俺が手を振って呼ぶと、金愚が嬉しそうに全力で走って来る。

 毎回早乙女が引っ張られて転ぶので面白かった。


 土曜日に、ロボと散歩していて、金愚を連れた雪野さんと会った。

 ロボは後ろの方で仲間のノラネコとなんかしていた。

 俺は雪野さんを見掛けたので、先に歩いて行って声を掛けた。


 「石神さん!」

 「おはようございます。金愚の散歩ですか」

 「ええ、カワイイんですよ!」

 「そうですか」


 俺はしゃがんで金愚の頭を撫で、顔をいじってやった。

 金愚が喜んで尾を振っている。

 すぐに腹を見せるので、腹も撫でてやる。


 「あら、やっぱり石神さんは特別ですのね」

 「いやぁ、本当にカワイイ犬ですね」

 「ウフフフフ」


 ロボが後ろから駆けて来た。


 「ロボ、金愚だ」


 ロボが金愚を見詰めた。

 金愚が気絶した。


 「金愚!」

 「ああ、ロボはダメかぁ」

 「あの、石神さん!」

 「ロボ、起こしてやってくれ」

 「にゃ」


 俺は雪野さんの前に立って、見えないようにした。


 プス


 金愚が目を覚ました。

 ロボを見て脅えていた。


 「じゃあ、すぐに離れますね。ロボ、行こう!」

 「にゃ」


 ロボは雪野さんの脚にまとわりついてから、俺と一緒に離れた。

 





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 早乙女さんたちの家は快適だった。

 早乙女さんも雪野さんも本当に優しい。

 エサは毎日でかくて美味い肉をくれる。

 住処はいつも清潔にしてくれる。

 それに頭や身体を撫でてくれる。

 一緒に遊んでくれる。

 散歩だって毎日楽しい。

 怜花ちゃんも優しいし楽しいし、よく一緒に遊ぶ。

 クルスさんはちょっとおっかないけど、それでも雪野さんと一緒にわしを撫でてくれる。

 「柱」の方々も、見掛けると優しい波動をくれるので、ちょっと怖くなくなってきた。

 ハムさんも、時々遊びに来てくれる。

 みなさんの肩にいる方はおっかないけど、別に怖がらせるようなことはしないでくれる。

 夜中にハムさんと一緒に来ることも多い。

 ランさんたちも優しい。

 俺は慣れて来ると、みなさんが優しく、ここが結構居心地がいい場所だと思えるようになってきた。



 しかし…… 

 


 早乙女さんたちの肩のお方もクルスさんも「柱」さんたちもとんでもねぇ怖さだったけど、ありゃ、いったいナンダ?

 あんなモノがこの世にいるなんて……

 一瞬たりとも、逆らう気なんて起きなかった。

 もう死ぬだけだと思った。

 だから気絶した。


 ネコだとチラっとでも思った自分が許せない。

 遠目で臭いもネコに似ていたのだが。


 あれはとんでもねぇ。

 クルスさんだって、あれには到底及ばない。

 「柱」の方々のずっと上だ。

 

 よく、雪野さんはあれに普通にしてられるもんだ。

 よっぽど器がでかいのか。

 石神さんは分かる。

 あの方は、とんでもねぇ。


 ショックで死んだかと思った。

 でも生きてるぞー。

 それに、なんか気持ちいいそー。

 なんなんだ? 

 ちょっと、あのネコの方を脅えなくなった。

 何かされたんだろう。

 クルスさんたちのように、何か話しかけられたわけではないが。


 でも、やっぱおっかねぇー。

 わし、早く帰りたい。

 なんでとんでもねぇ方々ばっかなの?

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