第474話 プリンを食べたか
月曜日。
院長に呼ばれた。
「石神、入ります!」
院長が、何とも言えない顔をしてデスクに座っていた。
俺なんかに礼を言うのが恥ずかしいのだ。
院長のお兄さんの絵だ。
「石神、昨日は」
「いいですって! あれは双子がやったことですから」
「いや、お前に頼まれたと」
「言ったのはそうですけど、あの絵を描いたのはルーとハーです」
「そうか。ありがとうな」
院長は笑顔でそう言った。
「じゃあ、幾らにしましょうかねぇ」
「お前! 金を取るのかぁ!」
「当たり前でしょう」
「きさま!」
「別に、お返しいただいてもいいですよ?」
「ふざけるな!」
「アハハハハ!」
俺は笑って部屋を出た。
まあ、あれくらいがいい。
俺は一江の報告を聞いた。
「週末はありがとうございました。楽しかったですね」
「おう! またやろうな」
俺は翌日に来た千両のこと、そして蓮花の施設の進捗を話した。
「イーヴァの中枢はまだだけどな。外観は概ね出来上がったぞ」
「そうですか。とんでもないものが出来ますね」
「ところで部長」
「あんだよ」
「今週末は鷹と出掛けるんですよね」
「ああ、別荘に二泊だ」
「シッポリしてきてください」
俺は立ち去ろうとする一江の腕を掴んだ。
「お前、亜紀ちゃんに何を渡した?」
「い、いや別に」
「俺に隠し事かぁ? しかも俺の大事な娘のことでぇ!」
「ヒィッ!」
一江が洗いざらい吐いた。
こいつは週に一度は俺の家に来る。
皇紀たちと打ち合わせをしたり、作業をしている。
俺にいちいち挨拶はするなと言ってあるので、知らないうちに来て帰ることも多い。
俺がいない時に、家で飯を喰ったようだ。
それは構わない。
その時に、亜紀ちゃんにエロい本を渡したらしい。
「亜紀ちゃんが興味ありそうでしたのでぇ! うちにあったフランス書院の本を貸しましたぁ! イタイイタイイタイ!」
俺は一江の肘の関節を放した。
「お前なぁ。まあいいけどな」
「すいませんでしたぁ!」
「いや、いいよ。これからも頼むな」
「へ?」
別にエロ本ごときはどうでもいい。
ただ、それ以外のことで俺に隠すなと言った。
分かりましたと一江が言った。
顕さんの部屋へ行った。
「タカトラー」
響子もいた。
ジグソーパズルに夢中で取り組んでいる。
最近は、セグウェイの巡回の途中で、顕さんの部屋でまったりするのが日課になったようだ。
「顕さん。突然こんなことをお聞きするのは失礼なんですが」
「なんだよ?」
「顕さんは別にお金に困ったりしてないですよね?」
「えぇ! 大丈夫だよ。石神くんには迷惑はかけないから。入院費もちゃんと払ってるよ」
俺は笑って、そうではないのだと言った。
井上さんの話を少しした。
建築関係ならば仕事を回せるので、何かあったら言って欲しいと。
「そうだったのか。こっちは大丈夫だよ。使う宛もない貯金もあるしな」
それは奈津江のためのものだったのだろう。
俺はなるべく顕さんは「花岡」に関わらせたくなかった。
少し雑談をした。
「ねータカトラ」
響子が割り込んでくる。
「なんだ?」
「今日のランチはプリンはつくかなー?」
「どうだったかな。六花に聞いてみろよ」
「いいよ! ねぇ、タカトラはプリンがつくと思う?」
俺は笑った。
プリンをねだっているらしい。
「もしもついてなかったら、おやつに俺が買ってやろう」
「ほんとー!」
顕さんも笑っている。
俺は顕さんに、響子には何も与えないでくれと言ってある。
顕さんのことだ。
響子が可愛くて、いろいろ食べさせてしまうだろう。
響子と一緒に、病室へ戻った。
そろそろ昼食だ。
六花が受け取りに行った。
プリンはなかった。
俺は六花に頼んで、響子が寝たらプリンを買っておいてくれと言った。
六花は笑顔で頷いた。
午後にオペが入っており、8時までかかった。
俺は関わった全員に吉兆の弁当を振る舞う。
鷹もいる。
片付けて、俺はベンツで鷹を送った。
「ちょっと上がって行って下さい」
俺はベンツをマンションの駐車場へ停めた。
鷹がコーヒーを淹れてくれる。
「あれでは足りないですよね? 何か作りましょうか?」
「いや、いいよ。家に夕飯の残りもあるだろうしな」
「分かりました」
「先週の「乙女会議」は楽しかったですね」
「ああ、面白かったよなぁ」
「みんな裸になっちゃって。あんな飲み会は初めてです」
「アハハハ」
楽しく話し、俺は帰った。
「週末はよろしくお願いします」
「ああ、そっちこそ楽しみだよな!」
下まで送ると言う鷹を止め、玄関でキスをして別れた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
帰ろうと思ったが、気が変わって羽田空港へ向かった。
缶コーヒーを二つ買って、展望デッキへ上がった。
少し涼しくなった。
美しい夜景を眺める。
俺は右手を伸ばし、口を開けていない缶のそばに置いていた。
「なあ、新婚旅行はどこへ行きたかった?」
誰もいない空間で、俺は囁いた。
「どこでも連れてってやったのになぁ」
しばらく、俺は一方的に話した。
「ああ、忘れてた。響子はちゃんとプリンを食べられたかな。楽しみにしてたからなぁ」
響子が笑顔でプリンを頬張る姿を想像し、俺も嬉しくなった。
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