第471話 挿話: ジェイ
ジェイコブはニューヨークの黒人スラムで生まれた。
幼い頃から身体が大きく、喧嘩沙汰では年上にも負けなかった。
もちろん、自分よりも強い連中はいる。
しかし、成長と共に、そういう連中も少なくなった。
ガンを持っていない相手は、ジェイコブの敵ではなかった。
父親は雑貨店を営んでいた。
近所の悪ガキに売り物を盗られ、悪戯され悩んでいたが、ジェイコブが成長し悪ガキをまとめるようになると、次第に荒らされなくなった。
ジェイコブは仲間が集める金で好き放題に暮らすようになった。
女をはべらし、いい車を転がした。
しかし、「いい店」には入れなかった。
黒人は黒人の店か、安くて誰でも入れる店しか利用できなかった。
自分を「ジェイ」と名乗るようになった。
「俺にはジェイコブという名前がある。でも、世の中では俺のほんの一部しか認められない。いいだろう。俺は「J」だ。それでいい」
ある時、カール・ブラシアのことを知る。
アメリカ海軍史上初の、黒人の「マスターダイバー」となった男だ。
牧師の黒人から教わった。
感動した。
いつか自分もみんなに認めてもらいたかった。
働こうと思った。
しかし、自分は喧嘩しかできない。
15歳のジェイは傭兵になった。
父親と母親が泣いた。
一年の訓練を受け、戦場に出た。
何度も死に掛けたが、身体が大きく身体能力の高いジェイは、いつしか将来を期待される人間になった。
それが嬉しかった。
ある日、二人の傭兵の噂を聞く。
とんでもない新人がいるらしい。
ニカラグアでのゲリラ組織を支援し、正規軍を潰す勢いだという。
当時ニカラグアは、最も厳しい戦場だった。
ソ連がバックにつき、アメリカは表立って行動できなかった。
陸続きの中米の国の共産化に、アメリカ政府は脅威を抱いていた。
しかし、ソ連と正面からの敵対はできない。
米軍ではない、非正規の戦闘組織が必要だった。
政府は国内の有名な傭兵組織に依頼した。
反共産主義のゲリラ組織の支援と軍事教練だ。
しかし、実際の主な任務はLRP(Long Range Patrol:長距離哨戒部隊)だ。
十人前後の分隊規模で適地深くまで侵入し、敵兵を平らげていかなければならない。
非常に危険できつい任務だった。
実際にはたった5人のチームだと聞いた。
信じられない人数だ。
精鋭なのだろうが、そのうちの二人の新人が特に凄まじいらしい。
「最初は二人で50人を皆殺しだってよ」
「しかも一人はガンを使わねぇ。アンブッシュでナイフ片手に小隊に突っ込んだって」
「もう一人は支援の狙撃らしいが、こいつがまた凄腕なんだってなぁ」
さらに、その二人の噂をよく聞くようになった。
「一人は「Satan's Kid」だって。魔王の息子かよ、やばいな」
「もう一人は「Saint」って呼ばれてるらしい。魔王と聖人かよ」
「二人とも、まだ18歳のガキらしいぞ?」
「こないだガンシップを落したってよ! それもM16でだぜ!」
「5人で400人をいっぺんにやったって」
「ベースを一つ落としたってさ! バケモノだぜ、あいつら!」
「スペツナズが全滅だってさ」
誰もが戦慄した。
自分よりも年下だ。
ジェイは信じられなかった。
しかし、ソースが部隊長だったことを知り、それが真実であることを理解した。
正規軍がゲリラ狩りを必死にやっている過酷な戦場だ。
そこでたった5人で生き延びていること自体が、尋常なことではなかった。
ジェイはその二人に会いたくなった。
優秀だと言われる自分が、足元にも及ばない戦歴だった。
部隊長に、自分も派遣できないかを聞いた。
「ああ、魔王の息子とセイントか。無理だな」
「どうしてですか?」
「あそこはチャップの部隊が仕切っている。しかもチャップ自身が率いるチームだ。俺たちの出番はない」
伝説の傭兵隊長の名が出た。
部隊長が神のごとく尊敬する人物だった。
それで詳しい状況が伝わって来たのだろう。
しばらくして、二人の噂を聞かなくなった。
引退したらしいと聞いた。
ジェイは、傭兵稼業に興味を失いつつあった。
ジェイはその後、自身をもっと高めるために、正規軍に志願し、やがて海兵隊の一員となった。
特に近接戦闘での格闘術では、次第に精鋭となっていった。
グアムでの休暇。
突然現れた「Tiger」と呼ばれる大柄の日本人。
仲間のマリーンたちが、面白い奴だと言って連れて来た。
そいつはマリーンの仲間を圧倒する強さを見せた。
ジェイが呼ばれた。
鉄のターナー大佐の命令だった。
タイガーは、「掴む奴は三流」と言った。
意味がわからない。
ジェイの前にタイガーの腕が一本、自分の胸の前に出された。
次の瞬間、ジェイは地面に転がされていた。
何が起きたか分からない。
「掴めば相手は構える。だから掴まずに倒せ」
そんなことを言っていた。
分からないが、確かにタイガーは無敵だった。
その強さと舞うように美しい戦い方に惚れ込んだ。
銃器の腕が披露された。
様々なガンで、すべて的に命中させるばかりか、センターに集弾していた。
信じられない腕前だ。
ターナー大佐が感動していた。
そんな大佐は初めて見た。
その後の飲み会でタイガーと話した。
汚い英語だったが、教養があることを感じた。
そして楽しい奴だった。
一時、自分と同様に傭兵をしていたことがあるらしい。
ますます親近感を抱いた。
猿のような小男を自分の恋人だと言っていた。
変わった奴だと思った。
あれだけの顔の良さなら、さぞかし女にモテるだろうに。
忘れられない男だった。
十数年後。
ジェイは中尉になっていた。
ヨコスカの海軍基地で海軍との共同作戦の打ち合わせがあった。
少将となったターナーに連れられ、ベースでの打ち合わせに同席した。
「海軍の飯はまずい。外で喰おう」
少将に言われ、美味いと聞いたバーガーショップへ行った。
タイガーがいた。
奇跡のように美しい女と一緒だった。
ジェイは嬉しくなり、呼びかけて久しぶりの挨拶代わりに上段蹴りをぶつけた。
タイガーは笑って受け止める。
突然、隣の美しい女に襲われた。
目玉を抉られる寸前、タイガーが止めてくれた。
《Tiger Lady》
そんな言葉が浮かんで口から出た。
タイガーが何事か女に話し、女が大層喜んだ。
タイガーの口から、信じがたい話を聞いた。
ターナー少将から、裏をとるよう命じられた。
タイガーの言った通りの状況を掴んだ。
得体の知れない
その後、タイガーに呼ばれ、シンジュクのパークで、化け物同士の戦闘を見た。
奴らは銃弾を無効化し、タイガーとその仲間はウィアードな能力で敵を「消滅」させた。
事前にタイガーから言われ、超高速カメラを使った。
そうでなければ、多くの戦闘が掻き消えていただろう。
もはや、人間の闘いではなかった。
ターナー少将と共にビデオを見て、ジェイは戦慄した。
少将はタイガーに多大な友情と尊敬を抱いていた。
ジェイも同じだったが、少将には「立場」がある。
タイガーのことは伏せ、その敵「カルマ」の脅威を進言することとなった。
タイガーを知られないように編集された「資料」が上層部、そしてペンタゴンと米国家安全保障局「NSA」に渡った。
特殊兵装研究部隊「ヴァーミリオン」が設立された。
人間を超えた敵に対抗するため、様々な戦略と共に、人道的措置を一切外された強化兵士の研究が始まった。
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