第48話 『白い巨塔』(田宮二郎版)
金曜日。毎週金曜日の6時から、全員で映画鑑賞をすることになっている。既に10本以上の作品を鑑賞した。
子どもたちも毎週楽しみにしてくれる。
映画を観て、俺がその解説をするという形だ。
地下の音響ルームに集合した子どもたちは、それぞれに好きな飲み物を手にして待っていた。
俺が機械をセットすると、亜紀ちゃんが「どうぞ」とよく冷えたジンジャーエールを俺の前に置いてくれた。
「こないだ、亜紀ちゃんと深夜に話し込んでな。その時に出た話題に則した作品を今日は観てもらう」
俺が宣言すると、子どもたちは拍手をする。
「これは山崎豊子という作家の原作の映画化だ。山崎豊子は、社会問題を次々に小説化した人で、非常に有名だな。特にこの『白い巨塔』は映画化され、ドラマ化され、大ヒットを飛ばした。最近もリメイクが放映されたな。まあ、だけど、今日観る映画の方が断然に良いのだぁ!」
再び拍手。子どもたちも大分ノリが良くなってきた。
「ルー、ハー、ちょっと難しいかもしれないけど、最後まで観てくれな」
俺は双子をそれぞれ「ルー」「ハー」と呼ぶようになった。
皇紀がそう呼んでいたためだ。
「「はい!」」
「何と言っても、主役がいい。また脇役もこぞっていい。これほどの名画は、もう作れないだろうなぁ」
子どもたちは、もう待ち切れない、という顔でいる。
「それじゃあ、始めるぞ」
白黒作品だが、子どもたちにそれほどの違和感はないようだった。
「タカさんが前に言ってた、「財前教授の総回診です!」ってやつだったんですね!」
皇紀が大興奮で言う。
「そうだよ、カッチョよかっただろ?」
「はい、最高でした!」
ルーとハーも良かったと言う。
主役を演じた田宮二郎は、本当に神懸り的な名演だった。子どもたちの心の中にも、少なからず影響を残してくれたなら嬉しい。
「主役の財前は、悪い奴だっただろう?」
「そうですね。でも、一方でものすごく魅力的に思いました」
子どもらしからぬ意見を亜紀ちゃんが言う。
「そうなんだよ。実は悪い人間というのは、途轍もない魅力があるんだ。なぜか分かるか?」
「うーん」
みんな考え込んでしまう。
「じゃあ、ハー。反対につまらない人間って、どういう奴だ?」
「うーん、あ、おとなしい人!」
「その通りだ!」
俺はハーの頭をむしゃむしゃする。
やめてぇー、と喜ぶ。
女が「イヤン」と言う時は、その反対で「もっとやれ」という意味だ。
「つまり、何もしない人間が、つまらない奴、ということなんだ。これでどうかな、皇紀」
「分かりました。悪人は何か目的があって、そのためにいろいろとやるから魅力があるんですね!」
「そういうことだな。財前はどうしたって教授になりたかった。そのために、ずい分と汚いこともするわけだけど、それが面白いわけだよ。ああ、財前の義理の父親がいただろ?」
「産婦人科の医者ですね」
皇紀はよく覚えている。
「うん。それで、財前が選挙で行き詰っていると「なんぼや! なんぼ必要なんや!」って言ってただろ? いいよなぁ、ああいう、どストレートな人間は」
みんなが爆笑する。
「悪いことだって、分かってるんだよ。でも、何か、どうしても成し遂げたいから、必要なことは全部やる。本当にいい男だよなぁ」
「それじゃあ、亜紀ちゃん。こないだの「何もしないとダメ」ということで、今回の映画で掴んだかな?」
「はい。里見教授ですね」
「正解だ。あの里見というクソヤローは」
みんながまた爆笑する。
「言っていることは全部正論だ。絶対的に明確なことがまだ言えないと言って、何もしない。あんなのなぁ、うちの病院にいたら、俺がぶちのめしてる」
また爆笑。
「もしも俺が病気になったら、絶対に財前に頼むよ。里見なんて、待ってるうちに死んじゃうからな」
「あたしもー」
とルーとハーが言う。
「いや、お前たちは病気にならないでくれ」
「「アハハハハ!」」
「要するに、悪いことでも良いことでも全部やって、財前は教授になった。だからあの「総回診です!」というのが、光り輝いて見えるわけだな」
ルーとハーが、自分もやりたいと言う。
「じゃあ、医者になれ。話はそこからだ。何もやらずに、あれが出来るわけじゃねぇんだぞ。一杯勉強して大学病院の医者になれば出来る」
子どもたちが次々「なる」と、そう言った。
「でも、タカさんは子どもの頃にやったんですよね?」
皇紀がつっこむ。
「おまえ、明日の朝食はナシ」
「ええぇー、なんで!」
双子が笑った。
片づけをし、みんなが部屋に戻ったところで、階段で亜紀ちゃんが待っていた。
「今日はありがとうございました。本当にこないだのお話がよく分かりました」
「それはなにより」
俺は部屋の照明を消し、亜紀ちゃんと階段を上がる。
一階の廊下で立ち止まり
「こないだお話を聞いて、『白い巨塔』を読んだんです」
「そうだったのか」
「映画の続きがありますよね」
「うん」
「最後は財前は里見に感謝して死んでいく。それがどうも引っかかってます」
「それはな、山崎豊子の「良い」と考える結末なんだよ。でもな、現実は違う。少なくとも、俺の哲学ではないな」
「なるほど」
「今日の映画監督は山本薩夫という人だ。有名な監督で、今日の作品のような、社会派と言われるジャンルをよく撮った人なんだな」
亜紀ちゃんは、またメモを取りに行きたいと言ったが、短い話だからと俺は止めた。
「他の映画も機会があれば観せるけど、あの監督は「巨悪」を糾弾したいんだよ。だけど不思議なことに、監督が悪く描けば描くほど、非常に魅力的な人物になっていく」
「アハハハ」
「人間って、だから面白いんだよなぁ。本人が望んだ、やろうとした通りにならずに、正反対の結果になることもある。まあ、それでいいんだよな」
「よく分かりました。いつもいろんな映画を教えてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして。あんまり遅くならないうちに寝ろよな」
「はーい!」
亜紀ちゃんは笑顔で自分の部屋に帰っていった。
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