第6話 石神家 Ⅱ

「じゃあ、まずは一階からな。この応接室はもういいな」

 子どもたちには興味もないだろう。


 「ああ、うちに来る人間で一番多いのは一之瀬さんという家事手伝いの方、それと「便利屋」だ。今度紹介するけど、頼りにすることが多くてよく付き合ってる」

 「何を頼んでいるんでしょうか」

 亜紀ちゃんが聞いてきた。

 「一之瀬さんは、主に部屋の掃除だな。それと、時々食事なんかも頼んでる」

 「便利屋さんというのは?」

 「うーん、「なんでも」かなぁ。ちょっとした家の修理とか、買い物なんかを頼むこともある。車の洗車やバッテリーの充電なんかが多いかな。ちょっと顔は気持ち悪いけど悪い奴じゃないから、仲良くしてやってくれ」


 「分かりました」


 あんまり分からないだろうけど、実際に付き合っていけばすぐに大丈夫だろう。

 大分変わった奴だが。



 応接室を出て、次の部屋を案内する。

 「一階は他には書庫と倉庫的なものかな。あとはトレーニング・ルームがある。シャワー室もあるから」


 俺は最初にウッドデッキのバルコニーを軽く見せ、両開きのドアの前までみんなを案内した。

 「ここが書庫だ。使い方を覚えてからだけど、ここの本はみんな好きに読んでいいからな」

 扉を開くと、幅70センチ間隔で天井までの本棚が並ぶ部屋になっている。その通路に沿って、高さ3メートルの天井に等間隔で照明がついている。

 入り口近くには直径2メートルほどの年輪を露わにした巨木を天板にしたテーブルがある。

 そこでちょっとした確認ができるように、デスクスタンドが備えられている。

 テーブルにはパソコンがあるが、これで書籍管理をしようとしているものだ。


 「図書館みたい…」


 亜紀ちゃんがため息と共にそう漏らした。

 「亜紀ちゃんは本が好きなのかな?」

 ハッと俺の方に向き直り、亜紀ちゃんは応えた。

 「はい、結構好きです。学校でもいつも図書館で本を借りていました」

 「そうか。まあ図書館に通うのはいいけど、ここの本も好きに読んでいいんだからな。一応だけど、俺なりに分類はしてあるつもりだ。でも俺に聞いてくれれば幾らでも案内するよ」

 「はい、宜しくお願いします。でも、難しそうな本が多いですよね」

 「この辺りは俺が一番使う医学書なんかが多いからな。でも文学も多いし、哲学や歴史も多い。多岐に渡っているから、きっと好きな本があると思うよ」


 「ああ、みんな聞いてくれ。俺は自分が読書家だからというわけでもないんだけど、みんなには読書をしてもらうからな。これは強制だ。とにかく読め。分かる必要なんかまったく無い。とにかく本を読むということをやってくれ」

 「あの、ここには何冊くらいの本があるんでしょうか」

 皇紀がおずおずと尋ねてきた。


 「ざっと10万冊かな。皇紀は小学5年生か。何かこれまで読んで良かった本ってあるか?」

 「お父さんからこれを是非読めと言われて、『襲撃のメロディ』というSFを読みました。あれははまって、何度も繰り返し読んでいます。それ以外にも読んだのはSFが圧倒的に多いと思います」

 俺は嬉しかった。

 山中との思い出がある本だった。


 「瑠璃と玻璃は小学二年生だったな。これまで何か読んだことはあるか?」


 「『星の王子さま』!」

 「『星の王子さま』はないんだよ。サン・テグジュペリは『夜間飛行』と『人間の土地』はあったな」

 「ないんだー」

 玻璃がちょっと不満そうに口にした。

 寂しそうと言った方がいいかもしれない。


 「ここはな、完全に俺の好みと思い込みで集めているからだ。玻璃は好きなのかもしれないけど、俺はそうじゃない。だからここには無いということだ。玻璃は自分の好きなように本を集めていいんだから、是非『星の王子さま』を買って手元に置けばいいんだよ」

 「『星の王子さま』はね、お母さんが読んでくれたの」

 瑠璃が説明してくれた。


 「それだ! それこそが大事なことなんだ。自分の大事な思い出と繋がっているというのは、最高に大事なことなんだ。俺にもそういう思い出があれば、『星の王子さま』は一番大事な場所に大切に保管しているだろう。でも俺はそうじゃなかったというだけで、瑠璃も玻璃もその本を大事にするといい」


 二人は嬉しそうに手をつないで喜んだ。

 「おし! じゃあ、次にいくぞ」


 俺はトレーニング・ルームに案内した。


 「ここはジムで揃えているような器械がある。使ってもらっていいんだけど、ちょっと安全のための説明をしてからだな。だからしばらくここには出入りしないでくれ」

 トレーニング・マシンが幾つもある。奥にはサンドバッグまであるし、いずれも本格的なものだ。しかし使い方を知らないと怪我をする可能性もあるから、一旦禁止にする。

 俺たちは地下へ向かった。

 「地下まであるんだ…」

 咲子さんが降る階段を見て呟いた。

 子どもたちは徐々にワクワクしている。

 ちょっとした探検気分なんだろう。


 「地下は音響ルームなんですよ。大音量を出してもいいように、地下に設置したんです」

 軽く説明しておいて、ドアを二度潜った。防音のためだ。


 最後の分厚い扉を開いて、照明をつける。

 ダウンライトだけを点したが、実際にはもっと明るくもできる。

 でもこのくらいが雰囲気があっていいだろう。映画館の雰囲気だ。


 「俺は映画も好きだからな。あと音楽鑑賞もな。だから大画面と大型スピーカーを備えたこんな部屋を作ったんだ」

 100インチの大型テレビはキャスターのついた専用台に乗っている。

 移動ができるということだが、それはプロジェクターによって8メートル幅の巨大スクリーンでの鑑賞ができるようになっているためだ。

 スピーカーの種類なんか説明しても誰も分からないだろうから割愛する。

 だけど、パラゴンのどでかい音響や、アヴァンギャルドなどの奇抜なデザインのスピーカーなどは、その迫力だけで驚いていたようだ。

 また壁の一角にはグランドピアノやギター、サックスにヴァイオリンなど楽器が置いてある。

 俺が使えるのはギターだけだけど、時折できる奴が来るから置いているのだ。


 地下の映像室の隣には、映像ソフト、CD・LPなどの保管ルームがある。

 ここも結構広いスペースに棚がずっと並んでいる。

 

 次に二階に案内する。

 広い階段があるのだが、実はエレベーターがある。

 だけど二人も乗れば一杯になるので、みんなで階段を使う。

 「エレベーターがあるよ、お姉ちゃん」

 皇紀は大分興味があったようだが。


 「言っておくけど、エレベーターは俺がいない時には絶対に使用禁止な。俺がいても、なるべく階段を使え。子どもの頃から楽を覚えてはいかん」


 二階に行く途中で西日が丁度差してきた。

 いいタイミングだ。

 俺は一旦、三階へ行く階段に案内した。

 「みんな、振り返って壁を見てくれ」


 階段途中に50センチほどの長方形のガラスが埋め込んである。ここを建築する際に、棟梁が俺に断って埋めてくれたのだ。


 「旦那はロマンティストですからねぇ。きっと気に入ってもらえますよ」


 その当時、棟梁はそう言っただけで、何の説明もしてくれなかった。

 俺は短い間の中で棟梁を心底信頼していたので、提案をそのまま承諾したのだ。

 家を引き渡されてしばらくは忘れてしまっていたが、ある日夕方に差し掛かる時にこの階段を使って感動した。


 「はぁ、綺麗…」

 咲子さんが真っ先に言った。

 子どもたちもしばし見とれてくれたようだ。


 壁にはプリズムの役割を果たすガラスが、反対側の壁に見事な1メートルほどの幅で七色の帯を描いていた。


 なんだ、ロマンティストは棟梁の方だろう。

 俺は最初にこれを見た時に大感動して、すぐさま棟梁に電話して驚きと感謝と礼をまくしたてた。

 「喜んでもらえて、何よりです」

 棟梁はそれだけ言って電話を切った。


 二階は食事スペース兼リヴィング。

 そして広いキッチンと俺の洋服の部屋がメインになっている。

 リヴィングは40畳ほどもあり、ある程度の人数が使えるようになっている。

 キッチンの側に9メートルの大テーブルが置かれていた。


 「なんじゃ、こりゃ」

 皇紀が言った。

 山中家で見た居間は、キッチンとは分離していたが家族六人が座るテーブルと椅子、あとはテレビの前にソファがあったが、それは全員が座れる大きさではなかった。

 恐らく何人かは食事テーブルに座りながら、テレビなどを観ていたのだろう。


 実は俺は食事に関しては美学を持っている。

 だからキッチンには世界中の料理全集まで揃えてある。

 もちろん各種スパイスや調味料、調理器具も自慢のものがある。

 冷蔵庫は業務用にも転用できるガゲナウの大型冷蔵庫と、日立のものが並んでいる。

 若干運転音が大きいので、わざわざ壁をふかして、防音素材で後ろと両脇を囲むように設置した。

 熱がこもらないように、送風設備まで付けたのだ。


 リヴィングには、隣接して3畳ほどのサンルームがある。

 サンルームには幅1メートルほどのデスクと大き目の椅子。デスクには40インチのPCのモニターとキーボードが乗っている。

 ここは主に夜間の俺の作業所だ。床以外全面ガラスのこの部屋は、灯りを弱めると星空が見え、実に心地よい。


 さて、風呂だ。俺は風呂が大好きだ。

 だから贅沢にしつらえてある。


 JAXONのジェット&バブル機能のついた巨大なバスタブに、棟梁に頼んで入浴しながら映像や音楽が楽しめるような特別仕様のバスルームが完成した。

 まあ、この広さなら俺と子どもたちが一度に余裕で入れるだろう。

 豪華な施設であることは分かっても、浴室の巨大なガラスは、見てもよく分からないようだった。

 だから俺は脱衣所に設置した制御盤を使って、映像を流して見せた。


 「え、お風呂でテレビが観れるの!?」

 「えぇーすごい!」

 双子が大興奮だった。


 さて、三階だ。また階段をみんなで昇る。

 三階は主に寝室になっている。

 俺が使っている主寝室は20畳ほどの広さで、10畳ほどのバルコニーがついている。

 両開きのガラスの扉を開くとバルコニーに出られるようになっている。

 書斎も兼用していて、基本的に休日に一日中いるのは、実はこの部屋だったりする。


 だから巨大なカッシーナのデスクにチェア。ソファ・セット。

 周囲のほとんどは書棚だが、他に金庫がある。

 金庫は小さな部屋になっていて、見えない造りだ。

 主寝室には、東の一面の壁だけ何も置いていない。

 そこには十字架を模したガラスが埋め込んであり、朝日が当たると綺麗な光を中に通してくれるようになっている。

 棟梁にそういう造りを相談して、恐らく階段の仕掛けもそこで思いついてくれたのだろう。

 この十字架は俺の尊敬する建築家・安藤忠雄の有名な教会建築の模倣だ。


 主寝室の他には、寝室として5部屋ある。

 子どもたちそれぞれに部屋を与えてもいいのだが、亜紀ちゃんと事前に相談して双子は当座同じ部屋とした。

 亜紀ちゃんと皇紀は12畳。双子の部屋は15畳ある。

 俺が割り当てた寝室を順に回って、みんな感動してくれたようだ。


 今日のところは、こんな感じでいいだろう。

 夕飯まで各自部屋で荷物の整理ということにした。

 実際には子どもにはまだ見せられないものもあったが、おいおい見せていこう。

 山中の家では、「自分の部屋」が無かった。

 夫婦の寝室と子どもたちの部屋の二つ。

 各自の部屋を与えられたのは嬉しいだろう。






 俺は嬉しそうに部屋で笑っている双子の声を聴きながら、夕食の準備を始めた。

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