第3話 受け入れ準備

 葬儀の翌日は、弁護士に連絡をしたり、子どもたちを引き取るにあたって必要な家具や雑貨を思いつく限り手配した。

 休日の部下たちにも協力を仰いだが、これはなかなかに大変な作業だった。


 突然の俺の決意で、部下たちに反対された。

 「部長! 無茶ですよ。部長は多忙もいいとこじゃないですか!」

 電話で俺の右腕の副部長である一江がそう言った。

 院長の蓼科文学にも報告すると、同様なことを言われる。


 「お前のような人間が、子育てなどできるわけないだろう!」


 全員の反対を押し切った。

 無理を言って、部下の何人か、そして大学時代からの友人である花岡さんに家に来てもらった。

 一江も文句を言いながらも来てくれた。


 「一江、もう決まったことだ。グダグダ言うな」

 「部長! お金はある人ですけど、愛が無いじゃないですか!」

 「お前! 言っていいことと悪いことがあるだろう!」

 「私たちみたいに殴ってたら、子どもの性格ひねくれますよ!」

 「俺はいつも優しくしてるだろう」

 「前に便器に顔突っ込まれましたけど!」

 「アハハハハハ!」

 「……」


 酷いことをする奴がいるもんだ。

 どうでもいいことだが、うちの病院は普通の会社のように「部長」という役職がある。

 第一外科部長というのが現在の俺の肩書きだ。

 実際にはもう20個ほどもあるが、理事以外には病院外の肩書きだからあまり使う機会もない。


 「石神くん、ダニエルの担当者が午後に来てくれるって」

 

 家具の手配を頼んでいるのは、薬剤部の花岡さんだ。

 薄い茶髪の長いストレートの女性で、170センチを超える高身長と整った顔立ちはスーパーモデルと周囲から評されている。

 胸が大きい。

 すごい。

 病院内でもファンは多い。

 大学時代からの友人であり、何度か彼女の自宅に行ったことがある。

 実家が裕福だろうことはすぐに分かるが、部屋の落ち着いた家具のセンスに感心した覚えがある。

 だから彼女に頼んだ。


 ダニエルというのは、横浜に本店を置く高級家具メーカーだ。

 俺が勤める病院の近くに支店ができてから、結構利用している。

 欧風の気品のある風合いが気に入っているのだ。

 この家を建てた時は別の調度品を入れているが、今回は子どもたち用に、ダニエルを使うつもりだった。

 「石神くんの家ってすごいよね。一体何億円使ったの?」

 

 「どうでもいいでしょう」

 俺は苦笑いで応えた。

 俺の寝室兼書斎の家具はもっと凄い。

 地下の音響装置なども見せたことはないが、この家と同じくらい金を使っている。


 「玄関の下駄箱なんかはスチールですけど、なんかカッコイイですよね」

 第一外科部の部下・斎藤が花岡さんに言った。

 斎藤はまだ医者になって間もない二十代の男だ。

 「あれはUSMという、世界的に有名なスイス製の高級家具なのね」

 花岡さんはよく知っている。


 「食器なんかは必要ないでしょうね。もう山ほどありますから」

 ベテランの部下の大森が食器棚をいくつか確認してそう言った。

 彼女は斎藤と同じ大阪大学医学部卒で、斎藤の先輩に当たる。

 

 「でも大森先生、今度来るのは小学生と中学生の子どもたちでしょう。石神くんの家のウェッジウッドとかクリストフルなんかでいいのかしら」

 

 「そういえばそうですね。部長はどう思います?」

 「そうだな。まあ、ちょっと子ども用に買い足すか。大森、三越の外商に連絡して、適当に見繕ってもらってくれ」

 「分かりました!」

 「ああ、あまりきちんと揃える必要はないぞ。子どもたちが来たら一緒に買い物に行って、好きなものを選ばせてもやりたいからな」

 「おーけーです」


 大森は165センチほどの身長で、大分太い。

 体重は90キロ程度か。

 柔道部だったそうで、左右に揺れるような歩き方のせいもあって、迫力がある。

 一江の親友でもある。


 医者としての能力はすこぶる優秀で、斎藤の教育係を任命したのは彼女を信頼しているためだ。

 外商の件も、問題なく説明してくれるだろう。


 「ところで部長、腹が減りませんか?」

 斎藤が遠慮なく言ってきたので、一江が頭を引っぱたいた。

 俺はニコリと笑う。

 俺の隣で外商と電話している大森の顔が、若干青くなった。


 「そうだな。鰻でもとるか?」

 「いいっすねぇ!」


 大森の顔が更に青くなる。

 目線で斎藤に何か訴えていた。


 「花岡さんも鰻でいいかな」

 「ええ、お願いします」

 

 電話をしていた大森が後ろ向きのまま、震える指でOKサインをしてきた。

 電話が終わったら注文するということだ。

 やはり大森は優秀だ。


 「ああ、俺と斎藤は二重天井にしてくれ」


 注文を終えた大森が、スマホの画面をいじくりだした斎藤の耳を持って、どこかへ連れ去った。

 バスン、バスンと音が聞こえる。

 斎藤が俺の前に来た。


 「調子に乗ってすみません」

 

 俺が獰猛に笑うと、斎藤の顔が引き攣った。





 斎藤には主に荷物の移動をやらせた。

 うちは13LDKという一人暮らしでは考えられない広い家だが、その分俺の様々な大量の物品で、ややもすると手狭になりかけている。


 一番多いのは書籍だ。ここに引っ越す際に引越し業者が面白半分に数えてくれたら、8万冊もあったらしい。その後もどんどん買い漁っているので、今では10万冊を超えている。


 その他に映画も好きなので、DVDやブルーレイなどのソフトが1万ほど、音楽CDとレコードが合わせて5万ほど。クラシックが多いが、ジャズも数千はあるだろう。

 また服も多い。

 服の専用の部屋があり、玄関のUSMの特注シューボックスには、200足の靴が収められている。

 

 さらに美術品も数多くある。リャドとブラマンクの絵画を中心に、平野遼やその他の日本の画家。

 またエミール・ガレなどのアールヌーボーの作家たちの作品や、マイセンの人形も結構ある。

 菊池契月などの日本画や、山岡鉄舟の書画もある。

 ある程度は整理して置いているつもりだが、何しろ一人暮らしで好き勝手に配置していたのだから、これから子どもたちと暮らすにあたって大移動は必至だった。

 ちょっとは隠さなければならないものもあったりする。


 

 

 早く四人を呼んでやりたい。もうちょっと待っていてくれ。








 亜紀ちゃんの泣き顔と笑顔がちらつく。

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