凡人たちのセッション(2)

 放課後、予定通り合流して学校を後にした僕たちは、一度我が家までギターを取りに帰ったのち、三人で肩を並べて目的地へと向かっていた。


 圭一の叔父の家は玖賀野駅から歩いて五分程度の場所に位置するらしく、聞いた通り我が家から見ると近場だった。


「ところで」と、石川がその道中で口を開く。


「御堂くんってすごく頭良いけど、何か良い勉強方法とかあったりする?」


 不意打ちだったようで圭一は少しだけ目を丸くした。


「突然どうしたんだい?」


「いやあ、あと一ヶ月もしたら中間テストがやってきちゃうからさ。うちの高校って中間でも赤点取ったら補習があるでしょ? バンド活動に集中したいから、今回はなるべく回避したいんだよね」


 完全に、毎回赤点を取っている人間の台詞だった。


「そういえば石川って成績はどれぐらいなんだ?」


 僕は肩にかけたギグケースの背負い紐の位置をずらしながら問う。


「学年順位で下から数えてどれくらい?」


「なにその失礼な質問」


 口を尖らせながらも両手の指を折り始めた。十本で数えられるほどの順位なのだろうか。


「僕はべつに頭が良いわけじゃないよ」と、圭一が苦笑しながら口を開く。


「学校の勉強や試験なんて要領良く出来るかどうかだからね。要点だけを覚えておく、それだけだよ」


 圭一は昔から、誰になんと褒められようと、評価されようと、必ず謙遜する。本人曰く『謙遜じゃなくて事実』らしいが。


「そんな簡単に言われちゃうとなあ……」


 石川は項垂れながら声を漏らした。


「さすが天才って言われるだけのことはあるね」


「え、誰がそんなこと言ってたの?」


「篠宮くんがこの前言ってたよ。勉強だけじゃなくて運動も芸術も、なんでもできる天才だって」


 彼女の言葉を聞いた圭一は不服そうに眉をひそめた。薄くなったその目で鋭く僕を捉える。


「まーた修志くんはそんなこと言ってたんだ」


「いや、だって本当のことだろ?」


 若干気圧され気味に答える。


「僕は天才なんかじゃないよ。ただの凡人で、自分にできることを、できる範囲で、やっているだけさ」


 それは優秀な人間の台詞だな、と頭を過ぎったが口に出すのはやめておいた。圭一にとってはそれもまた厭わしい言葉になるだろう。


「御堂くんカッコいいこと言うねえ」


 そんな僕の考えを余所に、石川は無邪気に笑う。一切悪意を添えていない語気だったゆえか、圭一も言葉を返すことが出来ず、ため息を一つ吐くだけだった。


 そのまま圭一の案内に従って歩を進めていると、町を縦断するように伸びる河川沿いの小道へと出た。歩きながらなんとなしに右手に広がる水流を覗く。約二〇メートル幅の空間には、ギリギリ水底が見える程度に濁った水が緩やかに流れていた。その川面には空から注がれた陽光が揺らめきながら浮かんでいる。


「さ、着いた。ここだよ」と、視界の反対側から圭一の声が聞こえた。応じて首を回した直後、僕はその壮観さに思わず小さく嘆声を漏らした。


 圭一が指差した場所にあったのは、純和風という言葉が相応しい、石塀に囲まれた豪壮な構えの日本家屋だった。圭一に促されて門をくぐると、玄関まで続く趣のある石畳に迎えられた。左右には来客をもてなすように種々の緑が整然と連なっている。車道から少し離れていることもあり、塀の内は非常に閑静な佇まいだ。


「すごい立派な家だね」と、石川がはしゃぎ声を上げる。


「御堂くんの叔父さんってお金持ちなの?」


「どうなんだろう、詳しくは聞いたことないなあ。まあ、この家は元はお祖父ちゃん夫婦のものだったみたいだよ。今はもう二人とも亡くなって叔父さん夫婦が住んでいるんだ」


「へえ、ちなみに叔父さんはなんの仕事をしてるの?」


「職業で言うと個人投資家かな」


「ほー、なるほど、個人投資家かあ」


「お前絶対分かってないだろ」と、僕は口を挟み、改めて家屋敷全体を眺めた。


 昔ながらのただ古いだけの建造物というわけではなく、至る所まで手入れがなされているように感じる。足を乗せた石畳にはひび割れやシミなどは無く、辺りに落ち葉などのゴミも一切落ちていない。両脇に生える樹木の枝葉は繁茂し過ぎず、剪伐し過ぎず、端然とした輪郭を保っている。家屋の壁面の汚れや瓦の割れなどもまったく見受けられない。まるで格式高い老舗旅館のような雰囲気を漂わせる秀美な一軒だ。


「ここにこんな立派な家があるなんて知らなかったな」


「まあ、この川沿いの道ってあまり通る機会も無いだろうからね」


「たしかにな。近所だけど全然――」


 玄関の少し手前、右手に続いていた木立が途切れ、庭の全景が露わになった瞬間に僕は言葉を失った。庭園と呼べるほどに佳麗な草木と透き通った池で作り上げられた空間の、そのど真ん中に、一〇〇人中一〇〇人が間違いなく場違いだと言うであろうコンテナが置かれている。日本情緒溢れる緑の中に存在する鉄の塊は、まるで江戸時代にやってきたタイムマシンのような様相だった。


「もしかして……あれ?」


 呆然としたまま、僕は問う。


「うん、そうだよ」


 圭一は涼やかに笑った。

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