神谷神奈と不思議な世界

彼方

小学生編

1章 神谷神奈と親子の願い

第1話 輪廻転生という名のプロローグ


 眩しい太陽光が青年へ容赦なく降り注ぐ。

 長い赤信号を待つ間、じわじわと熱に蝕まれていく。

 朝の七時三十分。大学に通学する途中でのこと。

 ふと今までの人生を青年は振り返る。


 山の中で自然エネルギーを感じ取ろうとしたり、ひたすら滝に打たれながら瞑想してみたりなどの修行をしてきた。そんなことをしていた理由といえば魔法を習得するためだ。青年が子供の頃に見たアニメで魔法を使うものがあり、自分も使ってみたいと思ったのである。


 今年で二十一歳になるが青年は未だに魔法が使えない。

 知ったのは内に眠る力などではなく、魔法などないという常識だった。


「見てみてー魔法少女ミラクルンのステッキ! かわいいでしょ!」


「すごーい! これで魔法が使えるんだ!」


 青年の目の前にいる女子小学生が安そうな玩具の杖を持って、嬉しそうにそんな話をしていた。近いうちに魔法などこの世に存在しないという常識を思い知るだろう。


(あれは確か、魔法少女ミラクルンのステッキシリーズ第二十一弾か。だが残念、それは個人的な趣味で買いはしたけど、魔法を使うことはできなかったぞ)


 しかしまだ青年は魔法の存在を発見することを諦めていない。今でも体の中に謎のエネルギーがあるのではないかと思い修行している。そのせいで学校で友達など出来ず孤独になり、少々寂しかったりもするのだが。

 そんなことを考えていると信号は青になり少女達は歩き出す。


 その時、不思議な光が青年には見えた。

 右から勢いよく突っ込んでくるトラックに青年は気付き、少女達は気付かない。


 緊急事態だったからか、青年は明らかな異常を見逃す。

 トラックが突っ込んでくるのは正しいが、そのトラック自体が不思議であった。

 絶対に必要な運転手の姿がトラック内になく、無人にもかかわらず法定速度を超えた速度で走っているのだ。


(あんな小さな子供が、まだ魔法に夢を見ている少女が、こんな理不尽に死んでいいはずがない!)


 青年は道路に飛び出し、トラックが来るであろうコースから少女達を突き飛ばす。


(俺の人生はこんなところで終わりなのか? まだ魔法を見つけていないってのに? 魔法、魔法か。何で魔法が見つからないんだよ。俺はただ、魔法を使って……)


 急ブレーキなど無人ゆえに踏まれない。

 全く速度を落とさずにトラックが通り、凄まじい衝撃が青年を襲う。


(なあ神様……俺の願いは、叶わない願いだったのか?)


 不思議なトラックは異常な速度で走り過ぎていき、これまた不思議なことに白い光に包まれて綺麗さっぱり消えてしまった。そんな超常現象になぜか誰一人として気付かない。


 不幸にも轢かれた青年が最期に視界に捉えたのは、泣きながら近付いて来る少女の姿だった。




 * * * 




 青年は突如目が覚める。いや覚めるというのは正確ではない。

 あるべきものが見当たらないのだ。人間としてあるべきはずのものがどこにもない。青年の肉体というべきものが存在していなかった。あるのは白いモヤだけだ。


 白。その一言で青年が今いる場所の説明は終わる。そんなことを言えるくらいにこの場所は白く、どこまで広がっているのか分からない。上には現在の青年と同じような白いモヤが無数に飛んでいる。


 目が、鼻が、手が、足が、とにかく体はないというのに、この異常な状況に対して青年は信じられないほど冷静でいられた。いや、異常すぎるからこそ冷静になれているのかもしれない。


 普段の青年なら「目がないのになんで普通に見えてるんだよ!」とか「なんなんだよこの状況、何も分からないんだけど早く誰か説明してくれない!?」とか叫んでいるだろう。


 ツッコミ気質なのはいつからだったか。友達がいないから意味のないスキルだった。

 誰かにツッコミを入れたくても、いきなり関わりのない人からされたら怖いどころではない。それでも我慢できずにしてしまうことは数えきれないほどあったが……青年はとりあえず気にしないでおく。


 気にすべきことは二つ。

 いったいここはどこなのか。

 どうしてこんなところにいるのか。


「ここは転生の間。すでに死んだ者の魂が生まれ変わる場所じゃよ」


 その声にハッとして振り向くと、そこには顎髭が長い老人が胡坐をかき座っていた。青年はその姿と現在の場所、そしてトラックに轢かれた状況で一つ思い当たる節があった。


(なんだ? 老人……? いや、この状況は何か覚えがあるような……)


 現状が漫画か小説で見たような展開だと青年は思う。

 修行に明け暮れていたとはいえ、娯楽を断ち切ったというわけではない。漫画も小説も読む。まあそれらは修行の参考にするためでもあったが。


(そうだ、何か、誰かの願いを叶えるような……)


「ふむ、察しがいいな。お主が思っている通りじゃ」


 青年は困惑する。自分は一言も喋っていないのに、そもそも口がないから喋れないのに意思疎通ができている。


(なぜ分かったんだ……今俺は口もないから喋れないはずだ。まさか心が読めるってのか? やはりこの人は神なのか?)


「まあお主ら人間に説明するならだいたいその通りじゃと言っておこう。それとお主は死に魂のみの状態じゃから喋れない。なので心を読まなければ話も進められんのじゃよ。それでお主に訊きたいのじゃが……お主の未練はなんじゃ?」


(やはりそうなのか……。しかし未練って何でそんなことを? 重大なことなんですか?)


「まあ色々説明した方がよいか。まずは輪廻転生という言葉は知っておろう? 生命はその命が尽きれば、体から宿っていた魂が抜けてこの場所へと引き寄せられる。そしてこの空間の入り口で魂に刻み込まれた想いを消去し、出口から現世に戻り、新たな体へと宿る。世界中の生命はこのようにして循環しているのだ」


 しかし青年は出口に向かわず残っている。

 川を流れるかのように移動する白いモヤが魂であることは、青年にも簡単に予測できる。だが上を通るなか、どうして自分だけここにいるのかが分からなかった。


「そう、あれが魂じゃよ。それでお主の状況は恐ろしく強い未練のせいじゃな。この空間で処理しきれないほどの想いがあると、入口の時点で引っ掛かり放り出される。まあ割とよくあることじゃから気にせんでいい。――ちなみに幽霊というのはもっと強い未練があって、この空間にすら引き寄せられん連中なんじゃ」


(……で、俺の場合はどうなるんです? 無事に転生出来るんですか?)


「当然転生出来るとも。じゃが一度放り出された時点で元の世界に還ることはできん、なぜなら元の世界に還してもまた未練を引っさげてくる可能性がある。だからそいつの希望に沿った違う世界に、サービスもつけて送るというルールが作られているんじゃよ。さあ、理解したならお主の未練を話してくれんか」


(そういうことだったのか、随分とサービス精神旺盛なんですね。俺の未練は、十中八九魔法が使えなかったことだと思います)


 未練といえるものが青年の心当たりでは魔法関連のことしかない。

 これまで修行して身につかなかったが存在は信じている。でもそれを発見することなく若くして死んでしまったのだ。未練になって当然だと青年は考える。


「なるほどのう、そりゃあお主がいた世界では出来ん願いじゃな。分かった、魔法が存在している世界に送ってやろう。サービスについてはそのうちお主に便利アイテムを送る」


 魔法があると確定されたことに青年は興奮する。


(それなら俺もすぐに魔法が使えるようになるんですね。でも、スケールが大きすぎて信じられないな。なんだか現実感が足りなくて。本当、なんですよね?)


「当然じゃ、世界というのは今も増え続けている。こうして話している瞬間も世界は生まれ、滅びているものもある。魔法が存在している世界だっていくつも存在しておる」


 もしも魔法が使えるのだとすれば、青年の夢は叶う。生きていたときは必死に修行したりしていたのに、死んでしまってからあっさり叶えられそうなことは、青年にとって少し複雑な心情を生んだ。


「細かいことを考えるでない。夢が叶えられるならいいじゃろう?」


 結果よりも過程の方が大事なのではと青年は思ったが、誰とでも価値観の違いくらいはある。それに考えたところで今さらどうしようもないことだと割り切った。


 心を読まれている以上、うだうだと悩んでいれば迷惑になるので早々に結論を出したのだ。


「ああそれと加護を与えよう。どんな効果かまでは想像に任せよう。儂もそれがなにかは知らんが、なんかすごいものだと思うぞ。最近は異世界転生する者が多くて加護の数も少なくなってきたの……あとで貰いに行くか」


(異世界転生そんなに多いんですか。死人の数がそれだけ多いということですよね、なんだか悲しいです)


「多いのじゃよなあ……トラックに轢かれて死ぬのが。まあそんなことより、お主をこれから魔法が存在している世界へと送り出すが、もう知りたいことはないか?」


 事前情報もほんの僅かだが貰い、青年にとっては早く魔法を使いたいという気持ちでいっぱいになっている。もはやそれしか頭の中にない青年に老人は引き気味になる。


「そうか……では、いくはっくしょい! あ、やば」


(え? ちょっ、今何かやらかしました? 絶対何かやらかした声出しましたよね。大丈夫なんですか?)


「だ、大丈夫じゃ! たぶんだいじょーぶ! わ、儂はゲームの途中じゃったから急ぐ。このまま一気に転生させるぞ!」


(て、適当だ! この神様、実はめちゃくちゃ考えが雑だ!)


 老人が話し終わってすぐ。青年はスカイダイビングのように落ちる感覚があり、すぐに意識を失った。


「……うむ、な、なんとか転生は終わったぞ。ヒヤッとしたの、もう嫌だこの仕事。さあ、さっき途中で止めたゲームの続きをするか」

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