　貴族風の男は不気味な笑みを浮かべた。束の間、ゼストルと運転手の男は同時にフェイバルのもとへと急接近する。それはまるで、二人が連動しているように。

　ゼストルは腰の剣を鋭く振りかざした。快速の剣戟は、彼の扱う強化魔法の恩恵だろう。しかしフェイバルはそれを冷静に回避した。続けざまに襲い来る太刀筋をも見切り、確実にそれをかわし続ける。

　玲奈のもとには運転手の男が立ちはだかった。両手には二丁の拳銃型魔法銃。何の躊躇いもなく向けられたそれは、瞬く間に弾丸は吐き出した。

　玲奈は咄嗟ながらも、それを防御魔法陣で弾き返す。まだまだ新米の魔導師といえど、魔法陣の展開くらいはもう容易いものだ。

　戦火の上がるさらに後方にて。フェイバルを追った騎士たちは、前方で発生した戦闘に困惑しつつも装甲車を止めた。

　部隊長の男はすぐさま陣形を構築を試みる。

　「奴らがなぜ戦闘状態にあるのかは分からんが、とにかく交戦を止める！　一班・二班は制圧！　三班は援護と機銃の準備にまわれ！　即刻作戦を開始する！」

　男の指示を皮切りに騎士らは一斉行動を開始した。数名の騎士がフェイバルと玲奈の背後を目指して進行する。装甲車に残った残り数名は、車両の上に備えつけられた魔法機銃の準備に動いた。

　荷台の上に立つ貴族風の男はすぐそばで起こる戦闘に目もくれず、こちらへの接近を試みる騎士の様子を眺め続けた。そして次第に男の表情は曇り始める。気づけば少しの震えを帯びて、男は感情的な咆哮を上げた。

　「王国騎士団……悪しき国の政治に目もくれず実力行使を繰り返す、悪の温床。騎士などと古臭い名を冠した、野蛮な獣……」

　「……目障りだ。目障りだ目障りだ目障りだ！！！　肉塊に成り果てて償うべきだろう！！！」

　男はけたたましい大声とともに両手を広げ、魔法陣を展開した。黄土色の魔法陣、それはすなわち岩魔法の発現。

　「岩魔法・流星（メテオ）……！」

　玲奈とフェイバルは後方上空に視線を奪われる。そこに展開されたのは、黄土色の巨大な魔法陣。

　「な、何アレ！？」

　「……ありゃだいぶマズいな」

　その魔法陣は、突如として無数の巨大な岩塊を吐き出し始める。そしてそれらは重力に従い、次々と天から地へ降り注ぐ。

　標的とされたのはフェイバルと玲奈の遙か後方、散開を始めた騎士たちだった。呼び起こされた隕石はあらゆるものを容赦なく押し潰してゆく。人間はおろか、装甲車もその例外では無かった。

　凄まじい轟音の後、少し遅れて辺りを舞う砂埃。玲奈は思わず手で顔を覆った。

　そして砂埃もようやくおさまったとき、開けた視界の先は無惨な光景へと豹変した。騎士の姿など、もはやもうどこにも見当らない。そこに広がるのは幾つもの大岩が異様に積み重なる荒れた土地。先程までの所々に芝を生やした平穏な大地は、跡形も無くその姿を消していた。

　突然の大魔法に、玲奈は気を取られていた。目の前の銃を握った男はその天変地異を見向きもせず玲奈への攻撃を再開する。すぐさま放たれた弾丸は、玲奈の魔法陣展開に要する速度では間に合わなかった。

　しかしフェイバルは伊達に魔導師をやっていない。熱魔法・烈線（レーザー）は高速で飛ぶ弾丸を側方から貫いた。

　「ひっ……」

　「あんまよそ見すんなよ」

　そのとき二人の耳に差し込んだのは、貴族風の男の指から鳴る乾いた音色。突如訪れた静寂の中、二人は自然とその男へ注意を向ける。ゼストルと運転手の男は、電源を落とされた機械のようにその場に立ち尽くし停止した。

　貴族風の男は笑顔で語りだす。

　「やあやあ。国選魔道師が一人、恒帝ことフェイバル＝リートハイト殿。私は貴殿にお会いできて嬉しいよ」

男の感情の起伏はもはや狂気的だった。それでもフェイバルは臆せず対話を試みる。

　「お前は何者だ？　何故騎士を殺した？」

　「恒帝殿、質問が多いですなぁ。まあよいよい、せっかく国選魔道師なんて有名人と言葉を交わせるのだ。その全てに答えようじゃないか」

男は少しばかり間を開けてまた言葉を続けた。

　「私は反政府同盟・革命の塔を支えし第三天導師・ジェーマ＝チューヘル。騎士を殺した理由は単純明瞭、至極簡単。嫌いだからだ」

　そのときフェイバルの表情は淀んだ。普段はあまり感情の起伏を見せない性分であるぶん、玲奈にはそれが余計に感じ取れる。

　フェイバルはただ簡潔に尋ねた。

　「……人間を操る魔法について、何を知っている？」

ジェーマはしばしの沈黙の後に、また口角を上げて返答した。

　「君たちと対峙する使徒たちに行使された魔法は、まだ名も無き赤子の魔法。塔主様は洗脳魔法と呼んでおられる」

　フェイバルがその男の発言に返答することはなかった。玲奈はふとフェイバルの顔を伺うが、彼女はそれを後悔した。悪寒がするほどに鋭い眼光は、もう彼が味方であることを忘れてしまいそうである。

　「……革命の塔、か。忘れもしねぇよ」

ジェーマはその剣幕を目の当たりにしようとも、特に臆せず言葉を続ける。

　「ご存じでしたか！　話してはいけないことでも、話すといいことが起こるものだね。私もいつの日かどこかで、塔主様に叱られてしまいそうだが……」

　そのときふと彼は何かを思い出すと、また悪意に満ちた笑みを浮かべた。

　「ああ！　そうかそうか！　そういえば第四天導師を殺ったのは君だったね。そしてそのとき、君もまた仲間を失った。お互いが敵討ちを名目に戦うわけだ！」

　そのとき玲奈は理解した。フェイバルをこうも感情的にさせる事情はこれだった。

　「まさかこれほどにも完璧な舞台が整うとはとんだ幸運だ！　感じるよ。怒りに満ちた国選魔道師の覇気っ！　素晴らしい素晴らしい！　私には分かるよ。もうどうあがいても避けられない己の死がっ！　最高だ最高だ！　私の死に場所には相応しい！　相応しすぎる！！」

　男は自身の死を悟った上でそれを楽観視した。底知れぬ不気味さを覚えた玲奈は思わず身震いする。

　「さあ恒帝殿！　始めようじゃないか、いや始めてくれたまえ！　私の魔道の花道。私だけの最終楽章（フィナーレ）だ！！！」

ジェーマはもう一度指を鳴らすと男たちへ合図を送る。そのとき彼らは電源を取り戻した機械のごとく、また顔を上げた。

【玲奈のメモ帳】

No.27　作戦騎士団（王国騎士団）と駐在騎士団

騎士団は作戦騎士団（王国騎士団）と駐在騎士団に大別される。このうち作戦騎士団はロベリアらが所属するギノバスに集結した精鋭の騎士団であり、駐在騎士団はギノバスでの訓練を修了した騎士が各都市へと配属され編成された騎士団を指す。なお例外としてギノバスには両方の騎士団が存在するが、作戦騎士団は主に国選魔導師との共同作戦に関する職務に専属し、駐在騎士団は主に警察活動を行う。なお検問警備は本来駐在騎士団の業務であるが、大陸の中枢機能の集まる王都の検問は治安維持の最前線であるとの判断から、作戦騎士団の職務となっている。