25.囮作戦 ***

  「即日の依頼なら、あのリーゼント野郎はきっとすぐ依頼主と合流するはずだ。レーナ、すぐに尾行するぞ」

 「は、はいっ!」

 フェイバルは続けざまにワイルとケティへ指示を下した。

 「おまえら、怪しい依頼が出回ってるこってことを受付の嬢ちゃんたちに伝えといてくれ。車両警護、即日、一人。こういうクセーのは一旦全部取り下げだ」




 ゼストルは飄々とした態度のまま、王都の中心から離れた地区へと進み始めた。

 車両警護依頼というものはその特性上、王都と都外を繋ぐ検問付近がたびたび依頼主との合流地点として活用される。ゆえに尾行目標の男もまたその近くを目指すわけだが、どうも彼は己の足でそこへ向かうようだ。

 ふとフェイバルは愚痴をこぼす。

 「なんだ、歩いて行くのかこいつ」

 「……みたいですね」

 「勘弁してくれ。旅客車使ってくれよ。俺が払ってやるからさ……」

 「真面目に尾行してください」




 それからは相当の距離を歩いた。ギルドの位置する王都中央部からも離れ、人も比較的少なくなってくる。

 貧弱な玲奈はふらふらと歩きながらも、なんとかフェイバルの足を引っ張らぬように着いていく。

 「うぅ……そろそろ死ぬ……インドア派なんだってばぁ」

小言を零しているところ、ついに目標に動きがあった。フェイバルの足は寸暇のうちに止まり、瞬く間に側方へ踏み出した。気が緩んでいた玲奈は一歩遅れながらも、彼と同じ物陰へと潜む。

 「止まったな」

 「……ですね」

 フェイバルはちらりと顔を出しゼストルの様子を伺った。ゼストルは立ち止まったまま懐中時計で時間を確認しているあたり、どうやらここが目的地らしい。

 「ここが待ち合わせの場所みてーだ」

 「ほうほう」

玲奈も物陰から顔を出して男を確認してみる。フェイバルはそれをぐっと押し戻した。

 「ぐふっ……な、何するんですか……」

 「いや、お前それすると何かバレそう」

 「……分かりましたよ」

 玲奈は少しだけ不貞腐れてその場に座り込んだ。物陰にもたれかかると、来た道をぼっーと眺めてみる。この細い道に煉瓦調の建物。玲奈はどこか妙な既視感を覚えた。

 「あれ、この景色どこかで……う~んと、どこだったかな。来たのは初めてなはずだけど……」




 しばらく時間が流たとき、とうとうゼストルは動いた。フェイバルはそれに反応し、小さく声を漏らす。

 「おっ」

 「なになに? 何かありました?」

玲奈はフェイバルの反応に気づくと腰を上げた。本当は何が起こってるのかこの目で確かめたいところだが、フェイバルの足を引っ張るわけにはいかない。だからゼストルの様子を見るのは我慢しておいた。

 ゼストルという男は、いかにも貴族らしい着飾りを纏った小太りの男と会話を始めた。話の内容までは聞き取れないが、恐らくは依頼人だろう。

 フェイバルは玲奈のために小声で男たちの様子を伝えてくれた。

 「今、いかにもって装いのやつと話してるな。近くには貨物車もある。依頼主で間違いねぇ」

フェイバルはその男たちの会話がまだ続くとみたのか、一度目を逸らしてこちらへと顔を引っ込める。そして玲奈へ指令が託された。

 「もしあの車が検問を抜けて王都外に出ちまえば車が無いと追えねえ。あいつらが依頼内容の打ち合わせしてる間に俺は車を探してくっから、代わりに見張っといてくれ」

 「え、いいんです? 私で」

 「いい。でもあんま凝視するなよ。何かやましいこと企んでる奴ってのは、驚くほど視線ってのに敏感だ」

 「わかりました。けど、今ここで捕まえては?」

 「できることなら奴の本拠地を炙り出したい。そこにあいつらの捜し人が居るかもしれねーし」

 「なるほど。わかりました……!」

 フェイバルは要件を告げると玲奈の元を離れると、ゼストルから視認できない路地を使い道を引き返した。玲奈はフェイバルから代わるようにして物陰から顔を出す。するとそのとき、玲奈は今まで感じていた既視感の正体にとうとう気づいた。

 「ま、待って。これ、今朝私が見た夢じゃん……!」

玲奈は驚きのあまり呆然とする。それはあまりにも鮮明な夢と酷似していた。

 (予知夢……ってやつ……? でも、なんで……?)

 ここで想定外の事態が発生する。その会話はフェイバルの帰還より早く終えられたのだ。

 男はゼストルを貨物車の荷台部分へと誘導すう。ゼストルは言われるがまま、男につられて荷台へと乗り込んでしまった。

 「や、やばい! 発進しちゃう――!」

魔力駆動貨物車から大きな音が鳴り始めた。運転手が車への魔力充填を開始している。

 「フェイバルさんが帰ってこないぃ!」

 魔力駆動車というのは優秀で、その大きな車両は早速発進を始める。それでもここが細い道であることが功を奏したようで、速度は出せないようだ。しかしそれでも着実に、貨物車は玲奈の視界から小さくなってゆく。

 そのとき、車に乗ったフェイバルはようやく帰還した。しかしすでに目標の貨物車は道を曲がり始め、大きな道へ出ようとしている。ここを追いつく前に曲がりきってしまわれれば、また見つけ出すのは困難だ。

 そして問題がもう一つ。玲奈は異世界であればなんとかなるのだろうと盲信していたが、常識的に考えて瞬時に車を借りることなどできるはずもない。フェイバルが運転している車は、明らかに騎士団の紋章が描かれていた。それは言うなれば、パトカーのようなものだ。

 「フェイバルさん! それ、絶対騎士団の車ですよね!? まさか勝手に持ってきちゃったんですか!?」

 「借りてるだけだ(嘘)! 速く乗れ!」

玲奈は少し憚られるが、仕方なく車に乗りこんだ。フェイバルは車に魔力を急装填し、速度を上げる。



 

 結局目標の車両は先に道を曲がりきり、大通りへと出てしまった。車両の多い検問近くの道となれば、似た形状の大型車両も増える。

 「……見失っちゃいましたけど、見当ついてるんですか? どこに向かうのか」

 「さっきも言っただろ、検問だ」

 「とはいえ検問からその先なんて、無数に行き先あるんですよね」

そこでフェイバルは見解を述べた。彼はこう見えて頭が切れる。

 「こっち側の検問を抜ける車はほとんどが貨物車だ。工業が盛んなダストリンの方角だからな。あいつらが普通の駆動車じゃなくて貨物車に乗ってるのは、目立つこと無く検問を突破するためだろうよ。それほどの理由がなけりゃ、図体のでかい貨物車なんて使わねえ」

 「な、なるほど……」

少しだけカッコよかったのに、男の表情は少しばかり曇った。

 「……だが、一つだけ問題がある」

玲奈もつられるようにして不安な顔になった。

 「それは一体……?」

 「じゃあ、検問は抜けられない。おまけに騎士団の車両だ」

 「や、やっぱ勝手に持ってきたんじゃないですか!!」




 後先の事を考えることはやめにした。フェイバルと玲奈はそのままの車両で検問へと並ぶ。

 ダストリン方面の検問は多くの貨物車が利用するためたびたび渋滞が発生する。しかしそれが好転してか、フェイバルたちの車はなんとかゼストルの乗る貨物車の後ろに並んだ。

 「……助かったぜ」

 「……ですね」

 検問に出来た列には数台の貨物車が並んでいる。そしてそのなかにぽつりと、騎士団所有の車が一台。異様に浮いている。

 フェイバルは真剣な眼差しで呟く。

 「レーナ、検問を抜けたら銃を出しておけ。敵の本拠地はきっと人気ひとけの無い場所だ。本拠地に近づけば、きっと道はあいつらの貨物車と俺らの車だけになる。そうすれば堪づいて強硬手段に出るはずだ」

 「わかりました……でもその前に、私たち逮捕されませんかね?」






【玲奈のメモ帳】

No.25 フェイバル=リートハイト2

基本的にモラルが欠如している。特に騎士へ迷惑がかかる行為についてはその傾向が強く、師団長のロベリアという存在に甘えている節がある。天は二物を与えなかった。むしろモラルという一物を奪い去っている。

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