22.偽りの父親 ***

 ダストリンでの制圧作戦から数日。大仕事を終えたフェイバルと玲奈は、思い思いに休日を過ごす。

 玲奈は相変わらずギルド書庫へと通い詰める日々を送っていた。そして今日も例に漏れず、また朝から真っ直ぐ書庫へと向かう。

 一階の居間を後にしようとしたとき、玲奈はふと珍しいことに気がついた。いつもはこの時間まで惰眠をむさぼっているはずのフェイバルだが、今日のソファーに彼の姿は無い。

 「……いつもなら寝てるのに。雪でも降るのかしら」

玲奈はあまり深く考えることなく玄関へ向かった。




 ギノバス王立病院。病室のフィーナは一人黙々と入門者向けの魔導書を読み漁る。

 「魔法……私もいつか……」

少女の呟きと同時、病室の扉は突然として開かれた。扉の先から現れたのはいつもの看護師。しかしその女性の背後には、もうひとつ別の人影。

 「フィーナちゃん。お父さんがきましたよっ」

看護師の女性がそう言うと、フィーナは本を隅に置いてベッドから飛び出した。

 「お父さぁんっ!」

フィーナは目を輝かせて駆け出すと、看護師を通り越してその男のもとに飛びつく。

 「……フィーナ」

 看護師の奥に立ったその男。赤毛の髪に、また生えてきた無精髭。それは紛れもなく、フェイバル=リートハイトであった。

 「お父さんっ!」

 その少女はフェイバルの腕に抱きついて離れない。フェイバルは腕に華奢な体がひっついたまま、のそのそと病室へ入った。

 看護師は扉の握りに手をかける。

 「ふふ。私は一度戻るので、またもし何かあったら呼んでください」

フィーナの笑顔が見れて嬉しそうな看護師は、そっと部屋を後にした。

 病室にはふたりきり。フィーナはフェイバルから土産話をねだる。

 「お父さん! 何か楽しいお仕事はあった?」

 「そうだな……新しい仕事仲間ができた。名前はレーナ。新米だが、逞しい奴だ」

 「へぇ! 他には他には!?」

 「……ダストリンってとこに行ってきたな。工業が盛んな街だ。そいつは王都からずっと遠い所にあってだな――」




 フェイバルが思いつく限りの土産話を露わにしてもなお、フィーナのおねだりは続いた。

 「お父さん。私ね、お願いがあるの」

 「なんだ、それ?」

 「私が退院したらね、王都を一緒に見て回りたい!」

 「……そうか、おまえは王都に来てからずっと病院ここだもんな」

フィーナは男の顔をじっと伺った。

 「いいぜ。どこでも連れてやってやるよ」

 「やったぁ! お父さん大好き!!」

フィーナはベッドからフェイバルのもとへ飛び出す。しかしその抱擁の裏で、彼はぎこちない表情を抑えることができないでいた。




 玲奈はギルド書庫に到着すると、いつもと同じ席へついた。

 「ええっと、とりあえず今日はコレかな」

 手にしたのはひときわ分厚い本。タイトルは『魔法総覧』。パラパラとページをめくり、自身の知識欲を存分に満たしてゆく。

 第一章は、発現魔法の記述から始まった。発現魔法とはすなわち、特定の物体や現象を発現させる魔法の総称。フェイバルの熱魔法や光魔法、ダイトの鉄魔法、そして玲奈の氷魔法がこれに該当する。これらの魔法は多彩で柔軟な戦闘手段を術者へ提供するが、それゆえ奥が深く高い次元での習得には相当の期間を要する、とのことらしい。

 第二章は付加魔法。これは対象へ何らかの効果を付加する魔法を意味する。ヴァレンの強化魔法や治癒魔法がこれにあたるようだ。これらの魔法は発現魔法のような華やかさは無いものの、堅実な戦闘にはめっぽう優れており、何より対象を人間とする付加魔法は集団戦術において絶大な効果をもたらす、と記述されていた。

 現場は人を成長させる。玲奈はしみじみと感じた。ダストリンではヴァレンから暗闇を見通す能力を付与され、ダイトの多彩な攻撃手段に目を見張った。その経験を得た上で読む魔導書というものは、また視座が変わった気がする。

 しばらく読み進めたところで、玲奈は見慣れない言葉を目にする。それは一ページにも満たないスペースに、コラムのごとくひっそりと刻まれた文字。ふと口にしてみる。

 「禁忌魔法……?」

 書物は魔法が前述の二種に大別されるという前提を掲げていた。それにも関わらず唐突に現れた不可思議な記述。その名からして、それが物騒な魔法であることは、玲奈にも察しがついた。

 一方でこの危なげな存在に、玲奈の厨二心は大いに揺さぶられる。きっと読み飛ばしてもよいところなのだろうが、彼女はあえて熟読した。

 禁忌魔法、それはまたの名を堕天使魔法。堕天使が編み出したとされる強力な魔法の総称であるという旨が、神話として語り継がれているようだ。

 そしてこれらの魔法は、堕天使が著したとされる書物である『堕天の導き』が魔導書として全容を記すという。しかしその書もまた謎多きものであり、やはり現物は確認されていないらしい。

 要するに、それらが虚構であることさえありえるという話だ。ホッとしたような、その一方でくすぐられた厨二心が満たされないような、不思議な感情が玲奈に残った。





 何かに没頭する時間というのは過ぎ去るのが早いもので、気づいたときには夕暮れどきだった。フェイバル宅に食事の準備があるはずもないことを知っている玲奈は、ギルド・ギノバスへ立ち寄る。

 フェイバルから預かった通貨で食事を注文した。やはりギルド食堂というのは一食の単価が安いらしく、夕食にはまだ少し早い時間でもそこは大いに賑わう。その盛況ぶりに感化されてか、先の宴会を思い出し危うく酒へ手を伸ばすところだったが、玲奈は寸前でその欲望を押し殺した。偉い。




 食事を終えた玲奈は真っ直ぐと帰宅した。居間に入れば、そこにはソファーでくつろぐ見慣れた男の姿がひとつ。

 「今戻りましたよー」

 「おう」

 「そういえばフェイバルさん、今日はどちらへ? 休日に私より早く出かけるなんて、一体何事かと」

 「んまぁ……散歩だ散歩」

 「そうでしたか」

 「給湯魔法具起動してあるから、さっさと風呂入りな」

 「あ、ありがとうございます。もうちょいしたら入りますね」

玲奈は荷物を置くため自室のある二階を目指した。彼の些細な嘘に気づくわけもなく、階段へと向かう。

 また一人になったフェイバルは、ふと小さな額縁に入った写真を見つめた。そこに写るのは若き日のフェイバル、そしてその横には玲奈によく似た女性の姿。刻まれたのは少し気恥ずかしなフェイバルと、眩しい笑顔を見せるその女性。場所は少し時を遡ったギルド・ギノバス前だった。

 「……どうしてこうも、悪いほうばっかに転がるかねぇ」

 フェイバルは立ち上がるとキッチンへと向かい酒瓶とグラスを手にした。そして男はそのままテラスへと向かう。

 ガラス戸を開ければ、ぬるい夜風が吹きこんだ。据えられた小さなテーブルに酒とグラスを置くと、無造作に椅子へ腰掛ける。慣れた手つきで栓を抜けばその中身を小さなグラスへと注ぎ込み、月を眺め少しずつ嗜んだ。






【玲奈のメモ帳】

No.22 フィーナ=?

絹のようにさらさらとした白髪が特徴的な九歳の少女。ギノバス王立病院にて療養しており、フェイバルを父と慕う。魔法に興味を抱いている。

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