17.闘いの決意を ***

 廃工場敷地内の一角。屋外で雨風に晒され錆び付いた、用途も分からぬ大型機械の陰にて。状況を立てなおすべく一旦身を潜めていた玲奈とダイトは、接近する足音に気がついた。続けざまに、その主の声が耳へと差し込む。

 「こっちへ逃げたはずだ! 探せ!」

ダイトが感じた足音は三つ。音の方向と切迫した声色からして、先程こちらへ掃射を仕掛けた者たちで間違いないだろう。

 数で劣るのは芳しくない状況だった。それでもダイトは玲奈へ、残された打開策を告げる。

 「敵は三人。僕が注意を引くので、その隙にレーナさんは拾った魔法銃で奴らを始末してください」

玲奈はそれをすぐに承諾することができなかった。そのときダイトは一際真剣な顔で彼女へ尋ねる。

 「レーナさんが咄嗟に銃を拾ったのは、今まさにこのとき為でしょう?」

 「それは……」

 「レーナさんは魔導師です。やれます。いや、やらなくちゃなりません。なぜなできなければ、俺が先に蜂の巣になって死にます」

 玲奈は無意識に苦い表情を浮かべる。仲間の命を天秤にかけられては、作戦を了承せざるを得なかった。

 人を傷付けることの罪深さなど何度教わったことだろう。もはや理解という領域を越え、根源的な価値観として染みついている。それでも彼女が選んだものは、決して平和で穏やかな世界などではない。自分の汚れた手と仲間の命のどちらが重たいのか。そんな究極の選択を迫られる世界なのだ。

 ダイトは玲奈の返答を待たずして、軽い身のこなしのままに大型機械の陰から飛び出した。そしてそれは、当然に敵の視界へかかる。

 「あそこだ!」

 続けて三丁の魔法機関銃がダイトを捉えた。彼は敵の照準を攪乱すべく、ただ縦横無尽に走り回る。一見無造作に見えるその動きでも、それは弾道を確実を捌いてゆく。魔法ですらない、ただ純粋なる彼の身体能力だった。

 超越した動きに感心して見入ってしまいそうだが、玲奈にそんな暇と余裕は無い。己の使命を果たすのだ。

 この世界の厳しさを痛感した玲奈に再び訪れた、仲間の命が懸かる極限の事態。仲間のために人を殺すということ。止めどなく生まれる罪悪感から、玲奈は必死に眼を逸らした。

 そのときダイトは、玲奈の潜む大型機械の反対側に位置する廃棄されたタンクの陰に潜んだ。銃を構えた男たちは追い詰めたことを確信し、そこへじりじりと近づく。己がまんまと誘導されていることを知らずに。

 玲奈はついに陰から姿を露わにする。握った銃は、無防備に背中を晒す男たちへ向けられた。

 (ここまできたら、やるしかない――!)

 高まる心音を押し殺す。それでも雑草が音が立てれば、敵はすぐに玲奈の存在に勘づいた。最も早く反応した敵の一人が玲奈に銃口を向ける。

 生と死の境界線。銃口を向けられる経験など当然初めてだ。それでもなぜか、玲奈は冷静だった。

 むしろ命が懸かっているからこそ、冷静でいられたのだろうか。玲奈は瞬時にその場に伏せると、背の高い雑草に紛れる。体勢を低くすることで敵の射角から外れることが狙いだった。

 一般人の玲奈に、なぜこんなことができたのか。それは彼女が極限状態で発揮した冷静さと、彼女が愛して止まないオタク趣味が引き起こした奇跡だろう。

 (私はこう見えて結構FPS得意なんだぁぁぁ!!! 大会にも出たぞおおお!!!!)

 大学一年生の頃。バイトに勤しみパソコンを組み立てたのは、良い環境で銃ゲーの腕を磨くため。オンライン大会にも出場した。決して華々しいものではなくとも、そんな経験が彼女とその仲間の命を繋いだ。

 ゲームの見よう見まねで掴んだ好機。そのままためらうこと無く玲奈は引き金を引いた。

 反応の遅れた二人の戦闘員は、そのときようやく背後の異変に気づく。それでも彼らより一足先、玲奈の銃口から無数の魔法弾が放たれた。束の間、激しい銃声が場を支配する。

 三人の戦闘員は一網打尽。為す術無く地に伏してゆく、はずだった。敵はゲームに登場するような、撃たれ死ぬ宿命を抱いただけのそれとは違う。名の通り鍛えられた戦闘員。彼らは咄嗟に魔法陣を展開すると、なんとか玲奈の銃弾を防ぎきった。

 素人である玲奈が、銃をまともに扱えるはずもなかった。弾の物量に引けを取らぬものの、そのほとんどは敵の魔法陣に接触することすらなく、ただ地面や壁を打ち抜いてゆく。銃の強い反動を必死に受け止めることで精一杯の玲奈は、目をつむって祈ることしかできなかった。その目を開いたときに、三人の敵が倒れていることを。

 やけくそに銃を撃ち続ける最中、ダイトは好機を見逃さなかった。彼は音を殺し駆け出すと、自分に背を向ける三人の戦闘員へ忍び寄る。

 彼の手に握られたのは銀色に輝く剣。鉄魔法・造形クラフトによって生みだした得物である。

 被弾を避けるべく、ダイトは低い態勢のまま敵を間合いにいれた。そしてすかさず振り払われる豪快な一閃。ダイトの音の無い襲撃は、三人の戦闘員をいとも容易く刈り取った。





 気づけば玲奈の持った魔法銃から弾丸が放たれることはなくなっていた。引き金を引いたままのはずなのに、突如として雨は止む。

 玲奈は銃の故障かと焦りを感じていると、丁度そこへ一仕事を終えたダイトが歩み寄った。

 「まったくレーナさん、むちゃくちゃし過ぎですよ。魔力切れしてるじゃないですか」

 「魔力切れ……?」

 「慣れないうちはよくあります。酷い魔力切れだと体に負荷がかかって出血するので、気をつけてくださいよ」

そのときの玲奈はダイトの気遣いに反応する余裕すらなく、ただ敵の所在を尋ねた。

 「あの人たちは……死んだの?」

 「……はい。レーナさんの撃った弾が気を引いてくれたので、俺が背後から仕掛けました」

玲奈は黙り込む。思うように貢献できなかったことへのく敷地内の一角。屋外で雨風に晒され錆び付いた、用途も分からぬ大型機械の陰にて。状況を立てなおすべく一旦身を潜めていた玲奈とダイトは、接近する足音に気がついた。続けざまに、その主の声が耳へと差し込む。

 「こっちへ逃げたはずだ! 探せ!」

ダイトが感じた足音は三つ。音の方向と切迫した声色からして、先程こちらへ掃射を仕掛けた者たちで間違いないだろう。

 数的に劣るのは芳しくない状況だった。それでもダイトは玲奈へ、残された打開策を告げる。

 「敵は三人。僕が注意を引くので、その隙にレーナさんは拾った魔法銃で奴らを始末してください」

玲奈はそれをすぐに承諾することができなかった。そのときダイトは一際真剣な顔で彼女へ尋ねる。

 「レーナさんが咄嗟に銃を拾ったのは、今まさにこのとき為でしょう?」

 「それは……」

 「レーナさんは魔導師です。やれます。いや、やらなくちゃなりません。なぜなできなければ、俺が先に蜂の巣になって死にます」

 玲奈は無意識に苦い表情を浮かべる。仲間の命を天秤にかけられては、作戦を了承せざるを得なかった。

 人を傷付けることの罪深さなど何度教わったことだろう。もはや理解という領域を越え、根源的な価値観として染みついている。それでも彼女が選んだものは、決して平和で穏やかな世界などではない。自分の汚れた手と仲間の命のどちらが重たいのか。そんな究極の選択を迫られる世界なのだ。

 ダイトは玲奈の返答を待たずして、軽い身のこなしのままに大型機械の陰から飛び出した。そしてそれは、当然に敵の視界へかかる。

 「あそこだ!」

 続けて三丁の魔法機関銃がダイトを捉えた。彼は敵の照準を攪乱すべく、ただ縦横無尽に走り回る。一見無造作に見えるその動きでも、それは弾道を確実を捌いてゆく。魔法ですらない、ただ純粋なる彼の身体能力だった。

 超越した動きに感心して見入ってしまいそうだが、玲奈にそんな暇と余裕は無い。己の使命を果たすのだ。

 この世界の厳しさを痛感した玲奈に再び訪れた、仲間の命が懸かる極限の事態。仲間のために人を殺すということ。止めどなく生まれる罪悪感から、玲奈は必死に眼を逸らした。

 そのときダイトは、玲奈の潜む大型機械の反対側に位置する廃棄されたタンクの陰に潜んだ。銃を構えた男たちは追い詰めたことを確信し、そこへじりじりと近づく。己がまんまと誘導されていることを知らずに。

 玲奈はついに陰から姿を露わにする。握った銃は、無防備に背中を晒す男たちへ向けられた。

 (ここまできたら、やるしかない――!)

 高まる心音を押し殺す。それでも雑草が音が立てれば、敵はすぐに玲奈の存在に勘づいた。最も早く反応した敵の一人が玲奈に銃口を向ける。

 生と死の境界線。銃口を向けられる経験など当然初めてだ。それでもなぜか、玲奈は冷静だった。

 むしろ命が懸かっているからこそ、冷静でいられたのだろうか。玲奈は瞬時にその場に伏せると、背の高い雑草に紛れる。体勢を低くすることで敵の射角から外れることが狙いだった。

 一般人の玲奈に、なぜこんなことができたのか。それは彼女が極限状態で発揮した冷静さと、彼女が愛して止まないオタク趣味が引き起こした奇跡だろう。

 (私はこう見えて結構FPS得意なんだぁぁぁ!!! 大会にも出たぞおおお!!!!)

 大学一年生の頃。バイトに勤しみパソコンを組み立てたのは、良い環境で銃ゲーの腕を磨くため。オンライン大会にも出場した。決して華々しいものではなくとも、そんな経験が彼女とその仲間の命を繋いだ。

 ゲームの見よう見まねで掴んだ好機。そのままためらうこと無く玲奈は引き金を引いた。

 反応の遅れた二人の戦闘員は、そのときようやく背後の異変に気づく。それでも彼らより一足先、玲奈の銃口から無数の魔法弾が放たれた。束の間、激しい銃声が場を支配する。

 三人の戦闘員は一網打尽。為す術無く地に伏してゆく、はずだった。敵はゲームに登場するような、撃たれ死ぬ宿命を抱いただけのそれとは違う。名の通り鍛えられた戦闘員。彼らは咄嗟に魔法陣を展開すると、なんとか玲奈の銃弾を防ぎきった。

 素人である玲奈が、銃をまともに扱えるはずもなかった。弾の物量に引けを取らぬものの、そのほとんどは敵の魔法陣に接触することすらなく、ただ地面や壁を打ち抜いてゆく。銃の強い反動を必死に受け止めることで精一杯の玲奈は、目をつむって祈ることしかできなかった。その目を開いたときに、三人の敵が倒れていることを。

 やけくそに銃を撃ち続ける最中、ダイトは好機を見逃さなかった。彼は音を殺し駆け出すと、自分に背を向ける三人の戦闘員へ忍び寄る。

 彼の手に握られたのは銀色に輝く剣。鉄魔法・造形クラフトによって生みだした得物である。

 被弾を避けるべく、ダイトは低い態勢のまま敵を間合いにいれた。そしてすかさず振り払われる豪快な一閃。ダイトの音の無い襲撃は、三人の戦闘員をいとも容易く刈り取った。





 気づけば玲奈の持った魔法銃から弾丸が放たれることはなくなっていた。引き金を引いたままのはずなのに、突如として雨は止む。

 玲奈は銃の故障かと焦りを感じていると、丁度そこへ一仕事を終えたダイトが歩み寄った。

 「まったくレーナさん、むちゃくちゃし過ぎですよ。魔力切れしてるじゃないですか」

 「魔力切れ……?」

 「慣れないうちはよくあります。酷い魔力切れだと体に負荷がかかって出血するので、気をつけてくださいよ」

そのときの玲奈はダイトの気遣いに反応する余裕すらなく、ただ敵の所在を尋ねた。

 「あの人たちは……死んだの?」

 「……はい。レーナさんの撃った弾が気を引いてくれたので、俺が背後から仕掛けました」

玲奈は黙り込む。思うように貢献できなかったことへの口惜しさか、手を汚さずに済んだ安堵か。

 そのときダイトは少し笑うと、伏せたままの玲奈へ手を差し伸べた。

「俺には分かりましたよ。レーナさんがその、で撃っていたってこと」

 彼は励ますつもりだったのかもしれないが、それを言語化されたことで、玲奈は先程までの自分により一層畏怖した。確かに、明確な殺意をもって引き金を引いた。彼女は、地球に生きた二十数年で培った倫理観を放棄したのだ。

 「あの、よく分からないの。どうして私がこんなに簡単に人を殺そうとできたのか。今までこんなこと考えられなかったのに……いや、仲間を守るっていう名目があるのは分かってるんだけどね、だとしても……」

そのときダイトは玲奈の不安に満ちた声色を払拭するかのごとく、妙に明るい口調で語った。

 「良かったですね、玲奈さん!」

唐突な一言に玲奈は混乱する。

 「へ? 何が?」

 「それは後でフェイバルさんに聞いてください!」

あまりに脈絡の無さ。何が何だか分からない。それでもこんな意味不明な会話が、今の玲奈の不安定な心境を回復するのには適していた。

 ダイトは話を続ける。

 「レーナさん、見張りは残りまだ三人いるはずです。気を緩めずに行きましょう」

ダイトは差し出したままの手をさらにもう一歩前へ突き出す。玲奈はようやくその手を取って立ち上がると、そこで握っていた魔法機関銃を捨てた。

 「魔力切れ……か」




 フェイバルとヴァレンは薄暗い階段を下ってゆく。ようやく通路に繋がると、そこに待ち受けるは重厚な鉄の扉。内側から施錠されているあたり、敵の本陣はすぐそこだろう。フェイバルは迷うこと無くヴァレンに指示を出した。

 「こじ開ける。奇襲に警戒しとけ」

 ヴァレンは一歩ひいて頷く。フェイバルはそれを確認すると、右腕を側方へ突き出した。束の間展開されるのは、腕に巻きつくような魔法陣。行使した魔法は熱魔法・装甲アーマー。自身の肉体に高熱を宿す魔法である。

 フェイバルは高温の右腕で鍵穴に触れた。すると鍵穴があったはずの場所は容易く溶解し、鉄の扉には風穴が開かれる。施錠が解除された扉を押し開けたとき、そこは瞬く間に戦場へと豹変した。

 「――撃て!!」

 扉の向こう側には、家具やガラクタを寄せ集めて作られた簡易的なバリケード。高所を陣取った者たちの手によって、弾幕が降り注げられた。すかさずフェイバルは自身とヴァレンの射線を絶つべく、両手を広げ四つの大きな防御魔法陣を展開する。弾幕はいくら物量に勝ろうとも、鍛え抜かれた防御魔法陣に傷一つすらつけることができなかった。

 ヴァレンはすかさず強化魔法・俊敏アクセル剛力ストロングスを自身に付与する。向上した身体能力でフェイバルの防御魔法陣の前に飛び出すと。そのまま流れるような動きで次々に敵の戦闘員へ魔法弾を撃ち込んだ。

 弾幕がおさまったのは、バリケードを防衛していた者全員を射殺した後だった。あたりは血の海と化す。あたりに転がる死体の数が、先程聞き出した戦闘員の数よりも幾分か多いことに気がついたのは、全てが終わったこのときだった。

 「戦闘員じゃねー奴まで銃を握らされてたか……すまねぇな」




 そのころ廃工場の外には、おぼつかない足取りの男たちが敷地内から姿を現した。それはヴァレンによって廃人と化した見張り番の戦闘員たちである。虚ろな目をした彼らを、騎士はそっと確保する。

 「ご苦労だったな。このチンピラめが」

 ここでその男たちは、ようやく正気を取り戻した。術者であるヴァレンとの距離が離れたため、魔法が解除したのである。

 「お、俺たちは何を……?」

 「やべえ、ここ敷地外だ! ボスに殺されるぞ!! ってあれ、騎士……サマ……?」

焦り出す見張り番の男たちに、ダストリン駐在騎士団長の男が話しかける。そこには張り付いたような笑顔。

 「お前たちの身柄は我々が確保した。さあ、後でゆっくり話を聞かせてもらうぞ」






【玲奈のメモ帳】

No.17 氷見野玲奈2

東京の五・五畳ワンルームにはゲーミングPCが据え置かれている。学生時代にバイト代をはたいて購入した。そんな思い出の品で磨いたFPSゲームの腕は相当なもの。ガチりすぎたせいか、思わず台パンしそうになる自分が怖かった。

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