14.繁華街にて ***

 玲奈たちは詰所の一室でひとときの休息をとる。そのときおもむろに立ち上がったヴァレンは、どこか浮ついた言葉を発した。

 「フェイバルさーん。時間あるし、ちょっと繁華街回ってきてもいーい?」

先程まで張り詰めていた緊張感があっさりと振り払われる。フェイバルもまた、それについて妙に寛容だった。

 「いーけど、あんま遅くなんなよ」

 「分かってますよぉ」

玲奈はその会話を呆然と聞いていたが、ついに彼女も巻き込まれた。ヴァレンと目が合う。

 「ねえねえ、レーナさんも行かない?」

 「え? ぜ、ぜひ!」

玲奈は戸惑いながらも、それを了承する。ヴァレンに腕を引かれ、突然として部屋を後にすることとなった。

 部屋に男どもが取り残されたとき、ダイトもまた何かを思い立って腰を上げた。

 「自分は食べ物でも買ってきますね。夜まで時間あるんで、きっとお腹空くでしょうし」

フェイバルは少し考え込むと、彼も流れに身を任せ重い腰を上げた。

 「……よし、なら俺も」

 「フェイバルさんは出歩いたらダメです。今回は奇襲作戦に近いところがあるので、昼のうちから街に国選魔導師が居るなんて敵に知られるとマズいです。逃亡されかねません!」

フェイバルはそれを確かに失念していたが、上手く誤魔化そうとその場で背伸びする。苦しい言い訳を零すが、それがかえって醜い。

 「……んとまぁ、よ、よく気づいたじゃねーの」

 「へへ。俺も戦闘任務の絡む依頼にはだいぶ慣れてきましたからね!」

幸いにも純粋だったダイトは、ご機嫌のまま部屋を出て行った。あっというまにフェイバルは、部屋にぽつんと一人。突如として孤独になってしまった。




 繁華街は王都のそれに負けず劣らずの盛況ぶりだった。目的も思い浮かばぬまま人混みをかき分けて歩いているとき、ヴァレンは玲奈へあることを尋ねる。

 「ねえねえ、レーナさんは、魔法銃持たないの?」

 「……うーん。なんというか、そーいう物騒なモノを持つのは抵抗が」

 「物騒? どこが?? だって魔法銃は、いうなれば私たちの命を守る武器よ???」

あまりにも価値観が違いすぎた。ミリオタをかじった玲奈でもさすがにガス銃までなので、きっと分かり合えないだろう。

 返答に困っていると、ヴァレンは思わぬ提案をする。

 「なら、見に行きましょうよ!」

 「……へ?」

 ヴァレンは玲奈の手を引いた。向かう先は魔法銃の専門店。工業都市・ダストリンともなれば、もちろん魔法銃の生産も盛んだ。

 繁華街ゆえに、お目当ての店はすぐに見つかった。ヴァレンの背中に隠れるようにして、恐る恐る店の中に入る。扉の鈴が鳴れば、すぐに威勢の良い挨拶が飛んだ。

 「らっっしゃい!! 嬢ちゃんたち、ゆっくり見てきな!」

 店内を見渡せば。そこには個性豊かな銃が並んだ。大小様々な拳銃型の魔法銃に、仰々しい機関銃型の魔法銃。長い銃身が映える狙撃銃型の魔法銃まである。本体のみならずアタッチメントも様々で、消音器から照準器まで数多くが所狭しと並んでいた。用途に合わせて柔軟にカスタムできる利便性は、玲奈が生きた地球の銃と近い水準にあるようだ。

 ヴァレンは壁に掛けられた拳銃型の魔法銃を目にしながら、妙に艶めかしい声で呟く。

 「やっぱり女の子は、ハンドガンよね~。でもこっちはちーっと大きいかな~」

その異様な光景に玲奈は思わず声を零す。正直ひいていた。

 「洋服のノリで銃のウィンドウショッピング楽しんでるの何なん……?」

見た目は妖艶な女性が子供のようにはしゃぐ姿はどこか異様だった。実際彼女は玲奈より年下なので、本来はそれが正しいはずなのだが。

 突然正気に返ったヴァレンは、魔導師たる玲奈へ尋ねる。

 「ところでさ、レーナさんの魔法適性は?」

 「えっと、氷だけですね」

 「ふむふむ、強化魔法が使えないならきっとこの辺の小さめの銃がいいですよ! 反動も小さいですし!」

 「でも、私銃なんて触ったことすら……」

 なぜか魔法銃を買う前提で話が進められる中、それを聞き逃さなかった店主の男は自然に二人のもとへ歩み寄る。

 「金髪の嬢ちゃん、お目が高いねぇ。ちなみにそいつのスペックは全長は一五・五センチメートル。重量五二三.七グラム。とにかく軽さが売りだな!」

ヴァレンは店主の言葉へ付け足すように褒めちぎった。

 「なにより性能だけでなく、この見た目ッ! ハンサムすぎるっ……欲しいっ……!!」

 「お! 嬢ちゃんにもわかるか! こいつの良さが!」

 「分かりますとも! やっぱ小さいのも持っとくべきかなぁ……」

 玲奈を差し置いて二人が共鳴してしまった。これは地球の言葉でいうところの、オタクという人種だ。そして分野は違くともそこに漏れぬ玲奈にはわかる。こういうのはしばらく収まらない。

 



 そのときダイトは作戦前に向けて軽食を買い込んでいるところだった。両手で紙袋を抱えてながら、人混みをかき分けて歩む。するとそのとき、これほど騒々しい場所にも関わらずに、ある青年がにダイトへ声をかけた。

 「ダイト……? ダイトだよな!?」

妙に汚れた作業着に身を包むその青年は、驚きと嬉しさが混ざり合った表情でこちらを伺う。ダイトは一目見てそれが誰だか理解した。

 「お前は……ウォンか?」

 ダイトもその青年につられて微笑んだ。ウォンはダイトの旧友である。いや、悪友と言うべきだろうか。

 「おいおい久しぶりじゃねえか! なんでダイトがこんなとこにいやがる!?」

 「仕事でちょうどさっき来たんだ。にしてもウォン、王都で見ないと思ったらこんなとこに居たのか!」

 「へへ。あんま頭使わずに体張って働けるのはココかなって思ってよ……なあ、良かったら少し話さねえか?」

 「ああ、時間あるしいいぜっ」

 遠方の地での久しい再会。そのかけがえない喜びに身を委ね、二人は手頃なカフェテリアへと入店した。




 店主とヴァレンの熱烈な談義が一段落すると、その男は玲奈へ話をもちかけた。

 「ところで、嬢ちゃんもギルド魔導師なのか?」

 「はい、ギルド・で魔導師をしています」

心苦しいが嘘をついておく。王都から国選魔導師の一団が訪れていることを絶対に漏らさないための策だ。もっとも、この陽気な店主が敵の内通者であることはなさそうだが。

 「そうか! 実はこう見えて、俺も昔は魔導師だった。だーかーら分かる! 魔法銃は持っとくべきだ! さあさあ、一丁どうよ???」

男も百戦錬磨の商売人だ。店主の圧に押しきられそうになったが、ここは上手く濁しておいた。

 「ま、前向きに検討します……」




 楽しい散策の時間はすぐに過ぎてしまうもので、気がつけば夕刻が近づいていた。繁華街へ出向いていた三人は詰所へ戻ったが、それぞれの事情でかなりの長旅になっていた。ひとりぼっちにされたフェイバルは少々不貞腐れている。

 「よおおめえら、すんげー遅かったな。楽しかったか?????」

三人は悪びれずににっこりと笑い、楽しかったと応えておいた。

 ダイトが買い込んできてくれた軽食を皆で口にしていれば、自然と談笑が始まった。玲奈は話に乗りながらも、これから始まる命懸けの仕事を思わせない緩さに、少しばかりギャップを感じた。

 ヴァレンは早々に銃の話題を切り出す。

 「フェイバルさーん、レーナさんに魔法銃買ってあげないんです? ヴァレン調べによると、女性魔導師の七割は魔法銃を保有しています!」

 「魔法銃か……俺そういうの無縁だし、分かんねえなぁ」

話が先に進みすぎているが、レーナは初歩的なことを聞いてみた。

 「そもそもなんで魔法銃なんです? 普通の銃じゃダメなんですか?」

ヴァレンは首をかしげる。

 「普通の銃?」

 「えっと鉄砲のことです。ほら、鉛玉を撃つやつ」

ヴァレンは遠慮無く大笑いした。気づけばダイトもクスクスと笑っている。どうやら恥ずかしい質問をしてしまったらしい。

 「レーナさんったらー冗談よしてよ。そんなの、もう何百年も前の武器じゃん。今どき魔装加工されてない武器なんて使い物になりませんったら!」

 「まそう……かこう?」

ヴァレンは人差し指をフェイバルに向けると解説を始めた。

 「例えば、今私が鉄砲でフェイバルさんを撃ちます。さーどうなるでしょうか」

 「えーっと……」

 「はいブー。正解は、鉛の弾丸が体を貫く前に熱魔法で溶かされる、でした。それだけじゃない、この銃本体もすぐに破壊されちゃうかも」

ヴァレンは饒舌に語り続ける。

 「それで、魔法銃が造られたわけ。魔法銃は魔力を集約させたエネルギーを魔法弾に変換して放つ。この魔法弾はただの鉛玉なんかよりよっぽど威力あるし、なにより魔法は魔法でしか相殺できない。だからフェイバルさんが魔法弾を無傷で防ぐには、相応の魔力を使った防御が必要になる」

 「それに加えて魔装加工ってのは凄く優秀でね。魔装加工ってのはまあ、平たく言えば魔法による影響を受けにくくする加工技術のこと。例えば水魔導師が水魔法でこの銃身自体を水に変換しようとしても、魔装加工がそれをほぼ完璧に防いでくれる。もちろん物理的に強くなってるわけじゃないから、強化魔法を付与した人に殴られたりしたら壊れるけどね」

 「なるほど……」

 「ちなみに魔装加工は他の魔法具にも標準装備されてるわよ。もちろん魔剣にもね」

玲奈はなんとなく分かってきた。

 「普通の剣でフェイバルさんに斬りかかっても、刃が届く前に溶かされちゃいますもんね……」

ヴァレンは玲奈が理解したのを確認したところで、また話を戻した。

 「てことでフェイバルさん、レーナさんに魔法銃を買ってあげてください! 必要です!!」

 「ただお前が銃使いの仲間を増やしたいだけじゃねーの?」

 「違います! 断じて!! ただレーナさんの身を思って!!!」

その妙な圧を前に、フェイバルは彼女の申し出を了承した。

 「……お前がそこまで言うならしゃーない。王都戻ったら一緒に店行ってやってくれ」

 「お! やったねレーナさん! 王都に帰ったら買おう! 絶対買おう!!」

 「そ、そうですねっ(?)」

飛び出した言葉とは裏腹に、もちろん不安が押し寄せる。

 (銃なんて使えないって……私一般人ですもの……)

 そんな最中、ダイトはどことなく嬉しそうな表情をしながら軽食を頬張った。それが目についたフェイバルは思わず声をかける。

 「そんでダイトは、何でちょっとにやにやしてんだ?」

 「えへへ、実はさっきたまたま旧友と会いましてね……」

フェイバルは少し考え込むと、何か思い当たる節があったのか、また尋ね返す。

 「ああ。もしかしての奴らか?」

 「そうです。あ、もう真面目に働いてるので安心してください!」




 腹を満たした四人の話題はついに本題へ突入した。緩んでいた皆の口元は、打って変わって引き締まる。そしてフェイバルは作戦の方針を告げた。

 「今回の突入作戦は二部隊で決行する。まず俺とヴァレンで目標へ潜入。見張りの敵数名の捕縛を行う。こいつは騎士の奴らが後から事情聴取する用だが、その場で奴らの親玉が潜伏してる場所を聞き出す算段だ。その後俺たちは、引き続いて親玉を目指す。残ってる見張り番どもは、後発隊のお前らの仕事だ。ダイト、レーナ頼んだぞ」

 「はい!」

 「ああそうそう。こいつも渡しとかねーと」

フェイバルが手渡したのは指輪のような何か。男によれば、これは通信魔法具という代物らしい。そういえば彼の指先にも同様の指輪が身につけられている。

 「魔法陣を開けば、すぐに俺と通信が繋がる。これくらいならレーナにもできるだろうし、レーナが持っときな」

 「わ、わかりました!」

 現在二〇時三〇分。作戦開始の刻が近づく。弟子たちの感じている若干の緊張は、玲奈の目にも見て取れた。あと一時間三〇分。






【玲奈のメモ帳】

No.14 魔法銃

魔力を取り込むことでそれをエネルギー弾に変換し放出する魔法具。大陸では鉛玉を弾丸とする銃が廃れ、魔法銃が主流となっている。なおその種類は様々であり、拳銃型・機関銃型・狙撃銃型のほか、散弾や超大口径のものも存在する。

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