第三十話 『災禍の化身』のチカラ 

「……よいのか?」

 レイラは純粋な瞳で言った。

「ああいい――やり過ぎたら止めるから、好きなだけ暴れろ」

 そう言った直後にケルベロスが襲い掛かって来た。三つ首の狼が各自に牙を剥いて俺とレイラに咬み付こうとする。しかし真正面から突っ込んで来た獣を、レイラは紫電で一蹴した。それから俺はレイラを地に降ろす。

 堂々と立つレイラに全クリーチャーズの目が向いた。一〇〇を超える怪物達の目を向けられても、レイラは身動ぎ一つしなかった。俺ですらこの数の視線を向けられたら圧を感じるというのに――怯まず、怯えず、レイラは堂々と正面を見た。

 俺は今のうちに空に浮いている二人を呼んだ。

「佐々木、海鳥! こっちに来い! そこにいたら巻き込まれるぞ!」

「え」

「リアちゃん、早く!」

 虚を突かれたように固まった佐々木の手を取って、海鳥は俺の隣に降り立った。その後、海鳥は地面に手をかざして、俺達の周囲に結界のようなものを張った。

 状況をよくわかっていない佐々木が口を開く。

「三人一ヵ所に集まって、どうするのよ?」

「どうもこうも、俺達はここで待つだけだ」

「はあ? 待つだけって――」

 佐々木はレイラの方向を見た。

「――戦わなくていいの? いくら『第二の人外シルバー・ブラッド』でも、この数のクリーチャーズは――」

「そう思うなら見てろよ」

「いや、見てろって」

「……リアちゃん、もう私達にできることはないよ」

 海鳥がそう発言すると、佐々木は口を噤んだ。緊張した面持ちで発言した海鳥に、佐々木は懐疑的ながらも、レイラの方を見る。

 すると同時に、戦況が動いた。

 まず前後左右から複数のクリーチャーズが、俺達に襲い掛かった。

 ケルベロス、オルトロス、ネメアの獅子と呼ばれるクリーチャーズの突進を、レイラは跳躍して躱す。

 そしてそのあと宙に浮いたまま、真下に向けて炎を放った。

 大きく開かれた口から放たれた炎は一直線に下に降り、地面に衝突すると同時に、爆風を起こして下にいるクリーチャーズを焼き払った。

 爆風は俺達がいる結界も余裕で飲み込む。

 一瞬で何も見えなったが、爆風が引いて再度開けて見えた景色は、何もない焼け野原だった。

「…………っ⁉」

 業火による一掃。

 二〇頭以上は余裕でいたクリーチャーズは、今の一撃で消滅した。周囲に生えていた木や草だけの植物だけでなく、レイラが吐いた業火はクリーチャーズが死んだ時に生じる灰すら残さなかった。

 しかし、それだけでクリーチャーズは全滅していない。

 宙にいるレイラに、次は鷲の姿をしたクリーチャーズが襲い掛かった。レイラの炎とは異なる、自身の炎に包まれた無数の大鷲が、レイラに向かって次々と突っ込んで行く。

 が――無意味だ。

 電撃の槍。

 レイラの前髪から生じた電撃が、襲い来るすべての大鷲を打ち落とした。四方八方に迸った紫電に打ち抜かれた大鷲は、瞬時に全身を炭化させられて重力に従って落ちて、地に落ちる前に灰へと変わった。

 その次は蛇の姿をしたクリーチャーズがレイラを襲った。

 レイラの真下から大口を開けて出てきた大蛇は、レイラの身体を丸のみにしながら地面から飛び出す。

「喰われたっ!」

「問題ないよ」

 レイラが大蛇に喰われたことに、佐々木が慌てた声を出す。

 しかし――問題はない。

 バキバキバキバキッ!

 と――レイラを飲み込んだ大蛇の身体がみるみる凍っていく。

 凍結。

 レイラを丸のみにした瞬間に――レイラがいるところを中心に全身を凍結させられた大蛇は、地面を飛び出した一直線の状態で固まり、伐採された大木のように倒れた。

 凍った大蛇の身体を突き破って、レイラは外に出る。

 その瞬間、再度複数のクリーチャーズがレイラに襲い掛かった。

「……アアア」

 が――何度クリーチャーズがレイラに襲い掛かろうと、関係ない。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼‼‼」

 今度は風。

 局地的に生じた暴風は、従来の動物の倍以上の体重があるクリーチャーズの身体を軽々と巻き上げて、分厚い雲に覆われた空へと投げ出した。

 そして風の刃で一刀両断する。

 そのあとも、戦況が逆転されることはなかった。

 オルトロスやケルベロスが、連携して全方向からレイラに襲い掛かった。しかしレイラは、全方位に電撃を飛ばして、それらを迎撃した。

 空から炎を纏った鷲が突撃した。

 しかし、レイラは暴風を発生させて鷲を薙ぎ払った。

 高い防御力を誇るライオンと、全長五メートルはありそうな巨大な猪が、レイラに突進して行った。

 しかし、レイラは右手でライオンの頭を貫き、猪の首を腕力だけで引き千切って、首をその辺に放り投げた。

 ライオンと山羊と蛇。三つ首を持つ怪物が各口から炎を吐いたが、レイラは対抗するように炎を吐いて、怪物を逆に焼き殺した。

 先程レイラを丸吞みした大蛇と同等の大きさを誇る、鱗の代わりに小さな蛇を無数に生やした大蛇がレイラに噛み付こうとした。しかしレイラは一歩も動かず、ただ睨むだけでその大蛇を灰に変えた。

「…………」

 一人で無数のクリーチャーズを相手にしても、圧倒するレイラの戦闘を見て、佐々木は言葉が出ないようだった。

 蹂躙。

 そう表現するのが相応しい光景だ。

 クリーチャーズが何頭いようと、ルール無用の殺し合いという分野において、レイラと対等に渡り合うことなんて、できるはずがない。

「……これが『第二の人外シルバー・ブラッド』」

 佐々木はぽつりと呟いた。

「『災禍の化身』」

 『災禍の化身』。

 確かに、それが今のレイラを表わすのに、ぴったりの言葉だ。

 人の姿をした災害。あらゆる災害を操る、人類に利なき、人ならざる者。

 それがレイラだ。

「……アアアアア」

 まあ、いくら『災禍の化身』と呼ばれるほど強かろうが、殺し合いで敵無しだろうが、弱点がないわけじゃないんだけど。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

 まず、レイラの能力は強過ぎて、いつでもどこでも発動させられるものじゃない。炎、氷、水、風、電気、土、病――俺も能力のすべてを把握しているわけではないけど、『災禍の化身』と呼ばれるレイラは災害に関するほとんどの事象を操ることができる。だから、一度能力を開放すれば、その場の天気や地形が変わる可能性があるし、人家が近くにあれば被害を出す可能性が極めて高い。

 第二に、レイラは強弱ハイロウのコントロールができない。いつでも高火力、いつでも高威力。人を殺さないように手加減をするとか、物を壊さないよう出力を抑えるとか、そんな細かい制御をレイラはすることができない。

 更に強弱ハイロウの制御はできないのに、レイラは戦えば戦うほど理性を失っていき、それに比例するように能力の出力が上がっていく。

 だからレイラの戦いは長引けば長引くほど周囲の被害が大きくなり、敵味方の区別がつかなくなり、止めにくくなる。

 ……今はまだ聞き取れる程度の声を発しているからいいけど、これが聞き取れなくなってきたら、要注意だ。

「アアアアア――■■■■■」

 ……って、思っている傍から聞き取れなくなってきたな。

 獣の呻き声とも異なる、言語化不可能な声を、レイラは発する。

「■■■■■■■■‼」

「……っ。何、この声……?」

 レイラのその声に、佐々木は不快な顔を浮かべながら、自分のこめかみを押さえる。

「リアちゃん――精神防壁、高めている方がいいよ」

 佐々木と同じく頭を押さえながら、海鳥はそう言った。

 レイラの眷属だから効かないのか、俺にはわからないが、海鳥が言うには、レイラのあの声は、気が狂いそうなほど不快な感じがするらしい。

「■■■■■■■■」

 更にレイラの身体から黒い靄のようなものが出て来た――『災禍の化身』モード。人外モード。人の形をしていながら、人の姿をしていない状態に移行する前兆。

 ……そろそろ止めいないとまずい。

「海鳥、外に出してくれ」

「えっ」

「レイラを止めてくる」

 これ以上放っておくと取り返しが付かないことになるので、俺は海鳥に結界を解くように言った。

 しかし海鳥は慌てた声を出した。

「いやぁ……かめくん? 今結界を解くのは大変危険かと……?」

「なんだよ? 心配してくれてるのかよ?」

「いやかめくんじゃなくて私達が危険って意味でしてね⁉」

「それはわかってるよ」

 俺は言った。

「けど、レイラが完全に暴走してしまったら、結界なんて意味がないことなんて、お前は知っているだろ?」

「…………」

 俺の言葉に海鳥は黙り込む。

 ゴールデンウィークのことを思い出しているのだろう。

 あの時は運よく止められたが、レイラがまた、全身が影に包まれた姿になってしまったら、同じように止められるかはわからない。

「だからその前に止める」

 と言ったら、結界の間近に雷が落ちた。

 天から落ちた一撃。

 もちろん天然のものではなく、レイラが落とした一撃だ。

 二発、三発、四発……と更に落雷が落ちる。

 クリーチャーズはもう数えるほどしかいないが、このまま全滅させても、暴走するレイラは止まらない。

「止めるって……あんなのどうやって止めるのよ?」

「拳骨」

「は?」

「一発殴って俺に意識を向けさせる。そうすりゃ正気に戻る」

「……そんなので戻るの?」

「たぶんな」

「いやたぶんて⁉」

「確実にレイラを止める方法なんて、ないんだよ」

 前に人外モードになった時は、正気に戻るまで殴って、声を掛けまくって、それでなんとかレイラの意識を俺に向けさせて、正気に戻した。

 今はまだ人外モードになる途中だし、前回よりも難易度は低いだろう。

 結界を張っている海鳥は、覚悟を決めたように深呼吸をして、言った。

「かめくん、絶対止めてよね?」

「ああ、善処する」

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