第二十四話 レイラの過去 その1

 家の中に戻った。

 佐々木のおかげで更に滅茶苦茶になった森は、重要な話をする場として相応しくないと思ったのもあるが、腰を落ち着かせてゆっくりと話を聞きたいと思ったので、俺はレイラを連れて自宅に入り、憩いの場であるリビングへと移動した。

 いつも食事をする場に座布団を二つ並べ、レイラと共に、隣り合って座る。

「……で。話したいことってなんだ?」

 そして互いに腰を降ろしたところで、俺は体育座りをするレイラにそう声を掛けた。

「話したいことっていうのは、俺とお前に関わる大切なことなんだろ? 今日の晩御飯はなんだろう……みたいな小さいことじゃなくて」

「…………」

 レイラは何も言わなかった。

 よっぽど話しにくいことなのか、それともどう話し始めたらいいのかわからないのか、レイラは体操座りをした状態のまま膝に顎をあてて、俺に目を向けては、逸らして……また向けては、口を開いて……しかし何も言わずにそのまま閉じて、また目を逸らす……という行為をした。

 俺はレイラが話し出すまで黙って待つ。

 俺が促して話させてもいいが、そうすることによって話し始めにくい圧を与えてしまう可能性もあったので、レイラが自分の意思で自分のタイミングで話し始めるまで、俺は何も言わず待つことにした。

 片膝を立てて座った状態のまま、リビングの天井を見る。

 ……ちなみにだが、佐々木と海鳥の二人はこの場にはいない。俺が二人っきりで話したいから家の外で待っていて欲しいと頼んだら、佐々木は「そんな暇ないわよ」と返事をして、海鳥と一緒にどこかへ行ってしまった。

「言っておくけど、あたし、別に納得してないから」

 と。

 どこかに行く前に、佐々木は俺にそう言った。

「あんたが『第二の人外シルバー・ブラッド』を受け入れている理由なんてどうでもいいし、この数十分の間でどんな心境の変化があったかなんて、微塵も興味がない――っていうかやっぱり、あんた意味わかんないわよ」

「…………」

「意味わかんないけど……まあ……でもいいわ。許してあげる」

 許されたらしかった。

 ……何を許されたのか、何故許されたのか、まったくもってわからないが。

 それから佐々木は海鳥に言った。

「さ。行くわよさつき」

「いやぁ、行くわよじゃないよリアちゃん!」

 海鳥は佐々木にブチ切れていた。

「勝手なことし過ぎ!」

「うっ……ごめん」

「なんでリアちゃんは頭に血が上ったらそう一直線なのかなぁ……? まあ、何事もなく終わったからよかったけど? ……けど、この件は先輩に報告させていただきますからね!」

「ちょっ、それはなしでしょさつき⁉」

「いいえ報告させてもらいますぅ! 少しくらいだったらまあ大目に見てあげようかなー……って思っていたけど! リアちゃんは今回の件を反省して、先輩に怒られて下さい!」

「え、いやっ、ちょっ……待って、待ってさつき! 悪かったからっ! 勝手なことしたのは悪かったから、それだけはやめて!」

 そう言い合いながら二人はどこかに行った。

 ……立ち去る前に、海鳥を追い掛けながら、佐々木は俺の方を一度睨んだが、あの視線は一体、どういう意味だったんだろう?

「…………」

 どれくらい待っていたかはわからないが、体感的にかなり長い間、レイラは黙っていた気がした。

「……かなめは」

 が、やがてぽつりと。

 小さな声で、レイラは話し始めた。

「かなめは儂のことを……どう思っておる?」

 質問。

 俺は正直に答えた。

「化物」

「…………」

「けど――それ以上に子供」

 海鳥はレイラのことを『災禍の化身』と言って、ほかの吸血鬼以上に、魔術師達に恐れられていると言った。

 『第二の人外シルバー・ブラッド』。

 『災禍の化身』。

 海鳥や佐々木はレイラのことをそう呼んだが、俺はそれが間違ったものだとは思わない。

 レイラの人に対する態度とチカラは、恐れられて当然のもの――だが、化物以外の側面もあることを、俺は知っている。

「化物以上に子供……のう――かなめだけじゃ。そんなことを言ってくれるのは」

「あん?」

「儂はの」

 レイラは言った。

「自分が化物じゃと……知っておる」

「…………」

「儂は人の区別が付かんからの……みんなが同じように見える。気持ち悪く感じる……生まれた時からずっとそうじゃった。自分と同じような姿をしておるけど、中身が違う。似たような生き物がいることが……ずっと怖かった」

 なんの話をしているのかと思った。

 いや、言っていることはわかる……レイラの人に対する認識。価値観――普段の態度や会話から、レイラが自分を人と思っておらず、人が自分と同じと考えていないのはわかるし、知っている。

 しかし、それを今言って、何が言いたかったのかがわからなかった。

「でも……かなめだけが怖くなかった。気持ち悪く感じなかったのじゃ」

「……なんの話をしてんだ?」

「うぬを初めて見た時の話じゃ」

「? それってゴールデンウィークの――」

「ううん……違う」

 違うはずがないと思うが、レイラははっきりと否定した。

「儂とかなめが初めて会ったのは……もっと昔の話じゃ」

「は?」

 何を言っているのかわからなかった。

 一瞬、冗談でも言ったのかと思ったが、しかし、次の発言と表情で、俺はレイラが冗談を言っているのではないと感じた。

 レイラは、泣きそうになりながらも、こう言った。

「全部話す。儂がかなめを眷族にした理由も……儂のことも」

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