大物-15

「それで、例の家政婦は見つからないのか?」

 森下は秘書の瓜野を杖で突きながら、詰問した。

「はい。申し訳ございません」

 土下座した瓜野は謝罪する事しか出来ず、歯痒い思いをする。

「あの家政婦は口が軽いぞぉ~ 早く始末をつけないとお前が首をくくる事になるんだぞぉ~」

「はい。分かっております」

「分かっておるのだったら、さっさと消せ!! このグズっ!!!」

 森下は急に激昂し、瓜野の背中を杖でバシバシと何度も何度も叩く。

 八十歳とは思えないほど力強く叩かれ、瓜野は土下座の姿勢を崩してしまう。

「姿勢を崩すな!! 戯けがっ!!!」

「も、申し訳ございません!」

 痛みに絶えながら、瓜野は姿勢を直す。

「先生。もうその辺にしてあげてください」

 ここで、もう一人の秘書、大日方美麗が部屋に入ってきた。

「いや、ダメだ。教育がいるんだ! 教育が!!」

 止めの一撃とばかりに杖を振り上げるのだが、美麗が杖を掴んでそれを阻止する。

「な、何をするっ!!」

「先生。落ち着いて」美麗は森下の耳元でそっと囁き、息をふっと吹きかけると森下はニヤリと笑い涎を垂らす。

「先生ったら、汚いですよ」

 美麗はスカートのポケットからハンカチを取り出して、涎を拭く。

「美麗は本当にわしを丸め込むのが上手なんだからぁ~」

 またしても、涎を垂らす森下。

「もう先生ったらぁ~ さ、瓜野君。次、失敗したら後がないと思いなさい。分かった?」

「はい。分かりました。失礼します」

 瓜野は森下と美麗に一礼し部屋を出て、駐車場へと向かった。

 車に乗り込み、苛立ちのあまりに思いきりハンドルを叩く。

「クソっ! スケベジジィが!!」

 瓜野は怒りに身を任せながら、車を発進させる。

 その光景を双眼鏡で監視していた長四郎は、後を追うようにバイクを走らせる。

 車を走らせた瓜野が向かった先は、警視庁だった。

「国家権力を行使しまくりだなぁ~」

 警視庁の庁舎に入っていく瓜野の姿を写真に収めた長四郎は都内某所のマンションへと向かった。

 マンションの駐輪場にバイクを停め、マンションに入っていく。

 インターホンを鳴らすと、音々がドアを開けて出てきた。

「こんちわ」

「こんにちは。どうしたんですか?」

「ここじゃなんだから、中で話を」

「はい。分かりました」

 音々は部屋の中に長四郎を入れる。

 リビングルームの椅子に腰を下ろした長四郎は早速、本題に入る。

「今日来たのは、例の殺人事件について」

「この前、話した事が全部ですよ」

「全部? 俺はそう思っていないよ」

「そうですか・・・・・・」

「で? どこの誰が殺されたの?」

「・・・・・・」

「黙秘権なんか使いやがって。こっちは、あんたのおかげで部屋が滅茶苦茶に荒らされて大損害の大赤字被ってんだよ。あんたが知っている真実を聞く権利はあると思うけどな」

「・・・・・・」

 ここまで言っても口を割らない音々に、強情な女だなと思う。

 だが、ここで諦める訳にはいかなかった。ここで、何も聞けなかったら先へは進めないし、音々を匿う為にまた部屋を借りなければならないのだ。

 そんなのは、ごめんなので長四郎はどうやって聞き出そうか思案していると「危険」とポツリと音々が呟いた。

「危険?」

「危険な目にあっても良いんですか?」

「探偵ってのは、危険と隣り合わせの職業なの」

「そうなんですか。なんか、小説みたい」

「だって、小説だもん」

「話します。殺された人は知っているんです」

「誰?」

「私の同僚で名前は、水前寺すいせんじ まことっていう女の子です」

「同僚? 水商売の娘じゃないの?」

「なんていうのかな。元々は、水商売をしていて」

「ああ、水商売をしていた娘がジジィに気に入られて家政婦兼性処理うんぬんかんぬんって感じか」

「はい。彼女とはプライベートでも仲良くしていて。性格は私とは間反対のタイプで、明るく活発な娘だったからあの爺さんとよく夜の事で喧嘩していて」

 ボロボロと大粒の涙を流し始める音々。

「OK. ありがとう。で、彼女の死体はどこ?」

「すいません。そこまでは、私は彼女の死体を見ただけなので」

「成程。じゃあ、もう暫くの間、ここで暮らしてくれよな」

「はい、分かりました」

「後で、刑事さん達が来るから。同じ話してあげてね」

 長四郎はそう言い音々の借り暮らしの部屋を後にし、来るべき国家権力との闘いの準備をしに行くのだった。

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