美味-6

「空岡ん。イタタクというシェフをご存知ですか?」長四郎は空岡にそう質問した。

「あー今流行りの料理人ですよね? 知ってはいますが、知り合いというわけでは・・・・・・」

「そうですよね。そう言えば、今日の料理は食べられました?」

「食べましたよ」

「何が美味しかったですか?」

「そうだなぁ~」空岡は少し考えて「美味しい物はなかったなぁ~」と答えた。

「結構、グルメなんですね」燐が話に入ってきた。

「グルメって。別にそんなんじゃないよ」

「そうですよね。失礼なこと言わないの」燐を窘めた長四郎は続ける。

「大変ぶしつけな質問ではありますが、美食家の谷原雄一がここに並べられた料理を食べてどういう反応を見せると思いますか?」

「どうして、俺に聞くんですか?」

「いや、あの人とっつきにくそうですし、料理のことを聞いたら何を言われるか」

「あっははっははは。その通りだ。間違いない。分かりました。俺流ではありますが、あまりにも酷い料理があれば吐き出すかも。それにここの料理全てがあいつの口には合わないでしょう」

「成程。大変参考なりました」

「お役に立てて何よりです」

「では、失礼します」

 空岡に一礼し、その場を後にした。

 次に向かったのは、谷原雄一が休んでいるというスイートルームであった。

 コンッ、コンッとドアをノックすると中から野太い声の「はい」という返事が返ってきた。

「どうも、警察です」長四郎がそう言うと燐がすかさず「ちょっと」とツッコミを入れる。

 ドアが開き「どうぞ」と谷原雄一の秘書っぽいおっさんが2人を部屋の中に入れた。

「失礼します」

 部屋に入ると腕を組んで、ソファーに座っている谷原雄一の姿が一番最初に目についた。

「どうも。事件の事で2,3お伺いしたい事があってきました」長四郎がそう話し掛けると「うむ」とだけ返事をする。

「では、第1の質問から。谷原さんはタイのムニエルでしたっけ? あれを食べて吐き捨てたとのことですが、何がお気に召さなかったのかを教えてくれませんか?」

 長四郎の問いに眉をピクリと動かして睨み付ける谷原雄一。

「睨む暇があったら、答えてくれませんか? こっちも早く事件を解決して帰りたいんで」

「何っ!!」谷原雄一はソファーから立ち上がり、長四郎の数cm前まで詰め寄って無言で睨み付ける。

 現場に謎の緊張が走る。燐も只ならぬ雰囲気を感じ取り、見守ることしかできなかった。

「ふんっ、良いだろう。教えてやろう」

 谷原雄一が話始めたので、現場に安堵の空気が流れる。

「あの料理には、独特の臭みを感じられた。だから吐き捨てたんだ」

「臭み? ですか。では、次にタイのムニエル以外何か食されました?」

「いいや、何も食べておらん」

「では、最後に今回の事件は毒物を用いて行われた殺人事件ですが、谷原さんが考える犯人はやはり空岡さんだと思いますか?」

「ああ、そうだな」

「そうですか。どうも、ありがとうございました」

 長四郎は燐を連れて部屋を出て行こうとするのだが、ドアの手前で立ち止まり「最後にもう一つだけ」と谷原雄一の方を振り向きながら質問を始める。

「板前拓哉というシェフはご存知ですか?」

「知らんな」

「分かりました。どうも、失礼しました」

 やれやれといった感じの表情を見せながら、長四郎はスイートルームを後にした。

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