異人-21

「道前を殺したのは偶然です。予期せぬ事態でした」

 取調室の椅子に座る津崎は項垂れながら、目の前に座る一川警部に語り始めた。

 役員解任事案の草案をどこかで聞きつけた道前は、役員達の説得を開始した。

 和歌山に行ったのも、役員説得兼接待のためであった。勿論、津崎もそのことを聞きつけてはいたので、役員達に道前の話に耳を傾けないよう通告を出していた。

「それで、殺すことになるとですか?」一川警部の問いに「道前がどこからか、そのことを聞きつけたらしくて。事件の日、会社で問い詰められたんです。白を切りましたがね」と答える津崎。

「成程。で、どうして事件現場に?」

「会社では埒が明かないと思ったのか。道前は自分のマンションに私を呼び出したんですよ」

「ほぉ」

 会社で白を切って難を逃れた津崎。しかし、道前は諦めが悪かった。

 津崎を別件で呼び出して問い詰めようと画策し、津崎はまんまとそれに引っかかってしまったのだ。

 津崎が道前の部屋を訪れると、いきなり道前に奇襲された。

 凶器のサバイバルナイフを突き付けられ、リビングに連行される津崎。

「一体、何の真似ですか?」

「お前が、あそこで白を切るから悪いんだよ! どうして、俺を役員から降ろそうとする。中村の差し金か?」

「何の話です?」

 道前はこの状況下になっても、とぼける津崎にナイフを突きつける。だが、津崎は動じることもなく話を続ける。

「これ、脅迫ですよ。分かってますか?」

「ふっ、大した根性だな」道前は突きつけていたナイフを降ろす。

「あの帰っても良いですか?」

「まぁ、待てよ。どうだ? こっちにつかないか? 悪いようにはしないぞ」

「どういう意味ですか?」

「言葉の通りだよ。俺の味方になって役員解任を阻止してくれないか?」

「何度も言っているじゃないですか。私は、その様な事に関与していないんですよ」

「そうか。じゃあ、手伝ってくれ。金はこれだけ出す」

 人差し指を立てる道前に「1000万円ですか?」と尋ねると、道前の顔が曇る。

 その反応を見て、道前のなかでは100万円で動くものだと考えていたのが手に取るように分かった。

「それで役員解任を免れるのか?」

「どうでしょうか。まぁ、出来るだけ善処しますが」と言う津崎は、中村の力が絶大で覆る事は99.9%不可能であることを知っていた。

「そんな曖昧な返事はいらない。俺は確証が欲しいんだ。絶対に役員を解任されないという確証がな」

「では、私はお役に立てそうにありません」

「そうか。残念だよ!」

 道前は言うや否や、津崎に向かってナイフを突き出した。津崎は済んでの差で、それを躱す。

「チッ!」舌打ちすると同時に追撃をする道前。

 しかし、それも不発に終わってしまう。

「お前、素人じゃないな」

 日頃の運動不足もあるが、津崎の身のこなしは素人の動きとは一線を画していたのだ。

「いえ、ジークンドーを少しかじっていた程度です」

「そうか!」

 再び不意打ちを繰り出す道前だが、これも上手いこと躱される始末。

「いい加減にしてください!」

 息を切らす道前の手から回し蹴りでナイフを落とした津崎は、そのナイフをすぐさま拾い上げる。

「失礼します」

 そのままリビングルームを出て行こうとする津崎を背後から羽交い締めにする。

 精一杯抵抗しようと津崎は道前の鳩尾に肘打ちを喰らわし振り払って、道前の方を振り返った瞬間、ナイフを持つ右手に嫌な感触が襲った。

 振り返った道前が再度、立ち向かってこようとしたのか。時を同じくして振り返った津崎が持つナイフが道前の身体を貫いたようであった。

「は、はぁ!!」

 津崎はナイフを引き抜くと、そのまま仰向けに倒れる道前。

 道前の死体には触れず、津崎は無意識に風呂場へ移動した。

 そこから夢中でナイフに付いた血を洗い流し、流し終えた津崎は天板を外してナイフを隠し道前の部屋から出て行った。

「以上が、道前を殺害した経緯です」

「成程。でも、なんでそこまで役員の椅子にこだわることがあるんかねぇ~」

 一川警部は津崎の供述を聞き終え、率直な感想を述べる。

 その光景をマジックミラー越しで聞いていた長四郎、燐、ミシェルの3人。

「ねぇ、あんたの考えはどうなの?」燐が長四郎に意見を求める。

「そんな事、俺が知るか!」

「私も興味ない」とミシェルもバッサリと切り捨てる。

「なんか、冷たくない?」

「滅相もない」

 そう言う長四郎の顔は、嘲笑じみた表情をしていた。

「あっ、そ」

 燐はさりげなく長四郎の尻を抓る。

「痛たたたたたた」

 悶絶する長四郎を見て、「Nonsense」と呆れた口調のミシェルは肩をすくめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る