帰国-15
勇仁は今、一人で羽田空港国際線ターミナルを歩いていた。
「お見送りはいらないのかい? お爺様」
振り返ると長四郎が立っていた。
「よくここが分かったな」
「そらぁ、探偵だからな」そう答える長四郎の手には一枚の封筒が握られていた。
「なんだ、受け入れてくれたのか?」
「んなわけねぇだろ。こんな事されても困るんだよ」
それは今日の昼間の出来事だった。
長四郎はいつも通り事務所でぼぉーっとしていてたのだが、ふとジャケットをクリーニングに出そうと思いポケットの中身を整理していると、一枚の見知らぬ封筒が出てきた。
封筒の封を開け中身を開けると、一枚の招待状が入っていた。
長四郎を大手探偵事務所のペリゴ株式会社へ、ヘッドハンティングの誘いが書かれていた。
「余計な真似を」長四郎はそう一言だけ呟き、ペリゴ株式会社へと足を向けた。
そこで、丁重にお断りを入れたのだが「会長が納得しない」だのなんだのゴネ続けられたのだが「会長は俺が説得する」の一言でその場を切り抜けた。
そして今、その会長の居場所を突き止め説得を試みようとしていた。
「それで、どうして断るの?」勇仁は共用のベンチに座り長四郎に問いかける。
「よくありがちな回答で申し訳ないが、一人で好き勝手やれる方がいい。
組織で生きていくのはしんどい」
「若いのに、変な考え持ってんだな」
「世の中、皆それを我慢して生きているんだけど、俺は我慢ならない性分でね」
「ふーん。じゃあ、諦めるわ」
「意外とあっさり諦めるんだな」
「ま、無理なものに時間をかけても仕方ないから」
「で、ラモちゃんはどうしたの?」
「家に居るんじゃない?」
「なんで、お見送りしないの?」
「昔、燐がこんぐらいの時に」勇仁は自分の膝に手を当て話を続ける「お見送りに来たのよ。そん時にさ、おじいちゃんと離れたくなぁーい。ってギャン泣き、宥めるのに苦労したのよ」
「そんな事がねぇ。でも、今はそんな年じゃないでしょ」
「いや、あの感じだと大して変わらないんじゃないかな?」
「そうか」
「ここに来たのは、それだけ?」
「いや、もう一つある
「事件の事?」その言葉に頷いて返事する長四郎。
「福部 習子がどうやって蒼間から話を持ち掛けられたか。分かったけど、知りたい?」
「そこまで言われたら知らない訳には行かないな」
「じゃあ、話すわ」
一年半前、福部 習子の下に一通の手紙が届いた。
そこには、月命日に献花している人物が自分である事。そして、事件が示談に持ち込まれた大きな原因は賀美 金衛門にあること。
その息子、良器は自分の犯した罪に向き合わず遊び暮らしており、その行動には目に余るものがあるので、何か起こしたいのであればお手伝いしたい。
習子は一度話を聞いて見ようと思い、蒼間に接触した。
後は、蒼間がでっち上げた情報を鵜吞みにしてしまった習子に復讐を持ち掛けるとそれをすぐに承諾した。
それから間もなくして習子は会社を辞め、タイに渡った。
蒼間刑事部長の知り合いの暴力団のまたその知り合いのタイマフィアに習子を預け、銃の取り扱いをレクチャーさせた。
その見返りとして、習子をタイマフィアが経営する如何わしい店で働かせたりもしていた。金衛門殺害の準備が整った段階で習子を日本に帰国させ、ホテルへと再就職させた。
「それから彼女がホテルの間取り図等を作成し、実行に移したんだと。
でも面白いのが、蒼間達が一年間かけて立てた当初の計画を彼女が一蹴して、半年の間に再構築させたらしい」
「習子ちゃん、優秀そうだったもんな」勇仁の口元が緩む。
「そうだな。蒼間もバカだよな。自分の企業の成長がなしえないからって、ライバル企業のトップ殺してどうにかなると思ってんだもん」
「取り調べでそう言っているのか?」
「言っているらしいよ」
「そうかぁ~」勇仁は長い足を組んで、腕時計を見る。
「そろそろ時間か?」
「ああ、行かなきゃな。可愛いCAの子がこの便に乗るんだよ」
「えっ、マジ!!」
「マジ、マジ」
「今度、俺にも紹介してよ」
「じゃあ、聞いてみるわ」
「頼むぜ、勇仁」
「任せとけよ」
長四郎と勇仁はガシッと力強い握手を交わして別れ、勇仁は手荷物検査場に向かう。
すると、手荷物検査場の前で燐が立っていた。
「あ、燐」
「お爺様、黙って帰るってどういう事ですか!」
「あ、すまん、すまん」
すると燐は勇仁の胸にしがみつく。
「お、おい!」
若い女の子が高齢者男性に抱きつくその絵を見ての周囲の目が痛すぎて、勇仁は冷や汗を掻く。
「ごめんなさい」そう言って身体を離す燐の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「高校生になっても変わらないか・・・・・・」
「何か言いました?」
「い~や」
「じゃあ、お爺様。お元気で」
「ああ、燐の方こそ」
「はい」
勇仁は燐にそう告げ、手荷物検査場に向かって歩き出すがすぐに立ち止まり振り返ってこう言うのだった。
「長さんに迷惑かけんなよ」
「余計なお世話です!!」燐は舌を出して反論する。
それを見て勇仁は微笑み、手荷物検査場の中に入って行く。
そして、長四郎は展望デッキに居た。
「じゃあな、勇仁」
勇仁が乗る飛行機が東京の夜空に飛びたつのを見ながら、ホットコーヒーを飲むのだった。
完
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