#211 本日の天気は曇りのち龍


「ふうむ。銀鳳騎士団の作としては、なんというか大人しいものだな」


 ――複数炉対応型試作近接戦仕様機ウォーリアスタイル“ヴァーサタイルトイボックス”。

 斯様に銘打たれた新型機開発の報せがシュレベール城へと持ち込まれたのが数日前のこと。


 報せと共に届けられた先行試作機の実物は、すぐさま国立機操開発研究工房シルエットナイトラボラトリへと運ばれた。

 国王リオタムスの手元にあるのは概要を記された仕様書、その写しである。


 人馬騎士ツェンドルグ、飛翔騎士シルフィアーネ、そして銀鳳騎士団長騎イカルガ。

 銀鳳騎士団が手ずから生み出した幻晶騎士シルエットナイトというのは揃いも揃って常識に喧嘩を売るような代物ばかりで、それに続く新型機としてはひどくまっとうな機体である。

 おかげで要らぬ疑念が湧き上がる有様であった。


「というわけでだ。諸君らに来てもらったのは他でもない、この機体について国機研ラボとしての意見を聞きたくてな」

「心得ておりますよ。詳細は、実物を調べた彼の口から申し上げたく」

「よろしく頼む」


 国機研の長であるオルヴァーが頷き横にずれる。

 入れ替わりにのっそりと歩み出た一人のドワーフ族。引退したガイスカの跡を継ぎ中央工房長を務める男である。


「それでは申し上げまする。忌憚なき感想を申し上げれば、これは素晴らしき騎体であります。あらゆる面においてカルディトーレを凌ぐ力を有しながら操るに易く、我が国が誇る騎操士ナイトランナーなればさほどの訓練もなく乗りこなせましょう。さらには多種多様な装備を容易に扱いこなし、これは我ら整備を受け持つ者の手間をより軽くいたしましょう。魔力転換炉エーテルリアクタを二基搭載した機体というのは昨今では珍しくもなくなりましたが、建造ならばともかく設計するとなれば困難を極めまする。人馬騎士であれ飛翔騎士であれ銀鳳の方々の設計でございますれば、その熟練の技を感じ鍛冶師一同、一層奮起する次第でございます」

「ほう。それほどまでに“まとも”なのか……」


 リオタムスの声音に戸惑いが含まれていることを、誰が責められようか。

 それほどまでに銀鳳騎士団は今まで好き放題やってきたのである。


「然しながらこの機体。正直に申し上げて“まとも”な代物ではございませぬ」

「ほう」


 さあて来た。

 雲行きが怪しくなってきたのに何故かリオタムスは待ち望んでいたかのように身を乗り出した。


「そも、炉を二基必要とする機体とは何かしらの理由から魔力消費が莫大であるものがほとんどでございました。つまり必要に迫られたゆえ載せたという性格の強いもの。然るにこの機体、設計上は一基の炉で動いてもおかしくはございません」

「ならば何故二基の炉を載せたと考える?」

「……戦うため。これの全ては、恐るべき強敵と戦うためだけに在るものと考えまする。二つの心臓を持つ躯体。その構造も執念深く無駄を省かれ、魔力の一滴も余さず使うという、強い意思に満ちております。例えるならば、あまりにも鋭利に研がれた剣……とでも申し上げましょうか」


 説明を聞いたリオタムスが深く吐息を漏らした。


「それで合点した。あやつらはこれで戦うつもりなのだ」

「イカルガ、ですね」


 オルヴァーが頷いた。

 “銀旗の乱”の話は当然、彼の耳にも届いている。今この時に銀鳳騎士団が死力を尽くすとすれば理由などひとつしかない。


「銀鳳騎士団の願いはわかった。後はこの機体を広く量産すべきかという点だが」

「それは否と申しあげざるを得ませぬ」

「ふむ。その心は」

「役割でございます。先に挙げた人馬騎士、飛翔騎士とも他に代えがたき価値を有しております。たとえ炉を二基融通してでも望まれましょう。対するにこのヴァーサタイルトイボックスなる機体、ありていに申し上げればカルディトーレ二騎と引き換えるべきものかという問いに答える必要がございます」


 それにはリオタムスも腕を組んで考え込んだ。

 しばし己に問いかけ、すぐに答えは出る。


「なるほど、それは確かに否であるな。性能ではカルディトーレ二騎分の、あるいはそれ以上の力があるのやもしれぬ。しかし歩兵の価値とはただ能力だけに非ず、数があってこそ。徒に数を減らすような手はとれんな」

「ご明察恐れ入ります。一介の鍛冶師めが出しゃばりをいたしました」

「そのようなことはない。なるほど得心のいく言葉であった。さすがは我が国が誇る国機研よ。その眼力、これからも頼りにさせてもらうぞ」

「畏れ多き言葉にございます」


 リオタムスは満足げに頷く。


「これからも励むが良い」

「ははっ。心得ております」


 オルヴァーと男が下がっていった後もリオタムスは情報を整理して考えていた。

 かつてカルディトーレの時のように、ヴァーサタイルトイボックスを国機研に預け磨かせるのはどうか。

 おそらく意味はない。この機体は既にギリギリまで磨ききられている。


 カルディトーレが生み出された時、事はもっと簡単だった。

 それ以前に普及していたカルダトアの後継として生み出され、使い方も役割も全く同じまま性能だけをを向上させた機体。

 それゆえに歩兵をより精強なものとし、国土を安定させる大きな力となった。


 対してヴァーサタイルトイボックスはそもそもの役割が違う。

 元来、銀鳳騎士団とは少数にて強大な敵を相手取ってきた剛の者であり、常に一騎当千が求められてきた。

 その最強イカルガを狩るための刃。そんなものが余人に見合うわけがない。


 ふと考え直す。

 もしかしたら銀鳳騎士団に連なる白鷺、紅隼両騎士団ならばこの機体を欲しがるかもしれない。

 多数を量産するには問題があるが、少数ならば無理というほどでもない。なんなれば銀鳳自身の協力を取り付けても良かった。


「うむ。そんなところであるな」


 彼は知らない。この時点ではヴァーサタイルトイボックス以外の情報が伝わっていないということを。

 そこに悪意があったわけではない。

 ただ“未完成だから”という至極素朴な理由で情報を留め置かれたことが、後に彼の胃を直撃することになる。


 今のところは収まるべきところに収まったとして、国王陛下はまったく心穏やかに過ごしていたのだった。




「はぁ~。空ってのも楽じゃないな」


 西方の空に飛空船レビテートシップが出現してからわずか数年。

 大西域戦争ウェスタン・グランドストームという劇的な舞台も手伝って、飛空船の存在はすぐさま西方中の知るところとなった。

 さらに戦後に設計情報が広く漏れ出したことから爆発的に普及することになる。


 とはいえ情報は完璧なものではなく。

 需要のあまり設計の巧拙を問わず乱造した結果、初期には悲しい事故が引きも切らない有様であった。

 が、それも時と共に安定してゆき。

 昨今では少々勢いのある商人ともなれば一隻ならず所持しているといった状況である。


 とはいえ飛空船を飛ばすことさえできればそれで問題ないかといえば、さに非ず。

 生みの親たるジャロウデク王国ですら“空の交通整理”は試行錯誤しているところである。

 現状、西方諸国の空は無法地帯と呼んで差し支えがない。


「見張りィ、大枚はたいて雇ってるんだ。しっかり仕事してくれよ」


 ところで勢いよく普及したあまり、最近では“空賊”などとも呼ばれる空の賊が現れる始末である。

 この世界に探知機レーダーの類は存在しない、異常を見つけるのはいつの世も人力による目視なのである。

 そして幸運なことに、この船の見張りは素晴らしい仕事をした。


「……! 異常あり! 上だ! 雲の中に何かいる!」


 伝声管ごしに叫びが上がる。


「雲の中だって!? 冗談、飛空船でそこまで上がるのは難しいぞ!」

「気合の入った空賊がいたもんだ!」


 船員たちもめいめい硝子窓にへばりつき異常を探し。

 そうして目撃した。


「なん……だ……これ……」


 垂れこめる雲を割り巨大な蛇のような何かがぞろりと蠢く。

 でかい。空中では対比物がないため正確さに欠けるが、その全長は優に飛空船を超えているようだ。


 船が大慌てで進路を変更する。しかし既に手遅れであった。

 船の進路を塞ぐように前方に巨大な先端部が出現する。


 化け物。だが船員たちは奇妙な印象を抱いていた。

 自然に生まれた獣とは異なり、その外見は明らかに人工の雰囲気をまとっている。


 あたかも鎧をまとった巨大な騎士のような形。

 彼らの知るうちでそのような存在は一つしかない。


「幻晶騎士……?」


 呆然と呟くうちに化け物は眩い雷光を放ち、一撃のもとに飛空船を貫いた。




「はへぁ? りゅーうゥ~?」


 ジャロウデク王国、王城。

 つい最近国王の座に返り咲いたカルリトスが深い嘆息と共に頷く。


 彼は一時は敗戦の責を負って表舞台から姿を消すも、電撃的に再び王位へと返り咲いた人物である。

 その治世はジャロウデク王国をかつての姿へと戻すことに焦点が絞られており。

 彼と共に復活した黒騎士たちが、今も奪われた領土を取り返さんと奮戦している。


 果断にして強烈な意思をもって遂行するカルリトスは尊敬と共に恐れをもって周囲から見られていた。

 その彼に対してこんな雑な返答が許されるのは王国最強の刃、“狂剣”のグスターボをおいて他にあるまい。


「商人どもから陳情が上がっている。空路のいくつかに化け物が現れ、船が喰われるとな」


 カルリトスも気にした様子もなく続きを話す。

 傍らのエリアスだけがはわわと慌てていた。


「はへぇ。魔獣てぇやっスね。空飛ぶ大地でったやつぁ雑魚ばっかしたっけど」


 ちなみにグスターボのいう魔獣とは幻魔獣マンティコアのことである。

 さくさくとなます切りにしたため彼の記憶には大して残っていない。


「このような雑務を貴卿に任せるのもまったく勿体ないものだがな、鋼翼騎士団は再編成中で身動きがとれぬ。何より今の我が国に、貴卿より空に慣れたものはいないのでな」


 説明を聞いたグスターボがにぃと笑みを浮かべた。

 完全に悪戯を思いついた悪ガキのそれである。


「陛下は運ってやつがよろしいようでェ。ちょうど新しい刃が研ぎ終わったところ。試し斬りの獲物が欲しかったんでさァ」

「ほう。貴卿の機体は優先して作らせていたが、出来上がったか。いかなる機体をしつらえたのだ」

「ちょいと、飛んでるやつでもぶった斬れるのを」


 カルリトスはわりと率直に「何言ってんだコイツアホか」と思ったが、賢明にも口を開くことはなかった。

 “狂剣”とうまく付き合うコツは、あらゆる言葉が本気であると心得ることである。

 斬るといったからには大真面目に斬るつもりなのだ。


「そいじゃあ斬ってきま~っす。朗報をお待ちくだせっすよ」

「狂剣殿! ご武運を!」


 エリアスの言葉にひらひらと手を振り立ち去ってゆく。

 かの高名な“狂剣”が請け負うとなれば商人たちへの面目も立ち、能力にも全幅の信頼が置ける。

 この件は文字通り朗報を待つだけだ。


「(国を育て直すには金という餌がいくらでも必要になる。商人たちにはせいぜい稼いでもらわねばならん。面倒なことだが……)」


 剣角隊の持ち帰った源素晶石エーテライトとて無尽蔵ではない。

 面倒だとしても心を砕かねばならないことは山ほどあった。


 瞑目した瞼の裏、カルリトスは無数の駒が並んだ盤面を今日も神経質な表情で眺めている。




 船の舳先から巨大な剣が突き出したわけのわからない外観デザイン、こんな奇妙な姿の船は西方広しといえど一隻しかない。

 グスターボ率いる“剣角隊”の専用船“剣角の鞘ソードホーン号”である。


「さあて言われて飛び出てきたはいいけっどよ。肝心かなめの魔獣様はどこなわけよ」

「はて。話によると商人どもが被害を受けた場所はかなり広範囲に及ぶようです。これを絞り込むのはなかなか骨の折れる作業ですな」

「んじゃ適当に飛んどくか。そのうち釣れっだろ」


 そんなわけで“剣角の鞘号”は今日もその辺をうろうろとし続けていた。

 獲物が針に食いつくまで糸を垂らし続けるという剛毅な方針であったが、幸か不幸か確かに当たりを引く。


 それは“剣角の鞘号”が空を漂って数日が過ぎた頃のことだった。

 船長席でバカいびきと共に寝ていたグスターボがいきなり起き出して口を開く。


「……ふぅん。お前ら、戦闘準備だ。急げよ」

「! アイサー!! 伝令! 即時戦闘準備! 即時戦闘準備ッ!」


 急な命令であろうと躊躇はなかった。

 こと戦闘に関する限りグスターボの勘は恐ろしく冴えることを、全員が承知しているからだ。


 船が態勢を整え終わった頃、周囲に異変が起こる。

 垂れこめた雲を掻きまわすように蠢く何者かの影。船よりもはるかに巨大な存在がすぐそばまで迫っていた。


「あれは……! 想定よりはるかにデカいですな!」

「おおう、こんなでけーのか。ぶった斬るのに剣がもつかねぇ?」


 そんな暢気なことを言っている場合ではないが、グスターボとしては真剣だった。

 やがて雲をかき分け、先端部が姿を現す。


「おい、こいつは……」


 船を睨み据える“ソレ”の姿を目にし、船員たちの誰もが驚いた。

 化け物だと思っていた相手だったが、その形は明らかに人工物――もっと言えば幻晶騎士のような形をしていたのだ。

 それも、グスターボにとっては見覚えのある相手である。


「冗談だろうが。お前がこんなとこにいるわけねっだろう?」


 見間違うわけがない。

 空飛ぶ大地を翔け、世界を滅ぼさんとした光の柱へと挑みかかった蒼き鬼神。

 それは“イカルガ”に酷似した姿をしている。


「まぁた面白ェことになってんじゃねぇか。そんなに俺っちを楽しませたいのかよォ……!」


 いずれにせよ相手にとって不足なし。

 グスターボの戦意が高まってゆく――しかし相手も悠長に彼らの動きを待ってはくれなかった。

 イカルガモドキ(仮称)がいきなり雷光閃かせ、襲い掛かってきたのである。


「んだぁ!? ありゃ雷霆防幕サンダリングカタラクトじゃねぇか! やべぇ迎撃! 潰せ!」


 “剣角の鞘号”の各所から法撃が放たれる。

 それらは雷撃と衝突し、空中に無数の爆発を咲かせた。


「あっぶね! こいつは飛竜戦艦ヴィーヴィルと戦ってると考えた方が良さげかぁ……んん?」


 いきなりグスターボが明後日の方向へと振り返り、スンと鼻を鳴らした。


「見張りぃ! 全周警戒しろ! まだ何かがいるッ!!」


 船員たちが慌ただしく伝令する。

 すでに魔獣だけでかなり厄介な事態になっているというのにこの上まだ何がいるというのか。

 それはすぐに見つかった。


 “剣角の鞘号”の行く手を阻むかのように飛空船団が現れたのである。

 ジャロウデク王国に関わる船は騎士団であれ商人であれ、この地域を避けているはずである。

 ならば他国でしゃばりがいるということだ。


「お前ら! 全速前進! あいつらのど真ん中を突っ切るぞ!」

「アイサー!」


 “剣角の鞘号”が飛空船団めがけて増速する。


「おい見張りィ、旗ぁ見えたか。どこのバカだァ?」

「あいさ隊長おかしら! ありゃあ俺らの馴染みですぜ!」


 伝声管の向こうから聞こえてきた報告にグスターボは口元を歪ませる。

 まるで顔が二つに裂けるのではないかと心配するほどに深く笑みを浮かべ。


「ひひひははははは! “パーヴェルツィーク”だとォ……! 兄弟よォ! あるいは喰い残しィ! どいつもこいつも優しいじゃねぇかぁ、泣けてくるぜぇ。俺っちをどこまで楽しませてくれるんだよォ!? なぁ!」


 飛空船団との距離が縮まるにつれ、その帆に描かれた白き槍を象った紋章がよく見えるようになってきた。


「俺の剣と“カイリー”を準備しろ! こいつぁ挨殺に征かねっと面子が立たねってもんだ! その後は魔獣もくわえてよろしくやろうぜェ!!」


 戦いまつりが始まる――。


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