#200 日常的に不穏
獰猛な
供給される
群れを成して飛ぶ機動法撃端末――“カササギ”による一糸乱れぬ法撃が地上に向けて叩き込まれる。
木々をなぎ倒し激走していた魔獣群が法撃を浴びて打ち斃された。
分厚い外皮をさらに堅牢な甲殻で覆った、巨大な牛に似た決闘級魔獣。
頑強さに富んだ獣であっても、絶え間なく降り注ぐ法撃の豪雨に抵抗しきれるものではない。
一匹また一匹と数を減らしてゆく。
群れの長だろうか、ひときわ大きな身体を持った魔獣が無念と憎しみのこもった叫びをあげた。
返答は眩く輝く轟炎の槍の一撃。
魔獣を貫き、威力のあまり大地に大穴をあける。
そうして地上に動くものがなくなったところで、カササギ群が主のもとへと引き返してゆく。
そこに在るのは普く破壊を司る鬼神――“マガツイカルガニシキ”。
翼部をたたみ
「魔獣の群れはこれだけでしょうか」
「確認するねー」
伝声管からシルフィアーネ
すぐにマガツイカルガニシキから発光信号が送られる。
周囲を偵察していた
――ジュウエイ、ミエズ。
「終わりだって!」
「はい。今日の任務は完了です。少々物足りないですね」
「カササギちゃんたちを出すとイカルガの出番ないもんね」
「それだけの厄介ごとがないというのは良いことなのですけどね」
マガツイカルガニシキに撤収を指示する発光信号が灯る。
飛翔騎士たちが母船である
船には紅の剣を象った紋章が刻まれている――紅隼騎士団の証しである。
船橋で遠望鏡を構えていた中隊長の男が吐息と共にそれを下げた。
「決闘級魔獣が二十体以上の群れ。都市の守護騎士団であっても覚悟が必要な相手です……それをまるで一方的に蹴散らすとは」
船長席にだらりとのびていたディートリヒがふむ、と気のない返事をしてから地上の様子をちらと見やる。
「さすがは大団長閣下であるね。当然の結果だろう」
彼にはわかり切っていたことであるが、団の中では新入りであるこの中隊長にとっては驚くべきことだったのだろう。
地形の影響を無視できる飛空船が現れてより、国内の魔獣対策はさらに大きな一歩を踏み出した。
これまでのように襲撃を受けてからの戦力派遣ではどうしても後手に回らざるを得なかった。
そこを飛空船によって巡回することで、危険と思われる魔獣の群れを探しあらかじめ排除することが可能となったのである。
しかしまだ問題は残っていた。
飛空船、ひいては飛翔騎士は基本的に空から降りることが出来ず、対地戦闘を得意としているわけではなかったのだ。
そこでマガツイカルガニシキである。
飛翔騎士を上回る機動性能、国内のどこでも単体で駆けつけられる移動性能。
さらに単騎で群れを殲滅可能なでたらめな戦闘能力の上に、空に地上に戦場を選ばない。
これほど強力な手札を遊ばせておく理由はなかった。
かくして銀鳳騎士団には定期的に魔獣の間引き任務が舞い込んでくるようになった。
現状、銀鳳騎士団の実働戦力はマガツイカルガニシキただ一騎――ある意味で二騎――なので、つまりはエルご指名と同義である。
そしてこれまた当然、エルは嬉々としてイカルガを出撃させるのである。
いわく機体開発の合間の気分転換に良いと。
物騒な気分転換もあったものだが、大団長が乗り気とあれば止める者はいないしそもそも必要もない。
たださすがに単騎では索敵まで手が回らないため、補佐として他の騎士団から飛翔騎士が同行している。
ちなみに毎回のようにディートリヒが手を挙げすぎるので、かなりの割合で紅隼騎士団が担当していた。
「つーかダンチョ。偵察のための飛翔騎士隊はともかくダンチョは何しに来たんスか」
「む。仮にも大団長のお手伝いをするのだ、それなりの格式というものがだね」
「大団長と一緒に出掛けたかっただけッスよね?」
「つーか他の仕事放ってきましたね?」
古株の指摘に、ディートリヒがすっと顔をそむけた。
飛翔騎士の引き上げが終わった飛空船が帰路に就く。
マガツイカルガニシキは飛空船には乗らず単身飛んでいた。
その姿を中隊長がじっと見つめている。
「イカルガ、噂には聞いていましたが実物はそれ以上ですね」
「しっかりと目に焼き付けておきたまえよ。あれが銀鳳騎士団旗騎、フレメヴィーラ最強の守護鬼神の姿だ」
ディートリヒが得意げに胸を張る。
古株たちも似たようなもの、未だ彼らにとっては自慢の旗騎なのである。
しかし中隊長は少し様子が異なっていた。
「大団長閣下はあれほど強力な幻晶騎士を作り上げて、いったい何をするおつもりなのでしょう」
「少なくとも師団級魔獣くらいは相手にするつもりだね」
何かを考える彼の問いにディートリヒがさらっと答えた。
特に大言ということもない、“次の機会”があれば確実にやる。
それは銀鳳騎士団出身の騎士としては当然の認識だった。
「我がグゥエラリンデもそうありたいものだが、まだまだ届かないな」
いかにも楽しげな様子のディートリヒとは対照的に、中隊長の表情は晴れない。
「恐ろしくはないのですか、クーニッツ団長」
「? 何がだい」
「イカルガの力は他と隔絶しています。万が一にもあれと敵対した場合、止められるものがおりません。確かに大団長閣下は数々の功績を打ち立てたお方。しかし何事にも絶対というものはございません」
中隊長の考えを聞いたディートリヒはさほど珍しくもないことにぽかんとしたマヌケ面を晒していた。
ややあってから咳払いと共に気を取り直す。
「……なかなか面白い視点だと思うよ。しかし考慮には値しないね。まずどんな馬鹿をやらかせばそんなことが起こるのか想像もつかない。まぁいずれにせよ心配する必要などない」
そうして彼は自信満々に言い切るのだ。
「もしも彼が敵に回ることがあったとして、ならば我々は彼の側につく。だから敵対はあり得ない」
中隊長の表情が引き攣った。
無茶苦茶な理屈である、だとすればエルネスティ以外の全てを敵に回すことすらありうるということだ。
しかし恐ろしいことにディートリヒはまったく本気の様子だった。
「ダンチョは前科あるからな」
「むしろ俺たち揃って陛下に啖呵きったし?」
「いやぁ若気の至りってやつぅ?」
「ま、次もやるけどな」
しかも古株たちも否定しないどころかなにを朗らかに頷いているのか。
この騎士団は本当に大丈夫なのか、ちょっとだいぶかなり不安になった新米中隊長なのだった。
オルヴェシウス砦上空。
蒼穹に混じるように蒼い機体が浮いている。
その背にはエスクワイアと呼ばれる支援用幻晶騎士が接続されていた。
本体と同じ蒼に塗装されたそれは“ロビン”という個別の名を与えられている。
さらに後方に向けて巨大な柱のような構造が伸びていた。
機動性超強化装備であるブースターユニットだ。
ごちゃごちゃと色々な装備をくっつけているために、その姿はいちだんと奇妙な物に成り果てている。
そんな幻晶騎士
「
さすがはこの世界に突然、実用飛行機械である飛空船を現出せしめただけはあるというもの。
「完成度が高いというのは反面、後から手を入れるのが困難だとも言えます。なので粗削りな機能を使ってと」
操縦席に増設した
半人半魚とも表される細長い機影。
可動式追加装甲を兼ねた幅広い安定翼が特徴的なシルフィアーネ
「むむむエル君が一人でいっちゃう」
「ちょっと新機能の試験をしてきますので、大人しく待っていてください」
「えー。しかもシーちゃんというものがありながらエスクワイアなんてつけてるしー!」
「これはイカルガではなくてトイボックスですので。では先に予定地点で待っていてくださいね」
「はーい。じゃあ先にいってるー」
ちなみにアディは特に役目も用事もない。単にくっついてきただけである。
素直に終了予定地点へと向かうシルフィアーネの後ろ姿を見送って、エルは操縦桿を握り締めた。
「これより試験を開始します。“
ブースターユニットに炎が灯る。
推力に特化したその目的通りに力強く機体を押し進めた。
エスクワイアに装備されていた可動式追加装甲が広がり気流を掴む。
そのまま機体を持ち上げ向きを上へ。
莫大な推力の赴くまま天を目指して翔けあがり始めた。
「第一目標高度、予定通り
推力頼みに上昇してゆく。
浮揚力場が失われると上昇速度はもとより、機体の安定性が大きく損なわれる。
そこで可動式追加装甲を安定翼代わりにして支える。
地上とは異なる空中での安定を維持するためには緻密で繊細な操縦を要求される。
それを持ち前の圧倒的な演算能力で強引に実行し、暴れる機体を押さえつける。
「第二目標高度! 大気中のエーテル濃度が基準値を突破。ブースターユニット展開します!」
ブースターユニットを覆っていた筒状の装甲が開く。
内部には莫大な
骨格によってつなぎ合わされ、本体に巻き付くように収められていた板状結晶筋肉が次々に開いてゆく。
ひとつながりに広がったそれはまるで透き通った結晶質の翼。
当然そんなものを広げれば大きな空気抵抗を生む、それを覚悟してでもこのエーテルに富む大気に晒す必要があった。
「それではいざ、エーテル
板状結晶筋肉に直接刻まれた
魔力を現象に変換し、周囲の大気に干渉し強力に圧縮してゆく。
当然、地上よりも濃くエーテルを含んだ大気は集めることで浮揚力場を形成し始める。
それは
だが弱い。
いくら濃いとはいえまだエーテルの純度が不足しているのだ。
「複列展開!
だからそれを数で補う。
次々に円環を形成、ブースターユニットを中心として幾重にも円環が広がってゆく。
エーテルの濃い上空にありながら浮揚力場が徐々に安定をはじめ――。
「これならいける……!」
手ごたえをつかんだ、瞬間のことだった。
「
展開したエーテルの円環が
急激に安定を失い、ただの大気として周囲に混じり広がってゆく。
一度崩壊が始まれば後は脆かった。
浮揚力場が安定を失ったことで負荷が急増する。
そうして激増した消費魔力が貯蓄を一気に食いつぶし、推力が途絶した。
上昇を続けていた機体を重力の手が強固に掴む。
「なるほど、そう甘くはないと……」
落下に転じ、束の間の浮遊感を味わいながらエルは腕を組んで考え込んでいた。
「あ、いたいた。おかえりー」
宙に漂うトイボックスを見つけ、シルフィアーネがするすると近寄って来る。
エーテルの円環を失っても内蔵された源素浮揚器は健在である。
トイボックスは高度が下がり浮揚力場が効果を発揮したことで止まっていた。
だらんとした体勢で漂いながら、エルは機体の腕を振って応じる。
「難しいですね、これは歯ごたえのある試練です」
推進器を低出力でゆるゆると動かし、シルフィアーネと合流する。
「む、エル君が考えている! あんまり上手くいかなかった?」
「そうですね。途中までは良い手ごたえがあったのですが」
「ふふふやっぱり私とシーちゃんがいないからでは!」
「それはどうでしょう」
二機は並んで帰路に就く。
どうすれば上手くいくのか、あれこれと話は尽きなかった。
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