#190 異形たちの蠢動

 空飛ぶ大地に屹立する光の柱――“魔法生物マギカクレアトゥラ”。

 その根本には巨大な穴が開き、大地の奥深くまで続いている。


 穴の周囲は噴きだしたエーテルが高い濃度で漂っており、魔獣すら容易には近づけない場所となり果てていた。

 かつては緑の豊かだった場所は変貌をきたしており、そこかしこに様々な残骸が転がっている。

 それらは幻晶騎士シルエットナイトのものであり、あるいは魔獣――混成獣キュマイラのものである。


 光の柱より湧き上がるように青白い“魔法生物”が現れる。

 群れを成した“魔法生物”はしばらくの間、柱の周囲を回遊していたがやがて地上へと降りていった。

 散らばっていた残骸へと吸い込まれるように消えていく。


 ――動き出す。


 生命を、あるいは魔力を失い活動を止めていたモノたち。

 二度と目覚めぬ死の眠りについていたモノたちが起き上がる。


 それらは新たな生命を得たわけではない。

 ただ万物の根源たるエーテルによって侵蝕され無理やり動かされているに過ぎない。


 覚束ない足取りで歩きだした幻晶騎士。

 這いずるように蠢く魔獣。


 しだいにそれらは集まり新たな形の群れを成した。

 肉と鋼が絡み合い、生物と物体が融合する。

 でたらめにこね回し、強引につなぎ合わせ、モザイク模様の歪な服を仕立て上げた。


 ソレらは動き出す。

 本体たる光の柱を守るために。あらゆる邪魔を防ぐために。


 異形たちの群れが飛び去った後、光の柱が静かに動き出した。

 一本の柱の姿からほどけ、無数の触腕を周囲に広げる。


 声なき咆哮が轟き、“魔法生物”によって喚ばれた黒雲が空を染め上げていった。

 雨が大地を濡らし風が木々をざわめかせる。


 嵐が来る。

 空飛ぶ大地と西方諸国オクシデンツの運命を決める、大嵐が空を覆った――。




 その日から青空は失われた。

 来る日も来る日も嵐は飽きもせず吹き荒れ、しかもそれは日に日に勢いを増しているようにも思われた。


「僕も“魔法生物”について詳しいわけではありません。しかしこれはおそらく、いよいよ“魔法生物”の巣立ちが近づいていると考えられます」


 集まった面々へとエルネスティエルが静かに告げる。

 その懸念は既に全員が共有しており異を唱える声はどこからも上がらなかった。

 エルを目の敵にしている者たちからでさえも。


「あれから度々地震が起こり、時に妙な浮遊感すらあります。おそらく“魔法生物”が活発化するにつれ、大地が下降する速度は上がっていると思われます。同時に西方諸国も近づいていると言うことです。もはや一刻の猶予もありません」

「……卿の作戦は間に合うのか」

「準備は進めて参りました。手段は明らかとなり着々と大詰めに向かっていましたが……圧倒的に時が足りないと申し上げざるを得ません」


 息を呑む気配が場に広がる。

 エムリスが顎を撫でさすり問いかけた。


「銀の長。お前の得意のゴリ押しで何とかならんのか」

「そのようなものを得意とした覚えはありませんが。しかし事ここに至って少々強引な手段に出る必要があるのも確かです」


 そうしてついにエルがソレを貼りだした。

 オラシオ、小王オベロンと共に練り上げた作戦立案書である。


「……なんだこれは。冗談しか書いていないのだが?」

「全て真剣です」


 フリーデグントは目を擦り、こめかみを揉んでからもう一度内容を読み返した。


源素化兵装エーテリックアームズ搭載型、改飛竜戦艦リンドヴルムによる高高度への上昇。それにより嵐を飛び越えながらエーテルを収集、同エーテルを源素晶石エーテライトへと変換……然る後“魔法生物”への攻撃を敢行す……。これが冗談でなければなんだというのだ!?」


 彼女の声が若干上ずってしまったのも仕方のないところだろう。

 そこにはまともな文言などひとつたりとも書かれていない。


 対してエムリスはまだエルネスティに対する慣れがある。

 想像よりはるかに酷い手段であったが、奴ならやるだろうなと納得は出来た。

 しかしそれでも疑問は残る。


「エルネスティよ。お前、いつの間にエーテルから源素晶石なんて作れるようになったんだ」

「これから確かめます」

「は?」


 さしものエムリスも絶句した。

 どう考えても計画の中で最重要であろう要素が、まさかの博打であるという。


「やはりお前、ゴリ押しが得意なんじゃないのか」


 念押しの言葉を、エルはごく自然に黙殺した。


「現在、鍛冶師隊が総力を挙げて飛竜戦艦の改装を進めています。それと並行して僕が源素晶石の生成実験を進めておき目途が立ち次第合流、出撃します。それでもある程度はぶっつけ本番になると覚悟してください」


 そこでたまらず竜騎士長グスタフが吼えた。


「きっ……貴様! なんだこれは!? どう考えても飛竜戦艦で特攻するとしか読めんぞ!! 我らの旗艦をなんだと心得ている!?」

「おい。ということは“黄金の鬣ゴールデンメイン”号も壊れるんじゃないのか!」


 さしものエムリスもむすっとしてエルを睨みつけた。

 “黄金の鬣”号はここまで苦楽を共にしてきたお気に入りの飛空船レビテートシップである。

 軽々しく使い捨てるのには抵抗があった。


西方諸国オクシデンツ存亡の機たるこの状況において、降りかかる巨厄を退けるのに手段を選んでいる余裕はありません。犠牲がないに越したことはない……しかし確実を期すためには、時に代償を覚悟せねばならないのです」

「何をもっともらしくほざいておるか!?」


 さらに過熱する気配に、冷静な言葉が浴びせかけられる。


「……グスタフ。良いのだ」

「殿下!? いま何と……!」

「全てを手に入れようというのも虫の良い話だ。思えば飛竜の武威に酔いしれ何の覚悟もなくこの地を踏んだことが過ちの始まりだったのだろう。もはや事は我ら……我が故国のみにすら止まらない。これを収めるには今こそ正しく覚悟を決める時であろうよ。……しかし」


 フリーデグントの視線に力が籠もる。

 何かを言いかけたグスタフが息を呑んで口をつぐんだ。


「このような攻撃方法をとれば乗員はどうなる。たとえ飛竜そのものの犠牲を認めたとて、我が騎士までも捧げようとは思わんぞ」


 飛竜戦艦はどれほど強力であろうとも道具に過ぎない。たとえ失っても再建は(困難ではあるが)可能である。

 だが騎士は。失われた人は二度と戻っては来ない。

 そこには認められない一線が確かにあった。


「あー、殿下。僭越ながら……私めが乗り込もうかと思っております」


 緊迫した空気を破ったのは、なんとも気の抜けた一言と遠慮がちな挙手であった。

 視線が一斉に集中する。

 その先にはオラシオが、いつも通りにやる気のない表情で手を挙げていた。


「コジャーソ卿……!? 何故だ、貴卿は鍛冶師であろう。いったい何を考えている」

「まぁ命がいくつあっても足りないでしょうなぁ。ですがこいつはひょっとすると、私めの鍛冶師人生をまるごと賭けてみる価値があるかもしれないんで……。それにこう見えて、私には誰よりも飛竜戦艦に詳しいという自負がございまして。必要なことはこなせると思っておりますよ」


 言葉もない。フリーデグントは思わずエルを見て。


「直接の操縦は僕が担当します。その上でオラシオさんには様々な補佐をお願いしようかと。彼の身の安全についてはできる限りを尽くしましょう」

「さては貴卿ら、勝手に決めたな」


 溜め息を漏らす。

 心配など最初から必要がない。危地にあってすらこの狂人どもは好き勝手を貫いているだけなのである。


「……はぁ。やれるのだな?」

「死力を尽くします」


 エルは無闇に自信満々の笑顔で頷いた。

 フリーデグントはよっぽどその頬をつねってやろうかと思ったが、後ろに控えているアデルトルートアディが怖いので止めた。


「時間がないのであったな。必要なことは全て言うがいい。我が国が総力をもって支援しよう」

「で、殿下……!?」


 立ち上がり全員を見回す。

 そこには不安など微塵もない、不敵な笑みがあった。


「世界を救う大役を担うのだ。ここで手を抜いてはつまらないだろう。やるからには徹底してやるぞ」

「ははぁっ……!」


 一同が平伏する裏で、馬鹿二人がこっそりと親指を立て合っていたことを言い添えておく。




 一方そのころ。

 飛竜戦艦を収めるパーヴェルツィーク王国軍整備場に、どかどかと乗り込んでくる集団があった。


「おーうし野郎ども仕事の時間だぞ! まぁた大団長の坊主が無茶をほざきやがった! 数日以内にこの飛竜戦艦デカブツを改修しろとよ!!」

「重労働はんたーい!」

「おうおう仕様書はあるんですかーい?」

「安心しろ。坊主謹製のやつがバッチリとあんぞ」

「うわぁ。毎回逃げ道ないんすよね……」


 パーヴェルツィーク王国の鍛冶師たちが呆気に取られて立ち尽くしている。

 何しろ乗り込んできた集団の尽くが巨大な全身甲冑を着込んでいたからだ。


「な、なんだアレ……小さな幻晶騎士が!?」


 重々しい足音を響かせる幻晶騎士モドキ。

 専用の幻晶甲冑シルエットギア重機動工房ドワーブズフィストをまとった親方が歯を剥き出しに笑った。


「おうおうどきなどきな! こっから先はちまちま丁寧にやってる暇なんざねぇ! 粗削りでもガッとやっちまうもんよ!」


 口を挟む暇も与えず整備場を占拠すると、猛烈な勢いで作業に取り掛かる。

 ぽかんとした表情でそれを眺めていたパーヴェルツィーク王国の鍛冶師たちに親方が怒鳴った。


「おうお前ら、いつまでボケッとしてやがる。こいつを終わらせるまで休みなんざねーぞ。死ぬ気で気合い入れろ!!」

「は、はいぃ……!?」


 何故か場を仕切りだした親方の勢いに飲み込まれて、パーヴェルツィーク王国の鍛冶師たちもまた鉄火場に頭から突っ込んでゆく羽目になる。

 彼らの不眠不休の働きにより飛竜戦艦は着実に新たな姿へと生まれ変わってゆくのだった。




 そして作戦の遂行に欠くべからざる重要な情報が届いたのは、その直後のことであった。

 予てより調査のために出撃していた藍鷹あいおう騎士団が帰還したのである。


「大団長。ノーラ・フリュクバリ、ただいま戻りました」

「待ちかねていましたよ。早速報告をお願いします」

「はい。懸案であった巨大源素晶石塊の場所を特定いたしました」

「この嵐の中を。さすがですね」


 平時ならいざ知らず、現在は常に暴風雨が吹き荒れる悪天候が続いているのである。

 藍鷹騎士団の支払った労力は察するにあまりあった。


「場所は“魔法生物”出現個所よりほど近く。山肌をいくらか下ったところにありました。おそらくは出現時に吹き飛んだまま転がったものと思われます」

「なるほど、そこまではいいでしょう。後は回収の手はずですね……」


 エルネスティですら腕を組んで椅子の背もたれに沈み込む。


「嵐が始まる前であれば飛空船で片付いたものですが」


 今ここには最大の飛空船イズモがある。

 “魔法生物”の動向にこそ気を付ける必要があるが、回収するだけならばいくらでもやりようがあった。


「“魔法生物”による嵐は片時も収まりません。既に飛空船では近づくことすら困難でしょう。残る手段は幻晶騎士による陸路での輸送になりますが……時間との勝負となるかと」

「いちおうツェンドリンブルがあるにはありますが。さすがに数が足りませんね」


 人馬騎士ツェンドリンブルは圧倒的な輸送能力を誇る半人半馬の幻晶騎士である。

 さらに陸路を行くがゆえに嵐の影響を受けにくく、このような状況では頼もしい機体であった。


 とはいえ源素晶石塊は巨大である。たかだか一騎や二騎では手に余ることだろう。

 それでもいよいよとなればやるしかない。そんな雰囲気が漂い出した時のことだった。


「その役目、私たちに任せてもらえないか?」

「……ディーさん。立ち聞きは趣味が悪いですよ」

「うんにゃ。配置について相談に来たらどうにも興味深い話が聞こえてきたのでね」


 そういって紅隼騎士団団長、ディートリヒ・クーニッツは笑う。


「何か策が?」

「応さ。こんな時のために我が騎士団はわざわざ飛空船一隻を人馬騎士の専用としてきたのだ!」


 自信満々で胸をたたく。

 ノーラが感じ入ったように頷いた。


「まさかこのような事態を見越していたと?」

「そうだ! ……と言いたいところだが、実を言えば絶対に人馬騎士に乗るといって聞かない団員たちがいてね。面倒だからそのまま持ってきたんだ。いやぁなんでもやってみるものだな!」

「…………」


 なんとも格好のつかない有様であるが、どうあれその頑固さが功を奏した形である。

 理由など些細なことであった。


「では紅隼騎士団人馬騎士隊に出撃を命じます。源素晶石塊を確保、拠点まで運んでください」

「承知した! では早速準備に向かうとしよう」

「そうだ。途中でキッドにも声をかけておいてください。彼のツェンドリンブルがありますので」

「ほう。では“片側”はキッドに任せるとしようかな」


 意気揚々と出てゆくディートリヒを見送る。


「思わぬところで解決しましたね。これで後は自分の役目に集中できます」


 そうしてエルが早速とばかりにイカルガのもとへと向かおうとした、その時。

 吹き荒れる風雨を弾きながら、何かが拠点のど真ん中に突き刺さった。


 建物が砕け散る轟音と破片が周囲にばらまかれる。

 突然のことに騒然となる中、近くで警備についていたシュニアリーゼ小隊が駆けつけた。


「なんだ! まさか“魔法生物”の攻撃か!?」


 疑いはすぐに晴れる。

 砕かれた建物の破片を踏みしだきながらのっそりと巨大な獣が現れたのである。


「くっ……また魔獣! 混成獣キュマイラという奴か!」

「警戒しろ、例の“魔法生物”付きかもしれない……いや!?」


 魔獣が起き上がる。

 その全貌がはっきりとしてゆくにつれ、シュニアリーゼの騎操士ナイトランナーたちの間に戦慄が湧きおこっていった。


「なん……だ、この化け物は!?」


 それは確かに一見して混成獣のようであった。

 だがあまりにも異様な点がある。

 三つ首をかき分けるようにして、身体から“幻晶騎士の胴体が生えている”のだ。

 その身体中を縫い糸のように青白い魔獣が這いまわっており、そのほのかな光が不気味さをより引き立てていた。


 少し注意深く観察してみれば、全身に渡って幻晶騎士と混成獣が混じり合っていることが見て取れただろう。

 だがこの悍ましき怪異を前にしてそれだけの冷静さを保てた者はいなかった。


「く……! 化け物め、吐き気がする! これ以上我が国の領土を踏ませるわけにはいかない!」


 迷う余地などない。シュニアリーゼ隊が攻撃しようとした瞬間。


 新たな衝撃が降り注ぐ。

 二体目の魔獣。続いてもう一体。さらに、さらに――。


 群れを成して襲い来る異形の魔獣。

 獅子の口から吐き出された爆炎の魔法が、戦いの始まりを告げた。

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