#187 世界救済会議

「一番! 紅隼騎士団団長ディートリヒ・クーニッツ! 推して参る!!」


 蒼穹に紅が飛翔する。

 マギジェットスラスタの炎も高らかにグゥエラリンデ・ファルコンが迫り、光の柱は不動のままそれを待ち受けた。


「デカい魔獣だが私の双剣にかかれば……っておうわぁーッ!?」


 静かであったのは近づくまで。

 にわかに柱が解け触腕となって広がると急激に天候が悪化し始めた。

 “天候操作級魔法ハザード・スペル颱風招来コーリング・タイフーン”の前兆である。


 巻き起こされた突風につかまったグゥエラリンデは憐れ、錐もみしながら吹っ飛んでいったのであった。


「……ふっ。この私を退けるとは。なかなか手ごわい相手であるね」

「それでは次の方、お願いしますね」


 準備万端のアルディラッドカンバーがこころなしか嫌そうに首を動かす。


「何? 俺も言うのか……? ゴホン! あー、二番……白鷺騎士団団長エドガー・C・ブランシュ。参る……」


 いかにも気が乗らない様子だが飛翔する勢いに陰りはない。

 アルディラッドカンバー・イーグレットが光の柱めがけて突き進み。


「来たか……!」


 やはり魔獣が動き出す。

 魔法現象の前段階である積乱雲が発生したところで、風に耐えかねて後退した。


「さすがに盾で風は防げないか!」


 飛翼母船ウィングキャリアーイズモは光の柱からかなりの距離を開けて停止している。

 アルディラッドがイズモまで帰還した。


「三番! 三番は是非この自分にぃぃぃ!!」

「だからお前の乗騎はツェンドリンブルだろう。大人しくしておきたまえ」

「無念……ッ!」


 などという一幕があったりなかったりしつつ。

 ならばとばかりに次はイズモ自体で接近を試みようとして――。


「おいヤバいぞ! 全然近づいてねぇってのに、もう魔法現象が始まってやがる!」

「回頭! 嵐が本格化する前に離れるぞ!」

「ふむふむ。幻晶騎士シルエットナイトとは捕捉距離が全然違うのですね」

「冷静こいてる場合かッ! せっかく補修したとこがまた壊れるだろ! 急げ! ケツまくれッ!」


 団員たちの大騒ぎを乗せながらすたこらと逃げ出したのだった。


 そうして何回かの試行を経て、エルネスティは満足げに頷いた。


「ご協力ありがとうございました。なるほど、飛空船レビテートシップだけでなく幻晶騎士が近づいても魔法現象を起こしてくると」

「はぁ……こっちはご協力で死にかけてんだがよう坊主?」

「しかしこれはとても重要な情報です。試した甲斐がありましたよ!」


 言われてへこむ大団長ではない。

 それは親方も良くわかっているので、溜め息ともつかぬ唸りをあげて終わった。


「何が近づいても同じような反応を示したところからして、おそらく細かな識別はついていないのでしょう。しかしイズモほどの大きさがあればより離れても反応するといった感じですね」

「つまりは飛空船を使ってアレに接近するのは自殺行為というわけだね」

「だが魔獣はあれ一種類ではないのだろう。幻晶騎士のみで挑むにしても小型の魔獣の能力は恐ろしすぎる」


 小型の、青白い紐のような魔獣は幻晶騎士や魔獣を乗っ取る能力を有している。

 さらには法撃が通じず、有効な攻撃手段がない現状で戦うにはあまりにも危険な相手となっていた。


「少なくとも小型への対策はいくらか目星をつけてあります」

「ほう、さすがだな」

「だから嫌がられたのかな~」

「図体のわりにみみっちい魔獣なこった」

「しかし大げさなことだ。あの魔獣に比べれば幻晶騎士など蟻のようなものだろうに。たかだか追い払うために天候まで変えて来るとは」

「僕たちにとってあの魔法現象はまさに人知の及ばぬ脅威です……が、あの魔獣にとっては普通のことなのかもしれません。むしろあれ以下の魔法現象を起こせない可能性も十分にあります」

「確かにねぇ。図体が大きいというのも何かと大変なものだね」


 元に戻りつつある天候に安堵しながらイズモが引き返してゆく。


「これでこちらの手札は揃いました。後は会議に掛けてみましょう!」




 かくして光の柱との接触から数日が経った頃、とある会議が開かれようとしていた。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます!」


 会議の発起人であるエルは、集まった面子を見回した。


 会場として設えられた場所は、これまでで最も異様な雰囲気に包まれている。

 座席を埋めるのは――。


 謎の船長改め、フレメヴィーラ王国第二王子“エムリス・イェイエル・フレメヴィーラ”。

 パーヴェルツィーク王国第一王女“フリーデグント・アライダ・パーヴェルツィーク”。

 シュメフリーク王国軍船団長“グラシアノ・リエスゴ”。

 魔王軍首領“魔王”こと“小王オベロン”。

 ハルピュイア一族の風切カザキリ“スオージロ”。


 さらにフリーデグントの背後には竜騎士長“グスタフ・バルテル”と鍛冶師長“オラシオ・コジャーソ”が立ち。

 エムリスの背後には筆頭騎操士“アーキッドキッド・オルター”が、スオージロの後ろにはホーガラとエージロがいた。


 ちなみにグラシアノの後ろには誰もいない。怖すぎて部下の全員が逃げた。

 余談ながら、彼の飲む胃薬の消費量がついに過去最高を記録したということだけは言い添えておく。


 また一人という意味では小王も同じくであるが、こちらは圧倒的なふてぶてしさを放っており何一つ苦にした様子がない。


「本日の議題は他でもありません。空飛ぶ大地に降りかかる災厄、その中心である光の柱対策について話したいと思います!」


 このような錚々たる面子を前にしても、銀鳳騎士団大団長“エルネスティエル・エチェバルリア”はまったくいつものようにニコニコと微笑んでいた。

 物怖じという言葉はおそらく彼の辞書にはない。


 ちなみに傍らにはエドガーとディートリヒが助手よろしく佇んでいる。

 見知らぬ登場人物に数名が眉根を傾けたが、それで終わった。

 それぞれが騎士団を率いる人物であるなどと傍から見ている限りではわかりはしない。


「……エチェバルリア卿。話すのはよい。しかし……ここに“魔王”までもが混ざっているのはどういうことか?」


 開口一番、フリーデグントの険しい視線が突き刺さる。

 グスタフなどは主の背後に控えていなければこの場で斬りかかっていたことだろう、火の出るような視線を放っていた。


 受け取る小王は涼し気な表情である。

 それくらいの神経がないと“魔王”は務まらないし、エルネスティとも戦えない。


「こいつなのだろう? “竜の王”とかいう化け物をけしかけ、我らの飛竜に痛手を負わせたのは。よくぞのうのうと顔を出せたものだな」

「ふうむ? 確かに私としては西方人ごときがいくら嵐にまかれようと知ったことではないがねぇ。しかしこの大地の行く末は我が群れにとっても重要なこと。だからお前たちの茶番を少しは我慢してやろうというのだ。まずは感謝するがよいよ」

「……貴様ッ」


 パーヴェルツィーク王国としては当然、心穏やかならざるものがある。

 そして小王がそれを気にかけることなどない。

 会議にはその始まりから暗雲が立ち込めていたが――。


「小王には僕からお願いしました。ハルピュイア族最大の群れを率いる者としてもですが、これから“魔法生物マギカクレアトゥラ”と戦うにあたって“エルフ”としての知見を伺いたく参加していただいています!」


 様々な意味合いのざわめきが起こった。

 フリーデグントはなかでも最も耳慣れない言葉について尋ねる。


「“魔法生物”とはなんだ。察するにあの光の柱を指しているようだが。アレが何か知っていたということか、卿?」

「いいえ。僕が名付けました!」

「……あっそう」

「あれは尋常の魔獣とは一線を画しています。ならば相応しい呼び名を新たに考えるべきだと思いまして」

「魔法……生物ね。まぁ、徒人ただびとの感性にしては悪くない線だろうね」


 小王は何事かを考え、宙を睨む。


「これまでに得た情報から、“魔法生物”はその身体のほとんどを純粋なエーテルによって構成していると思われます。今のところ光の柱である大型、青白い小型の二種類が確認されています。エーテルとはこの世界に普く満ちたる魔力マナの源であると、皆様もご存知のことでしょう。つまりこれらは生物でありながら、魔力そのものと言って差し支えない存在なのです」

「生きた魔法現象か。なるほど“魔法生物”ねぇ」

「はい」


 いきなりエルが振り返り、オラシオがしかめっ面を浮かべた。


「どうでしょうか、オラシオさん。あなたはエーテルの振る舞いには詳しいはずです。“魔法生物”についてわかることはありませんか?」

「エーテルできた生き物なんてぇ、“純エーテル作用論セオリー”をどうひっくり返したところで書いちゃいない! ありゃあくまで源素浮揚器エーテリックレビテータだとか、人間が使うためのことしかねぇよ!」

「それでは仕方がありませんね」

「なんで俺が残念がられるんだ……」


 そこでしばらく静かに耳を傾けていたフリーデグントがようやく顔を起こした。


「確かに呼び名はあったほうがいいのだろう。だが詳しい定義になど興味はない。……むしろ我らとしては先に言っておかねばならないことがある」


 ちらりと背後を窺う。

 グスタフが首の動きだけで頷いた。


「……そう。我々の目的は今更隠すことでもないだろう、源素晶石エーテライトだ。現状の収穫でも出費を考えると損と言うほどでもない。よって……撤退することも視野に入れている」


 フリーデグントの、パーヴェルツィーク王国の言葉に場に溜め息のような音が流れた。

 最初に反応したのは誰あろう、キッドである。


「このまま見捨てていこうってのかよ!?」

「……もしも光の柱の脅威が低ければまだやりようはあった。しかしこれ以上は……飛竜も飛空船も、私一人の持ち物ではない」

「だからって!」


 なおも言い募ろうとしたキッドを、エムリスが片手で遮る。


「ではお前たちが退場するとして、飛竜戦艦リンドヴルムはどうする? まさか俺たちの船が貴国までついてゆくことはないぞ」

「片肺では十全に動けないが、曳航して運ぶくらいはできる。本国まで持ち帰るだけならば問題はない」

「フン。やはり西方人というのは礼儀がなっていないなァ。餌を漁って帰っていくだけならば犬でもできそうなことじゃあないか。そうだろう?」


 横合いからのヤジをフリーデグントがきっと睨みつけた。


「……小王とやら。お前こそなぜそうも拘る? お前自身は“エルフ”! ハルピュイアでもなんでもないはずだ」


 小王の長く伸びた耳がちらちらと見え隠れしている。

 エルフ。技と魔法の民の存在は当然、フリーデグントも良く知っていた。彼らがめったに住み処を出ないということも含めて。


「そうとも言い切れないねぇ。徒人たちに比べればハルピュイアの方がよほど我々に近い存在だよ。まぁ、それだけではなくて。私は王であるからね。民草がついてくるというのならば導くのが役目だ。お前はどうなんだい? 徒人の王女よ」

「……我が国のためを考え、動いているとも。だからこそだ」


 雰囲気が険悪さを増してきたところでエルがひょいと割って入る。


「なるほど殿下のお考えは尤もです。自国のためを思えばこそ、こうして自ら乗り込んで来られたわけですし。ですが、ならばこそ。ここで踏みとどまって戦っていただかねばなりません」

「何故だ? いったい何を知っている」

「ご判断は私どもの手の者が持ち帰った情報を聞いてからでも遅くはないと思います。……ノーラさん、皆へあの情報を」

「はっ」


 あらかじめ控えていたノーラの姿を見た瞬間、小王が微かに表情をゆがめた。

 そもそも彼は彼女の口車に乗せられてここにいる。


「私共は国許からの戦力との合流のため、一度大地の外へと出ました。その際に大地の動きを詳細に観測し、大地が徐々に沈下していることを確かめました……」

「今更それがどうしたというのだ! そんなことは何度も聞いている! 内部のエーテルがあれだけ派手に漏れ出しているんだ! いつ浮揚力場レビテートフィールドが大地を支えきれなくなってもおかしくはないというのだろう! しかし、我々はそんなことに付き合う必要はないと言っているのだ!」


 グスタフが額に血管を浮かべながら怒鳴り、スオージロが目を細める。

 しかし意外なことに小王の態度は冷ややかであった。そこに怒りは見えず、むしろ口元に微笑すら浮かべている。


 彼の態度の理由は、続くノーラの言葉の中にあった。


「……同時に、大地は少しずつ移動しています」


 戸惑いが湧きおこる。

 人々はとっさにその意味を掴みかねていた。


「移動……とは、どういうことだ」

「おそらくは形状の問題だと考えられます。この大地は沈むほどに、風に滑るようにしてどんどんと移動しつつあるのです」


 エルネスティが言葉を引き継ぐ。

 そこに至ってようやく、全員の頭に理解が染み渡ってきた。同時に最も重大な疑問が思い浮かぶ。


「どこへ……だ?」


 行き先だ。

 海の彼方へ向かっているのならば大事おおごとではあるがわざわざ気にするほどのことではない。

 こうして問題として取り上げるからにはおそらく――。


「完全に調査するには時間的な余裕がありませんでした。しかし……この方角は確実に、西方諸国オクシデンツへと向かっています」


 溜め息ひとつなかった。

 誰もが口を開くことを恐れている。あたかも言葉にすればそれが現実になるといわんばかりに。


 そんな沈鬱な静けさをエルネスティが遠慮なく蹴り飛ばした。


「つまり、このまま光の柱を放置し沈下が続けば……いずれこの大地は西方諸国のどこかへと落着します。“源素晶石の塊のような”この大地が、です」

「戦争になるな」


 ぽつりと漏らしたフリーデグントの呟きは、ぞっとするほどの気配を帯びていた。


「そう。大西域戦争ウェスタングランドストームよりもなお激しく、西方諸国普く全ての国を巻き込む未曽有の大戦争となるでしょう。……そしておそらく、この戦いに勝者は残りません。西方人だけではなくハルピュイアも全て飲み込んで際限のない破壊の嵐が吹き荒れる。欲望が燃え尽きるころには西方諸国など跡形もなくなるでしょう」


 西方人にとって世界とは西方諸国そのもの。

 故にこれは正しく世界の破滅と表現して差し支えない事態だった。


「私にとっては、お前たちの国がどれだけ滅ぼうとも知ったことではないんだよ。だがそれに我が民を、ハルピュイアを巻き込むわけにはいかないのでねぇ。そもそも大地が沈む時点で許しがたいことであるが!」


 それが小王がエルネスティとの決着を我慢し、こうして会議にすら出てくる理由である。


 世界の破滅。誰しもが想像すらしたことのない脅威が徐々に現実味を帯びて脳裏に染み込んでくる。

 だというのにただ一人、エルネスティだけが気落ちした様子ひとつない。むしろどこか楽しげであり。


「悲観するには及びません。ここにはまだ僕たちがいます。最悪の事態が起こる前に、ここに僕たちがいるのです。だから……」


 とんでもない笑顔で、とんでもないことを言いだすのだ。


「これより僕たち皆で大地の落下を食い止めます。そうすればすべて丸く収まりますね!」


 コイツはなぜこんなに嬉しそうなのか?

 疑問が吹き抜けてゆく間に、エルは全員の顔を見回すとぴしりと指を突きつけて。


「小王、そしてハルピュイアの皆さま! これまで通りに空飛ぶ大地で暮らせれば問題ありませんね!?」

「は? うん? まぁ? そういうことではあるがね?」

「フリーデグント殿下! このまま逃げ帰っても戦争はあなた方の後ろを追ってきます。ここで未然に防いだほうがお得ではないですか!?」

「そ、それはそうかもしれないが……」

「スオージロさん! あなたも大地を守りたいのではないですか!?」

「当然。大地がなくなれば、巣を作るべき森もなくなってしまうからな」

「グラシアノさん! あなたは……」

「ひっ!? い、異論ないです!!」

「なるほど! つまりは皆様問題なし! 全会一致というわけですね!」

「おいエルネスティ。俺には聞かんのか」

「本国からの戦力が僕の指揮下にある以上、若旦那は嫌でも付き合っていただきます」

「なんてことだ……」


 一人で大満足しているエルへと小王が静かに問いかける。


「やれやれ皆の心がひとつになって、実に結構なことじゃあないか? しかしどうするというんだエルネスティ君? 確かに大地の落下は防ぎたい。それにはあの光の柱を……キミのいうところ“魔法生物”を、何とかする必要があるんじゃあないのかい?」


 事態の衝撃に呑まれかけていた者たちがふと我に返った。

 そもそも根本的なところが未解決であると気付いたのである。


「どうにもできるわけがない! そもそも近づくことすらできなかったのだぞ!!」

「そうだねぇ。仮に近づいたとして奴らの身体はエーテルの塊。有効な手段がないぜ」

「わかっているのか、敵は天そのものなのだぞ。これまで振り仰ぐことしか許されなかった天の候が牙を剥く。我らはあまりにも無力だ」


 様々な反論が飛び出してくる。

 だがエルネスティは欠片も揺るがなかった。


「ご心配には及びません! 成功するかは賭けの部類ですが、少なくとも策はあります」


 ざわめきがおこる。

 今この場にいる誰もが戦慄に震えていた中、たった一人で対抗策まで考えていたというのか。


 そんなエルの後ろではこっそりとアディたちが囁き合っていた。


「エル君楽しそう」

「あれは危険な兆候だね」

「多分また新しい玩具について考えてるよねー、あの表情」

「また親方が吼えるのか」


 エルネスティ・エチェバルリアが完全に“やる気”になっている。

 それは銀鳳騎士団出身の人間にしてみれば見慣れたものであると同時、そこはかとなく恐ろしくかつ頼もしい複雑な感情を呼び起こすものであった。


「それではご説明いたしましょう! 板をこちらへ!」


 エドガーとディートリヒがどこからか持ち出してきた黒板をテキパキと組み立てる。

 その前に立ち、エルがものすごい勢いで図を描きだした。


「考え方は単純です。大地の落下はあの魔獣……いいえ、“魔法生物”が抜け出ることにより、内部からエーテルが失われることにあります。だからそれを止める。そのためには“魔法生物”を元の穴に押し返せばいいのです。なにせ“魔法生物”自体が巨大なエーテルなのですから!」

「それで作戦と言うつもりか!? 口を動かすだけならば簡単でも実行は難しい! そもそも手段がないと言っているんだ!!」

「いいえ。たったひとつだけ手段があります。おそらくは唯一、“魔法生物”に効果的な攻撃方法が」

「なに……?」


 カツッ、と白墨で黒板を叩く。丸の中に囲まれた文字は――。


「エーテル、あるいは源素晶石エーテライトです! 何よりも“魔法生物”である彼らの身体と同じ素材であるがゆえに最も強く干渉できる。どうですか? 小王。エルフであるあなたの感覚にお尋ねしたい」

「……癪だが、考え方はそう間違っていないだろうね。しかしこれは推測だよ、根拠に乏しくては頷けないねぇ」


 小王は僅かに考え、逆に問い返した。


「根拠はあります。光の柱に接近した時のことです。小型の“魔法生物”がエーテルとぶつかり、怯んだ瞬間がありました。それともうひとつ、この大地そのものです」

「……! ははぁ、なるほどね。源素晶石は奴らにとっての殻というわけかい?」

「おそらく近しいものかと」


 二人が理解しわかりあっていると、一周回って落ち着いたフリーデグントが口を開いた。


「そこまで言うならば具体案を聞こう。卿のことだ。無策ということはあるまい?」

「もちろんです。フルコースをご用意してきました! まずはこれから、主にみっつの作業を並行して進めます。時間がないので全て一気にやり切ります」

「み、みっつ……」


 聞いてから判断するのはマズいかもしれない。

 フリーデグントは早くも自分の言葉を後悔し始めていた。


「ひとつは源素晶石の効果確認班! これは小型の“魔法生物”を標的に、仮説をより確かとします。もうひとつは“決戦兵器”の構築班! あの最大の“魔法生物”に効果を発揮しうる、特大の“源素化兵装エーテリックアームズ”を建造しなければいけません」


 “源素化兵装エーテリックアームズ”なる、すらっと飛び出した新たな概念に対するツッコミはもはやない。

 それよりもなおさら大きな問題が、彼女たちに頭痛を呼び起こしていたからだ。


「もう馬鹿と与太の大盤振る舞いみたいな話が聞こえたが。その“決戦兵器”というのはまさか……」

「現状ここにある最大の魔導兵装シルエットアームズを転用するしかないでしょう。つまりは飛竜戦艦であり、竜炎撃咆インシニレイトフレイムですね!!」


 エルネスティがわざわざパーヴェルツィーク王国を巻き込もうとする理由に合点がいった。

 最初から逃すつもりなどさらさらなかったのである。


「……言いたいことがありすぎる……。だがその前に残りを聞こう。卿はみっつと言ったはずだ」

「はい! 最後は飛竜戦艦をあの“魔法生物”のもとへと突入させる手順を考える班です! どんな武器を作ろうとも届かなければ意味がありませんしね」

「なっ……なんだと!? これだけ偉そうに言っておきながら今から考えるというのか!」


 もうグスタフの顔色は茹で上げたように真っ赤であり、隣のオラシオが耳を押さえて一歩距離を開けた。

 その程度では大声は防げない。


「卿には勝算があるというのか? 聞いた中では特に最後が一番無茶だと思える。天候すら操る魔法現象の具現化を相手に、たかが人の作った機械がどうやって抗おうというのか」


 ちらりと視線を向けられたオラシオは慌ててぶんぶんと首を横に振った。

 そんな都合の良い方法はとんと思いつかない。


「そうです、天候です。魔法現象としてはとてつもないものですが、起こった現象自体は既知の範囲内にある。つまりは嵐のただ中を突っ切ることさえできればそれでいいわけですね! できそうな気がしませんか?」

「するかっ!!」


 もう言葉もない。

 なぜこうも自信満々で言い切ることができるのか。誰か凡人にもわかるように翻訳して欲しい。

 周囲の願いも空しくエルは止まらない。


「そのために、あらゆる勢力から全ての物資、人材の提供をお願いします。詳しい人の振り分けは後々詰める必要がありますが、差し当たって必須となるのが……」


 くるうりとエルが振り返ると、視線の先に居た者たちが怯んだ。


「オラシオさん! 僕と一緒に決戦兵器の建造に携わっていただきます。あなたの才が必要です!」

「吐きそう」

「小王! あなたのエルフとしての智慧が今こそ必要です! 突入方法の検討にお力を貸してください!」

「反吐が出そう」


 我慢できずに小王が立ち上がり、ツカツカとエルに詰め寄った。


「わかっているのかねエルネスティ君? ハルピュイアの巣であるこの大地の危機でなければ、今ここで君を八つ裂きにして魔王の餌に混ぜているところなんだよ? 何を当然のように顎で使ってくれるんだい? そんなに今すぐ死にたいのかい? 望むところだよ? ただちに表に出たまえ再戦といこうじゃないか?」

「ですがハルピュイアを助けたいのは本心なのですよね。でしたらあなたはきっと裏切りませんし無用の諍いも起こしません。なぜならあなたは王だからです」

「事が! 終わったら! 絶っっっっっ対に! ぶっ殺してやるぅ……ッ!!」


 歯を食いしばりすぎてもはや何だかわからない表情になりつつある小王を華麗に置き去りにして、全員を見回して。

 にっこりと、まったくいつも通りの花咲くような、それでいてどこまでも不穏な笑顔でエルが告げる。


「それでは皆様! 僕たち皆で、世界を救ってしまいましょうか!!」


 おそらくこれを楽しいと表現してしまえるのは世界広しと言えどエルくらいのものだろう。

 その証拠に会議後、事態のあまりの大きさに何人か吐いたという。

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