#147 空飛ぶ大地に交わる道
「あれが僕たちの村だよ!」
「ほほう! うむ、わからん。ただの森にしか見えんな!」
もうすっかりと
船長席にふんぞり返ったエムリスが相槌を打ち、操舵手の立場に戻った
彼は捕虜としての立場でこの村にいたのだから、さもありなん。
“黄金の鬣号”及びシュメフリーク軍連合船団にとって、拠点の存在はなによりもありがたいものだ。
すでに物見遊山の旅路とはいかなくなっている、腰を据えてかかる必要があった。
「さすがハルピュイアの村っすねー。家って木の上じゃないですか」
「ハルピュイアって全員飛べるらしいですからね。逃げるときに見ましたけど」
「コレのほうが魔獣に襲われにくいとかあるのかな?」
窮地を越えたこともあって、船橋は不必要なまでににぎやかだ。
立ち並ぶ木々に作られたハルピュイアの住み処。その上空には雲の代わりに飛空船が並び、森に影を落としていた。
それは鷲頭獣も同じで、しばしば戸惑うようにふらふらと飛んでいる姿が目についたのだった。
「しかし俺たちまでも木の上で暮らすわけにはいかんしな」
「あー、それは本当に。杖がないと出入りできないですしね」
さても人間というものは普通、空を飛べない。
魔法に頼るにしても生中な実力では成しえないし、できたからと言って好んで飛びたいわけでもない。
勢い、人間たちが過ごすためには地上に家を作る必要があった。
ハルピュイアたちの許しを得て周囲の森から木材を調達する。
作るといってもしばらく風雨がしのげればいい、そんなていどの建物だ。なにも本格的に住み着くわけではないのだから。
そうして建築作業の間には、重い木材をものともせずに走り回る
人間たちがあれこれ働いている横で、ハルピュイアたちもまた暢気にはしていられなかった。彼らは彼らで逃れてきた隣村の住人たちを受け入れねばならない。
そうして誰もがあわただしく、しばらくの時が過ぎさってゆくのだった。
そんな建築作業のさなかのこと。
とっぷりと日の落ちた夜の森、煌々と燃え盛る篝火を囲んで多くの者たちが集まっていた。
「色々な理由があるが、こうして共にいるのだからな! ならばやるべきことはただひとつ、共に飯を食おう!」
「
それはひどく混沌とした空間だった。
当然のこととしてこの村で暮らすハルピュイアたちがいる。なかでも長の立場につく“
ハルピュイアの集まりがおおまかに別れているのは、そこに隣村の者たちもいるからである。
「ほほう! 空だけに鳥が多いのか」
「我らの糧であるな」
並んだ料理は鳥を材料にしたものが多かった。野草なども取り入れられていて、それなりに彩りもある。
地上では見かけない種類の鳥だ。ハルピュイアにとってはなじみ深く、人間たちにとっては物珍しいものである。彼らは恐る恐るといった様子で口に運んでいた。
「確かに我々は生き残った。だが、鷲頭獣が……」
「こちらの群れも戦いにおいて鷲頭獣を失っている。譲れるほどの余裕はないのだ」
“
同時に鷲頭獣も捕まっており――非常に危険度が高く、そして利用価値の少ない魔獣は優先的に処分されてしまったのである。
騎獣と共に空を翔けるのが当然であるハルピュイアにとって半身を失ったかのごとき痛みがある。互いにどこか沈鬱な空気をぬぐえず、羽ばたきにも精彩を欠いていた。
「やぁや、こうしてゆっくりと話すのは初めてでしょうか」
「はは! 飛空船は便利だが気の利く場所ではないからな! うむ、しかしこの料理はなかなかいけるな」
「慣れない食べ物だというのに、豪快にいきますね」
ハルピュイアたちとは空気が違う、それが人間たちの集まりである。
もっとも多いのはシュメフリーク王国に所属する者たちだ。彼らのまとめ役だと自らを紹介した“グラシアノ・リエスゴ”が、エムリスの正面に座って話していた。
「なぁに食っても問題ないのだろう。なぁ、キッド?」
「んー。俺は大丈夫でしたけど」
傍らに問いかければ、キッドが頷き返す。
グラシアノは興味深げな様子で、いつも眠たげに細めている目をわずかに開いた。実際にハルピュイアと共に暮らしたというのは得難い経験であり情報なのである。
そうして彼らの会話の真ん中に、長く伸びる影がわりこんだ。
根元を追いかければ、篝火に照らされて伸びる影はスオージロへとつながっている。
自然と場は均衡を取り、三人が車座に座る形になっていた。
「地の趾が村に、これほどまでに多くいるとは。考えもしなかったことだな」
「ほう? まぁ改めて紹介しておこう。俺の名はエムリス、通りすがりの冒険者だ!」
「若旦那、それじゃめちゃくちゃですよ」
呆れたように頭を抱えるキッドとエムリスを見比べて、スオージロは得心する。
「なるほど、これがお前の群れをまとめるものか」
「ああ……うん? まぁなんだ、そういう感じかな」
わりと詳しい説明は投げた。
その間にもエムリスは上機嫌で肉を食いちぎりつつ、スオージロに向き直る。
「ハルピュイアというのもなかなか面白そうだな。ちらっと見たのだが、自ら飛ぶというのはどういう感じなんだ? 教えてくれ」
「目をあけたときより当然のことだ、どうともな」
「はは! なるほどな。確かに俺たちとは違っているか!」
次は逆にスオージロがエムリスと、周囲の人間たちの集まりを見回した。
「……“水の大地”にお前たちが住んでいることは、よく知っていた。かつて抜け落ちた羽根は水の大地に届き、地の趾がそれを拾い上げた。以来、我々は品物を交わし互いに敬意をもって過ごしてきた」
ふとエムリスに視線で問いかけられ、グラシアノは頷く。
「お聞きのとおり、私どもシュメフリーク王国は空の大地との関わりを、交易をおこなってきました。彼らが知る地の趾とは私どもを指す言葉でしょう。古くより隠しとおしてきた秘密でもあります」
「いいのか? 今おおっぴらに話しているが」
「あらゆる国がこの空飛ぶ大地を目にした今、隠すことにもはや意味などございましょうか」
それもそうだと肩をすくめる。
その時、話を聞いていたキッドが身を乗り出してきた。
「ところで若旦那、どうしてシュメフリークの船団と? 俺が落ちてから何があったのですか」
「む? そうだな。お前が落ちた後にまず、イレブンフラッグスの奴らと一当てしたんだが。さすがに数が違う、その時はさっさととんずらこいたのだ。ふらついているところに出会った、今度は射かけて来なかったからな! 話の分かる奴だと思って同行した」
「相変わらずてき……豪快ですね」
「私どもとしても感謝しております。エムリス様がいらっしゃったおかげでこうして友の窮地に馳せ参じることができました。さらにあの魔竜の顎からも逃れられたのです」
話を聞いていたスオージロが目を細める。
「この空に現れたのは侵略者ばかりではない。お前たちはなぜここに」
「……飛空船。この新兵器は恐ろしいものでございます。私たちが船の存在を知ったとき、まずは空飛ぶ大地を心配しました。必ずや誰かがたどりつき、皆の耳にも入りましょうと。それはやがて悲劇につながるのではないかとも……」
「残念なことだが、杞憂では終わらなかったな」
「はい。我が国でも船の建造を急ぎましたが一歩及ばず。警告は手遅れになってしまいました」
「まったくの無駄でもなかった。こうして翼を並べているならば」
「なるほどな。すると目的は、貿易の保護か?」
「貿易そのものもさることながら、我らは古き友が心安らかにあることを望んでいます」
律儀なことだとエムリスは苦笑を浮かべる。しかしそんな律義さは嫌いではない。
食べ終えた鳥の骨を投げ捨てつつ、もうひとつの国について考える。
「俺たちは冒険で、シュメフリークは付き合いが長い。そこでイレブンフラッグスだ。アイツらの目的はなんだ? ただの冒険にしては喧嘩を売りすぎだ。まるで空飛ぶ大地から全員を追い出そうとしているようだったぞ」
「……それは。若旦那、それにグラシアノさんも。聞いてほしいことがある」
キッドは表情を引き締め、その場にいる者たちを見回した。
彼は知っている。この大地に埋もれる最大の秘密、
「この大地には“
やはりスオージロには理解しがたいようだったが、エムリスとグラシアノはすぐさま事態を飲み込んでいた。
飛空船に関わった者で価値を理解できない者などいるはずがない。
「なるほどな、だとしたらあの大軍にも納得だ。確かにアレは、今となっては恐るべき価値を持つ。イレブンフラッグスは商人上がりだと聞いていたが……随分と張り込んでいる。まったく大地の底を突き抜けるまで掘り起こすつもりなのだろうな」
「いかに彼らでもそこまでは」
「言い過ぎかもしれないけど、少なくとも奴らはそのためにハルピュイアを追い出そうとした。力で押しとおそうとしているんだ、話の通じる相手じゃないよ」
グラシアノは悲痛な面持ちで黙り込む。それはシュメフリーク軍も目撃した事実であり、彼らと敵対せざるを得ない理由だった。
「まったくつまらん奴らだな、冒険よりも先に金勘定とは」
「いやーそれも勝手だと思いますけど若旦那」
キッドの呆れたような視線を無視してエムリスは胸を張った。
「ならばお前たちは虹石を掘らないのか? それだけ価値あると言っておきながら」
ハルピュイアからしてみれば道端の石くれに熱中しているようなもの、理解は難しくとも周りの様子から察せられることはある。だからこそスオージロは確かめねばならなかった。
エムリスとキッド、グラシアノたちシュメフリーク軍。彼らが多くのハルピュイアを助け出したのは事実である。だが欲望とは容易に人の考えを曲げうる。ましてやハルピュイアを傷つけたのも同じく人なのだ。
油断なく、表情を変えず。風切は最も前を飛ぶ。
エムリスはわずかに眉を上げて考えたが、すぐにニィっと笑みを浮かべていた。
「ハルピュイアよ、お前たちとは多少あったがな。まぁキッドも無事なことだし些細なことだろう。確かに源素晶石は価値が高い。が、そんなものはどこでも拾えるものだ! 土産にするならもっと空飛ぶ大地らしいものがいいな。そのほうが
「いやどうでしょう。なに持って帰ってもまず怒られると思いますけど」
「気にするな! それはそれだ!」
勢いだけで生きる彼らとは違って、グラシアノは落ち着いたものだ。
「確かに重要なものではございますが、高き空の友と比べられるものとはとても。それに必要とあらば、皆さまを通じて手に入れましょう。古くより我々は品を通じてきたのですから」
「ほう! それは悪くない考えだ。どうだ、俺たちも一枚かませてくれないか」
「お力添えをいただいたとあっては、無碍にもできかねますね」
悪巧みを巡らせながら笑いあう親玉の後ろで、部下たちもまた顔を見合わせて天を仰いでいた。
「何しろ手を取る相手としては、イレブンフラッグスは向きではなかろう!
「注意すべきはかの国だけではございますまい。この大地の持つ価値に気づいた今、あらゆる国が船を差し向けること必定」
源素晶石についての事実はまだ狭い範囲の秘密のままである。それもいつまで秘密のままか。
既に大規模に動き出している国もいる以上、日和見を決め込んでいる国々もいつまでも黙っているとは思えない。うかうかとしていては、空飛ぶ大地は西方諸国の狩り場と化してしまいかねない。
「どのみち既に飛竜戦艦もあるか、厄介極まりない。ジャロウデクのごとき大国でもなければあのようなものは作れまいと思っていたが……」
「あれはいったい何でございましょうか? おそらくは飛空船の一種なのでしょうが」
飛空船、それは最新鋭の機械である。人間にとって未知であった空を進む船。それが生み出されてよりまださほどの時も過ぎていない。
ほとんどの国が
かといって同じようにできる国が多いとも思えない。
ジャロウデク王国の衰退に伴って流れ出たものがある、と考える方が自然だった。
「アレはかつて、クシェペルカ王国への侵略においてジャロウデク王国が用いた戦闘用飛空船だ。むしろ対要塞兵器とでも言うべきかもしれん。奴の炎は恐るべき威力を持ち、砦を焼き
「その時の竜が生き残っていたと?」
「それはあり得ない。ジャロウデク王国の飛竜は戦いのなかで墜ちた。だからこそ奴らは敗れ去ったのだからな。もはやあの国に飛竜を建造するだけの余力はないだろう」
「で、ありましょうな。風の噂に戦の始末の采配で揉めていたと聞きます」
グラシアノが頷く横で、エムリスがポツりとつぶやいた
「……一度作られたものはたとえ失われたとしても、いずれまた誰かが作り上げる、か」
怪訝な表情を浮かべるグラシアノに笑い返す。
「ああ。配下の騎士……騎士か? うんまぁそんな感じのやつが言っていたことだ。ともあれ、誰が操っているのかは知らないが厄介なことだ! この空飛ぶ大地にあっては向かうところ敵なしだな。正直、戦うすべが思いつかん」
「あなたがたの船は非常に強力でしたが、それでもですか」
「火力が違いすぎる、まるで羽虫と魔獣を比べるようなものだ。加えて“子”飛竜まで引き連れているとあっては近寄ることすら簡単ではない」
有効な手段を持ちえないのはシュメフリーク、ハルピュイアの誰もが同じくである。
エムリスたちだけが異なる考えを持っていた。思い浮かべるのはイカルガの姿である。常識を食い散らかし暴れる鬼神と乗り手があれば、再び飛竜戦艦とも戦えるのではないか。
今この時はないものねだりだとしても、そう思わずにはいられない。
妙な期待を持たせても仕方がない、エムリスは首を振って考えを追い出すと話を変えた。
「さてもここには、それだけの魔物を引き付ける餌があるわけだからな。顔を伏せていても通り過ぎたりはしないならば自ら動くまで。しかしどうにも手が足りない。国許に伝えたいところだが今この場を放っておくわけにもいかんしな」
「若旦那、やはりすぐにでも伝えるべきだ。あとはできれば援軍を送ってもらって……」
「当然の考えだ、キッド。だが往復だけでもかなりの時間を食うし、決断を下すにはなおさらだろう。ここは嵐の最中、悠長に便りを待っている間にもこの大地の持ち主が決まりかねんぞ」
空飛ぶ大地をめぐる動きはひどく目まぐるしい。その中でも優勢と思われたイレブンフラッグスが焼かれて墜ちた今、飛竜の立ち位置が頭ひとつ飛びぬけたのは確かである。
キッドは不満げに眉根を寄せた。
「じゃあ俺たちがここにいたところで変わらないってことでしょう」
「そうでもないぞ。他はともかく俺たちは飛竜を見知っているからな。知識とは時に大きな武器となりうる。無謀を防ぎ勝機を見出すことができるのだ。獲物を知るのは狩りの第一歩だろう? ……なんだその顔は。悪いか、じいちゃんの受け売りだ!」
「いえ、どちらかというと楽しんでますね? 若旦那の悪い癖が出てきたなと思って」
「むぅ……」
呆れて見せつつ、キッドとしても止めるつもりはない。これはエムリスの勝手から始まった旅ではあるが、結果として事態が終わる前に打ち込めた唯一の楔となりえた。
困難はあれど、強固な壁に罅をいれ、いずれ崩すことも不可能ではないだろう。その結果、事態の只中にいるがゆえに身動きがとれなくともだ。
「せめてもう一隻、船があれば伝言を送れるのだがな」
単に戦力というだけならばシュメフリーク王国軍がある、だからといって彼らに頼むのは難しい。
何しろエムリスたちは留学先から単身飛び出してきた悪ガキなのだからして。加えてなるべく借りを作りたくないという思いもあった。
「ないもの尽くしだな。ここまでくれば、やるべきことは一つだ」
「若旦那?」
「俺もあまり好きな手ではないが致し方ない。俺たちはこれより、全身全霊をかけて奴らの……邪魔をするぞ! その間になんとしても、本国に報せを入れる」
「はぁ。やっぱそうなりますよねぇ」
キッドと騎士たちがそろってため息を漏らす。なかなか困難な冒険になりそうであった。
「微力ながら、私どもも手をお貸ししましょう。彼らに渡すわけにはいきません」
「古き友にはもてなしを与え、無礼な侵略者からは翼を奪う。これは我らが向き合うべき戦いだ」
シュメフリークも、ハルピュイアも乗り気である。かくして空飛ぶ大地の片隅に小さな同盟が起こった。
彼らは共に、荒れ狂う嵐に立ち向かってゆくのである――。
空飛ぶ大地からであっても夜空の星は変わりなく瞬いて見える。
森が微かに色づいているのは木々から漏れる虹色の光のせいであろう。ふと、森に巨大な影がうごめいた。
光を浴びて動くのは、巨人。鋼の鎧を身に纏い、結晶質の筋肉によって動かされる人工の巨人兵器――幻晶騎士だ。
それらは闇夜に目立たぬよう全身を黒塗りにしている。
黒く塗りつぶされた鎧に、彼らの所属を示すものは何も見えない。誇りの拠り所はなく、示すべき大義もない。ただ望むのは持ちうる武力を、暴威を振るうことのみ。
進む先、森を抜けたところは人の手によって拓かれていた。
木々は掃われ簡易な建物が作られたそこは――“鉱床”である。空飛ぶ大地が産出する、現代で最も価値ある資源といえる源素晶石の鉱床だ。
人々は勤勉に従事し、掘り起こされた鉱石が運ばれてゆく。
そんな景色を見て、鋼でできているはずの黒塗りの鎧が歪に笑ったような気配があった。
雄たけびのような吸気音。筋肉が奏でる甲高い調べを引き連れて、襲撃が始まる。
法弾が飛び交い破壊の限りを尽くし。その日、空飛ぶ大地に作られた鉱床の一つが失われた。
盤面には数多の
吹き荒れる嵐の先を見通す者はなく。
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