#105 小鬼族の王

オベロンと……? 親玉ではないですか、また意外な人物が現れましたね。本当に、本物ですか?」


 宙に浮かぶカササギの上、エルネスティはこの上なく疑わしげな表情で王と名乗った人物を睨む。

 その視線にひるむことなく、オベロンは呵々と笑った。


「はは! これはこれは名乗りだけでは信じられないと、慎重だね!」


 いったい何がそんなに楽しいものか、この人物は先ほどから笑いっぱなしだ。

 その軽薄さが信じきれない理由のひとつであるのだが、彼に気にした様子はなく。むしろ、むやみに自信ありげな態度で笑みを深めた。


「ただ、その疑念は正しくとも意味がない。確かに王たるものは私だけ、他の何者が幻獣騎士これらを率いれる?」


 腕を振って示して見せる。彼を掌に載せた幻獣騎士ミスティックナイトが、低い唸りで応じていた。

 それだけではとても真偽を見極められるものではない。しかしエルはひとまず、そこは横に置くことにした。

 ここで重要なのは、ソレが何を話すかである。


「いいでしょう。では、その王御自らがここまで乗り出してこられた理由はなんなのでしょうか。仮に僕たちに話があったとして、誰か遣いをたてればよかったのでは」

「それではつまらない。せっかく会えるというのに!」


 そんな彼の疑問を一蹴し、オベロンは再び手ぶりで指示を下した。

 幻獣騎士がゆっくりとしゃがみ、彼を地面へと降ろす。


「さぁ、ついてくるがいい客人! 話す相手は君だけだ、そこに巨人族アストラガリなど必要ないだろう?」


 そう言って、オベロンは堂々と村へと入ってきた。幻獣騎士をその場に残して、単身である。

 まわりには間違っても味方とは言えないカエルレウス氏族の巨人がおり、しかもエルはまだカササギの上にいるというのに。

 その気になればすぐにでも攻撃へと移れる状況、しかし彼にはまったく気にした様子がなかった。


 そうしてしばし歩いた彼はぐるりと周囲を見回し、かすかに不満げな様子を浮かべカササギを見上げる。


「ふむ、村人どもはどうしたんだ? 私がいるのに、歓待のひとつもないとは」

「あなたがたが来るというので、離れてもらいましたよ」


 推進器の抑えた唸りと共に、カササギが移動をはじめる。それを村の広場に着地させると、エルも機体を降りた。


「ほう。わたしと騎士がくるというのに、まさか逃げだすとはね! またずいぶんと手懐けたことじゃないか?」


 また笑いをぶり返しながら、オベロンはやってきたエルと相対する。

 わざとらしく腕を広げ、害意がないことと歓迎の意を示した。


「可愛らしい顔をしながら、なかなか手がはやいじゃないか。いや、可愛らしいからかい? くはははは……」


 そうしてにぃっと口の端をゆがめつつ、オベロンは適当に近くの小屋に向かって歩き出した。

 巨人族が作った掘っ立て小屋を前にしてもなんら躊躇せず、扉を蹴飛ばし勝手に入ってゆく。


 エルは微妙に眉根を寄せつつ、小さな溜息をついた。


「……小魔導師パール、アディを呼んできてもらえますか。それと万一に備えて、村人の護りをお願いします」

「む、わかった。目を凝らすのだぞ、師匠マギステル。あれは敵なのだろう?」

「さきほどまでは確かに。今は、何とも言えませんね」


 小魔導師が走り出す足音を背に、エルはオベロンの後を追って小屋へと入る。

 小屋の中にはものがほとんどない。その中でオベロンは、間に合わせであろう粗雑な椅子のうえでふんぞり返っていた。


「改めて、ようこそ客人。ここではロクなものもないが、存分にくつろぐといい!」

「あなたがそれを言いますか。村が破壊されたのは、どなたのせいだとお思いなのか」


 向かいの席につきながら、エルは睨むように目を細めた。

 そもそもこの王の配下たる幻獣騎士が戦いを挑んでこなければ、村が巻き込まれることもなかったのである。


 そんなエルを前にして、しかしオベロンはむしろ楽しげな様子を浮かべている。


「ははっ、おやおやずいぶんとお優しい。でもそれは少し見方が偏っているね。ここはルーベル氏族の支配地域、よその巨人族がいていい場所じゃあない。あれらを招き入れ、この地の法を無視したのは君たちの側だろう。まぁ、客人にとやかく言っても仕方ないことかもしれないね。どのみち本題ではないことだし」


 彼は一拍の間で区切ると、ずいと身を乗り出す。


「そんな些事はどうでもいい、ああ、実にどうだってかまわないのさ。もっと楽しい話をしよう、旧き同胞よ。我らと君たちの、過去と現在の話だ」

「なるほど確かに。それは僕も、興味があります」


 急ごしらえのいかにも雑な机を挟み。エルは表情を引き締め、オベロンは薄く笑いながら、しかし共に視線は相手を射抜かんばかりの鋭さをのせている。


「くくくは。楽しいな、実に楽しい。まさしく客人だ。まさか私が動ける間に、迎えること叶おうとはね!」

「いったい、どういうことでしょうか」

「遠く分かたれた同胞と、こうして相見えることができた。実を言うと、仕方がないこととはいえそこらの村人たちに先を越されて悔しかったんだ。だから今こうして、私自らがここに来たのさ!」


 本当に、そんなくだらない理由で“王”がここまできたのだろうか。

 エルは疑問を覚えなくもなかったが、目の前の人物の態度を見るにあながち嘘とも思えなかった。

 それほどまでに、オベロンは興奮した様子なのである。


 そんな当のオベロンはまっすぐにエルを捉え、頭のてっぺんからつま先まで、その形のすべてを瞳に焼き付けるかの如くじっくりと眺めまわしていた。

 無遠慮な視線を受けて、エルの表情が険しくなる。


「流行りの服装はやはりずいぶんと違っているようだな。どうだい? こちらの服装は。どうにも獣どもの素材が多いが、なかなかのものだろう?」


 そう言って、オベロンは腕を広げて見せる。

 魔獣の素材を多用した装束だ。主に皮革を用いた厚みのある形は、衣服というよりも鎧に近い。そこに獣のもつ色合いを生かした装飾品類が取り付けられている。


「そういった服装は、一般の人たちには多くないですね。むしろ騎士の装備に近いものです」

「ほほう、騎士か! 確かにな。彼らは私たちの起源ともいえるからな!」


 何かを勝手に納得し、王は愉しげに頷く。そして何かに思い至り、顔を上げた。


「そういえば客人、確か騎士団長と名乗っていたか? それこそ、信じがたいことだなぁ。とても戦いに向いているようには見えない」

「むぅ。かもしれませんが、アレを動かしていたのを、あなたもご覧になったでしょう。それでもお疑いになりますか?」

「確かにそうだ。しかもこの地までたどり着いて早々、巨人の一派をたぶらかすようなやつだからなぁ。油断ならないことだ!」


 くっくっと喉の奥で笑う、王の視線がエルを捉える。

 エルは少しむすっとした様子で、それを睨み返した。


「たぶらかしてなどいませんよ、人聞きの悪い。彼らは彼らの思惑によって動き、それが僕たちの思惑とはずれていなかっただけです」

「ふぅむ。あのカエルレウス氏族の思惑と外れていない、と。それは大変だ」


 言葉とは裏腹に、まったく大変そうな様子もなく王は気楽な様子でいた。


「あなたは……小鬼族はルーベル氏族の庇護下にいるのでしょう。だとすればこれは、あなたがたにとって望ましくないはずです。少なくとも、爪を向ける程度には」

「先も言ったが。まぁ、果たさねばならない義務はある。その程度のことだ。望みはまた別にある」


 彼は本当に、悩むそぶりすら見せない。心底、どうでも良いことのようだ。

 エルはしばらく考え込む。


「あなた方とルーベル氏族は。いえ、巨人族の関係は……それを語るには、まず源を知る必要があるでしょう」

「ほう」

「小鬼族と呼ばれている者たちの、始まりを。あなたならば識っているのではありませんか? 小鬼族の王よ」

「そうだなぁ。他の者よりは、少しばかり詳しいかもしれないな」


 オベロンは薄く笑みを浮かべたまま、じっとエルの言葉を待つ。


「ではお聞かせください。僕たちを遠き同胞を呼ぶ、そのわけを」

「君は多くのことを知っているようだ。さすがは騎士団を率いる立場にあったものだな。だとしたら、もう答えには気付いているのだろう? さぁ、聞かせてくれたまえよ」

「あなたがたは……おそらくは、かつて森伐遠征軍と呼ばれた者たちの生き残り」


 オベロンの顔に、深く深く笑みが広がってゆく。直後に彼は椅子を蹴立てて立ち上がり、両腕を広げて叫んだ。


「おめでとう、正解だ! 素晴らしい、まったくその通りだよ遠き同胞!! そうだ、私たちは分かたれた流れの末なんだよ!」

「森伐遠征軍は、強大な魔獣との遭遇によって壊滅したと聞きます。だとしたら、なぜこのような森の深くまで……いいえ、違う。もしやはぐれたのか、あるいは逃げたのですか」

「またまた御名答だ! かつて森伐遠征軍と呼ばれた者たちは、不運な出会いによって壊滅した。だが本当にそのすべてが死に絶えたわけではなかったのさ!」


 興奮のあまり大げさな身振りを交えつつ、オベロンの言葉は続く。


「運があったのかなかったのか。どうにも逃げ道を間違えた間抜けが多かったんだ。くくく、しかしそれが幸いして遠征軍は消耗を抑えたまま生き残った。そうして迷った果てに、巨人と出会った」


 そこで彼は深い吐息をはさみ、ようやく興奮を鎮めていった。


「その時の父母の気持ちなどしれんがね。さまざまなやり取りの末に、私たちは小鬼族へとその名を変え、巨人族の隷下に入った。その真を知る者など、この地にも一握りもいない。やはり、私が出向いてきて正解であったな!」

「それは秘するべきことではないのですか。現にこの村の人たちは、自分たちの祖をまったく知りませんでした」

「そうだ。そんなことを知っていても、何の役にも立たないからね! 下手にこじれて巨人族にたてついたところで無意味だ」

「だとすれば、なぜ僕には隠さずに話すのですか」

「すでに知っているものを相手に隠す意味もまた、ないだろう? それに君はそこらの村人ほど、小さな存在ではない」


 エルはわずかに目を細めた。


「そうすると。幻獣騎士とはかつて幻晶騎士であったものが、姿を変えたわけですか」

「図体ばかりでかい巨人どもを相手にするには、それなりの力を必要とした。そこに幻晶騎士はおあつらえ向きだった、しかし知っているだろう? あれは実に多くの資材を喰う」


 椅子の背にもたれかかりつつ、王は何かを思い出すように瞳を閉じる。


「逃げ延びた私たちでは、その維持は困難だった。時と共に、躯体の材料を魔獣の素材へと置き換えてゆき。あれは獣に姿を変えた……限界だったのさ」


 ゆっくりと開いた瞳が、真正面からエルを捉える。


「私たちは道を模索してきたんだ。探し求め、行き詰まり……そこに、空飛ぶ船が現れた。さぁ、次は私が問いかける番だ。君はそもそも、あの“空飛ぶ船”に乗りこの地にやってきた。違っているかい?」

「いいえ、違っていませんよ。僕たちの船は穢れの獣と遭遇し、戦い、そして僕らが残された」


 エルの答えを聞いたオベロンは、今までで一番興奮して身を乗り出してきた。

 今にもエルに掴みかからんばかりの勢いでまくしたてる。


「ほう! 君の“幻晶騎士”も飛んでいた! 奇妙ではあるが、君たちは己の騎士を飛ばす技を持っているということだな!? それは、この森を越えることができるのかいっ!?」

「……できるとすれば、あなたはそれを使って西を目指すのですか」

「聞くまでもないだろう? 西の地。我らの始まりたる地。かなうならば私たちのもつ技にて彼の地を目指したかったが、贅沢などいうまいよ」

「僕たちと小鬼族が分かたれて、すでに数百の年月が流れていますよ。いまさら……」


 王は、激しく首を振った。


「その程度! 瞬くほどの間のことさ。私はもう飽き飽きだ。このまま無為に大いなる流れに合一するくらいならば! 先に彼の地へと辿りついて見せる」


 決意に滾る表情を浮かべ、彼は叫ぶ。


「その鍵が、君だ。私たちとて、帰り着くだけの手段は考えたさ。結果がどうなったか、聞きたいかい?」

「いいえ。そう、ですか。森に残された同胞の末である、小鬼族を……。果たして、連れて帰ってもよいものか」


 エルが考え込んだところで、オベロンは席を立った。

 そのまま入口の前に立ち、振り返る。


「考える時間はまだ十分にある。ひとまず君たちを、私たちの都へと招待しよう。ああ、あの巨人族もいっしょでかまわないよ」

「カエルレウス氏族も一緒に? しかし、彼らはルーベル氏族と敵対していますよ」


 その瞬間、オベロンの顔から笑みが消えた。

 彼は表情を真剣なものに改め、言い放つ。


「むしろ、それこそが必要なこと。君たちと、あの巨人たち、私たちで手を組む。そして、ルーベル氏族を倒すんだ」

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