#93 彼は常に求めている
フレメヴィーラ王国の都、カンカネン。
その中心を走る大通りを、一騎の
巨大な鋼鉄の騎馬がたてる硬質な音が、通りのざわめきと混ざりあう。
通りの端に詰めかけた住民たちが、騎馬に先導されて歩む人馬騎士へと手を振り、歓声を上げていた。
通り沿いの建物には旗が掲げられている。そこに描かれている模様は、フレメヴィーラ王国の国章と――大きく翼を広げた、銀の鳳。
やがてツェンドリンブルは王城シュレベール城までたどり着き、その歩みを止めた。
馬の背にある装甲が開き、操縦席が露わとなる。そこから顔を出したのは、銀鳳騎士団長エルネスティ・エチェバルリアであった。
彼は普段の
美しい刺繍が施された
ほっそりとしたその手を取って現れたのは、団長補佐であるアデルトルート・オルターだった。
彼女の服装も動きやすさを重視した騎操士用のものではなく、幾重にも布を重ねた華麗なドレスである。
二人とも、目いっぱいめかしこんだ格好をしているのだ。
エルはそのままアディの手を引くと、動きづらそうな服装の彼女の背に手を回し、そして両手で抱え上げた。
小さなエルだと、彼より背の高いアディの体を支えることができなさそうに見えるが、そこはふんだんな魔法能力の恩恵により強引に解決する。
アディを抱き上げたエルは一度微笑みかけ、直後に気軽な調子でツェンドリンブルの背から身を躍らせた。
外套やドレスの裾をはためかせながら落下し、地面につく前に“
柔らかに降り立った彼らに、ふわりと衣装が折り重なった。
そうして彼らは、そのままの格好で城へと入ってゆく。
城の中には近衛騎士たちがずらりと並んでいた。それぞれに剣を手に、最敬礼の姿勢だ。
「銀鳳騎士団、エチェバルリア騎士団長、ご登城!」
高らかな喇叭と、鐘の音が鳴り響く。
まっすぐにのびる絨毯の上を、アディを抱きかかえたままの状態で、エルが歩み進んでゆく。
「うへへへへへ。みんなが祝ってくれてるわね!」
「ええ。当然ですよ、何せ僕たちの結婚式ですから。陛下も、直々にお言葉をくださるそうですし」
抱え上げられたままのアディは、幸せそのものといった表情でエルをガッチリと抱きしめていた。
そのままだとエルは前が見えないはずだが、どうしたことか彼の足取りはしっかりとしたものだ。
「本当に、式を挙げられるんだ……ここまで長かったよぅ。森から帰ってくるの、大変だったんだから!」
そうこう話しつつ、二人は謁見の間へと足を踏み入れる。
広大な空間に、飾り立てた幻晶騎士が並ぶ。一番奥にあるのが国王騎“レーデス・オル・ヴィーラ”であり、その前には玉座につく国王リオタムスの姿が見えた。
そこに至るまでには、銀鳳騎士団の団員たちがそろって並んでいる。
親方、エドガー、ディートリヒ。その奥にはエルの両親とアディの母親の姿もあった。
「それも過ぎたこと。さぁ、着きました。皆が待っていますよ、僕のアディ」
「ええ、あなた。いきましょう!」
エルはアディを降ろし、そして二人は手をつないだまま謁見の間を進む。
絨毯は、国王の前まで続いている。
王が式を取り仕切ることは、非常に珍しい。それだけ、エルネスティという人物の存在が大きいということでもあった。
「本当に、エル君と夫婦になるんだ……」
歩きながら、アディは何度もつないだ手を確認していた。
周囲からの祝福よりも、彼とのつながりこそが大事であるかのように。
「これからもずっと一緒ですよ、僕のアディ」
「ええ! もう絶対どこまでもずっと一緒にいるから!」
魔の森に落ちてさえ共にいたのだ。いったいどのような困難が、二人を引き離せるだろうか。
アディは決意と共に、揺るがぬ自信を持っていた。
「ずっと一緒に……夫婦だものね。そのうち、子供もできたりして……。ウヘヘヘ、エル君! 子供は何人くらい欲しい?」
「いっぱい、欲しいですね。できるなら僕たちの騎士団を作れるくらい」
「エル君……!!」
まだ広間の真ん中だったが、アディが感極まった様子でエルにがっしりと抱き着いた。
腕の中で、笑顔のエルが顔を上げる。目線を合わせたまま、ゆっくりと二人の顔が近づいてゆき。
「だからアディ、そろそろ朝ですよ」
「……エル君?」
唇が触れるかどうかというところで、エルがいきなり意味不明なことを言い出す。
アディがびっくりして目を開くと、間近にエルの笑顔があって――。
「いつまで寝ているのですか。そろそろ起きなさい」
――ゆるゆるとアディが目を開くと、まずエルの困り顔が目に飛び込んできた。
彼は、毛布に丸まって眠るアディの肩を揺らしている。周囲を見回せば王城などどこにもなく、簡素な天幕が目に入るばかりだった。
「……むぅ。ふぁれ? エル君? 私たちの騎士団は……?」
「何を言っているのですか。今は騎士団の皆のところに帰るために、頑張っているところでしょう」
彼女はなおもしばらくぼけっとしていたが、徐々に目を覚ましてゆき。やがてながーい、溜息を洩らした。
「なぁんだ、夢か……」
脱力したものの、すぐに拗ねたように手を伸ばすと、傍らにちょこんと座るエルの腰に手を回す。ずるずると胸元に顔をうずめ、ぺったりと抱き着いていた。
一方抱き着かれたエルは、苦笑を浮かべながらもやんわりと抱きしめ返す。
「騎士団の夢を見ていたのですか。森に落ちてから、けっこうな時間がたちましたものね」
再び寝入りそうになっているアディのくせっけのある髪を漉いていると、腕の中からなかば寝ぼけた声が返ってくる。
エルはアディの耳元に顔を近づけると、そっと呟いた。
「フレメヴィーラに帰るために、今は少しずつでも頑張りましょう。
それまでは寝ぼけていたアディが、一気に起き上がる。
「そうね! 報告して、ちゃんと式も挙げないといけないもの!! ようしエル君、頑張りましょう!」
「はいはい。まずは朝食にしましょうね」
俄然勢い込むアディはさておき。エルは鍋を片手に歩き出すのだった。
他に比べるとまるで玩具のような大きさの、それがエルとアディが暮らしている天幕だ。
その前には小さなかまどが組まれており、鍋が火にかけられていた。
中には少量の野草と、干した肉が温められているようだ。
この集落に来てからこちら、二人はこうして持っていた保存食を優先して消費していた。
いくらある程度の保存がきくからといって、いずれ古くなることに変わりはない。
巨人の集落に住まうようになり、天幕に物を保管する余裕ができてきたために、彼らは色々なものの整理をおこなっていた。
ちゃんとした住まいがあるというのは便利なものである。
「ずいぶんと、遅い目覚めだな」
頭上から降ってきた声を見上げれば、そこには
兜や鎧をつけておらず、身軽な格好である。
彼は、二人の間にある小さな鍋を興味深そうに覗きこんでいた。
「ほう。それが、お前たちの料理か」
「はい。そうだ、昨日は獲物を分けてもらって、ありがとうございました」
「構わぬ。お前たちが喰らうものなど、些細に過ぎぬ」
保存食を消費している二人であったが、もちろんそれだけを食べているわけではない。
巨人が狩った獲物をいくらか分けてもらうことで、新鮮な食料も確保していた。
人間二人分の食事量など、巨人に比べれば微々たるものだ。ほんの端っきれだけでも十分な量になる。
「巨人の皆さんは、ほとんどを狩った獲物で済まされるのですね。木の実などは食されないのですか」
「我らが腹を満たすような木の実など、ほとんどない。集める手間にもあわぬ。お前たちほど小さくば、それでよいのかもしれんが」
「仕方ないかもだけど。肉だけだとなんだか、味気なさそう……」
エルたちが見かけた巨人たちの料理というのは、だいたいが豪快に狩りの獲物を焼くだけのものだった。
その食事は、ほとんどが動物のみで賄われている。木の実の類は、巨人たちの胃を満たすのに足りていないからだ。
魔の森の植物には巨大な実をつける種類もあるが、それでも巨人にとってはせいぜいが間食になるかといった程度。
やはり主食は肉である。この森は、獣に不足することは決してない。
そんな話をしつつ食事を終えたエルは、よし、と何かを決めて立ち上がった。
「客分として獲物を分けてもらうばかりなのはいけませんね。僕たちも、狩りのお手伝いをしましょう」
「自らの分は集めるか。良い心がけだ、
彼らが食べる量に比べれば、エルとアディなど食べたうちにも入らない。とはいえ、自らが食べる糧を集めることには何の問題もなかった。
そう考えて頷く勇者であったが、しかしエルは首を横に振って彼の納得を否定した。
「いいえ、狩るのは僕たちの獲物だけではなくて、皆さんと同じものです。ささやかながら、お力になりましょう」
「なに?」
エルの提案を聞いた三眼位の勇者は、不可解に首を捻る。
その様子を尻目に、エルとアディは鍋を片付けてさっさと準備を整え始めたのであった。
それからも勇者は首を傾げっぱなしではあったものの、結局は説得されるまま二人を伴って森に入ることになった。
何かノリに流されているような気がしなくもない。
森に、重量のある巨人の足音が響く。
大きさが大きさであるだけに、その歩く速度は速い。強化魔法の影響により肉体を強化している、この世界の巨大存在たちは大きさのわりに動きが機敏だ。
その速さに負けず、二つの小さな影が木々の間を縫うようにして飛び回っていた。
エルと、
彼らは“
そうして森を進んでいた一行は、やがて木々の間に獣の姿を捉えていた。巨大な牙が特徴的な、猪に近い見た目の決闘級魔獣だ。
勇者がずいと前に出ると、新品の石斧を構える。
「ふうむ。ここにて待っておれ。さっそく一つ、糧を得るとしよう」
「いいえ。せっかくですから、まずは僕たちの狩りを見ていただきましょう。……アディ」
「りょーかーい」
言い置くや、勇者を置き去りにしてエルとアディが飛び出してゆく。
後に残された巨人は、かつての戦いを思い出したこともあって、どこか複雑な表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。
小さな狩人たちが、あっという間に魔獣との距離を詰めてゆく。
彼らが目前まで迫ったころになって、ようやく魔獣がその存在に気づいた。
しかしその巨大な猪も、決闘級に分類される魔獣である。
凄まじい速さで近づいてくる二人を見ても、その反応は鈍かった。本来ならば、この程度の大きさの生物は警戒に値しないからだ。
その油断が、致命的なものとなる。
狩りを目的に接近した二人の動きは、まったく容赦がなかった。
先行したエルがその足元に飛び込むや、一気に多数の魔法を発現させる。狙いは足、一つ一つは非力な魔法でも、一点に集中させれば馬鹿にできない威力を生ずる。
前足の関節へと向けて、小規模な爆発が連続した。
魔獣の躯体がぐらりと傾き、短い悲鳴が上がる。しかし獣はすぐに踏ん張り直すと、体勢を立て直していた。
四本の足は伊達ではない、傷を負っても簡単に倒れることはない。
悲鳴はすぐに、怒声へととってかわる。
雄たけびを上げた魔獣は、自らを攻撃した小さな敵――エルの姿を探し始めた。
普段なら気に止めることもないが、傷を負わせられてまで見逃す理由はない。
その行動は、二人にとっては織り込み済みだった。
興奮した魔獣の死角から、次はアディが接近する。降下甲冑の手のひらに、魔法現象の光が灯った。
彼女の狙いもまた、足の関節だ。無事なほうの前足めがけ、爆炎の魔法が殺到する。
再び、短い悲鳴があがった。
今度ばかりは耐えきれず、前のめりに地面へと倒れ伏す。さしもの魔獣も、前足を両方ともを傷つけられてはひとたまりもない。
そうして傷ついた両足をふんばり、なんとか起き上がろうともがく魔獣へと、二つの小さな影が迫っていった。
三眼位の勇者は、その光景を目にするや、思わず腕を組んで唸り声を上げていた。
「さすが、我を倒せし勇者であるか……」
彼の目の前では、首元を斬りつけられた魔獣が血を噴き出し、倒れていた。
出血は続き、徐々に獣の動きが弱くなってゆく。
しっかりと肉をつけた、見事な獣だ。それは重さがある分突進力に優れ、巨人たちにとっても相手をするのは骨が折れる。
もちろん勇者にとっては一人で討ち取って当然の相手であるが、それを成し遂げたのはわずか二人の
それには、巨人の勇者をして驚嘆を禁じえなかった。
「共に狩り、共に食う。なればもはや客分にはあるまい」
そうして勇者が頷いていると、その足元までやってきたエルが何故か申し訳なさそうなようすで彼を見上げた。
「すいません。少しだけ、手伝っていただきたいことがあるのですが」
「何だ。こうして狩りはなった。いまさら我が手を下すことはなかろう」
「いえ。その、倒すまでは良くても、僕たちでは持ち帰るのに苦労してしまうので……」
「……道理だ」
こうして勇者は、自分で狩った獲物の他に、エルたちが狩った分の獲物も運ぶことになる。
彼は密かに、次に狩りに出る時は荷物持ちとして他の者を連れて行こうと決意していたのだった。
集落の中央にある広場では、巨人たちが集まって人だかりを作っていた。
以前なら珍しい光景であったのだが、エルたちがやってきてからこちら、頻繁にみられるようになっている。
その中心にあるのは、決闘級魔獣の死体――狩りの獲物だ。それらは、エルたちが狩った分である。
「我、勇者が瞳に懸けて、百眼に誓おう。この獲物は確かに、小鬼族の勇者が狩ったもの」
皆に向けて、勇者が説明している。
あの戦いを知るがゆえに、巨人たちもこの小鬼族の勇者たちが十分な強者であることは理解していた。
が、それでも自分たちと同じだけのことをこなすのを見ると、驚嘆が先に立つ。
「ゆえに、その身は客分にあらず。共に狩り、共に食した者は、我が氏族の同胞として迎え入れるべし」
それは、巨人たちの決まりのようなものだった。
何らかの理由で別の氏族に合流した場合、狩りと食事を共におこなうことで新たに氏族の一員と認められる。
それを小鬼族に適用するのは前例がないことであったが、巨人たちはそろって同意の声を上げた。
勇者は満足げに頷いた後、しかし表情を曇らせて、足元の小さな二人へと視線を移す。
「しかし、思いもしないことだったが……氏族の一員ならば、狩りの獲物にて身を飾るべきだが、な」
巨人族は伝統的に、その狩りの成果をもって様々な武器・防具を作る。そうすることで、自らの力量をはっきりと周囲に示すのである。
それだけに、初めて狩った獲物は重要なものとされる。
その素材で作った道具は、あまり物を持たない巨人たちにとっては、数少ない思い出の品となるのが通例であった。
そこにして、エルとアディである。
狩ってきた獣の素材を用いれば、二人が使う道具や装備などいくらでも作れるだろう。
しかし問題は、巨人たちにそんな“小さなもの”を作る技術がないという点だ。
勇者の困惑を見てとったエルは、ふわりと笑みを浮かべて頷いた。
「はい。せっかくですから、この獲物を用いて鎧を作っていただきたいと思います」
「ぬぅ。祝いである。与えてやりたいところであるが、小鬼族に合わせるは……」
勇者は腕を組み悩むが、エルはそれにあっけらかんとした調子で返す。
「ご心配には及びません。あなたたちのものと“同じ”鎧を、作っていただければ」
「……着れるわけがなかろう。いかに氏族に迎える祝いとて、使えもせぬものに、何の意味があろう」
さすがに、この小さな勇者に巨人族と同じ鎧を着せるわけにはいかない。余るとかそういう問題ではなく、間違いなく潰れるだろう。
いままで小鬼族を身近に置いたことのないカエルレウス氏族の巨人たちにとって、その扱いは少々悩みどころであった。
「いえいえ、無理をして着る必要はありません。ですが、せっかくの祝いなのですから、どこかに飾っておいたりとかもできますし」
「……ふうむ。そこまで欲しいというなら、よかろう。この勇者が、お前たちの鎧を用意しよう」
勇者は若干訝しげにしていたものの、いずれ誉を飾ることに変わりはないと、何とか納得していた。
「あー……。エル君が何を考えているか、わかったかも」
唯一、付き合いの長いアディを除いて、エルが何を考えているのかなど巨人たちには知る由もなく。
彼らは純粋に誉れとして、魔獣の革から巨大な鎧を作って贈ったのであった。
エルたちが狩った決闘級魔獣から作られた巨大な革鎧は、勇者が暮らす天幕にて預かられることになった。
そのような巨大なものがエルたちの天幕に入るはずもなく、さりとて野ざらしは憚られたからだ。
初の狩りの獲物から作った鎧。エルはそれを、巨人たちとはまったく異なる喜びを胸に、満足げに眺めまわしていた。
幸せそうに笑みを浮かべて妄想にふけるエルを横目に、アディは微妙な距離を置いている。
「また何か、企んでる……」
「いえいえ、そんな物騒な。ただ、この調子で全身分を作ってもらえば、革製の幻晶騎士が作れそうですねと思っただけです」
当然、エルはただの記念でこの巨大な革鎧を仕立ててもらったわけではない。
彼が目指すものは、常にひとつ。巨大人型兵器――幻晶騎士を作ること、手に入れることだ。
「うーん、でも難しいよね。
アディが指折り数え始める。
いくら外身を仕立てたところで、それだけでは幻晶騎士は作れない。何しろ、動かすための中身が無いのだから。
エルも頷いた。そもそも問題点は数え切れないほどあるのだが、中でも大きなものが二つある。
「最終的に足りないのは、
「うーん。じゃあもういっそ、巨人に中に入ってもらうとか!」
「つまりただの巨人ですよね、それ」
てきとうな雑談を交わしつつ、彼らは色々な可能性を探っていた。
エルの趣味はさておいても、フレメヴィーラ王国へと帰還するためには幻晶騎士が必要となる。
アディも力が入っていた。
「ですが、魔獣の素材を利用する……と。国許では、考えもしませんでしたね」
「だって面倒じゃない?」
「そうですね。加工の手間がかかるばかりですし」
国許ならば、技術を持ち振るってきた鍛冶師たちがおり、金属を加工する設備なども十分にそろっている。
それに、金属を利用したほうが自由度も高いのだ。そういった意味で、魔獣の素材は扱いづらいものである。
規格や量産性を考慮しない、非常事態であるからこそ浮上した方法であるといえよう。
「単なる手間の問題だけではありません。生きている動物は、自身の
さらに、魔獣の素材を利用するといっても、ことはそう簡単ではない。そこには様々な制約が存在している。
「逆を言えば、魔力供給が止まり術式の維持も途絶えた死体であれば、材料として利用することも理屈の上では可能になるのですけどね」
「エル君。さすがにそんな、魔獣の死肉をつめた騎士なんて、嫌よ?」
「ええ。第一、そのようなものはすぐに腐ってしまいます。駆動効率も微妙でしょうし、まったく実用的とはいえません」
アディは、エルの言う却下にいたる理由が何か根本的にずれているような気がしていたが、深くは気にしないことにした。
「結晶筋肉は、触媒結晶を錬金術で加工したもの。つまり自然には存在しないものです。掘り出すわけにもいきません。ううむ、錬金術はあまり詳しくないのですよね……」
材料と技術があれば、エルはどれだけ時間がかかっても成し遂げる。
しかし、さすがにそろわないものが多すぎた。
「このあたりに擱座した幻晶騎士があれば、流用することもできるのですけど」
「だったらシーちゃん、は? 墜落して壊れたけれど、部品は残ってるはずよ」
イカルガは中枢以外の部分をほぼ喪失していたが、シルフィアーネは墜落の衝撃で破壊されただけである。
回収すれば、資材としては使えるだろう。
「もちろん、シルフィアーネもイカルガも、いずれ回収します。ですがそれだけだと足りないでしょう。どこかにもっとたくさん幻晶騎士が転がっていないでしょうか。……はぁ。
「いくらなんでも、そんな都合のいいことはないよねー」
アディは呆れるが、エルはふと、そこで異なる可能性を思い出していた。
「……いいえ。もしかしたら、そうでもないかもしれません」
不思議そうな表情を浮かべるアディに向かって、エルは小さく笑みを浮かべて。
「歴史の問題です。フレメヴィーラ王国が成立し、ボキューズ大森海が禁足地となる契機となった事件。それは、なんでしょう?」
「えっ? えーとね、あっ……“
――森伐遠征軍。
かつて西方を平定し、人類全体が勢力拡大の野心に燃え盛っていた頃に起こった、東征軍のことである。
幻晶騎士の大部隊をもってオービニエ山地を越え、ボキューズ大森海を突き進んだその遠征軍の末路は、悲惨なものであった。
当時の主力幻晶騎士は、現代のそれに比べて一回りは性能が低いものだった。そんな時代に旅団級魔獣、果ては師団級魔獣と出会ったならば。
森に住まう魔獣たちは破滅的な暴威を振るい、遠征軍は壊滅。かろうじて全滅ではない、といった程度まで数をすり減らし、ほうほうの体で逃げかえったのであった。
大失敗ともいえる遠征軍であったが、その唯一の成果としてオービニエ以東にいくらかの領地を確保することに成功していた。
その土地が、後のフレメヴィーラ王国となる。
そもそも、
「彼らがどこまで深く、ボキューズに入ったかは不明です。しかしその遺産と出会う可能性は、絶無ではないはずです」
それがいかにか細い希望か、十分に認識しながらもエルは期待せずにはいられなかった。
もしも再利用可能な残骸が残っていれば、彼の目的は大きく前進する。
「そうして資材を集めることができたのならば……残る問題は、あと一つ。とても大きな、一つです」
アディは首をかしげる。今までの話からすれば、材料があれば何とかなるような気がしたのだが。
「集めた資材から、どうやって機体を組み上げるか。という点です」
もしもここに親方がいれば。時間はかかっても機体をくみ上げることができるだろう。
確かにエルは設計については非常に詳しいが、実際に鍛冶作業を行ってきたわけではない。
そもそも幻晶騎士の製造には、多くの熟練した人手が必要だ。
「ほ、ほら! 魔獣の素材とか使おうとしてるし。親方たちとは違う方法で、何とかなるかも?」
「そうですね。いざとなれば巨人の皆さんを教育するという手も……」
うふふふふふ、と不気味な笑いを漏らし始めたエルからさらに少し距離をとり、アディは手を叩いた。
「ま、まずはシーちゃんを拾いにいこうよ! あ、でも先にイカルガのほうがいいかな? シーちゃんは
「そうですね……うん? あれ? どちらかといえば、帰ろうと思ったら浮揚器のほうが大事なのでは」
「そっか。歩いて帰るのもねぇー。でもアレ、幻晶騎士よりも難しくない?」
飛空船を使って旅をした距離を生身の徒歩で戻るなど、論外である。
それに仮定として幻晶騎士を再生できたとして、やはり歩いて戻るのは困難といわざるを得ない。
生身よりも速度は向上するだろう。しかし幻晶騎士とて動かし続ければ消耗する。それに魔獣との遭遇も考えられる、帰り着くまでに再び擱座する可能性は、極めて高い。
現実的に森を越えようと思えば、“空を飛ぶ手段”の確保は必須であった。
「問題、多すぎ!! おてあげ?」
「そうでもありません。かくなる上は、とことんまで魔獣を利用しましょう。まずは
エルは、イカルガの最後の戦いを思い出していた。
あの戦いの最中に見た、穢れの獣は翅を虹色に輝かせて飛行していた。あの光は、源素浮揚器によるエーテルの反応と同様のものだ。
つまり、穢れの獣も同様の原理を利用して空にあると推測される。
やる気をあげつつあるエルだが、アディは首をかしげていた。
「いいの?
「僕にとっては滅殺すべき仇敵ですが、それが死んで役に立ってくれるなら、とても良いことではありませんか」
さりげなく物騒な意見であったが、アディがすんなり納得したため誰もツッコむ人間がいない。
「ようし、まずは巨人の皆さんと話しましょう。仲良くなって、手伝ってもらえるようになったら色々と集めて……。それからの方法は、色々と考えておきましょう」
こうして彼らは、自らの目的に向けて様々な試行錯誤を重ねつつ、巨人たちとの日々を過ごしてゆくのだった。
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