#76 最後の意地

 その背から爆炎を噴き上げ、飛竜戦艦ヴィーヴィルの船体が傾ぐ。その元凶となった者は、揺らめく炎の中心にいた。

 仁王立ちで歪な大剣を構える鬼面六臂の鎧武者――そのような姿を持つものは、この世界に二機といない。イカルガだ。


「ありえん……。いや、あってはならん。この飛竜を、こうも易々と凌ぐ力があっていいはずがない!!」


 飛竜の巨体すら揺らす強烈な一撃を受け、ドロテオと部下たちは目眩のするような危機感を覚えていた。いかなる犠牲を覚悟してでも、この災厄はここで倒さなければならない。彼らがそう、決意を固めるまでにさほど長い時間は必要なかった。


 各アンキュローサが魔導兵装シルエットアームズと近接防御火器“雷の網ザファーナマ”を構える。

 未だに飛竜戦艦の最大化戦闘形態マキシマイズは継続中である。魔力転換炉エーテルリアクタはその寿命と引き換えに潤沢な魔力供給を続けており、すべての魔導兵装を全力で駆動してなお余りある力があった。


「奴に、動く暇を与えるなっ!!」


 近接戦仕様機ウォーリアスタイルに対しての法弾は、剣により防御されるおそれがある。ましてや常識はずれの鬼神が相手、いくら放とうとも炎弾だけでは心もとない。

 ゆえに、雷と炎の二重奏がうなりをあげた。雷撃を四方八方から撃ち込めば、鬼神の轟炎に拮抗されることはないだろう。

 一息に放たれた破壊の嵐が、飛竜の背で荒れ狂う。それは船の構造にも損害を出しながら、鬼神を打ち払うべく襲い掛かっていった。


「ふうむ。内側に入ってしまえば、ヴィードもどきしか手がないようですね」


 しかし攻撃が収束したときには既に、イカルガの姿はその場にはなかった。マギジェットスラスタを噴射させ高速で後方へと飛び退いたイカルガは、すぐにぐるりと推進器を回し前進へと転じる。

 さまざまな性能に長けるイカルガであるが、わけても最大の長所アドバンテージとなるのが、飛竜に並ぶほどの機動性・飛行能力だ。法撃戦仕様機ウィザードスタイルがいかに高い法撃能力を持つとはいえ、それも当たらなければ意味がない。


 自らの攻撃の余波でイカルガを見失ったアンキュローサたちが周囲を見回すより早く、飛来した執月之手ラーフフィストがその身へと突き刺さる。

 最後尾の機体が一瞬で炎に呑まれ、さらに続く轟炎の槍が船体とアンキュローサを次々と破壊してゆく。


 アンキュローサを破壊される、それは単に迎撃能力の低下のみを意味しない――とりもなおさず、竜の命が次々に失われていることを示していた。供給もとの幻晶騎士シルエットナイト自体を破壊されては、最大化戦闘形態の意味、それ自体が失われてしまう。


「おのれ、またしても! これ以上を、やらせるわけには!!」


 ドロテオは操縦桿を振り回し、再び飛竜にきりもみ回転を命じる。単調な迎撃行動ではあるが、そもそも船体に乗り込まれるほどの至近距離戦闘となった場合に飛竜戦艦がとることのできる選択肢は、法撃による迎撃かその巨体を用いた格闘戦しか残っていない。


「おっと、振り落としですか。そう何度もうまくはいきませんよ」


 足元が傾きだしたのを察知したエルは、すぐさまアンキュローサに刺さっていた執月之手を引き戻す。と、次は足元の船体へと向けて撃ち込んだ。

 ワイヤーが巻き上がり、四基の執月之手がイカルガの躯体をがっしりと固定する。


 荒ぶる竜が急回転し、視界の光景がめまぐるしく回ってゆく。

 そうして背面飛行に移行した後、ドロテオは残る格闘用竜脚ドラゴニッククローにて格闘戦を仕掛けようとし、竜の背にへばりついたままの鬼神の姿に気づいて目を剥いた。


「馬鹿な、振り落とせないだと……」


 目論みをはずされ動揺する彼を置き去りに、鬼神は動き出す。飛竜の背に己を固定したまま、イカルガは銃装剣ソーデッドカノンを振り上げると足元へと突き刺した。そのまま刀身が割れ、法弾が放たれる。

 船体内部への抉りこむような法撃は、源素浮揚器エーテリックレビテータを直撃こそしなかったものの周辺に甚大な損害を与えていた。爆裂により砕かれた結晶筋肉クリスタルティシューがばらばらと撒き散らされ、剥離した装甲が大地へと落下してゆく。


 アンキュローサのうち半分を破壊された上に、内部にまで大きな損傷を負い、飛竜戦艦の構造が軋みをあげた。それは破壊された箇所がひずんで立てた音であったが、ドロテオは確かに飛竜の苦悶の声と受け取った。

 いずれ浮揚器を直撃され、飛竜は墜ちる。それは極めて現実的に予想される未来として、彼の総身を駆け抜けてゆく。同時に、魂を押しつぶすような恐怖も。


 空を制すべく生み出された天翔ける船、飛空船レビテートシップ。そのなかでも“対飛空船用兵器”として設計され創られたために、飛竜戦艦は単体としては法外な戦闘能力を有している。

 その力は飛空船に対してのみならず、幻晶騎士にも十分に有効だ。その爪は鋼の騎士を果実のように握りつぶし、その炎は部隊単位を相手取ってすら一瞬で焼き払うことができる。

 飛竜戦艦ヴィーヴィルは、間違いなくこの時代においては極めて先進的な存在であるといえた。

 本来ならば、少なくとも向こう十年以上に渡って有効な対抗手段が生まれることはなかったであろう、はずなのだ――そこに、異形の鬼神が、立ちはだからなければ。


 徐々に傾きを増す飛竜の背に己を固定しながら、イカルガはマギジェットスラスタから炎を噴き上げ始めていた。


「さて、いつまでもこうしてへばりついているわけにはいきませんし、ね」


 エルの両手が忙しなく操鍵盤キーボードの上を跳ね回っている。機械的な制御によりイカルガに搭載された機能の全てが起動し、彼の指示を待ち、彼の意思を待ち望んでいた。

 直接制御フルコントロール魔法術式スクリプトを媒介に、操縦者と幻晶騎士はひとつとなる。エルの思考は魔法術式に翻訳され、魔導演算機マギウスエンジンを介することでイカルガはそれを読むことができる。

 騎操士ナイトランナーの力を限界まで要求し、そして圧倒的に拡大する。エルの妄執の結実である鬼面の鎧武者、イカルガは幻晶騎士という兵器の一つの到達点にあった。


「なぜ、なぜだっ! ……なぜ、たった一機の幻晶騎士を相手に、勝てぬのだ!?」


 どこまで考えても、ドロテオには、何故単騎の幻晶騎士に敗れそうになっているのか、理解できそうにはない。

 飛竜戦艦とイカルガは、ある意味において鏡映しの双子であり、同時に最も遠い他人であった。ある種の技術の集積から生まれた究極形。ともに狂気の体現であるという意味においては等しく、そのあり方は対極にある。


 決定的に異なっているのは、飛竜戦艦は多数の騎操士の力を束ねることで大きな力を成しているという点だ。部隊を組んだ幻晶騎士がより強大な敵と戦えるように。多数の力を結集した飛竜戦艦は、その力を何倍にも増幅する。

 イカルガの力は強力無比なれど、どこまでもエルネスティという個人の異能に依存している。異界よりやってきた狂人がいなければ、動くことはおろか存在することさえなかった、狂気の産物なのである。


「おのれ、まだだ。まだ終わりはせん!!」


 手足を縛ろうとする恐怖を振り払うべく、ドロテオは操縦桿に籠める力を増す。あぶみを強く踏み込み、飛竜へと強く前進を命じた。


 飛竜戦艦の尾部より、一際大きな噴射炎が放たれる。残る魔力をつぎ込み最大出力で急加速をしながら、さらに全身を躍動させて暴れまわった。

 未だにその背にへばりつき、破壊を続ける鬼神を振り落とさねば早晩死が訪れるからだ。その攻撃により浅からぬ損傷を負った身である、下手をすれば飛竜戦艦が自壊しかねないほどの、危険な機動だった。


 風の唸りを纏い、飛竜がのたうつように空を泳ぐ。竜騎士像フィギュア・ヘッドにいるドロテオや、各部のアンキュローサに乗る部下たちも、飛竜が暴れることからくる強烈な慣性に、歯を食いしばって耐えていた。

 飛竜を支える強化魔法は同時に、内部の搭乗員を守る役目も果たしている。それでも抑えきれない圧力を感じながら、彼らは機動を止めることはない。


「このまま、あの鬼神が黙っていることはない……なんとしても、活路を見出さねば……」


 猛烈な飛竜の抵抗により、鬼神は動きを止めている。

 彼らと同等の慣性に振り回されているのだから、当然だ。とはいえ今は有効であっても、鬼神がいつまでも大人しくしている保証はない。なにしろ鬼神は自ら空を飛び、動くことができるのだから。


 そうして打開策を求めあえぐドロテオたちの希望は、その直後に砕かれた。

 飛竜戦艦のしなりが、均衡にたどり着いた瞬間。僅かに動きが凪いだ一瞬を狙い、鬼神は銃装剣を振るう。放たれた法弾は船体を掠めるように前方へと飛翔し、ドロテオのいる船首付近へと直撃した。


 激震が、操縦席のドロテオを襲う。

 高い出力で強化されているはずの竜の外装が呆気なくゆがみ剥がれ、ばらばらと落下してゆく。巨大な手で殴られたかのように、飛竜戦艦は進路を不安定にゆらしていたが、やがて力を取り戻し飛行を続ける。

 果たして、竜騎士像は無事であった。衝撃に振り回されたドロテオは頭を振り、何とか意識をたもつと血走った目を見開く。


「抗う術もないというか! お前は、お前は何者なのだ……。この飛竜、既に命運が尽きつつある。やがて貴様の勝利に終わるだろう……それは、認めよう」


 すでに、その言動には狂気がにじみ始めていた。

 ジャロウデク王国を護る最終兵器ともいうべき、守護の竜。最強の存在であったそれも、いまや満身創痍であり死を待つばかりまで追い詰められている。

 ドロテオに残された最後の力が、失われつつあった。

 彼の精神は追い詰められ、そのうちには最後の、たった一つの願いだけが残る。


「しかし、このドロテオ・マルドネス! ただでは墜ちぬ!! 斯くなるうえは……」


 さらに、飛竜が残る力のすべてをつぎ込んで爆発的な加速を始めた。イカルガを振り落とすことを諦め、飛竜はただ矢のごとく一直線に飛翔する。

 蓄積された損傷により、飛竜戦艦の各部から悲痛な声があがるが、そのすべては無視された。


 さしものエルも、イカルガを軋ませんばかりの急な加速を受け、歯を食いしばって耐えていた。

 そうしながらも彼は、突然に振り落しよりも移動を優先しているかのような動きへと変化したことに、疑問を感じる。


「イカルガを振り落とさない限り、彼らに勝利はありません。いくら速度を上げても逃げきれるわけではない。ならばいったい、どこへ行こうと……っ! なるほど、そうきましたか」


 進路上を睨んでいたエルは、そこに見えてきた光景を前に、この戦いが始まって以来初めて表情をゆがめていた。

 一筋の矢と化した飛竜戦艦が進む先。そこには、戦場から遠ざかろうとする“船影”があったのである。




「……あん?」


 それは、死者の剣デッドマンズソードが白の騎士と紅の騎士を追い込み、止めを刺さんと大剣を振り上げた瞬間のことであった。

 ふと、彼らの頭上から影が差す。同時に急速に接近してくる何ものかの唸りを耳に捉えたグスターボは、素早く周囲を見回し。


「げっ!?」


 あわや直撃という直前で飛び退り、“ソレ”をかわした。上空から飛来したソレは、重量のある衝突音とともに地面を抉り、土煙として巻き上げる。


「なっ……こいつぁ、格闘用竜脚ドラゴニッククロー……だと!? まさか義親父おやじと飛竜がやられてるのかよ!? そんな馬鹿げたことが……」


 愕然とし、空へと首を向けた彼の視界に飛び込んできたのは、背から爆炎が噴き上がり進路を不安定に揺らす飛竜戦艦の姿であった。

 彼の目前に突き刺さった爪の持ち主は、片脚を失っている上にアンキュローサまでも数体破壊されている。いったい何者と戦っているのか、無敵の飛竜は、いまや追い込まれつつあることは明白であった。


「余裕だな。俺たちを前に、余所見か」


 信じられない光景を目にして注意がそれた間に、彼の敵たちは体勢を立て直していた。グスターボが舌打ちを残す間も有らばこそ、土煙をかいくぐってアルディラッドカンバーが強引に突撃を仕掛けてくる。

 デッドマンズソードはとっさに大剣を振るい、白の騎士を迎え撃った。ために乏しい動きとはいえ、その強大な筋力は、軽い一撃にすら致命の威力を与えうる。

 対するアルディラッドカンバーは、踊るような足運びで位置をずらすと可動式追加装甲フレキシブルコートを展開。急角度をつけた装甲が死者の大剣を受け流し、いなす。全力のこもっていない攻撃ならば、対処は可能なのだ。


 攻撃をそらされたことに気づくや否や、デッドマンズソードは振った大剣の勢いに逆らわず機体を回転させていた。振り向いた背から可動式攻撃腕スタッバーストリッシャが飛び出し、白の騎士へと追撃を仕掛ける。

 向かい来る数多の武器に対し、アルディラッドカンバーは防御を選択しなかった。可動式追加装甲が開き、その下に装備されていた魔導兵装が顔を出す。直後、法撃を放ちながらアルディラッドカンバーは大きく跳び退った。


 炎弾と攻撃腕の交錯は、お互いを弾きあって終わりを告げる。とはいえ、デッドマンズソードの追撃を防ぐ程度の効果はあった。距離をあけ、アルディラッドカンバーは油断なく魔導兵装を構える。

 そちらへと警戒を送りながら、デッドマンズソードはがちゃりがちゃりと補助腕サブアームを収納していった。


「へっ、貴重な機会を不意にしたんじゃねぇーかぁ? ちょいと向こうが忙しいみたいでよう、俺っちもそうゆっくりとはしてられねーから……って」


 グスターボの軽口が、不自然に止まる。瞬くほどの間もおかず、唐突な動きでデッドマンズソードが振り向いた。

 そう、彼は気づいたのだ。攻撃を仕掛けてきたのは白の騎士だけ――まだ紅の騎士が残っているということに。その予感は正解であった、いつの間にか回り込んでいたグゥエラリンデが、彼へと向けて魔導兵装“風の刃カマサ”を放たんとしていたのだ。

 土煙を振り払いながら、大剣による防御が間に合ったのは、まさしくグスターボの素晴らしい反射速度と卓越した技術の賜物であった。


「これっ! くらいでっ! やれると……!!」


 大剣が風の刃を吹き散らす、しかしその直後にデッドマンズソードの両腕に何かが絡みついた。それはグゥエラリンデの籠手から伸びるワイヤー、ライトニングフレイルである。

 法撃を隠れ蓑に放たれた、二段構えの攻撃が死者の剣を捕らえていた。


「まずはその厄介な大剣、封じさせてもらおうか!」


 ディートリヒの命に従い、グゥエラリンデの両腕に内蔵された魔導兵装が強力な電撃を生み出す。それはワイヤーを通じ、デッドマンズソードへと襲い掛かった。

 炸裂音と火花が弾け、ワイヤーが絡みついたデッドマンズソードの手首が破壊される。結晶筋肉が破壊され、力を失った両手は重い大剣を支えられない。ごとりと、取り落とされた大剣が地面にぶつかる。


 デッドマンズソードは筋力量を増やし大出力を持った純格闘戦仕様機ウォリアースタイルである。その武装の中でも最大の威力を持っているのが、この一対の大剣だ。剣を失った死者は、その力を大きく失ったかのように見えた。


「……やぁって、くれっじゃんよぉ!! でもよぅ、剣を失った程度で終わりだなんざ思ってんじゃねぇだろぉなぁ!! おおぉぉぉ、叩き起こせウェイクアップ死者をデッドマンズ!!」


 グスターボの雄叫びが轟くや、デッドマンズソードの全身から弾けるように異常が芽吹いた。

 死者の剣デッドマンズソードは、その全身に節操なく様々な武器を装備した機体である。体中をくまなく埋め尽くすかのようなこれらの武器類が目を覚まし、その全身を覆ったのだ。

 両腕には戦棍メイスが展開し、肩からは剣が突き伸びる。膝からは斧槍ハルバードの先端部が飛び出し、あちこちから飛び出した短剣の類が輪郭を歪に曲げる。

 そもそも武器にまみれた異形をもっていたデッドマンズソードは、その姿をさらなる異形へと変じていた。


「これは、馬鹿も極まってきたか。いくら武器を開いたからと、それではまともに振るうことすらかなわないぞ!」

「こいつが無駄かどうか、てめぇが喰らって試してみなぁッ!!」


 爆発的な勢いで地を蹴り、グゥエラリンデへと迫るデッドマンズソード。全身を凶器で彩ったその姿は、兵器というよりも一個の獣に近しい。

 そうして自身をひとつの武器となした刃の魔獣を、グゥエラリンデの双剣が迎え撃つ。


 金切り声と火花を散らし、剣と獣が激突する。デッドマンズソードは、その全身の武器を使って敵の攻撃を弾くと、そのまま流れるような動きで相手の懐へと飛び込んだ。

 戦棍と一体化した腕が、グゥエラリンデの腹部へと叩き込まれる。強烈な勢いをもった一撃を受け、外装を歪めたグゥエラリンデが宙を舞った。


 結晶筋肉の欠片をこぼしながら倒れてゆくグゥエラリンデを前に、デッドマンズソードが吼える。


「はっはーっ! まずはひとつお返しだ。次いでこいつが……だから、甘ぇってんだよ!!」


 グスターボはロクに周囲も見ずに、その場で回し蹴りを放つ。それは、グゥエラリンデを助けるべく飛び込んできたアルディラッドカンバーを迎え撃つための行動だ。

 とっさに開いた可動式追加装甲が、デッドマンズソードの攻撃を受け止めた。

 次の瞬間、グスターボは恐るべき行動に出た。自らの全身から飛び出した数々の武器。それをアルディラッドカンバーの装甲に引っ掛けるや、力任せに引き倒したのだ。

 単純な膂力ではデッドマンズソードに圧倒的に軍配が上がる。たまらず姿勢を崩すアルディラッドカンバーを、さらなる攻撃が追いかけた。

 デッドマンズソードの膝から飛び出した斧槍が、白の騎士へと迫る。それをめがけ、エドガーは殴りつけるように盾をかざした。盾で受けたことで斧槍に抉られることはなかったが、衝撃でアルディラッドカンバーは弾かれて地面を転がる。


 二機の騎士を打ち倒し、デッドマンズソードが一際大きな排気音を立てた。異常なまでの全力運転を続け、酷使された全身が軋みをあげる。


「……それほど、時間は残ってねぇな」


 グスターボはさらに追加の源素供給器エーテルサプライヤを起動しながら、苦々しい思いを捨てきれずに呟いた。

 デッドマンズソードは、もとより自滅覚悟の過剰運転を前提として作られた短命の機体である。十分に動くことができる間に、二機の騎士に止めを刺さねばならない。

 そうして地上を制圧してから、どうするか。彼の脳裏を、先ほど見た飛竜の苦境がよぎる。

 やはり急がねばならないと、彼は倒れているはずの二機へと視線を移し。それらがふらつきながらも立ち上がっているのを見て、表情を消した。


「いい加減、しぶってぇな」

「……それが、取り柄のようなものでね」


 腹に致命的な攻撃を受けたグゥエラリンデは、筋肉に損傷を負い機体の平衡バランスが狂いだしている。アルディラッドカンバーも、その守りの要たる可動式追加装甲の大半が剥落し、さらに片腕に大きな損傷を負っていた。

 いまだ力満ちるデッドマンズソードを相手にして、二機ともに満身創痍だ。


「まだ、勝てるってぇ思ってるのかよ?」

「無論だ。私たちは、動けるのだからな。それに、余裕がないのはお前も一緒なのだろう。果たして空の竜は、いつまで健在だと思う?」


 この戦闘のみで言えば、グスターボとデッドマンズソードは優勢である。しかし空で起こる異常が、ジャロウデク軍を時とともに蝕みつつあった。勝利が危ういのは、むしろ彼らのほうであると言えよう。


「そう、そんとおりさ。だからよう、当然てめぇらは、さっさと片付けちまわねぇと……な!!」


 言うなり、グスターボはデッドマンズソードを走らせた。

 狙いはまだ動けるアルディラッドカンバーだ。腹部を損傷し、まともな格闘戦のできないグゥエラリンデは後回しである。

 全身の武装をギチギチと鳴らしながら、デッドマンズソードの巨体が迫りゆく。数多の刃に彩られた破壊的な獣が、エドガーへと死を運んでくる。


 可動式追加装甲が半壊したアルディラッドカンバーでは、十分な防御ができない。

 その状態では、強大な膂力を持つデッドマンズソードの攻撃を受けるわけにはいかない。当然、白の騎士は攻撃を回避しようとするだろう、とグスターボは考えていた。


 しかし予想に反して、エドガーは一切回避を行わなかった。むしろ自ら前進し、デッドマンズソードを正面から迎え撃つ。

 それは不意を突いたと言えなくもない行動であったが、グスターボは委細かまわず攻撃に出た。白の騎士が何を考えていようとも、デッドマンズソードの攻撃が致命の威力を有していることに変わりはない。


 残った可動式追加装甲をわずかにかざした白の騎士へと、死者の拳が打ち込まれる。

 戦棍と一体化し、巨大な打突武器と化したそれが可動式装甲を砕き、そのまま白の騎士を襲った。純白の装甲を、死者の剣が全身に装備する武装が食い荒らしてゆく。

 外装ははがれ筋肉は絶たれ、巨大な力がぶつかり合うまま、アルディラッドカンバーは破壊されていった。


「まずはひとつぅ! 後はてめぇだ、双剣の! いまお仲間のところへ送って……」


 次はグゥエラリンデへと狙いを定め、死者の剣を振り向かせようとしたグスターボは、そこで異常に気づいた。

 デッドマンズソードが全身から生やした武装、そこに先ほど攻撃を受けたアルディラッドカンバーが強固に食い込み、絡み付いている。グスターボの力であるべき全身の武器が仇となり、白の騎士を振り払うことを困難としていたのだ。


 ぎょっとして敵の姿を観察したグスターボは、全身に損傷を負っているはずの白の騎士が、騎操士のいる胸部だけは厳重に護っていたことに気づく。

 そこで彼はその狙いを悟った。白の騎士は、自らの手足を犠牲として死者の剣の動きを封じにかかったのだ、と。


「く、クソがっ! てめぇっ、相打ちになるつもりかよ!?」

「無論、違うさ。俺は、一人で戦っているわけではないからな」


 猛烈にこみ上げる焦りのまま、グスターボは強引に機体を振り返らせる。

 そこでは、体を自由に操れない紅の騎士が、腰だめに剣を構えているところだった。動きの要たる腹部に損傷を負い、自由に剣を振るうことはできなくとも、武器を固定することはできる――。


「ああ、ちくしょう……」


 その目的はひとつだ。グゥエラリンデの機体ごとぶつかる、単純極まりないが、当てやすく高い威力を持つ攻撃である。

 もがくデッドマンズソードがアルディラッドカンバーを振り払うより早く、全速力で駆け出したグゥエラリンデが衝突してゆく。


 動きを封じられ防御すらままならないデッドマンズソードに、突き出した剣が食い込んでゆく。その一撃は腹部へと刺さり、そのまま背後へと突き抜けた。

 紅の剣は、心臓部をかすめて吸排気機構に損傷を与える。さらには、その周囲に配置されていた源素供給器までも破壊していた。


 剣が突き刺さった部分からエーテルが勢いよく漏れ出し、空に溶けだす虹色の光となって周囲に散り消えてゆく。

 同時に、デッドマンズソードの躯体から力が失われていった。魔力を貯めた結晶筋肉を砕かれ、さらに供給源までも損壊しては悪食のこの機体は、いくらももたないのだ。


 限界を迎えていたのは他の二機も同じである。

 ほどなくして、三機の幻晶騎士はもつれ合うようにしてゆっくりと倒れていった。


「あーあ、また負けっちまったのかよ」


 転倒の衝撃により揺さぶられはしたものの、操縦席のグスターボは健在であった。

 彼は、反応を返さなくなった操縦桿を乱暴に動かすと、やがて諦めてだらりと体を投げ出す。その目前では、魔力供給を絶たれた幻像投影機ホロモニターが徐々に光を失いつつあった。


 倒れたデッドマンズソードの眼球水晶は、最後に広がる空を眺めていた。

 色を失ってゆく景色のなかで、背後に煙をたなびかせた飛竜が、激しい炎を放ちながら加速していた。グスターボは、飛竜が加速しながら魔導光通信機マギスグラフを灯し、何かを伝えようとしていることに気づく。


「“ワレ、サイゴノ、コウゲキヲ、カンコウス”……か。義親父おやじ……」


 デッドマンズソードの操縦席で、グスターボは力なくうなだれる。防衛戦力である幻晶騎士を失い、さらに守護の竜までを失いつつある今、ジャロウデク王国を護る者はほとんど残っていない。


「ああ。こりゃあもう、おしまいかなぁ……」


 機能を完全に停止したデッドマンズソードが軋み、沈み込んでゆく。ただでさえ不安定な機体は、魔力供給を失ったことで自壊を始めていたのだ。死者の剣は仮初の命を失い、再びただの死者へと還る。

 幻像投影機が光を失い、完全に暗闇に包まれた操縦席の中で、グスターボはひどく投げやりな気持ちでシートに深く沈みこんだのであった。




 覚悟の灯火を掲げながら、半壊した飛竜戦艦ヴィーヴィルはただひたすらに速度をあげ、最後の獲物を目指す。

 “ストールセイガー”――元、ジャロウデク王国旗艦。そして、ドロテオにとっては奪われた亡き主の船である。


 エレオノーラ女王という重要人物を乗せているストールセイガーは、対飛空船兵器である飛竜戦艦の爪から逃れるべく、戦闘開始直後に戦場からの離脱を図っていた。

 そうして先んじて動いていたにもかかわらず、後から追ってきた飛竜戦艦の視界に既に捉えられている。飛空船のなかでも重く機動性が低いストールセイガーと、マギジェットスラスタの恩恵を十分に受ける飛竜戦艦では、出せる速度に差がありすぎた。

 見る見るうちに縮まる距離を睨み、ドロテオは狂気のように咆える。


「ストール……セイガー!! その船は……その船だけは、逃さぬ!!」


 残る魔力を燃やし尽くすかのように、マギジェットスラスタは激しく炎を吐き出し続ける。

 損傷を負った飛竜の構造は、多大な負荷により今にも壊れそうになっていた。にもかかわらず、彼はまったくそれに頓着した様子がない。


 もはや、ドロテオには格闘用竜脚ドラゴニッククローも、竜炎撃咆インシニレイトフレイムすらも使うつもりがなかった。半壊した飛竜戦艦自体を武器と化し、奪われた船に鉄槌を下すことしか考えていないのである。

 だからこそ、後のことを一切考えない無謀な加速をおこなうことができるのだ。


「……させません……よ!」


 残る時間は僅かだが、イカルガの破壊力があれば飛竜戦艦を撃墜することができるかもしれない。

 エルは、自身を縛り付ける慣性を押し返し、イカルガに銃装剣を足元へと向けさせた。大きさから考えて、船体中央のどこかに源素浮揚器が配置されている。それを破壊されれば、飛竜戦艦は墜ちるしかない。


 そうして展開した銃装剣が火を噴く直前、前方からイカルガへと法弾が飛来する。

 それは吸い込まれるようにイカルガの胸元へ向かって飛んでゆき、直撃する寸前に銃装剣の迎撃を受けて空中に飛び散った。


「往生際が悪いですね。そこまであがきますか」


 法撃を放ったのは、竜騎士像だった。皮肉にもドロテオの技術は破壊的な慣性の中、綺麗な姿勢で魔導兵装を構えぴたりとイカルガへと狙いを定めることを可能としている。

 個々の能力としては、彼も高い実力を持つ騎操士であるのだ。


「ぐくくく……憎き鬼神めが。もはや、貴様を壊すことはかなわぬだろう……しかし邪魔は許さん。残る僅かな時間、わしに付き合ってもらおうか!!」


 竜の容をとった狂気と殺意の顕現が、イカルガへと法撃を続ける。

 砲撃はどれもイカルガに防がれているが、それはドロテオの思惑通りである。鬼神を破壊する必要はない、ただこうして縛り付けているだけでいい。


 さしものイカルガも、無防備に法撃を受けるわけにはいかない。じりじりと、焦りを呼ぶ時間が過ぎてゆく。


「なるほど、墜とさせないと。ですが! イカルガの力、破壊のみと思ってもらっては困りますよ」


 法撃を防ぎながら、イカルガは執月之手のみならず両脚を踏ん張って、己をさらに強固に固定した。

 そうしてすぐさまマギジェットスラスタを飛竜の進行方向と垂直に向けると、それを全力全開で噴射し始めた。大型魔力転換炉“皇之心臓ベヘモス・ハート”からの大出力に支えられ、爆炎の柱が激烈な推力を生み出し飛竜を圧迫する。

 ついに、巨大な質量をもつはずの飛竜戦艦がその進路を揺らしはじめた。


「なんという……どこまでも邪魔をしおって!! だがその程度のことでっ!」


 横殴りのようにベクトルの異なる力を受け、飛竜の制御はどんどんと困難になってゆく。

 半壊した竜騎士像のなかで、ドロテオは血を絞るかのような叫びを上げた。ひたすらにイカルガへの法撃を続けながら、彼は命を振り絞って神がかり的な操縦の冴えを見せる。

 鬼神の推力と飛竜の推力がぶつかりあい、その進路は嵐の中の小船のように不安定なものへとなっていった。



 荒れ狂いながらも着実に接近してくる竜の姿は、ストールセイガーの側からもしっかりと捉えられていた。


「おい、やべぇぞ。あの船、こっちに突っ込んできやがる!!」

「ちょっと、ダメよ! キッド、その前に墜とすわよ!」


 ストールセイガーの防衛についていたキッドとアディが、それを見て焦る。彼らは急いでツェンドリンブルで飛び出すと、装填済みの垂直投射式連装投槍器バーティカルロンチドジャベリンスローワを構えた。

 すぐに魔導飛槍ミッシレジャベリンが空へと打ち上げられ、飛竜へと向かって飛翔する。


 イカルガと戦い、さらに進路を保つのに必死となっていたドロテオに、それをかわすような余裕は残っていない。

 的は大きいのだ、魔導飛槍が次々と飛竜の各部に突き立ってゆくが、墜とすには至らなかった。飛竜戦艦の外装防御力は並みの飛空船をはるかに上回っている、二機のツェンドリンブルによる一斉射をもってしても容易く墜とせるものではなかった。


「ちょっと、止められ……ない! ま、まずいわよ!」


 おぞましい悪意と圧迫感を撒き散らしながら、飛竜がストールセイガーへと迫りくる。

 もはや一刻の猶予もない。しかし、彼らには巨大な船を一気に墜とすだけの威力を持つ武器は、ない。


「あれは……イカルガが、戦ってんのか!?」


 そのとき、キッドは飛竜の船体中央から吹き上がる炎に気づいた。さらに、船首に備わった幻晶騎士が炎の源――イカルガへと法撃を加え続けているのも。

 その構図は一目瞭然であった。マギジェットスラスタにより飛竜に抗うイカルガと、それを邪魔せんとする敵。


 すぐに彼は閃きを得る。ならば敵を倒し、イカルガを自由にすればいい。イカルガがもつ馬鹿げた火力は、彼も十分に知るところだ。余計な邪魔から解き放てば、飛竜といえど喰らい尽くすことであろう。

 しかし、そこで彼は自身の状況を確認して愕然とした思いを抱いた。さきほど魔導飛槍を撃ってしまったために、遠距離を攻撃する手段が残っていないのだ。もちろん、再装填する時間など残っていない。


 なんでもいい、何か遠くまで届くものはないか。そう見回したときに、彼はふと、近くに立てかけてあった騎槍ランスを発見していた。


「あー、チクショウ。ロクでもねぇこと思いついちまった」


 ひどく乾いた呟きとともに、大きく息を吸う。

 決意はすぐに定まった。彼はツェンドリンブルを立ち上がらせるやいなや、いきなりガラガラと垂直投射式連装投槍器バーティカルロンチドジャベリンスローワを切り離し、捨てる。

 そのまま騎槍を引っつかむと走り出し、堂々と上部甲板の上に立った。


「……キッド? いったい何をするつもりよ」

「決まってんだろう。あの船を……殴って、止めるんだよ」


 ツェンドリンブルが姿勢を低くし、後ろ脚を蹴り力を溜め始める。それを見るなり、アディはキッドの意図を察した。


「うっおおおおおおりゃああああぁぁぁぁぁ!!!!」


 慌てた彼女が声をかける暇も有らばこそ。ツェンドリンブルが裂帛の雄叫びとともに駆け出す。

 ストールセイガーの上部甲板を最後端まで一気に駆け抜け、そして、ツェンドリンブルは勢いのままに宙へと飛び出した。


 ストールセイガーから飛竜戦艦まではまだ距離が残っていたが、そんなものはすぐに零となる。慣性の導くまま宙を走るツェンドリンブルは、猛速で飛ぶ飛竜の船首竜騎士像へと、狙い過たず飛んでゆく。

 あまりにも距離が近く、ただでさえ避けるのは困難である。しかも、竜騎士像はイカルガへと攻撃を加えるために後ろを向いていたのだ。


 これに気づいたときには、すでにまったくの手遅れであった。騎槍を振り上げたツェンドリンブルが、まったくの手加減なく体当たりをするように、直撃した。


「なん……なん、だ……これ……はっ」


 抱きつくように飛び込んできた、人馬騎士の騎槍が竜騎士像の胸を刺し貫いている。胸部、それは幻晶騎士の操縦席がある場所である。当然、竜騎士像においても例外ではなく。


 背後から自身もろとも機体を貫いた巨大な槍を見て、ドロテオはしばし呆然とした表情を浮かべていた。

 やがて彼は、吐息の代わりに赤黒い塊を吐き出す。


「ぐほっ、がっ……でっ、殿下……良い、報せは……持って逝けそうにはありませぬ……申し、訳……」


 それがジャロウデク王国の騎士、ドロテオ・マルドネスの最期の言葉となった。



 ツェンドリンブルの無謀な攻撃は、イカルガからも良く見えていた。竜騎士像からの妨害がなくなったことで、彼は猛然と動き出す。

 足元に銃装剣を突き立てるや、マギジェットスラスタへとまわしていた魔力を向け、猛然と法撃を放つ。


 通常の法撃をはるかに上回る、高威力の轟炎の槍が竜の体内を駆け巡る。そうして散々に暴れまわった後、獄炎はついにその腹を食い破り下部までを貫いた。

 各部から炎とともに外装が吹き飛ばされ、砕けた結晶筋肉が散らばってゆく。まだ残っていたアンキュローサが破壊され、次々に脱落していった。

 そうして全てを破壊された最後に、竜を空に留めていた源素浮揚器が、砕け散った。


 主操縦機たる竜騎士像を破壊され、さらに源素浮揚器までを破壊され、飛竜戦艦はその制御を完全に失う。

 後部から放たれていたマギジェットスラスタの炎は消え去り、さらに浮揚力場レビテートフィールドが消失したことによって、ぐらりと船体が傾いで空から零れ落ちてゆく。


「あー。勢いでやっちまったが、こいつはまずい。……かな?」


 竜騎士像に騎槍を突き刺したまましがみついていたツェンドリンブルの中で、キッドはちょっと勢いに任せすぎた自身の行動を後悔し始めていた。

 まさかツェンドリンブルに飛行能力などない。このままでは飛竜と運命をともにして、一緒に大地の抱擁を受ける羽目になる。できれば、それは遠慮したいところであった。


「キッド! ただちに機体を捨てて、こちらへ飛びなさい!!」


 そんな彼の元へと、船体を破壊し終えたイカルガが駆け寄ってくる。

 どんどんと落下へと方向を変える飛竜戦艦の上、エルの叫びを聞くやいなや、キッドはまったくの躊躇なくツェンドリンブルの操縦席から飛び出していた。

 すぐに、上空を吹く強烈な風が彼の体をもてあそび始める。煽られ木の葉のように舞うキッドめがけて、イカルガが手を伸ばした。


「掴んだ!」


 マギジェットスラスタを精密に調整し、恐るべき慎重さでもってイカルガが彼の体を掴む。

 精緻な動きは、直接制御を使うエルの得意とするところだ。

 そうしてキッドを確保するや、すぐさまイカルガは飛竜の船首から踏み切ると、空中へと飛び出した。今度はマギジェットスラスタを全開で駆動したイカルガは、そのまま空へと駆け上がり、ストールセイガーの上部甲板へと着地していた。


「……まったく。すごい無茶をしますねぇ」


 イカルガが手を緩めると、そこに乗ったキッドが疲弊しきった笑い声を上げていた。風にもまれてぼさぼさ頭になった彼は、自身を助けた巨大な鬼神を見上げて、どこか気まずげに呟く。


「あん時は、必死でさ……。あ、その……すまねぇ。ツェンドリンブル、壊しちまって……」


 彼らの背後では、残る全ての力を失った飛竜戦艦が、落下の速度をさらに増しているところだった。

 もちろん、その船首に取り残されたままのツェンドリンブルも道連れだ。まさか機体が無事に済むことはないだろう。


 すぐに圧縮空気が抜ける音が響き、イカルガの胸部装甲が開く。操縦席からするりと出てきたエルは、胸部装甲から腕を伝ってキッドの下へとやってきた。

 そうして、へたり込んだままのキッドの前に仁王立ちになると、僅かに身構えた彼の頭をゆっくりと撫でる。


「力を尽くした行動を、怒ったりはしませんよ。少し無謀が過ぎたのはどうかと思いますけど。それにツェンドリンブルならば、例え落下で粉々になったとしてもまた修理すればいいのです」


 彼らが話している間にも、飛竜戦艦は落下を続けていた。そしてついに飛竜は地面へと激突し、盛大な噴煙を噴き上げる。

 暴走した魔導兵装が火を噴き、その身は際限ない破壊の只中へと墜ちていく。すでに強化魔法も途絶した状態では、ほとんど原型も残らず砕け散ったことであろう。


 なんとなく無言で飛竜の最期を見送っていた二人の背後から、巨大な影がかかった。


「ちょっと、キッドばっかり褒めてもらってずるい!!」


 のっしのっしとやってきたツェンドリンブルから飛び降りたアディが、イカルガの手の上に乱入する。

 その後ろでは、ストールセイガーの乗員たちが続々と上部甲板へと集まり、狂喜しながらイカルガの元へと駆け寄ってきていたのであった。

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