#68 王都奪還戦・中盤

 ジャロウデク王国軍旗艦ストールセイガーの投入により、戦場は混迷の度合いを増していた。

 陸と空とが交差する、激しい攻撃の応酬が続く只中に馬蹄の響きが鳴り渡る。背後に荷馬車キャリッジを牽き、双子が駆るツェンドリンブルが土を蹴立てて駆けた。速度を生かしてストールセイガーから飛来する法弾をかわし、その死角へと滑り込む。


「よっし、今の間に再装填、頼んだぜ!」


 攻撃が収まったと見るや、荷馬車に乗っていた幻晶甲冑シルエットギアがわらわらと動き出していた。それぞれ手に魔導飛槍ミッシレジャベリンを抱え、ツェンドリンブルの背に上ると空になった軌条レールへと設置してゆく。


「……うし、全弾装填おわったぞ!」

「おうさー! 次、いっくぜー!!」


 魔力マナ魔法術式スクリプトを送り込まれた垂直投射式連装投槍器バーティカルロンチドジャベリンスローワがざわめき、直後に激しい噴煙と土煙がたちこめる。魔導飛槍が空を裂き、都合3度目になる一斉射がストールセイガーへと襲い掛かった。

 轟音と炎の尾を連れて接近する投槍に対し、ストールセイガーからアンキュローサによる迎撃が放たれる。しかし、晴天に閃く雷光は当初に比べて明らかに勢いを減じていた。事実、破壊された投槍の数は少なく数多くがアンキュローサ隊へ、ストールセイガーへと突き立っている。


「ふっふっふ、そろそろ防げなくなってきたようね!」

「ああ。こりゃあもう、あとはエルに任せたほうがよさそうだな」


 既存の飛空船を上回る重装甲を備えたストールセイガー。キッドとアディは、魔導飛槍のみでこれを撃墜することは既に諦めていた。

 その代わりに、狙いを両舷に並んだアンキュローサへと変えたのである。現状、魔導兵装シルエットアームズ雷の網ザファーナマ”による迎撃は完璧ではない。攻撃を繰り返せば徐々に被害は増え、反比例して迎撃能力は落ちてゆく。そうしてアンキュローサの被害が増えれば増えるほど、ストールセイガーが有する攻撃力や防御力までも減少してゆくことになるのだ。


「そうね。エル君、船欲しがってたし! じゃあ、私たちは地上のほうを手伝うわよ」


 さきほど、エルネスティの乗るイカルガが空へとぶっ飛んでストールセイガーへと取り付いたのが見えた。ストールセイガーがいかに重装甲を誇るといえ、かの鬼神の直接攻撃に耐えるほどとは思えない。さらに飛空船を欲しがっていたエルのこと、下手に手をだすと邪魔になる恐れもあった。

 ツェンドリンブルは向きを変えて走り出す。魔導飛槍は対空装備として生まれたが、地上に対して使えないわけではない。彼らは、その矛先を陸のジャロウデク軍へと向けていた。



 次々に船へと襲い掛かる投槍により、アンキュローサへの被害が増してゆく。ストールセイガーの船長席で、総大将たるクリストバルは苛立ちもあらわに唸り続けていた。


「この投槍を止めれぬのか! いかにこの船が頑丈とて、限度はあるのだぞ!」

「そ、それが……。打ち手の動きが妙に速く、うまく居場所を捉えられておりません」


 荷馬車を牽いているとはいえ、移動力に長けた人馬の騎士を捕捉するのは困難であった。巨体ゆえ動きの鈍いストールセイガーにとっては相性の悪い相手といえる。


「ええい、ならばアンキュローサ隊に地上への攻撃を強くさせろ! 逃げ場など残さず、全てを焼き払ってしまえ!」

「お畏れながら、度重なる攻撃を受けアンキュローサにも多くの被害が出ております。船全体の法撃力も落ちており、このままではこの場に留まることも危険かと……」


 恐る恐ると状況を報告する部下に対し、クリストバルは強く床を踏みしめ立ち上がる。


「貴様は、女王こむすめの最期も見届けず、この俺に退けというのか! それに、それではドロテオたちを取り残すことになってしまうぞ!」


 彼の言葉ももっともであったが、状況はそこまで余裕がない。このままストールセイガーの被害が増え続ければ、そもそも離脱することすら叶わなくなる。その前に動く必要があったが、それは戦闘狂の総大将が許しそうになかった。

 部下は焦りを押し殺して説得を続ける。せめて位置取りを変え、少しなりとも距離を置かねばならない。


 しかしそんな努力もむなしく、“異常”はすでに彼らの元へとたどり着いていた。

 司令室の窓からも、はっきりと見える。飛空船の下から、爆炎の衣を纏った何者かが飛び上がってくるのが。このような場所にありえるはずのない、巨人の騎士。曲面で構成された不安定な足場に叩きつけるように着地したそれは、とてつもない異形ではあれど間違いなく幻晶騎士シルエットナイトであった。


「馬鹿な……!? な、なんだあれは……!!」


 ストールセイガーは、飛空船とは空にある。その上に突然“幻晶騎士が現れる”など、間違ってもありえないこと。ひどく常識的な判断が、彼らの思考に空白を生み出した。

 その間に、異形の機体が動き出す。みしりみしりと結晶筋肉クリスタルティシューの軋みを響かせながら、背に備わった四本腕が伸ばされてゆく。肩や腰に装着された装甲は、吐き出し続けていた炎を収め、朱の色を取り払った。

 補助腕サブアームが伸び、腰に備え付けられていた大剣が差し出される。異形の機体は剣を手に取ると、頭部を司令室へと向け。


 ――“目が合った”。

 瞬間、クリストバルの総身を恐怖が駆け抜けていく。なんと狂ったことか、その機体は憤怒に染まる人面を象った面覆いバイザーを備えていた。その形といい意匠といい、従来の幻晶騎士の常識からはるか遠い場所にある。

 クリストバルが恐怖に囚われていたのは一瞬のことだった。すぐに正気を取り戻した彼を、次は激怒が包み込む。


「お、おのれ……おのれぇ! 俺が、この俺が恐れるなどとぉッ!!」


 噴き上げる感情が恐れを凌駕する。直後に、彼は席を蹴立てて駆け出していった。



 鬼神イカルガが、ストールセイガーの上部へと降り立つ。エルはぐるりと機体の首をめぐらせ、周囲の様子を観察していた。


「やはり空対空や、近接防御の仕掛けはなしと。大きく頑丈ですけど、装備自体は他の船とそう大差ないようですね。ではひとまず、あなたたちは降りてくださいね」


 何かに納得した彼はごく気軽な様子で、機体の両手に持つ大剣の切っ先を左右へと向ける。何の前触れもなく大剣は中央で開き、紋章術式エンブレム・グラフと触媒結晶が露出した。

 複合魔導兵装である銃装剣ソーデッドカノンがイカルガの生み出す魔力を汲みあげ、破壊的な威力の法弾を生み出す。放たれた眩く輝く法弾は、まっすぐにアンキュローサの立つ足場へと突き刺さった。直後に発生した激しい爆炎が、ストールセイガーの巨体をも揺るがす。


 それは十分に装甲化されたストールセイガーをあっさりと貫き、内部構造を吹き飛ばした。足場を破砕され、巻き起こる爆風をまともに食らったアンキュローサたちが空中へと転げ落ちてゆく。

 彼らには、イカルガのように空を飛ぶ機能など搭載されていない。ウォールローブという重装甲はただの錘と化し、許された結果は墜落のみであった。

 まっさかさまに地上へと向かい、衝突の勢いをもってして盛大に土煙を吹き上げる。地に穿った穴の中で、機体は原形をとどめないほど粉々になっていた。


「さて。ひとまず飛行に関係のなさそうなところを全部潰せば、動きを止められないでしょうか」


 エルの目的は、あわよくばこの船を鹵獲することである。そのため動力炉は狙わずに、周辺設備のみ壊滅させるつもりであった。どこまで壊してやっていいかわからないため、とりあえず目に付くところ全てだ。

 そうして彼が意気揚々と踏み出さんとしたところ、先んじるようにして船体上部の一部が開き始めた。興味深く見つめる視線の中、開いたところから一機の幻晶騎士が現れる。


「おのれ、この化け物め! いったい誰の許しを得て船上に立つ。ここは俺の船と知っての狼藉か!」


 純白の鎧に金の縁取りと紋章が煌く、明らかに量産機とは一線を画す優美な姿を持った機体。かつて“カルトガ・オル・クシェール”を葬りクシェペルカ王国を滅ぼした、ジャロウデク王国侵攻軍旗機である“アルケローリクス”だ。


 その操縦席で、クリストバルは徐々に冷静さを取り戻していた。王族専用として十分な資金をかけて建造されたアルケローリクスは、性能だけならジャロウデク軍でも最上位にある。彼自身も腕に覚えがあるというのも重なって、強大な力と共にあることによって安定を取り戻していたのだ。

 彼はまじまじと、眼前の異常を観察する。ふと、その脳裏に閃くものがあった。


「その異形……聞いたことがあるぞ。貴様か、我が軍に大きな被害を与えたという化け物は。あまつさえ我が船にあがりこむなど、その所業目に余る。俺が手ずから下してやる、光栄に思えい!!」


 剣を抜き放つアルケローリクス。その間に、エルもその姿を観察していた。


背面武装バックウェポンに格闘装備。構成は標準的な近接戦仕様ウォーリアスタイルですか……なかなか凛々しい機体ですね。しかも自信満々ですし、その力……期待していますよ?」


 マギジェットスラスタが叫びのような吸気音を響かせ始める。無造作に銃装剣を持ち上げ、鬼神は何の気負いもなく、当たり前のように前進を開始した。




 上空で決戦がおこなわれている頃、地上は混戦へと突入していた。


突撃チャージを、敵を押し上げろ! 我らが身で道を作るのだ!」


 雄たけびを上げつつ、黒騎士ティラントーがぶちかまし気味に突撃を仕掛ける。飛空船によって突入した黒騎士部隊は、がむしゃらな勢いをもってクシェペルカ軍の本陣へと迫っていた。狙いは女王エレオノーラが乗る国王騎のみ。それ以外の有象無象は、轢き潰して突き進むだけだ。

 破壊力の具現たる黒騎士の突撃を前にして、国王騎を守るクシェペルカ軍の近衛騎士が気圧され、後退る。かつての彼らの乗機“レスヴァント”がたやすく破壊された記憶は、容易には拭えるものではなかった。


「ウオラァ! 突撃はてめぇらの専売じゃねぇぞ!!」


 しかし、ここにはそれを真っ向から受けて立つ馬鹿ものがいた。銀鳳商騎士団第二中隊だ。むしろ背面武装を起動して撃ちあいながら、彼らから突撃を仕掛けるありさまである。

 まもなく黒騎士と第二中隊がもつれ合うように格闘戦へと入った。しかし第二中隊は所詮、一個中隊規模でしかない。ジャロウデク軍は数に勝り、横をすり抜け近衛騎士団へと迫ってゆく。


「チッ、敵の数が多い。これは少々まずいね」

「おぅおぅ双剣の! 余所見してる暇があるかぁー!?」


 黒騎士の動きを見定めていたディートリヒは、舌打ちの音を残して猛速で飛び退った。直後に斬撃が滑り込んでくる。剣先が切り裂かれた大気の中に揺らめくほどの、尋常ならざる速さだ。甲高い擦過音と火花を残し、ソードマンの一撃がグゥエラリンデの装甲を掠めて過ぎた。

 素早く、紅の騎士が踏み込みの位置を変える。敵の攻撃をかわしたと見るや滑らかに鮮やかに反撃に出るも、それはソードマンの予想を超えない動きであった。あっさりと受け止められ、すぐさま攻守はところを変える。


 グゥエラリンデとソードマン。互いに二剣を主武装とする騎士同士の戦いは、応酬止むことなく続いていた。経緯は異なるものの、どちらも攻撃に特化した構成をもっている。自然、攻防は己の剣をいかにして相手に届かせるか、という点に集約されていた。


「まったく、どこまでも元気なことだ! ……先に機体の魔力が尽きるか」


 ひときわ強く打ち合うと、示し合わせたかのように両機は間合いを離す。

 綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューを使用した新型機は、程度の差はあれどれも動くために多量の魔力を消費する。それが片時も休まず動き回るともなれば、消費する魔力は膨大なものとなっていた。

 魔力貯蓄量マナ・プールを減らしすぎた両機は、消費を補うために魔力転換炉を全力稼動させ甲高い吸排気音を周囲にばら撒きあっていた。


「そんなキワモノ騎士だというのに、随分とやるものだね!」

「そうイライラすんなよー双剣の。剣はいいぜぇ、剣は。剣さえ持てば、俺っち最強だからよ。むしろこんだけついてくるなんて正直、お前もなかなかすげぇと思うぜぇ。真面目にやれば、もう勝負ついてるかと思ってたからよぉ」


 ディートリヒは不機嫌に押し黙る。グスターボの返答はふざけた調子ではあったが、それが口だけではないことはここまでの戦いが証明していた。

 極端に剣を好み、剣しか使わないという信条ゆえに、グスターボはジャロウデク軍の中でも浮いた存在であった。そんな彼がこうして戦場に立つことができた理由は、ひとえにその圧倒的な技量ゆえである。彼はまさしく剣一本によって立ってこの場にあるのだ。

 そんな異常な存在を相手取り、ディートリヒも決して引けはとっていない。彼も剣を頼りに数多の戦いを生き抜いてきた猛者である。とはいえ、戦えることと勝てることは同義ではない。


「お褒めに与り光栄だ! とはいえ、完全に足止めをくらっているか」


 ソードマンから注意をはずさず、ディートリヒは周囲の様子を伺った。第二中隊はソードマンが率いる黒騎士隊とよく戦っているが、数で突破した黒騎士の一部は近衛騎士団へと取り付いたようだ。

 ふと後詰のはずのエドガーはと探してみれば、第一中隊も別の敵の一団と交戦状態に入っていた。さしもの銀鳳商騎士団も、数の面では心もとないものがある。


「お味方さんがどこまでやれるかな。悠長にはしていられない、ここは勝負に出るべきか」


 静かに決意し、ディートリヒは背面武装を起動した。グゥエラリンデの背部に装備された魔導兵装“風の刃カマサ”は近距離でもっとも威力を発揮する。魔力消費の面から使用を控えていたが、彼は使い時を見たのである。


 一息を入れ、魔力貯蓄量は僅かに回復している。動ける間に一息に畳み掛けんとグゥエラリンデが構えるが、それに先んじてソードマンが動いていた。いつの間に抜いたのか、瞬くほどの間に短剣を投擲していたのである。

 その狙いはグゥエラリンデの胴ではなく両肩へ、つまりは魔導兵装へと向いていた。もろい武装のこと、直撃すれば破壊は免れまい。ぎょっとしたディートリヒは危うく飛来する短剣を払いのけるも、その隙を突いて再びソードマンが肉薄していた。


「はっはっは! その背面武装おもちゃは便利だけどよぅ、狙いがバレバレに過ぎるぜ!」


 先手を許したグゥエラリンデは、苦しい体勢に追い込まれてゆく。ソードマンの嵐のごとき剣戟を捌くには、ディートリヒにも強い集中力が求められる。それは魔導兵装を使う隙すら見いだせないほどだ。ふたたび泥沼の格闘戦へと引きずり込まれ、互いに魔力を消耗してゆく。

 その間にも、クシェペルカ軍の本陣へと突入した黒騎士団は恐るべき勢いで食い込んでゆくのであった。



 地を震わせ土煙をあげながら、黒騎士が走る。重装甲にものを言わせた突撃姿勢はさながら一個の岩塊のごとく、進路上のもの全てを破砕せんとする意志に満ちていた。

 そんな破壊の化身である黒騎士の前に、第二中隊のカラングゥールが立ちはだかる。

 そのままぶつかれば、さしもの近接戦特化機体カラングゥールであっても破壊を免れまい。だというのに、彼らは微塵もひるむ様子を見せなかった。


 距離をつめながら、カラングゥールは背面武装を起動し法撃を加える。狙いは上半身、特に頭部だ。視界を失ってはなるものかと、ティラントーは腕を掲げて頭をかばった。法弾は強靭な装甲に弾かれ、大した足止めになっていない。


「黒騎士の装甲をなめるな! その程度の法撃など、無駄だ!!」


 敵の目前まで迫り、黒騎士はさらに身を固めて衝突に備えた。全身を覆う重厚な鋼は万全の防御力を示し、破城鎚のごとく敵を粉砕するだろう。

 だが、想像した結果はやってこない。確かに目前にいたはずのカラングゥールは、直前に進路を横っ飛びに変えていた。そのまま黒騎士の脇を掠めるようにして突撃をかいくぐる。


 ティラントーの騎操士は慌てて追撃を仕掛けようとするが、突進のためにあまりにも勢いをつけすぎたがため、動きに無理が出ていた。

 黒騎士の突撃が必殺の威力を有する以上、敵が回避を選ぶなど当たり前の話である。にもかかわらず、彼はそれを許してしまった。その原因は、カラングゥールが仕掛けた執拗な法撃にある。その狙いは破壊のみではなく、法弾そのものを用いた目くらましにあったのだ。


 突撃をすり抜けたカラングゥールの前には、敵の無防備な背中があった。これだけの隙を逃すものなど、どこにもいない。カラングゥールは両手で大剣を握り締め、その場でぐるりと回転すると、がら空きの背部へと渾身の一撃を叩き込んだ。

 近接戦闘に特化し、強力な筋力を有するカラングゥールの一撃は、ティラントーをして無視し得ないものだった。剣が装甲に衝突し、異音と共にめり込んでゆく。

 重厚な鋼の塊である大剣は、剣として斬るというよりもむしろ叩きつける武器である。鎧から浸透した衝撃が、内に守られていた結晶筋肉を砕いた。ばらばらと欠片を撒き散らしながら、ティラントーの姿勢が揺らぐ。腰周りの筋肉は身体全体を支えるための重要な部位だ。近接戦仕様機の機体にとって、姿勢が定まらないのは致命傷といえる。ただでさえ機体の重いティラントーならなおさらだった。


「ぐおぉ、貴様……! 何故だ、何故そこまで前に出れる! 黒騎士の攻撃を受ければ、一撃で破壊されるというのに!」


 ティラントーの騎操士は愕然とした思いを抱いていた。致命的な威を前にして恐れもせずに前に出る、あまつさえ反撃にでるなど、一種の狂気の沙汰だ。およそまともな神経で為せることではない。


「一撃受ければ終わりなんてな、魔獣どもを相手にしてりゃあ日常茶飯事なんだよ! その程度で怯んで騎操士が勤まるか!」


 敵の動揺を、カラングゥールの騎操士は一言で切り捨てた。

 正確を期せば、フレメヴィーラ王国の騎操士でもここまで攻撃的な者は珍しい部類なのだが、残念ながらこの場にそれを指摘できる者はいない。

 姿勢が揺らぐティラントーへ、カラングゥールが猛然と攻めかかる。攻め手において第二中隊の右に出るものはいない。まもなく、黒騎士が大地に沈んだ。


 第二中隊の猛攻はここだけではなかった。

 黒騎士が走り、その力を支える大量の筋肉を躍動させて重棍ヘビーメイスを叩き込む。必殺を期して放たれた一撃は、しかしただ空を切り無意味に大地を砕いただけに終わった。

 ティラントーの強さとは、とりもなおさず出力の高さ、つまり一撃の重さにある。それが一対一の状況になった時点で、彼らは意外な脆さを露呈していた。重棍を基本とした攻撃は威力に優れる反面、取り回しの悪さにつながっている。これまでは、攻撃によって生じる隙は重装甲によって補われていた。しかしカラングゥールのもつ攻撃力は、彼らの想定を超えていたのだ。


 重棍をかいくぐり懐にもぐりこんだカラングゥールは、両の手に持つ大剣を構えた。片の手は剣の中ほどを掴み、剣先を槍のごとく突き出す。

 カラングゥールの持つ力と勢いを一点に集中させた刺突は、黒騎士の重装甲すら抉っていた。そのまま剣を押し込み、内部を抉る。結晶筋肉が砕ける耳障りな音が響き、装甲の隙間から破片が飛び散った。カラングゥールは剣を突き刺した姿勢のまま肩から相手に体当たりをすると、その反動を利用してすぐに離脱する。

 わき腹を破壊され、体勢のバランスを崩したティラントーがよろめく。繰り出される反撃は、明らかに以前より威力を減じていた。いかに強大な力を持っていても、それを上手く振るえないのでは宝の持ち腐れである。


 攻撃力を失った黒騎士は、もはやただ固いだけの的と化していた。それから幾たびも攻撃を浴び、やがて地に沈む。

 第二中隊の奮戦により、黒騎士は着実にその数を減らしていった。




「おいおい、まずいぜこりゃあ……。黒騎士を食っちまうなんざ、こいつら相当な手練じゃねぇか」


 グスターボは周囲を見回し、初めて焦りを見せていた。

 敵の中でも明らかに目立ち、出色の戦闘能力を備えた紅の騎士グゥエラリンデ。それさえ押さえてしまえば、残る有象無象は黒騎士で倒せると踏んでいた。それが蓋を開けてみればどうだ、当初こそ黒騎士は数で押していたものの、時が過ぎると共に被害を増やしている。


「これはのんびりとはしてられねぇ。ちいとばっかり、本気を出させてもらうぜぇ!」


 奇しくも先ほどのディートリヒと似たような考えを抱いたグスターボは、それまでに増して苛烈な攻め手を繰り出した。

 ソードマンの攻撃の質が変わる。激しさはそのままに、剣の軌道は縦横無尽に変化する。グスターボにはいったいどのような景色が見えているのだろうか、隙ともいえないような隙に剣がねじ込まれ、ディートリヒはだんだんと攻撃をさばけなくなっていった。

 グゥエラリンデの装甲には絶え間なく火花が散り、見る間に傷が増えてゆく。格闘用に装甲を増しているからこそ未だに立っていられるが、生半な機体ならばとうの昔に敗れ去っていただろう。


「これまでは遊んでいたというのか、こいつは! く、私が、剣で押されている!?」


 濃密な戦闘により、魔力貯蓄量はあっという間に底へと近づく。魔力切れで動けなくなるか、それとも傷が致命に至るか。どちらも時間の問題となっていた。


「お前はなかなかいい剣の使い手だったぜぇ。でも、もう倒れっちまえよ」


 ソードマンの容赦のない攻撃が続く。窮地に追い込まれつつも、ディートリヒは不思議な感覚を覚えていた。


「倒れる……負ける? 負けてはいないさ。私も、グゥエラリンデもまだ、この場にいる!」


 彼の脳裏を、かつて経験した“敗北”が過ぎる。以前、彼は完膚なきまでに敗北した。倒れたのではない、“逃げ出した”のだ。


「グゥエラリンデも言っているさ。我らの道は後ろにはない、前に進めとね」


 乱戦の只中で、周囲の音が遠ざかってゆく。舞い散る剣戟の火花も、気にならなくなる。彼はただ、ごうごうと濁流のような唸りを聞いていた。

 その正体は、第二中隊長として落ち着きを得、最近は感じることのなかった感情だ。敗北を前にして恐れを抱いたのではない。逆に、彼の中からは真っ赤に焼けた“凶暴性”が湧き上がっていた。

 いつの間にか、彼は笑みを浮かべていた。紅の騎士“グゥエラリンデ”は、彼の分身とも言える機体である。それはただ攻撃に長けているというだけではない。その真は、敵を滅ぼす数々の武器と共にその身に秘められた、凶暴な“意思”にある。


 わずかに、グゥエラリンデの動きが変わった。それまではずっと受けに回っていた紅の機体が、ソードマンの攻撃の只中へと一歩を踏み込んだのだ。

 自殺行為か、ただの無謀か。剣士ソードマンが嬉々として剣で歓迎する。いい加減に、グゥエラリンデの損傷も積み重なっている、いつ倒れてもおかしくはなかった。


 迫る剣に対し、グゥエラリンデは剣で受けずに“腕”を突き出した。敵の攻撃をうけ、腕部装甲が悲鳴と共にひしゃげてゆく。だがそこまでだ、格闘用に強化されているがゆえ一撃ならば受け止められる。何度も使える手ではないが、敵の隙を生み出すには十分だった。

 直後に炸裂音が響き、グゥエラリンデの歪んだ篭手の下から金属塊が飛び出す。“ライトニングフレイル”――隠し武器としての特性が、最上の機会を得て牙を剥いた。


 爆発的な噴射により勢いを得て、ライトニングフレイルが無防備な敵の胴体へと飛び込んでゆく。法弾では起こりえない硬質な衝突音が、周囲に響いた。

 ソードマンの胴体から、破砕された装甲が吹き飛ぶ――かに見えた。しかし、違う。吹き飛んだのは、ソードマンに装着された“剣と鞘”だった。剣に異常な執着を持ち機体の“全身に”剣を装備するという愚挙が、図らずも追加装甲としてソードマンを護った。剣は抜かずとも剣、グスターボの武器であったのだ。

 そのままグスターボは驚異的な反射神経をみせ、衝撃で泳ぎそうになる機体をすぐさま立て直した。どころか動きを攻撃へとつなげ、グゥエラリンデへと襲い掛かる。


「ふ、はは、はははは! 今のは焦ったぜぇ! 惜しかった、だが最後は俺っちの“剣”の勝ちだぁッ!!」


 腕を突き出したままのグゥエラリンデの動きが、致命的に遅れていた。反撃に突き出されたソードマンの攻撃が、グゥエラリンデのわき腹へと吸い込まれてゆく。剣が深々と機体に突き刺さり、バキバキと筋肉の砕ける音が響いた。

 グスターボが、勝利を確信する。腹の筋肉をえぐられては、まともな格闘などできようはずもない。紅の騎士は、もはや詰んでいる。


 はずであった。そこにわずかな油断が生じる。ディートリヒの前進は、いまだ終わっていなかったのだ。機体に沈む剣先、それをかまわず、むしろ敵に向かって踏み出す。

 勝利の確信に笑みを浮かべていた、グスターボの表情が歪んだ。敵の意図を悟り、慌ててソードマンを後退させようとするが、その前にグゥエラリンデがソードマンへとくらいつく。


「なっ、この! まだあがくのか、いい加減にしつこいぜ!」

「あがくとも! もう二度と、たやすく退くことはしないと決めたのだから! 倒れはしない、私はあがくとも!」


 抱きついた姿勢から、グゥエラリンデが大きくのけぞり“頭突き”を仕掛ける。衝撃で眼球水晶に問題が生じたか、幻像投影機ホロモニターに映された景色が大きくぶれた。


「くっそ、こいつ馬鹿かぁっ!?」


 後先を考えていないとしか思えない行動に、グスターボすら混乱する。その上、ディートリヒは彼の想像を超えて“馬鹿”であった。

 ソードマンとグゥエラリンデ。お互い限界まで攻撃装備を詰め込んだ攻撃特化機体同士。しかしグゥエラリンデには相手が持ち得ない奥の手があった。それは、彼の機体に仕込まれた推進装置“マギジェットスラスト”の存在である。

 ソードマンに抱きついたまま、グゥエラリンデの肩と腰から眩い朱の炎が生まれ出る。猛る爆炎の咆哮が両機を弾き飛ばし、一瞬の浮遊の後、大地へと叩きつけた。


「おぉぉうおぉぐっ、あぁぁ!?」


 両機はもつれ合い、ごろごろと地面を転がっていた。操縦席は無茶苦茶に揺さぶられ、姿勢を正すどころではない。しかしグスターボは気合を振り絞って機体を操り、刺さったままの剣を手放すと無理やり脚をさしこみ、グゥエラリンデを蹴り飛ばした。限界を迎えていたグゥエラリンデはろくな抵抗もできずに離れてゆく。


「む、むっちゃくちゃしやがる! なんだよこいつ……」


 あまりのことに混乱しながらも、グスターボは機体を立ち上がらせようとしていた。突撃と転がった衝撃でソードマンは損傷を受けていたが、致命の状況にはまだ程遠い。

 そこでふと敵の状態を確認すべく首をめぐらした彼は、そこに恐ろしい光景を見た。

 再び閃く噴射の炎、駒のように回りながら、蹴り飛ばしたはずの紅の騎士グゥエラリンデが立ち上がっていた。腹の筋肉を破砕され、まともに動くことも叶わないだろう状態から、立ち上がっていた。


「な、なんだよ。なんだよお前ぇっ!?」


 その時初めて、グスターボは純粋な恐怖を覚えていた。それは彼の知る常識から外れた動きに対してであり、その勝利への執念に対してであった。

 未だ倒れたままのソードマンへと、グゥエラリンデが進む。やはりまともに動くことはできず、ふらつき倒れそうになる勢いを利用してまで攻撃を繰り出していた。型もへったくれもない、勢い任せの乱雑な一撃である。


 混乱極まりながらも、グスターボはそれに反応して見せた。しかし彼はそこで致命的な事実に気づく。ソードマンの手に“剣がない”。未だ、グゥエラリンデの腹に刺さったままだ。

 剣を失った剣士が、呆然と動きを止める。そこへ容赦なく、グゥエラリンデの攻撃が襲い掛かった。振り下ろされた双剣が、ソードマンの腕を叩き折る。攻撃の起点であった腕を失い、ソードマンは戦闘能力の大半を失っていた。


「俺っちの剣が、負けるわけが……っ!?」


 剣を振り下ろした姿勢のまま、グゥエラリンデが“風の刃カマサ”を起動する。逃がれようもない至近距離で、大気の刃が渦巻いた。直撃を受けたソードマンが、装甲と結晶をばら撒きながら転がってゆく。そして動きを止めたところで、二度と動くことはなかったのである。


 ソードマンを退けたものの、グゥエラリンデもまた手ひどい傷を負っていた。特に腹部に受けた損傷はひどく、バランスをとることもできず双剣を支えに膝をつく。


「剣の最強は、君に譲るよ。だが、勝利は私がもらっていこう」


 グゥエラリンデの魔力貯蓄量は底をつき、もはや立つことも困難であった。ふと、ここが戦場のど真ん中であったことを思い出し、ディートリヒの表情が引きつる。


「あー、これはちょっと、やりすぎたか、な?」


 冷や汗を流す彼の背後から、重い足音が近づいてくる。グゥエラリンデを振り向かせることすらできず、ディートリヒは焦りを覚えた。脱出の覚悟を決めたところで、彼に背後から声がかけられる。


「おいおいディータイチョ! いくらなんでも無理しすぎじゃないか!?」

「一騎打ちとか、かーっこつけちまってまぁ。しっかたねーなディータイチョは!」


 第二中隊のカラングゥールである。彼らは動けないグゥエラリンデを護るべく、周囲に展開する。


「……面目ない」

「まーそれだけ酷い状態で無理すんな、あとは俺たちが全部ぅ喰っちまうからよー!」

「いい格好しいの隊長の分までな! おらおら残りもぶっ倒しちまえやー!」


 戦闘中であることを考えれば、相打ち状態になるなど中隊長の行動は軽率としかいえないものであったが、もとより血気盛んな隊員たちはそれによりさらに勢いづく。

 付近の黒騎士を掃討した彼らは、近衛騎士団と戦っている敵へとめがけ、怒涛のごとく攻めかかったのであった。


「ああもう、なんだか君らが頼もしくて悔しいね!?」


 そして、護衛に残った騎士に肩を借りて、グゥエラリンデは後方へと下がるのであった。

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