第4章 銀鳳騎士団編

#44 銀鳳騎士団、始動

 色濃い夜の帳が街へと落ちる。

 その日、ライヒアラ学園街にあるごく一般的なご家庭であるところのエチェバルリア家では、しばらくぶりに家族が揃って夕食を囲んでいた。

 しばらくぶりというのは、一人息子であるエルネスティがとある揉め事に巻き込まれていたためである。彼が通う学園の長である祖父ラウリもその解決のために奔走し、ここ数週間は彼らにとって激動の時期となったのだった。

 それもようやく解決へとたどり着き、みなが安堵の吐息をついたところだ。


 そこにはエチェバルリア家以外にも、家族ぐるみの付き合いにあるオルター家の人間もいる。

 両家の母親であるセレスティナとイルマタルが普段よりも腕によりをかけ、机にはまるでお祭りでもあるかのように豪勢な料理が並んでいた。

 食卓はにぎやかでありながらも和やかな雰囲気に包まれている。

 そうしてたわいもない雑談を交わしつつ、しばしの時がすぎるころにはあらかたの料理が食欲旺盛な彼らの子供たちの胃に収まりきっていた。

 満足げな様子の彼らをみる母親たちは嬉しそうに笑みを浮かべ、綺麗に料理のなくなった食器を片付けにむかう。


 食事を終えためいめいが休んでいる中、何の気なしにエルが父と祖父へと向き直った。


「そういえば、父様とお祖父様にお伝えしたいことがあるのですけど……陛下の命により、僕、騎士団長に任命されました」


 ゴブフォッ。

 全くの前置き抜きにエルが放った渾身のストレートに、祖父ラウリマティアスが揃って茶を噴きだす。

 それを予想していたのか、子供たちはちゃっかりと茶の射程外へと退避していた。


「ゲホッ、グホ、え、エル……何に任命されただって!?」

「騎士団長です。正確には僕を団長として新たな騎士団、銀鳳騎士団ぎんおうきしだんが設立されることになりました」


 にこやかにのたまうエルに硬直するマティアス、額を抑えるラウリ。キッドとアディはそれを横から我関せずと言った風に眺めている。


「…………あ、ああ。えっと、そうすると、学園はどうするんだ? 騎士団へと行くから“退学”するのか?」


 たっぷりと時間をかけて硬直から帰ってきたマティアスがまず気にしたのがそれだ。

 学園を退学する、それ自体はさほど珍しいことではない。国民の大半が教育施設に通うことができるこの国でも、全ての者が全課程を修めるわけではない。

 途中で退学するもの、初等部だけ通い中等部にはあがらないもの、それぞれの事情に合わせて就学期間や形式は自由に選ぶことが許されている。職に就くために退学するというのは、むしろ理由としてはありがちな部類に入るものだ。

 それでも初等部に入学して1年以内というのがかなりの異例であることに変わりはないが。


「いえ、陛下のご配慮により僕たち銀鳳騎士団はここ、ライヒアラに拠点を構えることになります。それに騎士団と言いましても少し毛色が変わっていまして、僕がそのまま学生として活動しても支障はありません」

「エル……父さんなんでも力になるとは言ったが、それはちょーっと自由すぎるぞ……」


 学園に生徒として通う騎士団長。およそ歴史上に類を見ない単語を耳にしたマティアスは、酒を飲んだわけでもないのに頭が痛くなってくるような錯覚に襲われていた。


「だから居を移す必要などもありません。その代わりと言ってはなんですが、学園の騎操士学部で使っている施設を騎士団で利用させてもらうことになります。いずれ陛下から連絡があると思いますが」

「エルや……ついに学園を乗っ取ってしまいおって…………」


 ラウリは遠い視線の先、灰色の雲の彼方に輝かしい笑顔を浮かべた旧友アンブロシウスの姿を幻視していた。どうにも、彼の旧友は孫と出会ってからは昔日の茶目っ気を取り戻しつつあるようだ。二人して、やることなすこと突拍子もなさすぎる。

 彼はいつかはこういう事になるかもしれないと覚悟をしていたが、それもここまで早いとは予想できず、完全に不意をつかれた格好になっていた。


「陛下の命とあらば施設の提供に否はないがのぅ、いやしかし来年度も騎操士学部には新入生が入ってくるわけじゃが、そちらはどうするつもりかの?」

「ええもちろん、僕たちも彼らのために協力は惜しみません。より“実戦的”で高度な経験をつめるようにしますとも」


 つまり来年度の学生は、騎操士学部へと進級した直後から銀鳳騎士団の活動に巻き込まれると言う事である。

 テレスターレ開発前後からのドタバタを知るラウリとしては、来年度の学生を待ちうける試練を想うと涙を禁じえない。その先頭を突き抜けたのが騎操士学部所属でもない自分の孫であることは、この際わきに置く。


 苦労は大きかった。だが結果を見れば、あの修羅場を潜り抜けてきた現在の銀鳳騎士団員たちはまさに猛者ぞろいである。少々過激な感はあるが、学生を鍛える手段としては悪くないのではないか? と彼は思い始めていた。

 “麦は踏まれて強くなる”とも言う。ほとんど魔獣に踏まれてこいというレベルの話だが、きっと来年度の学生も強く生きてくれるだろう。

 ラウリはしばらくのあいだ沈思黙考の体をとっていたが、やがて重々しく頷きを返す。


「うむ、ならば何も問題はないのぅ」


 その時のラウリは、それまでの渋い様子が嘘のように清々しい表情をしていたのだった。


 後日、銀鳳騎士団の存在は国王アンブロシウスの名の下に、正式に学園側へと通達されることになる。

 その時には再び少なくない混乱が巻き起こったりもするのだが、それも一月も経つころには落ち着きを取り戻していた。




 冬ともなれば、オービニエの山裾には雪が降る。

 全てを閉ざすほどの豪雪ではないが、うっすらと景色を白く覆うそれは道行く人を減らすには十分だ。僅かに外を歩くものも分厚い外套を着込み、吹き抜ける寒風を避けるようにして足早に進んでいる。


 遮るものなく寒風が通り抜ける中央通りを、珍しくも大人数の一団が歩いていた。

 全身に鎧を着た騎士の集団。それもただの騎士ではない、三階建ての建物よりも背の高い巨人の騎士、幻晶騎士シルエットナイトである。

 通り沿いの建物からは、住人たちから好奇の視線が送られていた。どんな用事で来たのだろうか、娯楽に乏しいこの時期は些細な出来事もすぐにとびきりの話題となる。それが巨人の一団ともなれば、しばらくの間は食卓の話題は持ちきりになることだろう。

 勿論、そんなことを気にした様子もなく騎士団は粛々と通りを進む。その終着地点にはこの街の名前の由来でもある場所、ライヒアラ騎操士学園が存在していた。




「やれやれ……つい勢いで乗っちまったが騎士団だとよ、俺達が。改めて考えるとずいぶん笑えてくるってもんだ」

「俺は知らぬ間に入ることが決まっていたがな」

「文句はないんだろう? エドガー。私ら騎操士ナイトランナーはいずれどこかの騎士団に入るわけだしね。まぁ、アレに付き合うのも一興だろうさ」


 ドタバタが収まる頃、彼ら銀鳳騎士団の面々は馴染みも深き騎操士学部の工房に集まっていた。

 すでに正式な通達がでているため、彼らの身分は生徒ではなく銀鳳騎士団の団員だ。ただし変わったのは肩書きのみ、場所すら変わらないとあっては彼ら自身、いまいち実感が薄いのも仕方がない部分はあった。


「おう、そうだ坊主だんちょう様よ」

「いまなんだかとてつもなく滅茶苦茶な呼び方をされたような……」


 ふと言い出した親方ダーヴィドの言葉に、エルが思わずずっこける。


「おめぇは銀鳳騎士団の団長で、俺たちゃ平の団員なんだからよ、やっぱ呼び方から気ぃつけねぇとな」

「そうだね、これからは騎士団長様とお呼びしないとね」

騎士団長エル君……」

「アディまで変な呼び方しない。……皆さんも呼び方は今までどおりにしてください。なんだか調子が狂いそうです」


 次々に乗っかる団員たちに、エルは早々に白旗をあげた。

 それでなくとも騎士団長がぶっちぎりの最年少という奇妙な集団である。成り立ちや目的から考えてもいい加減な部分があるのは否めない。


「まぁそれでだ、銀色坊主エルネスティ。恐れ多くも陛下相手にずいぶんと景気良く啖呵きっちまったからには、生半可な仕事は許されねぇってもんだが。

 このありさまじゃ、どうにもいけねぇな」


 親方に言われるまでもなく、彼ら全員が同じ問題を認識していた。

 彼らの背後に広がる工房。本来ならばそこには実習用の幻晶騎士が20機は並んでいるはずだったが、現在はわずか数機が残るのみ。

 原因はほかでも無い、これまでの活動による消耗である。

 陸皇亀ベヘモス戦で機体の大半を失い、やっとのことでテレスターレとして新生させたと思えば先日の戦いにて全機が大破。結果として手元に残ったのは唯一の改修機グゥエールと改修中、もしくは未改修の旧型機だけとなったのだ。

 ライヒアラ騎操士学園がその名に誇る騎操士学部は、今や張子の虎もかくやという状態だった。それはそのまま国王アンブロシウスの命により銀鳳騎士団として新生した今でも同様である。


「前にいくらか補充が来るって話をしていなかったかい? どこかで聞いた記憶があるんだけどね?」

「ええ、元々はテレスターレの代わりにカルダトアをいただくことになっていたのですけど。

 ……その、ディクスゴード公から」


 賢明なる彼らはそれだけで状況を理解した。件の公爵領では先日、砦が一つ壊滅したところだ。


「そりゃあ、せかしてどうにかなりそうな気がしねぇな。当分は残った実習機使ってやりくりするしかねぇか」

「そういえばアールカンバーも大破判定を受けていたな……」

「その分中身を充実といいますか、机上の練りこみにかかりましょうか」


 そこで彼らははたと手を打った。


「そういえば、何を作るのかまだ聞いてねぇぞ。今の間に説明を聞いとこうじゃ……」


 そろってエルへと向き直ったときだった。

 俄かに、工房の外から慌しい気配が伝わってきた。彼らは顔を見合わせ、外の様子をうかがう。

 うっすらと雪をかぶる校舎。冷たい空気をものともせずに、はしゃいだ様子の野次馬たちが駆けてゆく。

 口々に話す、彼らの言葉に耳を傾けたところ「校門に……」「騎士団が……」などの単語が聞き取れる。

 エルと親方は顔を見合わせると、すぐさま校門へと向かうべく走り出していった。



 騎操士学部を擁し、幻晶騎士を授業で利用するライヒアラ騎操士学園では、校門脇にそれを停める駐機場がある。

 さほど利用される機会は多くないが、今そこには巨人の軍団が並んでいた。少し離れた場所から、寒さに負けず野次馬たちが遠巻きに様子をうかがっている。

 膝をついた姿勢で整然と並ぶ巨人、それはフレメヴィーラ王国の制式量産機であるカルダトアだ。その数実に2個中隊、計20機。これだけでちょっとした砦に匹敵する戦力になろう。

 暖房用の魔法設備と、自身の運動による熱を帯びたカルダトアは表面から薄く蒸気を上げている。居並ぶ巨人の騎士団が霧に霞む様子はある種厳かな空気を生み出し、周りの野次馬は我知らず唸っていた。


 機体から降りた騎操士が随伴歩兵へ何事か指示を送る。慌しく動く彼らの中に、エルは見知った人影を発見していた。

 彼のほうもすぐに、野次馬の中から進み出たエルに気付いていた。

 熊のごとき隆々たる体躯をゆらし、濃い髭に囲まれた口元に笑みを浮かべた偉丈夫――朱兎騎士団団長モルテン・フレドホルムである。

 カザドシュ砦における事件以来、一月振りの再会になる。

 彼はエルの前まで来ると、顔を引き締め背筋を伸ばし、機敏な動作で敬礼をした。


「ディクスゴード公爵閣下の命により、カルダトア2個中隊余を銀鳳騎士団へと受け渡しに来た。確認を頼む、エチェバルリア“騎士団長殿”」

「はい、確かに受領いたしました、フレドホルム騎士団長殿。任務お疲れ様です、公爵閣下にはよろしくお伝えください」


 互いに敬礼をかわしあった二人だが、真面目腐った態度をとっていられたのはそこまでだった。

 先に崩れたのはモルテンだ。小さな背丈を精一杯伸ばした目の前の少年をみて、ついと言った風に噴き出す。


「ふはっ、なかなか堂に入った“騎士団長”ぶりだぞエルネスティ」

「えーと、フレドホルム団長……それはなんと言いますか、あんまりなお言葉です」

「堅苦しいな、モルテンでいいぞ。互いに騎士団長ともなれば、歳はさておき扱いは同格だ。むしろ砦つきの俺より、陛下の直下となるお前のほうが上かも知れんしなぁ」


 その言葉にエルは曖昧に笑みを浮かべ、首を傾げただけだった。


「それで、カルダトアの受け渡しとの事ですが……」

「ああ、前に新型の代わりに納入するといっていたんだろう。ごたごたが続いて遅くなったが、持って来たぞ」

「しかし今はカザドシュも大変なことになっているのでは? 嬉しいのはそうなのですが、20機もの余裕があるものですか?」


 カザドシュ砦の戦闘における被害はここにある数とほぼ同数に上る。さらにエルたちに渡すとなると、ディクスゴード公爵の負担はいかばかりのほどか。

 困惑を隠しきれない様子のエルへと、モルテンはニヤリとした笑みを送る。


「心配するな、一時的に他所の砦から人員を回して穴は埋めてある。砦を護るのは他のやつでもできるが、お前たちはお前たちしかいないからな。これも早めに渡すに越したことはないだろう、とのことだ」


 エルは視線を背後に向け、吸排気口から蒸気をたなびかせるカルダトアを見上げる。

 物言わぬ鋼鉄と結晶の巨人。しかしエルはそこに多くの想いを見出していた。


「……公爵閣下のお言葉、確かに承りました。そのご期待を裏切ることなきよう尽力すると、お伝えください」

「ああ、わかった。俺個人としても、できあがりには期待してるぞ」


 モルテンはバシバシとエルの頭を撫で(?)たあと短く別れを告げ、朱兎騎士団を率いてカザドシュへと戻っていった。

 後に残った20機ものカルダトアを、騎操士たちが手分けして動かす。

 この一年で様々な経験をした銀鳳騎士団の騎士たちであるが、制式採用機を動かすというのはまた格別の想いがあるらしく、全機を工房に入れるまでにいくらかのすったもんだが挟まった。


 工房の内部は再び幻晶騎士で埋まってゆく。それも第一線で現役の機体だ。素材としては最良のものだろう。


「さて、色々と後には退けなくなりましたね。まったく、本当に大変です」

「そういってる割には、エル君楽しそうじゃない」


 ずらりと並ぶカルダトアの前に立ち、愉しくて仕方がないと笑みを浮かべるエルは、どう贔屓目に見ても善からぬ企てを考えているようにしか見えなかった。




 工房の中には、ついたてで簡単に仕切られた一角がある。通称“会議室”と呼ばれるその場所には銀鳳騎士団の面々が集まっていた。

 めいめいに椅子を集めて適当に座っている、彼らの前に立つのはやはり騎士団長、エルネスティだ。


「各々方、討ち入りでござる」

「どこへだよ」


 げんなりした様子のキッドのツッコミも、果たしてエルに届いているのか。

 顔を紅潮させていかにも舞い上がった彼の様子に、みなの心はだいたい一つになっていた。つまり「これは何を言っても無駄だ」である。


「それは冗談ですが、銀鳳騎士団がその使命を果たすときが来ました」

「まぁな、景気の良すぎる前払いを受けとっちまったしなぁ」


 全員が了解の頷きを返していた。元より“それ”を目的として集まった集団である。この場にいる人間の中に、否を唱えるものはいない。


命令オーダーは“国立機操開発研究工房シルエットナイトラボラトリ”を驚愕せしめる機体の創造。これまでと決定的に違う性能を持ち、かつ見た目にもそれがわかりやすいものが好ましい」


 エルは、傍らに置いていたトランクケースを開き、中から紙の束を取り出した。それを会議室に置かれていた黒板に貼り付けながら、なおもエルの台詞は続く。


「時に、先日のカザドシュの戦いなのですが。色々と問題はありましたが、残念なことにテレスターレを取り逃してしまいました。何故でしょうか。邪魔が入ったから? 抵抗されたから?

 その前に互いに似たような速度しか出せないから、というのもあると思っています。現在この国に移動能力に優れる機体はない。そこで次は速度に秀でた機体を作ろうかと考えています」

「つまり次は軽い機体を作るのか?」


 一般的に幻晶騎士の“速さ”とは機体の重量によっておおまかに決定される。人を象った幻晶騎士にとって、移動手段とは2本の脚を指す。重い荷物を持てば動きは遅く、荷物が少なければ速くなるのは当然の理屈だ。

 他にも使用する結晶筋肉クリスタルティシューの品質や機体の構造により多少差は出るが、それはほとんど誤差の範囲内である。

 故に普通ならば速い=軽いと考える。


「テレスターレの例をお忘れでしょうか。求めるを得るためにはふさわしき姿がある。たとえそれが“人とは違った”としても」


 当然の理屈、だがそれは2本の脚で走る人の理屈だ。この世界でも、人より速く動くものはいくらでもある。

 かつての世界にて爛熟しすぎなほどに数多生み出されたメカデザインを見てきたエルは、その中から問題の回答に相応しく、かつ強烈なインパクトを持つものを選びだした。


 エルの取り出した“設計図”に書かれた機体。会議室に集った団員はまず、全体図を見た。

 その上半身は思ったよりも普通の形をしている。ややバランスが独特ではあるが、そんなものは些細なことだ。


 異常なのは下半身。腰の下はもう一つ胴体があるかのように巨大であり、強大なパワーを感じさせる太く作られた大腿部と大重量を持つであろう自身の動作に耐えるため頑強に強化された脚を備えている。

 それだけではない、最も大きな違いは真横から見た図にあった。明らかに“脚が2本以上”ある。具体的には4本脚だ。


 それはまるで腰から下だけが別の動物を模しているように見えた。彼らにとっても非常に馴染み深い、騎士の友とも言うべき動物、“馬”だ。

 エルの提示した設計図に描かれた機体、それは人の体と馬の体を合わせ持つ正真正銘の異形――ケンタウロスの姿をしていた。




「……こりゃああれか、銀鳳騎士団うちはひょっとして、ゲテモノ専門になるのか?」


 たっぷり10分は沈黙に陥っていただろうか、ようやく搾り出された親方の感想は、その場にいるほぼ全員の心を代弁したものだった。


「ゲテモノというか……いや……その、何といったものか。結局、何だいこれは?」

「脚が速くて、見た目にもわかりやすい機体です」

「え? いやそうかもしれないが、え?」


 思考が迷走を始めたディートリヒに対するエルの答えは簡潔だった。

 かつてテレスターレに補助腕を搭載するとき、鍛冶師たちは常識が崩れる音を聞いた。そして今、彼らはダメ押しのごとく常識が悶死する断末魔の声を聞いていた。

 それをして“頭を抱える程度”で済んでいるのは慣れか、それとも銀鳳騎士団を成した彼らの覚悟ゆえか。


「これくらいやれば、国機研ラボの方々の度肝を抜くこともできると思いますし」

「頭に血が上りすぎるか、心臓破裂して死ぬんじゃねぇか? 百……千、いや万歩譲って“馬”はいいとしようや。逆にだ、なぜ“上半身”をつけた!?」


 いっそこれが完全に“馬の姿”をした幻晶騎士を作ろうというのならば、その馬鹿馬鹿しい発想に呆れはしてももう少し抵抗は少なかったかもしれない。

 この世界にも人の体と馬の体をもつ生物、ケンタウロスは実在しない。やはり御伽噺や、空想上の存在なのだ。

 幻想と空想の中にある存在を形にしようとするエル。ひょっとして彼はかなり詩的メルヘンチックな趣味を持っているのだろうか、そんな別種の心配が鍛冶師の背筋を寒くしていた。


「なぜなら……格好いいからです!」

「まさか、本気でそれが理由なのか!?」


 その場にいるほぼ全員の声が唱和する。

 エルとしてはかなり真剣な理由だったが、全員にツッ込まれてさすがに少しばつが悪くなったのか、あさっての方向を見ながら補足をはじめた。


「あとはそうですねぇ。普通に馬の形をしただけでは格闘しづらいですし、それでは追いつけても意味がないではないですか。だからと言ってわざわざ他の機体を乗せて走るのでは、単に二度手間です。

 そこで高速で移動しながら単体で戦えるように、人と同じ上半身を備えつけたのです。つまりこれの目的は1機の幻晶騎士で騎馬兵と同様の運用を再現する、と言う事になりますね」


 一応真っ当な理由があったことに、鍛冶師たちはそろって胸をなでおろしていた。

 手段が常識を一欠片も考慮していないだけで、エルの目的自体は極めて具体的なものである。過剰にメルヘンチックになることも無いだろう。


「あー、まぁ言いたいこととやりたいことはわかった。間違った方向に正しいが、とりあえずは置いてやる。だが、だからって馬の体くっつけるかよ普通……」


 残る設計図を確認していた親方及び鍛冶師たちは、すでに覚悟とも諦めともつかぬ境地にいた。


「しかも設計図を見るに、真面目に構造考えてやがる……つうかよう、全く見たことねぇ構造してやがるぞ? こんなもんどこから引っ張ってきやがったんだ」

「接続部はいくらか悩みましたけど、下半身はほとんどそのまま馬の骨格を基にしていますよ」


 元々、エルが持っている設計に関する知識は独学で学んだものが大半だ。それは年齢や騎士学科にいると言う事を考えれば大したものだが、やはり荒さは否めないものだった。

 それもテレスターレの設計という実地経験を経た今では大きく洗練され、向上している。

 バランスに関わる重量の配分、それを支える金属内格インナースケルトンの構造、実際に馬のそれを元としながらも綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューの出力を考慮して配置しなおされた筋肉、用途から想定される外装アウタースキンの形状まで、設計図には事細かに記載されているのだ。


「やれやれ……そいつを作れってかよ。まったく面白い無茶を言いやがる。槌の休まる暇がねぇな」


 ツッコミを諦めた親方は技術者の顔になり、苦笑いは止めないまでも否定の意思は示さなかった。

 そこで、遠慮がちにディートリヒが手を上げる。


「構造は鍛冶師たちに任せるよ。それで少し気になったんだが……テレスターレでも痛い目を見たんだ。万が一にもこの“馬”を盗まれでもしたら、今度は普通の機体では追いつけない。そうしたらより厄介なことになるんじゃないかい?」


 彼の表情は複雑だ。再び機体を奪われるような真似を許すつもりはないが、警戒しただけでそれを防げると考えるのは間違いだろう。最悪の場合として、2度目を予想するのはごく当然のことといえた。

 もしもこの機体を奪われるようなことになった場合、それは逃げる馬を人間が徒歩で追うようなものなのだ。そもそも勝負にもなるまい。


「ご心配なく、ディー先輩。合わせて盗まれなくするための対策もいくらか考えてあります。まずは試作してみますが、上手くいったら他の機体にもつけてみましょう」


 そしてエルも同じ轍は踏まない。自信を持って言い切った彼に、ディートリヒは小さく肩をすくめた。



 新たな機体の衝撃も覚めやらぬうちに、鍛冶師たちは活動を開始する。

 彼らは彼らの知識と経験を総動員してエルが作った設計を読み取り、補強し、あるいは変更して目的の形を作り上げるのだ。

 すでに侃々諤々とやりあい始めた彼らを見て、エルは満足げな様子だった。


「新型ともなれば手間がかかりそうですし、作れるのは1機種だけでしょうね」

「まだあると、言いたげだな」


 エルは答えを返さずにただ笑みを深くしただけだが、何となくそれ以上聞くのは怖くなり、エドガーはそぞろに視線を逸らしていた。


「それはそれとして、確かにこの“馬”には中々の自信があります。ですがたった一つで安心できると言う事はないでしょう」

「言いたいことはもっともなんだがな……これを作って、さらにとなるとなぁ。明らかに無理だろう?」


 仮に“馬”の製造がテレスターレより大変であるとすると、ここからしばらくはまた修羅場になるのは目に見えている。

 銀鳳騎士団とて人数には限りがあるのだ。あとは時間で解決するしかない。


「ですから手間のかかりそうな新型の機体開発は一つとして、それ以外にいくらか選択オプション装備を作ろうかと思いまして」


 聞きなれない単語に、エドガーやディートリヒの周りに疑問符が飛んだ。エルは説明するよりも早い、とさらに1枚の設計図を取り出し彼らへと差し出した。

 そこには複数枚の装甲板を組み合わせ、幻晶騎士の肩の周りを覆うように設置した装備が描かれていた。似たような装備に外套型追加装甲サー・コートがあるが、それとは異なりこちらは装甲板の裏に複雑な機構が見て取れる。


可動式追加装甲フレキシブルコート、と名付けました。簡単に言うと、背面武装バックウェポンが補助腕で武器を構えるものとすれば、こちらは盾を構えるものと考えてください」

「ううむ……それはいいがエルネスティ、盾はしっかりと構えないと意味がない。十分な守りを得るには補助腕では非力すぎるぞ」

「ええ、そのままではそうですね。ですが思い出してください、幻晶騎士が自身の強度不足を補うために何をしているかを」

「それは強化魔法を……そういうことか」


 エドガーは納得したように設計図を見直す。

 補助腕の耐久性は元の腕に比べると低い。その分を出力を上げた強化魔法の追加により支える、それがこの装備の原理である。


「あくまでも追加装備ですから、一時的に高い防御性能を得るだけです。欠点としてはその間、魔力マナの消費が高くなることですね」

「面白い発想だな。少し場合は選ぶが、使い道はあるだろう」

「そういった装備をいくらか試作するので、それぞれに積んでもらいます。なので使い心地の確認をお願いしますね」


 エドガーは苦笑を浮かべて了解を返す。騎操士は騎操士で、時間を余すことはなさそうなのだった。




 銀鳳騎士団はその目的どおり、団長エルの考えを形にすべく動き出した。

 “馬”と“選択装備”、それらを作り動かすためには団のほぼ全員の人手が必要となるだろう。

 そして残るのは一通り考えていたものを並べ終えてご満悦のエルと、キッドとアディの二人だ。


「では、みんなが頑張ってくれている間に、僕らは僕らでできることをしましょうか」

「エル君、まだあるの?」


 アディは目を丸くするとともに呆れた。さきほどまで機体に装備に、と山ほど提案しておいてさらに追加を言い出したのだ。それをやらかすのがエルネスティという少年だとわかってはいても、そのバイタリティには感心を通り越して呆れが先にたつ。


「ええ、思いついたはいいのですが、少しばかり厄介なものがありまして」


 キッドとアディは揃って首をひねった。銀鳳騎士団の全員は“馬”と“選択装備”にかかりっきりになるだろう。彼らを抜きに“厄介なもの”に立ち向かうとはどういうことなのか、いま一つ理解できなかったためだ。


「他の人だと説明が難しいのですよね。

 そうですね……二人とも、大気圧縮推進エアロスラスト……僕たちがあれを使う時は、どうやっていますか?」

「どうって、後ろで炸裂させてんじゃねぇか?」

「そう、あれは炸裂したときの反動を利用する魔法です。さてここで問題。大気圧縮推進を連続で使ったらどうなりますか?」

「えーと、そうね。どんどんと押されて勢いがつく……のかな?」


 大気圧縮推進を使う自分を想像しながら、アディは腕を組んだ。


「そう、原理的には反動が加え続けられる、つまりは加速が続くわけです。それは人間でも、幻晶騎士でも同じ」

「まさか幻晶騎士に乗りながら大気圧縮推進を使い続ける気かよ?」


 彼らはエルが戦術級オーバード・クラス規模の魔法を組み上げられることを知っている。だから先ほどの話の延長線上として、幻晶騎士すら加速し続けられることになる。

 しかしエルはゆっくりと首を横にふった。


「さすがにそれは“まさか”です。幻晶騎士に影響を及ぼすほどの規模の魔法を使い続けるのは大変ですからね」

「それって普通は大変の一言じゃすまないんじゃ……」

「だから魔導兵装シルエットアームズと同じように、紋章術式エンブレム・グラフを使った仕掛けを用意します。それを幻晶騎士に取り付ければ、魔力が供給される限り動く推進器の出来上がり、です」


 理屈の上ではその通りだが、二人はなにやら自分が恐ろしい話を聞いている気がしてならなかった。


「それで、俺たちは何を?」

「ものが術式に関する部分ですしね。二人のほうが頼りになります。なので一緒に紋章術式を作りましょう。

 あとは取り付ける機体ですが……親方たちがいくら頑張ってもすぐさま全ての機体を使うわけではないですしね。特に実習機は浮いていますし、折角なのでどれか使わせてもらいましょう」


 アディは一も二もなく賛成し、キッドはいくらか迷ったものの、結局は頷いた。

 こうして、1つの機体、いくらかの装備、そして密かに新たなる推進装置がこの世界に生み出されることとなったのだった。




「……で、借りれたのはこれ。なのですが……」


 数日後、エルは無事に実習機のうち一つを借り受けていた。

 珍しいことに彼の口調は喜びではなく戸惑いが多く含まれている。実際にそれに乗って現れたエルを見たときのキッドとアディも同様だ。


 原因は借り受けた機体にあった。

 機体名は“ラーパラドス”。学園に予備として残されていたため、今まで戦闘に巻き込まれることなく生き残った実習機のうち1機だ。

 予備とは言えここまで無傷で生き残った理由、それはその外見にあった。

 一言で表すならば、“刺々しい”となる。

 兜が独特な形状をしており、円周上に配置された角はまるで冠を被っているようにもみえる。鎧にはあちこちから無駄にトゲが生えており、緑系の機体色と相まってどこかサボテンを思い起こさせるものだ。

 実用よりも派手さを重視した実習機は多いが、これはなかでもとりわけ派手な見た目をしている機体だった。元の製作者の趣味なのだろうが、残念なことにそれは既に行き過ぎて悪趣味にたどり着いてしまった感がある。


「いずれ手が空いたら、本格的に見た目もいじってしまいましょうか」


 さすがに苦笑を抑えられない様子で呟いたエルに、キッドとアディがもろ手を挙げて賛成する。

 いずれ鍛冶師の手が空いたら真っ先に外装を取り替えよう、エルはそう心に決めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る