#4 発想の転換

 6歳になったエル、キッド、アディの3人はエルの父マティアスから剣の手ほどきを受けていた。

 剣に関してはキッドが一番筋がよかったようで、魔法を併用しないと正面からでは勝てず、エルは多少悔しい思いをしたりもした。

 

 剣の練習を行い、魔法の練習も欠かさず、さらに日々の鍛錬も行う。

 その間には近所の子供と遊び、親と共にいる時間もあり……と、エル、キッド、アディの生活はこの年頃の子供としては非常識なほどの忙しさを見せていた。

 

 エルは自身の目的のためにそれだけの修練を課している。

 それは長く続ける間に一種の習慣と化し、さほど辛いとも思ってはいなかった。

 前世ではかなり怠惰な人間だったことを鑑みるに、継続とは力なり、そして欲望こそが人間最大の原動力なのだなぁなどと思っている。

 しかし、キッドとアディはどうなのだろうか。

 騎士を目指すとしてもここまでやる必要は、本来はない。

 エルとの訓練は不必要にハイレベルで、彼らも既に子供としては異様なほどの能力に達しつつある。

 彼らの原動力は何なのだろうか。

 中身が“やる気を出したオッサン”であるエルは、この年頃の子供がここまでの訓練をこなしうる理由を思いつけないでいるのだった。

 

 

 

 月日は過ぎ、彼らの耳にもライヒアラ騎操士学園への入学の話が届いてきた。

 ここで少しライヒアラ騎操士学園について説明する。

 

 ライヒアラ騎操士学園は大きく分けて3段階の学習過程を持つ。

 初等部が9歳から、中等部が12歳から、高等部が15歳からそれぞれ3年間である。

 このうち、大半の生徒は初等部、中等部のみ在籍する。高等部とは地球で言うところの大学に相当する。

 余談だがこの世界では慣習的に15歳で成人とみなされる。

 実際は18歳くらいから本格的に職業につくものが多いのだが、職業によっては15歳から一人立ちするものも少なくは無い。

 

 さて、ライヒアラ騎操士学園にくるのは、何も騎士を目指す人間だけではない。

 むしろ初等部、中等部への通学は国から補助が出ることもあり身分に関係なく多くの子供が在籍する。

 それは義務教育というわけではなくて、この国の状況が大きく関係する。

 

 この国は“騎士の国”と呼ばれているが、裏を返せばそれだけ戦いの場面が多いのである。

 未だ人以外に支配された領域であるボキューズ大森海だいしんかいと隣接するこの国では、勢い魔獣の出現率が他国より高くなる。

 中でも広大な農地を耕作する農民がその危険に晒され易く、国家としても税収、食糧確保の基本として農民の保護は重要な課題となっていた。

 ここで、国内の魔獣の駆逐という手段をとらなかったのは単に限がなかったからである。

 

 勿論そのために騎士がいるのだが、如何せん国土は広く、また魔獣の発見から動いたのでは後手に回り易く、そのままでは被害は広がる一方であった。

 そういった背景もあり、いつしか農民自身が自衛のための技術を欲するようになっていった。

 魔獣に関してもピンきりで、中には多少頑張れば撃退できるものもいた。

 たとえ歯が立たないほど強力な魔獣が現れても、無策よりはよほどましである。

 国がその要望に応えるまでさほどの時間はかからなかった。

 最低限度の戦闘技術と魔法の知識を教育するための施設と法を整備したのである。

 結局は農民といえども戦うすべなく過ごせるほど安全な環境ではなく、自らの身を守ることが必要だったのである。

 これが後に“フレメヴィーラ王国では剣と盾は農具である”と言われるようになる所以である。

 

 王政下での国家運営としては、最下級の身分である農民に戦うすべを教えるのを嫌う風もあったが、国全体の維持のために断行された。

 しかし広く一定の教育をほどこすことで、逆に国家の一員としての意識と誇りを持ち、国内の治安を良くする結果となったのは僥倖ぎょうこうだったと言える。

 その分王侯貴族にも高い意識と能力が求められるようになったが、それは彼らの当然の義務として受け止められている。

 

 国内各所に学校施設が作られたが、その中でも最大の規模を誇るライヒアラ騎操士学園に人が集まるのは当然ともいえた。

 そのため、学園内は農業学科や商業学科、騎士学科など細分化が進んでいる。

 各学科に共通して一定の戦闘技術科目は存在するが、それ以外は自身の求める職能についての教育が多くなる。

 また等級が多く別れているのは各家庭の事情に対応するためであり、最低3年の学習である程度の技術を学べるようになっていた。

 

 

 

 3人は説明を受け、それぞれ学園の案内に目を通していた。

「エルはやっぱり騎士学科に入んのか?」

「ええ、そのつもり……ですけど、これは少し困りましたね」

「どうしたのよ? なんか不満でもあるの?」

「いや、そういうわけではないですけど。そもそも僕の目的は騎操士ナイトランナーになることでして」

 

 騎操士ナイトランナー――幻晶騎士シルエットナイトに乗ることを許された騎士の総称である。

 

「幻晶騎士の数には限りがあります。

 騎操士となれるのは騎士としても最上の能力を持つ一握りとあります。

 そうしますと騎士課程が合計6年で、騎操士課程はその後になり、さらにその後の配属までと考えると……実際に乗れるようになるまでは遠い話ですね」

 

 少し考えてエルはマティアスへ振り向いた。

 

「父様、質問があります」

「なんだ? エル」

「騎士課程において飛び級、というのは可能でしょうか?」

 

 マティアスにはエルができれば急ぎたいと思う気持ちも理解できる。

 また彼の能力を鑑みるにあながち根拠のない話ではない。

 

「確かに、エルの魔法能力を考えればない話でもないが……騎士課程では難しいな。

 単純に剣や魔法の才のみならず、騎士課程では礼儀に関する教育も行う。

 今までエルはそのあたりを正式には学んでいないだろう?」

 

 それは盲点でしたね、とエルがひとりごちる。

 それに、とやや言いづらそうにマティアスは続けた。

 

「幻晶騎士への騎乗訓練は上級騎士課程の最終科目だ。大体は15歳くらいからになる。

 ……今のままだと、エルは……その、身長が足りなくて乗れる機体がない」

 

 地獄のような沈黙が落ちた。

 確かにエルは同年齢の平均より更に小柄だ。

 まさかそんなところで足踏みを食らうとは。

 このままでは念願の巨大ロボットパイロットまで最低でもあと7年は掛かる計算になる。

 待てない訳ではなかったが、少し悔しさを感じるのも事実である。

 ふと影が差したのに気付いてエルが顔をあげると、正面にティナが立っていた。

 

「ごめんね、エル。私に似てしまったから、背が余り伸びなかったのね……」

 

 申し訳無さそうなティナに、エルは目を見開いて首を振る。

 

「そんな! 母様、そんなの関係有りません!

 元々僕の年齢も足りてないのですし、そもそも方法だってそれしかないと言う訳では……」

 

 ふと、何かに気付いたように言葉を止める。

 

「……そう、それしか方法がないと言う訳では有りません。

 操縦する事のみに拘るから、余計な時間がかかるのです。

 ならば、違う時間の使い方をすべき……」

「エル?」

 

 訝しむティナに、エルは決然とした表情で顔を上げる。

 

「作ればいいんです」

「何を?」

 

 脈絡のない言葉にキッドが気の無い返事を返す。

 

幻晶騎士シルエットナイトです。自分で作ればいいんです」

「……は?」

「……え、エル君? それ本気?」

 

 今までにない決然とした表情で恐ろしいことを言い出すエルに、周囲の人間が呆気にとられた表情になる。

 

「ちょっと待てよ。作るって、なんだよそりゃ?」

「言葉のままです。これまではずっと乗ることを考えて行動してきました。

 ですがよくよく考えてみると、それでは僕のための機体が手に入りません」

 

 もしかして個人で所有する気だったのか、と周囲がこける。

 一部の貴族や大商人を除いて幻晶騎士を個人で所有するものはいない。

 製造、維持ともにかなりのハイコストだからだ。

 それゆえに、騎操士になるためには騎士になる事がむしろ近道のはずなのだが……。

 

「そう、そもそも支給されるような機体ではあまり派手に改造も出来ないではないですか……。

 どうしてこんな単純な事に気がつかなかったのでしょう。

 カスタマイズはメカの華、どの道全身くまなく改造するにはそれ相応の知識が必要です……迂闊でした」

 

 段々とエルの笑顔が危険な方向へ傾くのを見て、ヒッと呻いてキッドとアディが距離をとった。

 普段は物腰も穏やかで何事にも冷静にあたるエルだが、ときたま斜め上の方向へ有り得ない情熱で進む場合があり、キッドとアディはその源泉とも言うべきものの正体を垣間見た気分だった。

 

「本気かよ、エル……」

「勿論です。このままでは無闇に時間がかかるのは確か、ならば自作を目指すのも一興というものです。

 それに、今からお金を貯めて買おうとするよりは現実的でしょう?」

 

 それはどちらも夢物語というんじゃないのか? と思ったが、賢明にもキッドがその言葉を口にすることはなかった。

 げんなりとするキッドを横目に、難しい表情のマティアスが言う。

 

「エル……気持ちはわかるが、言うほど簡単なことではないぞ?」

「わかっています、父様。でもできれば僕のための幻晶騎士も欲しいですから。

 やれるだけのことはやろうと思います」

「そうか……騎士課程にもちゃんといくんだぞ?」

「はい。乗り手としても手を抜く気はありませんから」

 

 アディは一周していっそ感心した、という風だ。

 何故かエルの頭をなでながら話し出す。

 

「なんていうか、エル君って本当に目的のためなら手段を選ばないんだね」

「……字面が少し気になりますが、選べる手段があるのに選ばない理由がありませんから」

「ホント凄い。エル君て見た目こんなに可愛いのに実はすっごく過激だよね」

「(こんなん言うな。むしろこんなんやから別の手段が必要になったんだよ!)」

 

 

 その後、キッドとアディも騎士学科を希望することを決めた。

 目的は様々だが、ひとまずは3人揃って騎士を目指すことになる。

 

「(さぁて、いっちょロボット作ってみよか!)」

 

 そしてエルのテンションはとどまるところを知らないのであった。

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