誠実 二〇二〇年 九月十九日 ④

 駅までの帰り道で、面接がうまくいっていないことを話した。「わからないことがあったらなんでも訊いてくれ後輩」と得意げなふりも雅也さんには、感謝の言葉しか出なかった。

「あったなー。自分の長所と短所を話してくださいとか。だるいわ」

「一カ月くらい前に、友達からどう思われてますかって訊かれました」

「それは災難だったな。面接って今まで考えてもみないことまで訊かれるし、それが選考に関わってくるから、余計話しにくいよな。俺も苦手だったな~」

 やっぱり雅也さんでも、苦手なことなのか。少しだけ安心した。でも雅也さんは苦手なことでも克服したから、懐かしそうに笑えるのだろう。

「どうやって対策してますか?」

「面接は……、企業云々もそうだけど、自分のこと根掘り葉掘り聞かれる。自己分析とか他己分析やったほうがいいかもな」

 自己分析。聞き馴染みの薄い言葉を口にした時、雅也さんが違う方を向いてくれて心底よかったと思った。

「あっ、やっと出てきた」

 雅也さんは買い物を終えた佳穂さんを呼んだ。「雅也声でかい……」と零す佳穂さんの手には、紅い色のアイスバーが握られていて、声よりも寧ろそっちの方が気になった。

「まあまあ。可愛い後輩が就活で困ってるんだからさ、ちょっとは力になってあげてよ」

「後輩って健太郎?あんたも雅也と同じで、要領いいから就活もちょちょいとやりそうだけど」

「全然よくないですよ。グルディスはほとんどやったことないから不安ですし、面接だって雅也さんに相談してるとこなんですよ」

「なんか今の言い方、雅也っぽくて気持ち悪い……」

「佳穂ちゃんって、自己分析何使ってた?」

「あたしは就職支援アプリとかについてくる、自己分析ツール使った」

 スマホを取り出すと、ほら、と俺たちに見せる。俺でも知っている有名な就活アプリで、俺のスマホにもインストールされている。

「あとはESやコラムとかを多く載せてるのとか、企業の人事に質問できるやつ、あとは外資向けとか企業からオファー来るやつとか」

「そんなのもあるんですか?」

「うん。とりあえずLINEに全部URL送っといた」

「佳穂ちゃんやさし~」

「ウザい。あんたは何かないの?」

「俺はWordで自分史作れって先輩に言われたな。で、作ったら、過去の行動に対して『何故この行動をしたのかって』訊かれて、その理由をまた書いていく。そうすると、自分への理解度が深まって面接で話しやすくなる……らしい。あとはモチベーショングラフとか?」

「そんなのもあったね。とりあえずフォーマット送っとくよ」

「ありがとうございます」

 雅也さん達と話している間に、画面にはあれよあれよと送られてきた。こういう相談ができるのは、やっぱり先輩がいてこそだ。

「ちなみに、どういう業界にするか決めたの?」

「……まだ検討中です。色々見ないとわからないんで」

「色んな会社あるから、じっくり絞った方がいいよ」

 説明会を聞いてるだけではスーツを着た社員が働いている姿と、自分がその職場で働いている姿を重ねることが全くできなかった。オンラインは資料が見やすい分、雰囲気が伝わりにくいが、おそらくそれだけではない。志望動機を書くのに、さっとできたものなんて今までない。

「どういう業界や職種が向いてるかとか、そういうツールってないですかね?」

 ははっと笑いながら尋ねながら、俺は内心焦った。

「それはちゃんと自分で決めなくちゃ」

「雅也は適当に決めそうだけどね」

「考えて決めたわ!」

 信号機が青になり歩き出した二人を背に、俺はほっとする。最後の質問が、実はまったくふざけてなかったなんて思われないか心配だった。

 尻ポケットのスマホが鳴り、俺は二人と別れを告げて電話に出た。確認するまでもなく、相手は確認するまでもない。

「もしもし」

 できる限り優しい声で俺は応じた。

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