第29話 計画殺人
「これって栗橋亜土さんの時も、同じように記録が残っていたんですか」
「もちろんです。しかし、同じように事件の前後だけ、記録が曖昧になっていました。これもそうですけど、部屋にいた人数は解るものの、急に誰か不明な状態で記録されているんです」
聖明の質問に、吉田は資料の一部を抜き取って示した。そこには確かに、廊下に一というように、数字しか示されていない。その前を確認すると、ちゃんと名前が記載されていた。
「時間で不明になっている。この時間からこの時間までは人数しか示さない、みたいなシステムになっているわけではないんですか」
「ちょっと待ってください。中野君。二日前くらいの同時間の記録を呼び出してくれるか」
吉田はその可能性は低いはずだと言いつつも、中野に指示を出した。今までそんなことはないと、チェックしていなかったのだ。
「あっ、これ」
そしてなんと、二日前の記録も同じように、九時から数字しか記録されなくなっていた。それは朝の四時まで続いている。
「ということは」
「栗橋亜土さんの事件より前、どこから変化しているか解りますか。亜土さんの事件ももちろん深夜に起こっているんですよね」
「え、ええ」
まさかこんなことがと慌てる吉田だが、二回目の事件が起こったからこそ発覚したことだ。もし二回目がなければ、こうして出力されることがなく、単なるエラーとして処理されていたはずだ。
「やはり、犯人は人工知能に相当詳しいと考えていいんですね」
「でしょうね。学習過程を時間で変える。つまり、九時以降は人数だけを把握して動くようにするというのは、素人では無理だと思います。まったく別の人工知能を持ち込んだというならば、話は別でしょうが」
辻の確認に、吉田は認めるしかないと頷いた。これで自ずと、犯人はこの中にいるということになる。
「解りました。一か月前からです」
「え、そんなに前なのかい?」
しかし、中野が探し当てたものに、吉田も辻も、そして聖明も意外だという顔をするしかない。いや、犯人の計画性を示すものだと見るべきか。
「計画殺人でしょうな。脳を取り出すにしても、あれほど綺麗に腕を切り落とすにしても、どちらも思い付きで出来る行動ではないですし」
辻はそのくらい前から計画していたと考えれば筋が通ると言った。たしかにどれも思い付きの犯行だとは思えない。それも連続しているとなれば尚更だ。それにもし模倣犯ならば、亜土の時と同じように脳を取り出していたはずである。
「不気味ですね。一か月も前から考えていたってことでしょ。それも、栗橋先生とここで研究しながら、その計画を練っていたってことですよね」
それまで黙って成り行きを見ていた小川が、ぽつりとそう呟く。この中にいるということは、必然的にそうなるのだ。この計画を、犯人は亜土と研究しながら進めていた。
「ともかく、三人は署に来てください。詳しくお話を伺わなければならないようですので」
「その前にいいですか」
強引に進めようとした辻を、聖明が止めた。おかげで睨まれるが、少し知りたいだけだ。
「別に時間は掛かりません。昨日の夜と亜土さんの事件の時のデータのコピーをください。それだけです」
「こんな数字だけの資料でいいならば」
それならば問題ないと、辻はあっさりと許可した。そして吉田と中野に、出力してやってくれと頼む。
「では、これで。先生たちも、もう一日はこの屋敷に滞在してください。確認事項があると思いますので」
辻はそう言うと、スマホで田村に連絡した。そして次いで、本部のある県警にも連絡を入れた。しかし、それはすぐに不可能となる。屋敷中にけたたましい音が響いたためだ。
「これは」
「警報です。誰かが、許可していない窓から出入りしたようです。えっと、和室の一つです」
「一体誰だ?」
こんな時にと、辻は聖明に三人を監視するよう頼んで飛び出して行った。それを任されても困るんだがと思いつ、聖明はその場に残ることとなった。
「誰の部屋か、解りますか」
「入り口から三つ目ですね。えっと、先生のお連れの方の部屋です」
どちらもそんな不用意な行動はしないはずだがと、聖明は意外な答えを聞いた気分だ。だからすぐに、誤報ではないのかと質問する。
「それは、辻さんが帰って来ないと。データを記録している最中のものは、すぐに見ることが出来ないので」
モニタリングは無理ですと、吉田は謝った。それもまた、普段は監視を意識しないための工夫なのだ。
「そうですね。しかし、誤報だとすると、ここから皆さんが離れるのは危険となりませんか」
これも犯人の意図したとおりなのかと、聖明もさすがに疑っている。しかし、システムを動かせる人が全くいなくなる危険は存在するのだ。警報が鳴った時、システムに繋がるパソコンを触っていたのは中野だが、しかしプリントアウトを待っていただけだ。疑うならば、それ以前に触っていた二人にも疑いが向く。
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