第10話 吉田英行
「ここからは旅館みたいだな」
がらっと雰囲気が変わって高級旅館のようになり、さすがに聖明も下ばかり見ていられなくなった。これは変わっているなと、ようやく建物そのものに興味を示す。
「ここからずっと和室です。廊下の右手側が居間や客間として使う部分。左手側には雑用のための部屋や、水回りがあります」
手短に三浦が説明してくれた。そして三人をそれぞれ客室に案内する。どこも上がり框があり、やはり旅館を思わせるものだった。
「別荘とあって、誰かが泊まりに来ることを想定しているってことかな」
「ええ。旦那様は付き合いが広く、よく学者仲間の方をここに招いていましたから」
それはシステムが出来上がる前なのか後なのか。後で憲太に確認しておこうと、荷物を受け取った辰馬は思った。どうにもこの上品な三浦を相手にしていると緊張してしまう。
部屋は六畳で、中には床の間もあり、一層旅館を思わせる造りだ。窓際にはちょっとしたテーブルと椅子があり、庭を見ることが出来るようにしてある。近づいて覗いてみると、そこは先ほど車を停めた広場に近かった。人の出入りが確認できる。
「畳って苦手なんだよな」
しかし問題はこっちだ。日頃からベッドで寝ていて、家の作りは基本的にフローリング。そんな生活が子どもの頃からなので、畳で寝起きというのがどうも苦手だった。旅館に泊まると、必ず背中が痛くなる。辰馬は困ったなと思った。が、三日間頑張るしかない。和室にある低いテーブルというのも、普段から使っていないだけに苦手だ。一気に椅子が恋しくなる。
「そうだ。先生のところに行くか」
そして、何もないという事実も何だか辛くなる。一応、本やパソコンは持って来ているものの、来てすぐに開くというのも面倒だ。そこで、隣の部屋にいる聖明のところに早速出掛けることにする。
「それにしても」
廊下の床は綺麗に磨かれ、顔が映りそうなくらいだ。掃除はロボットがやっているのだろうか。それともあの三浦だろうか。何かと気になってくる。それに総ての行動を監視されているということだったが、今のところ気になるようなこともない。この、機械化されていることを感じさせないことも、亜土の研究の一つなのだろうか。
「おっ。お前も暇なのか」
そこに丁度良く聖明が顔を出した。こちらは早く家の中を見学したくて仕方ないという様子である。
「暇というか」
返事に困っていると、奥の部屋を使うことになった未来がやって来るのが見えた。こちらは聖明がそろそろ出てくると見越しての行動だ。その途中、話声に気づいて憲太も出てきた。
「皆さん、ゆっくりしなくて大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫。俺たちより君の方が休まないと駄目じゃないか」
そう訊く憲太の顔色が悪いので、聖明は休憩を勧める。しかし、そうなると誰が案内するのか。それに憲太も色々と確認したいことがある。
「大丈夫ですよ。あっ」
困っていると廊下を誰かが歩いてきた。三浦ではなく、そして刑事の辻でもなかった。五十代くらいの見知らぬ男性である。
「やあ。憲太君。三浦が知らせてくれてね。もしよかった俺が代わりに案内するよ」
「こちらは先ほど話した吉田さんです」
誰だとなる三人に向け、憲太がすぐに説明した。
「初めまして。情報工学をやってます、吉田英行です。本郷先生ですね。お噂はかねがね伺っています。非常に天才的な発想をされる。それはいずれ、人工知能の研究にも役立つのではと、私は思っているんですよ。今日から数日間、お世話になります」
「どうも。我々はただ見学させてもらうだけです。何の役にも立ちませんが」
握手を交わしながら、聖明は何も期待しないでくれと念を押す。
妙なことに巻き込まれたくない。それがありありと表れていた。
「いやいや。研究に関して今は無理ですが、ここに全く関係ない第三者がいるというのが肝心なんですよ。特に先生のような方がいてくれると、余計なことをする輩も出ないでしょうし」
しかし、吉田はそう簡単に逃がしてくれるタイプではなかった。にっこりと笑顔のまま押しが強い。
それだけでも、今、この家の中が普通の状況ではないことが理解できる。聖明はますます困惑し、そして憲太のことが心配になった。なるほど、辰馬に付いて来てくれとお願いするだけのことはある。
「そうですか。今から家の中を見学したいと思っていました。案内をお願いできますか。栗橋君はどうする」
「俺も行きます」
吉田が現れて安心とはいかない。それは憲太も同様に感じたことだ。だから疲れているものの同行することにした。
それにやはり、何がどうなっているのか。知っておく必要がある。吉田はそれに困惑したような顔をしたものの
「では、いきましょう」
そう言って先に歩き出した。
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