第7話 刑事の辻

「小さい頃は時計がなかったんです。たぶん、ここ数年の間に祖父が付けたんでしょうね」

「なるほど。あれも絡繰りの一部か」

 何に関係しているのかなと、聖明は建物が近づくにつれてワクワクし始める。まるでおもちゃを前にした子どもだ。

 山道を登り切って家の前の広場に着くと、すでに数台の車が停まっていた。弟子や親族が来ているということだったから、その人たちの物だろう。

 憲太が駐車場代わりになっている広場に車を停めようとしていると、横の車の窓が開いた。そしてそこから、少々いかつい顔つきの男が顔を出し、声を掛けてきた。

「おや。栗橋さん。あなたも来ていたんですね」

 憲太が窓を開けると、そう男が言っているのが聞こえた。

「ええ。父と叔母に呼ばれました。それに、吉田さんも来るというので」

 憲太はそう答えるが、顔には迷惑だなとはっきり書かれていた。だから一体誰だろうと、辰馬はより興味を持ってしまった。

「刑事さんですか」

 しかしその疑問は、聖明が訊ねたことで一気に解決した。

「え、ええ。そうです。T県警の辻といいます。あの、そちらは」

 どうして解ったのかと戸惑いつつも、男は車を降りると、警察手帳を示して名乗った。たしかにそこにはT県警捜査一課、辻範之と書かれていた。

「あ、こっちは大学の友人の市原君です。後ろは市原君のところの先生で、本郷先生。それと学生の平山さんです」

 憲太が手早く三人を紹介する。しかし、刑事としてはそれだけでは不十分だという顔になる。仕方がないので駐車は憲太に任せ、三人は先に車を降りると自己紹介をした。

「はあ。あの大学の准教授。へえ」

 そして自己紹介したことで、辻の表情は一気に和らいだ。こういう時、有名大学の先生、それも准教授であるというのは大きいらしい。先ほど刑事だと見抜かれたことも、さもありなん程度に済まされた。

「彼のお祖父さんの作った家が、最先端技術をふんだんに使ったものだと聞きまして。最近の物理学において、工学は切っても切れない縁ですからね。後学のために見学をさせてもらおうと、付いて来たんです」

 一体いつ考えたのか。

 そんなこと、微塵も言っていなかったし感じさせなかったはずの聖明は、辻に向けてそう説明した。

「そうですか。それはどうぞ。あの、先生は事件については」

「ああ。変わった事件があったと聞きました。あの栗橋亜土が亡くなるとは、日本の将来に大きな影響が出そうです」

 聖明はしみじみ言うが、ほんの数週間前までその名前すら知らなかった御仁だ。

 この人、実はかなりの嘘つきなのではと、辰馬は冷ややかな目を向けてしまう。

「そ、そうですね」

 そして詳しく聞かれない、あるいは興味ない態度に慣れていないらしい辻は、完全に飲まれてしまって頷くだけだった。

「一貫して詳しく聞かないよね。先生って」

「一回聞けば大体理解出来ているからでしょ。それに面倒臭がりなのよ。事件について何か意見を求められる、というのを避けているんでしょうね」

 さすが毎日、飽きもせずに聖明の研究室に入り浸っているだけのことはある。未来は聖明の思考をしっかり理解しているらしい。

「研究ではあんなに複雑な計算をしているのに」

「それはそれ。興味と優先順位はしっかりしていないとね」

 辰馬の呆れた声に、亜土の事件を解く義務なんて俺にはないからと、聖明は平然としている。

 たしかにそうだが、気にならないのか。

 少なくとも、今日から三日間。その事件のあった家に泊まるというのに。

 よく考えると気味の悪い話だ。

 そのまま玄関に歩いて行こうとすると、憲太が待ってくれと止めた。それに三人はまだ何かあるのかと止まる。

「入り口で顔の認証登録をしないと入れませんから」

「ああ。そう言えば」

 それはさっき聞いたなと、辰馬は思い出す。

 たしか三百人くらいまで登録できるのだったか。

「ええ。あと、そのシステムによって家の中の行動が総て記録されます。どこで何をしているか、全部記録されることになります」

「ほう。それは面白いな。それだけを記録するサーバーがどこかにあるのか」

「え、ええ。あの時計塔の部分と、祖父の書斎にあります」

 いや、今訊くのはそこじゃないでしょと、辰馬も未来も思った。

 ここまでずれているとなると、やはり変人だ。

 憲太も呆れた顔をしている。

「なるほど。つまり顔を覚えさせ、それで誰がやった行動かを認識している。これは今、監視カメラに搭載しようと動き出している技術だな。それを、栗橋亜土は独自に開発していた。ふむ」

 しかし三人の呆れている視線など物ともせず、視線は完全に屋敷に向いている。そして頭の中では、様々な知識が駆け巡っていることだろう。もしくは、家を見ながら新たな物理学の理論が生まれているかもしれない。

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