第91話


「君も大したことない。今までこの学院で何を学んできたのかな?」


「ぐ…」


また一人、ディンの前で卒業候補生が膝をついた。


これまでの生徒同様、帝国魔道士団のディンに赤子の手をひねるようにして仕留められてしまった。


「地力ではこっちの方が上なんだから、何か工夫しなよ。今までの生徒と僕の戦いを見て何も考えなかったのかな?」


「そ、それは…」


「魔法使いの対人戦では、相手を分析することが重要になる。その実力が君には全然備わってないね」


「…っ」


何も言い返せず、悔しげに歯を食いしばる卒業候補生。


「次」


ディンがもういいというように生徒を追い払い、次の生徒がディンの前に歩み出る。


「言い方はきついが……まぁ筋がいい生徒も何名かいるな」


これまでにすでに五十人言おうがディンと戦い、ほぼ全員が歯が立たずにディンに無力化された。


だが、これら全員が不合格ということはないだろう。


俺の見立てでは何名か筋のいい生徒もいて、彼らはおそらくこの試験をクリアとなるはずだ。


ディンが生徒たちに比べてあまりに強すぎるので側から見て違いがいまいち分かりづらいが、瞬間的にディンと善戦した生徒も数名いた。


繰り返すようだが、ディンに勝つもしくはいい勝負をすることがクリア条件ではない。


他の生徒とディンの戦いを冷静に分析し、工夫して戦えば実技試験を突破する確率はより上がるだろう。


「次。前に出て」


ディンがまた一人卒業候補生を倒し、次の生徒を催促する。


「「「「おぉおおお…!!」」」」


その生徒が前に出た時、周囲の生徒からはどよめきが上がった。


「よろしくお願いしますわ」


「ん…?」


ヴィクトリアだ。


緊張した面持ちでディンを睨みつけている。


ディンの目がスゥッと細まった。


「君は……これまでとは少し違いそうだね」


ディンが口元を歪める。


さすが、帝国魔道師団の魔法使いだけあって、実力を見抜く目は一級品だ。


ヴィクトリアの実力が、他の生徒とは全く異なっていることをディンは瞬時に理解したらしい。


「ゔぃ、ヴィクトリアなら…」


「行けるんじゃないか…?」


周囲の生徒も少し期待するような視線をヴィクトリアに向ける。


この五年間の学院生活で、ヴィクトリアやシスティの実力はすでに学院中に轟いている。


卒業候補生たちは、ヴィクトリアの抜きん出た実力をよく知っているため、もしかしたらディンに勝つかもしれないと期待しているようだった。


「ちょっと楽しみだ。さて、始めようか」


「よろしくお願いしますわ」


ヴィクトリアがお辞儀をし、それから腕を突き出して魔法の構えをとる。


「頑張れよ…ヴィクトリア」


俺は小さな声でヴィクトリアにエールを送った。



5分後。



「そんな…私が…嘘ですわ…」


そこには絶望的な表情でディンの前に膝をつくヴィクトリアがいた。


緊張しつつも、しかしディンの魔法の癖をこれまでの戦いでしっかり分析し、自分の最大限の実力を発揮して挑んだ。


そして負けた。


ヴィクトリアはこれまでにない敗北感を味わっているのか、膝をついて地面を見つめ今にも泣き出しそうだ。


「ヴィクトリアでもダメだったかぁ…」


「で、でも…善戦してなかったか…?」


「ああ…今までで1番押していたような…」


生徒たちはヴィクトリアの敗北を自分のことのように悔しがる。


事実、今までの勝負で1番善戦したのが間違いなくヴィクトリアだった。


ディンに勝つことはできなかったが、太刀打ちできなかったわけでもない。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


事実、ヴィクトリアを五分にわたって相手したディンの息は切れていた。


自分の想定以上の実力をヴィクトリアが発揮したために、少し驚いたような表情でひざまづいているヴィクトリアを見ている。


「負けてしまいましたわ…あぁ…何もかも終わりですわ…」


ヴィクトリアは敗北に打ちひしがれているが、少なくとも卒業試験には間違いなく合格だろう。


深呼吸を繰り返して落ち着いたディンが、ヴィクトリアの元まで歩く。


「ほら、立って」


「…?」


「君は素晴らしい魔法使いだ。正直言って驚かされたよ」


「…!!」


ディンの口から初めてでた、生徒を褒める言葉にヴィクトリアが大きく目を見開いた。


「十回勝負すれば一回ぐらいは僕が負けるかもしれない。それくらいの危険な戦いではあった。おめでとう。君は間違いなく合格だよ」


「あ、ありがとうございます…ですわ」


ヴィクトリアがディンの手をとって立ち上がった。


「マジか!!」


「合格宣言きた!!」


「やっぱりすごいぜヴィクトリアは!!」


パチパチパチと拍手が起きる。


その場にいた卒業生全員から祝福され、ヴィクトリアは照れ臭そうに下がっていったのだった。

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