第75話


「もう一度言ってみろ」


「ひぃ…!?」


エラトール領の端に展開するカラレス軍。


その際後衛にある参謀本部のテント内に、ガレス・カラレスの低い声が響く。


「失敗した…?貴様はそういったのか?」


顔を引き攣らせて後退りする参謀。


彼はたった今、ガレスに領民に扮して領内に潜入させた暗殺部隊が全滅し作戦が失敗したことを報告したばかりだった。


「も、申し訳ございません…!!つ、次こそは必ずや…」


参謀はすぐに膝をついて、へこへこと謝る。


だがガレス・カラレスの怒りがそれだけで収まることはなかった。


ガレスは静かに腰の剣を抜いた。


「顔を上げろ」


首を垂れる参謀にガレスは命令する。


「…?」


許された。


そう思って顔を上げた参謀は、自分の首筋に当てられた鋭い刃に体を硬直させる。


「が、ガレス様…?何を…?」


「役立たずは我が軍にいらん。死ね」


「お、助け」


言葉は最後まで続かなかった。


容赦なく剣を振ったガレス。


参謀の首はあっさりと切断され、地面に転がった。


「おい、片付けておけ」


「「「はっ」」」


背後に控えていた護衛の騎士に、ガレスは死体の処理を命令する。


「くそ…あぁ…くそくそくそ…!!」


そして苛立ちをぶつけるように何度も地団駄を踏んだ。


「どいつもこいつも役立たずばかりだ…!!」


侵攻がはじまってからすでに一週間以上が経過している。


初日に奇襲をかけて領土の一割を占領したはいいものの、それ以降カラレスの軍は燻っており、状況は少しも改善していない。


ガレス自身が一度前線に赴いて兵士の指揮を挙げようと試みたが、それも失敗した。


ガレス本人は気づいていないが、乱暴な性格のガレスに忠誠を誓っている騎士は実は少ない。


彼らがガレスの命令に従っているのは単に金払いがいいからだった。


ゆえに、エラトール軍に比べてカラレス側の士気は全体的に低いと言ってよかった。


「このままではただ疲弊していくばかりだ…くそ…何か策はないものか…」


早くエラトール領を攻め落とさなくては。


万一負けるようなことがあれば帝国中の笑い者だ。


この戦争を行うために、領民たちにも相当な負担をかけていく。


あと一週間もすれば、餓死者が出てもおかしくない。


戦争の長期化は、カラレス領とカラレス家を弱体化させる。


なんとしてでも早期にエラトール領を攻略しなければならない。


そんな堂々巡りの思考がガレスを支配する。


「馬鹿な男です。私ならもっとやるのに」


「ん…?」


1人の男が参謀本部に姿を現したのはそんな時だった。


「お前か」


ガレスはふんと鼻を鳴らす。


入ってきた男の名前はフロイト。


先ほど手打ちにした参謀の下で働いていた男だった。


「出番かと思い参上しました」


フロイトが首を垂れる。


ガレスは煩わしいというように手を振った。


「邪魔だ。俺には今、考えなければならないことがある」


「次の作戦ですか?」


フロイトが真っ直ぐにガレスを見つめながら訪ねた。


「…もしそうでしたら私に考えが」


「…」


ガレスはフロイトを見定めるようにじっと見つめる。


フロイトは臆することなくガレスを正面から見つめ返す。


しばらくして根負けしたガレスが目を逸らした。


「言ってみろ」


「はい」


フロイトはガレスの見えないところで一瞬だけニヤリとした笑みを落とし、それから自らの考えた作戦をフロイトに話す。


「領内の冒険者を動員しましょう。今いる騎士団に冒険者たちを加えて圧倒的な兵力でエラトール領を攻め落とすのです」


「冒険者の動員、だと…?」


「はい」


「はっ。馬鹿な」


大真面目なフロイトの案を、ガレスは鼻で笑う。


「あの荒くれ者たちが使い物になるはずないだろう。統率が取れるはずがない。第一、金と女にしか興味がない連中が戦争に身を投じるものか。動員しようものなら領地を出ていくだけだろうな」


冒険者。


それは主にダンジョンを攻略し、生計を立てる者たちのことだ。


カラレス家はその領地にダンジョンを一つ有しており、そこから得られる資源はカラレス家の重要な収入源の一つとなっている。


資源となるような鉱物や薬草をとりにいくのが帝国各地から集まる冒険者たちだ。


日々モンスターたちとしのぎを削る彼らの中には、騎士十人分に相当するような実力者もいたりする。


確かに動員し、統率できれば十分な戦力になるだろう。


しかし、そのほとんどが領民ではない冒険者たちがガレスの言うことを聞くとは思えなかった。


「何をいうかと思えば、冒険者の動員か。不可能だ。もう少しマシな案を期待したんだがな」


ガレスがため息をつく。


だが、フロイトは大真面目にガレスに語りかける。

「そこです。まさにそこですよガレス様」


「…?」


「冒険者たちは金と女に目がない連中です。逆に言えば、金さえ払えば命を平気でかけ台に乗せられる連中です」


「金で冒険者を雇えと…?一体いくらかかると思ってるんだ」


「何もカラレス家の財産を彼らに差し出す必要はない。差し出すのはエラトール家の財産でいいでしょう」


「…なるほど。それは一理あるな」


「エラトール家は、あの珍妙な挟み返しという遊びを思いつき、その特許を有しています。きっとそこから毎年相当の収入を得ているはず。カラレス領を占領すれば、特許も財産も我々のものです」


「…続けろ」


ガレスは今や真剣な表情になってフロイトの話に耳を傾けていた。


「女に関しても、別に我が領地の女でなくて何の問題もないです。エラトール領を占領した暁には、エラトールの領民の女を、冒険者たちに褒美として与えましょう。これでどうです?」


「…くくく」


ガレスがくつくつと笑った。


それからフロイトの肩をバシバシと叩く。


「まさかお前のような天才が我が軍にいたとはな」


「そんな、恐れ多い」


謙遜するフロイトだが、その口元には作戦通りと言わんばかりの笑みが浮かんでいる。


新たな打開策を得てすっかり機嫌を取り戻したガレスは、フロイトの肩を組みながら言った。


「お前を新しい参謀に任命する。早速作戦に取り掛かれ。高い金とエラトール領の女で冒険者たちを釣ってこの戦争に引き摺り込むんだ」


「ああ…我が主よ。感謝します。必ずや作戦を完遂して、エラトール領を攻め落として見せますよ」


「くく…期待しているぞ」


2人は顔を見合わせてニヤリと笑ったのだった。











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