第38話


「それじゃあ、行ってらっしゃいアリウスちゃん」


「行ってきますお母様」


「すまないな、アリウス…私の家の都合で…負担をかけてしまって」


「いえ…お父様。外の世界を知るいい機会ですから…自分で決めたことですし」


それから五日後。


帝都に向けて出発する日がやってきた。


朝、俺は屋敷の玄関で、アイギスとシルヴィアに別れを告げる。


エレナとイリスはまだ起き出してきていない。


最後に二人に会うと俺自身の気持ちが揺らいでしまうため、別れを告げずにおくつもりだった。


次に休暇で帰ってきた時にちゃんと謝ろう。


「ちゃんと準備は出来ましたか?忘れ物はありませんか?」


「大丈夫です、お母様」


「気をつけてね…アリウスちゃんなら大抵のことがあっても大丈夫だと思いますけど…油断は禁物ですよ」


「ええ。わかっています」


「じゃあ、行ってらっしゃい」


「はい」


シルヴィアが目尻に涙を溜めながら、俺に別れを告げる。


俺も思わずもらい泣きをしそうになりながら、なんとか思いを断ち切って背を向けて歩き出す。


「ルーシェ…息子を頼んだぞ。アリウスは抜けているところがあるから…お前がそばについていてくれ」


「承知しました旦那様。アリウス様のことはお任せください」


背中から、アイギスのそんな声がかかる。


俺と一緒に帝都に旅立つことになったルーシェが、振り返ってペコリと一礼した。


普段から俺の身の回りの世話をしているルーシェは……本人が懇願したこともあり、俺と共に帝都で生活をすることになったのだった。


「「「行ってらっしゃいませ、アリウス様。おかえりをお待ちしております」」」


使用人たちが、いつぞやのように一斉にそんなことを言って俺を見送ってくれる。


「…っ」


俺は目尻の涙を拭ってから、前を向いてその場を後にした。




「よかったのですか?」


ゴトゴトと草原地帯を馬車が進んでいる。


俺が通り過ぎていく領地の景色をぼんやりと眺めていると、ルーシェが聞いてきた。


「何がだ?」


「エレナさんとイリス様に別れを告げなかったことです」


「いいんだ…あの二人に泣きつかれたら俺、多分帝都に向かえなくなっていたから」


「そうですか…だとしたらせめて思いは伝えておくべきでは?」


「…?」


「好きだったんですよね?エレナさんのこと」


「はぁ!?」


突然そんなことを言い出したルーシェに、俺は大きな声を出してしまう。


不審に思った御者が、くるりとこちらを振り向いた。


「ななな、なんのことだ…!?」


「ごまかしても無駄ですよ。それくらいわかります。アリウス様は隠すのが下手ですし」


「…」


どうやらルーシェには、俺がエレナのことを好きであることがバレていたようだった。


もはや隠し通すことは不可能とわかった俺は、気持ちを誤魔化すのを諦める。


「な、なんでわかった…?」


「わかりますよ。だって、いつもアリウス様を見ていましたから」


「…そうか」


「ショックでしたよ。アリウス様に好きな人がいるなんて」


「う…」


「でも、諦める気はありません。最終的には…私を選んでもらいますからね?」


全然落ち込んだ様子のないルーシェが俺の腕にしがみついてくる。


「…お前の強さには時々感心させられるよ」


「ふふっ…まぁ、選んでもらわなくても、使用人としてそばに置いてもらえるだけで十分幸せなのですが」


そういってルーシェが楽しげに笑う。


ルーシェの明るい笑顔に感化されて、こっちの気分も少し上向きになってきた。


ルーシェの底抜けの明るさには、救われることが多い。


「ルーシェ」


「はい?なんでしょう?」


「これからもよろしくな。お前が帝都までついてきてくれて嬉しいよ」


「…!」


ルーシェが一瞬目を大きく見開いた後、花が咲いたように笑った。


「はい…!!」




御者に尋ねたところ、帝都までは五日の旅になるらしい。


初日でエラトール家の領地を抜けた俺たちは、二日目から他領を馬車で進んでいった。


「わぁ…」


「おぉ…」


田舎のエラトール家と違って、より帝都に近い他領は栄えていて人も多かった。


初めてみる光景に、俺もルーシェもすっかり見入ってしまう。


そんな俺たちを御者は苦笑いして見つめていた。


五日の旅路の間にはハプニングもあった。


「だ、だから護衛をつけるべきだっていったんだぁあああああ!!!」


悲鳴をあげる御者。


ヒヒーンと馬がいなないて馬車が停止する。


『ウゴォオオオオオ!!』


『ギィギィ!!』


『グルルルルルルルル!!』


『オガァアアアアア!!』


馬車を取り囲むのは、たくさんのモンスター。


運の悪いことに、森の中を進んでいる最中に俺たちはモンスターの群れに囲まれてしまったのだ。


「あ、あんたたちが護衛はいらないとか言うせいで…こんなことに…!も、もうおしまいだぁああああああ!!」


御者が悲鳴のような声をあげて、こちらに恨むような視線を向けてくる。


普通こういう旅馬車には護衛として数人の戦闘職が同行するのが普通だ。


だが、俺とルーシェが乗った時点でこの馬車には護衛が一人もいなかった。


おそらくこの馬車を手配したアイギスが最初から護衛を断ったのだろう。


「どうしてくれるんだ!?くそっ。死にたくない!!こんなところで死にたくないっ!!」


頭を抱える御者に、冷静なルーシェが声をかける。


「大丈夫ですよ。あなたがここで死ぬことはありません」


「へ…?」


顔を上げた御者に、ルーシェがにっこりと笑った。


「モンスターは、我が主、アリウス様が蹴散らしますから」


「…?」


御者がポカンとする中。


「さて、やるか…」


俺は腕をぐるぐると回しながら馬車を降りて、周囲を取り囲むモンスターへと向かっていったのだった。







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