第201話 俺の背中を見ろ

 5000m決勝のレース前、競技場に入った俺は履いていたランニングシューズを長距離用のスパイクに履き替えトラックに入る。

 既に競技場内には数人の出場者がトラックの近くに立っており、体を冷やさないように屈伸等をして体を温めていた。



「俊介、気合は入っているようだな」


「あぁ。もちろんだ」



 今回の決勝レースでは慶治と隣り合わせで走ることになっている。

 司は一昨日とは違い、俺達とは少し離れた位置でのスタートすることになっていた。



「驚いたな」


「何が?」


「俊介の顔つきが午前中とは全然違う」


「そうか? 別にいつもと変わってないよ」


「いいや、違うな。見る人が見れば俺と同じ感想を言うと思うぞ」


「具体的に午前中の俺と今の俺でどの辺りが違うんだ?」


「午前中は終始不安そうな表情をしていたけど、アップから戻って来た時には戦う顔になっていた。たぶんアップ中に何かあったんだろうな」



 その言葉を聞いて、俺には心当たりがあった。

 もしかしたら結衣から送られて来たスマホの動画を見た時、司と対決する覚悟が決まったのかもしれない。



「その様子だと何か心当たりがあるようだな」


「まぁ、ちょっとな」



 あの時結衣から送られて来た動画を見たからこそ、俺のメンタルが持ち直したようだ。

 そうだとしたら結衣には感謝しないといけない。あれだけ色々がいる人が出る動画、素材を集めるのも大変だったはずだ。



「それにしても、お前のライバルは全く話しかけてこないな」


「たぶんあいつも集中しているんだろう。予選の時と全く顔が違う」



 司の方を見ると緊張した面持ちで、前だけを向いていた。

 あの表情は先程サブトラックで笑っていた時とは全く違う。勝負師の顔をしている。



「俊介」


「何だよ?」


「悪いけど今回のレースは負けないぞ。俺だってずっと5000mを走って来たプライドがあるからな」


「悪いが俺だって絶対に勝つぞ。この試合絶対勝つって、みんなと約束したんだから」



 俺の事を応援してくれているのは結衣だけじゃない。今まで俺と関わってくれた様々に人達が応援してくれているんだ。

 あれだけの応援メッセージをもらっておいて、負けるなんて絶対に許されない。

 それが司だろうが慶治だろうが関係ない。このレースだけは何としても絶対に勝つ。



「いい顔をしているな」


「ありがとう。褒めてくれて」


「せっかくだから俺も俊介に1つだけアドバイスを送ろう」


「アドバイス? 何だよ、それ?」


「もし苦しくて集団から離れそうになったら、俺の背中を見ろ。俺が水島の所まで連れてってやる」


「慶治」



 どうやら慶治も司を倒すのに協力してくれるらしい。

 彼らしくない発言に俺も驚いてしまった。



「ただ1つだけ頼みがある」


「何だ?」


「水島を抜かしてからも、ずっと俺の背中を見ていてくれ。出来れば1回も前に出ない方がいいな」


「それだと俺が優勝できないだろう。悪いけどその提案は却下だ」



 前言撤回。どうやら慶治自身も司に勝つつもりらしい。

 その流れで自分の背中に着いて来れば、必然的に司に勝てると彼は言いたいのだろう。  

 自信家である慶治らしい発言だ。



「さて無駄話はこのぐらいにして‥‥‥」


「無駄話って自覚はあったんだな」


「余計な事は口にしなくていい。それよりもそろそろレースが始まるはずだ。俺達も走る準備をしよう」


「そうだな」



 慶治と2人で軽口を叩きながらスタートラインに立ち、それから俺達は2人でピストル音が鳴るのを黙って待つのだった。


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