第59話 怒りのヒロイン
「かっ、茅野!?」
「茅野さん!? いきなりなんなの!! ウチ達の邪魔をしないでよ!!」
「別に私は2人の喧嘩の邪魔をする為にここに来たわけじゃないよ」
「だったら‥‥‥」
「だけど喧嘩をするならせめて調理室の外でして!! こんな所で喧嘩をすると、みんなの迷惑になる!!」
大きな声ではっきりと意見を主張する茅野。珍しく大きな声で叫ぶ茅野に対して、みんな驚いている。
「(茅野がこんなに大きな声を出す時は、大抵怒っている時だな)」
この光景は中学時代に何度か見たことがある。だけど高校に入って怒っている茅野を見たのはこれが初めてだ。
「(それだけ茅野もこの状況に腹を据えかねたのだろう)」
たぶん彼女は俺の想像以上に怒っているはずだ。出なければあんな大声で叫ばないだろう。
「茅野さん‥‥‥」
「結衣先輩‥‥‥」
久遠と星乃も茅野の事を見て戸惑っている。
2人がそう思うのも無理はない。いつも滅多に怒らない茅野がここまで怒っているんだ。戸惑ってしまうのも無理はないだろう。
「(これは駄目だな。俺が仲介しないと、永遠に終わりそうにない)」
普段は温厚でぼーっとしているあの茅野ですら怒っているのだ。久遠と星乃の喧嘩を何とかして収めないと、ここにいる全員が悲しむ結末になってしまう。
それに茅野が言っていることは至極当然の事だ。何1つ間違ってない。
「久遠」
「何よ、風見!!」
「少し頭を冷やして、周りを見て見ろよ」
「周り?」
久遠が首を左右に振り周りを見る。そこで久遠に対して冷ややかな視線を向ける料理部の部員達を見て、久遠もやっと気づいたようだ。
「ここにいる料理部の子達は2人の喧嘩のせいで迷惑しているんだ。茅野だけじゃなくてみんな怒ってる」
「そんなこと‥‥‥」
「そんなことあるだろう。久遠がこれ以上ここで騒ぐと、騒ぎを聞きつけた先生が来るかもしれない。だからここは大人しく謝っておいたほうがいい」
久遠なりに怒る理由があるのはわかるけど、部活中に怒鳴り込むのはやり過ぎである。
それは今まで築いてきた久遠の評判にも傷をつけてしまう行為なので、ここは素直に謝った方がいい。
「わかったわよ。風見の言う通りにする」
「ありがとうな」
「べっ、別にお礼を言われることじゃないから。ウチが悪いと思ったから謝るだけなんだからね」
素直じゃない言い方だが、久遠らしいともいえる。
そして茅野や星乃。その他の料理部員の顔を見て頭を下げた。
「ぶっ、部活中に迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」
「俺の連れが悪い。すぐ連れて帰るから、今回の事は大目に見てほしい」
そう言って俺も久遠の隣で頭を下げた。
「何で風見君が謝るの? 風見君は何も悪いことをしてないんだから、そんな風に頭を下げないでよ」
「いや、そもそも俺がこの場所を久遠に伝えた事が間違っていた。久遠が必死に葉月の事を探していることをわかっていたのに、調理室にいると話した俺の責任でもある」
そもそも俺が葉月の事を体育館に黙って連れ帰っていれば、こんなことにはなっていなかっただろう。
この場所を久遠に教えたことと言い、一概に久遠だけが悪いというわけではない。
「風見君‥‥‥」
「風見先輩にそんな頭を下げられたら、あたし達は何も言えません。頭をあげてください」
「悪かったな。許してくれてありがとう」
一言お礼を言って、久遠と共に顔を上げた。
久遠も表情が曇っている。どうやら自分のしたことを反省してくれたようだ。
「うんうん。俊介も千夏も反省しているようだし、これで一件落着だね」
「お前も少しは反省しろ!!」
「痛っ!? 何で俊介は僕の事を殴るの!? そんなに強く殴ることはないじゃないか!!」
「誰のせいだと思ってるんだよ!! この野郎!!」
元はといえば全ては葉月が久遠との約束を破り、体育館から脱走したことが原因である。
こいつさえいなければ、こんなことになっていなかったのに。これでは久遠が可哀想だ。
「そしたら俺達は帰るからな。葉月、久遠、行くぞ」
「えぇ!? 僕も一緒に行くの!?」
「当たり前だろう!! そもそもお前が体育館から逃げ出さなければ、こんなことになってなかったんだから!! 早く戻るぞ!!」
逃げようとする葉月の首根っこを掴んで逃げられないように拘束する。
そのまま引きずるようにして調理室の外へと運ぼうとした。
「ちょっと待ってよ、俊介!? 僕まだ茅野さんのご飯を食べてないよ!?」
「うるさい!! お前はこれから体育館に戻ってバレー部の練習を手伝うんだよ!!」
「そんな~~」
「あ~~もう面倒くさい!! こんな事になるのなら、親衛隊の邪魔をするんじゃなかった」
そうすれば誰もがこんなに迷惑する事態にはなってなかったのに。
つくづく葉月の奴が恨めしい。あいつさえいなければ、こんなややこしい事にはなっていなかったはずだ。
「風見君、待って!!」
そう言って調理室を出て行こうとする俺達の事を引き留めたのは茅野だった。
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