第22話 風見俊介のいい訳

「風見君はなんで私達と一緒に帰れないの?」


「この後部活があるからです。今日は全体練習があって休めないので、3人で帰って下さい」



 紺野先輩が目を見開いて驚いている。いつもクールな彼女がこんな表情をするのは珍しい。



「どうして貴方は今までその事を言わなかったのよ!!」


「何度も言おうとしましたけど、言うタイミングがなかったんですよ」



 途中から茅野まで会話に入って来たので、どうしても言い出すタイミングがなかった。

 だから3人には申し訳ないけど、このタイミングでの発表になってしまったのである。



「えっ!? 本当に風見君は私達と一緒に帰らないの!?」


「まぁな。だから茅野、俺は手伝えないけど1人で頑張ってくれ」



 紺野先輩だけでなく、茅野まで驚いた表情をして固まっていた。

 こちらもまた珍しい表情をしていて、口を開けたまま固まっている。



「(こんな姿をしている茅野なんて、中学時代を通して今まで1度も見たことがない)」



 それぐらい珍しい表情を茅野はしていた。



「風見君、それはさすがに可哀想よ」


「えっ!?」


「やっていることが葉月君と同じよ。貴方も少し反省した方がいいわ」


「何故!?」



 しまいには紺野先輩が盛大なため息をつく。

 そのため息はクラス全体に聞こえる程大きかった。



「葉月と同じことをしたと言われても。俺、何か悪い事をしましたか?」


「そうね。何もしてないわ。貴方は悪くない。ちゃんと予定を確認していない私が全て悪いの」


「はぁ?」


「とにかく貴方は早く部活に行きなさい。さすがに練習をサボるのはまずいわ」


「はい、申し訳ありません」



 紺野先輩は露骨に残念そうな表情をして、早く部活に行くように促してくれる。

 無理やり拘束せずに俺を解放してくれるのは嬉しいけど、俺には1つだけわからないことがある。



「(紺野先輩は葉月の事を狙っているはずだから、俺が一緒に帰らないこの状況は好都合なはずなのに、何でそんなに落胆しているのだろう)」



 さっきの様子からして、紺野先輩は俺の事を邪魔者だと思っていたはずだ。

 それなのにも関わらず、こんなに落胆するのは意味がわからない。



「(まっ、いいか。紺野先輩は手強い相手だけどがんばれよ。茅野)」



 残念ながら俺は側で応援することは出来ないけど、せっかくの機会なので茅野にはぜひとも頑張ってほしい。

 心の中で茅野にエールを送り、俺は教科書が入った鞄と練習着が入っているスポーツバッグを手に持った。



「あ~~あ。なんだか白けちゃったわ」


「えっ!?」


「そしたら私も帰ろうかしら。1人で」


「あれ、紺野先輩? 茅野や葉月と一緒に帰るんじゃないですか?」


「そんなことを言っても、肝心の葉月君がいなきゃ一緒に帰ってもしょうがないでしょう」


「はぁ!? あいつはこの短時間の内にどこをほっつき歩いているんだよ!!」



 せっかく紺野先輩達と帰れるのにあいつは何をしているんだ!!

 教室内を見渡しても一向に葉月の姿は見当たらない。



「もしかして風見君は葉月君の事を探しているの?」


「はい。そうです」


「私の予想だけど、たぶんあそこにいるのが葉月君じゃないかしら?」


「あそこ? ‥‥‥なるほどな。そういうことか」



 紺野先輩の指さす方向。そこには葉月と似た体型の男子生徒がいた。

 俺が葉月と似たという表現をしたのにはそれ相応の理由がある。

 それは男子生徒の今の姿を見てもらえればわかるはずだ。



「見覚えのある男子生徒が親衛隊の連中に担がれてますけど、上履きの裏しか見えないので誰かわかりませんね」


「十中八九葉月君だと思うけどね。全く、みんな嫉妬深くて困っちゃうわ」


「そう思うなら止めればいいのに」


「彼らに私が意中の男の子とイチャつきたいからその子を解放しろと言って、素直にいう事を聞くと思う?」


「絶対にないですね」



 むしろ逆上して余計葉月へのお仕置きが酷くなる可能性まである。



「一応聞いて見るけど、この後葉月君はどうなると思う?」


「昼休みは花壇の所に捨てられていたので、放課後は池にでも捨てられてるんじゃないですか?」


「その心は?」


「グラウンドはサッカー部や野球部が使っていますし、花壇の方は下校中の生徒がよく通ります。だから他の生徒に支障がでないように、池に行って捨てるのが合理的かと」



 あんなことをしでかす連中だが、元々は普通の高校生であり(たぶん)常識人(のはず)である。

 親衛隊あいつ等のことだから、出来るだけ人様に迷惑をかけないように葉月を処理するはずだ。



「(だからどんな酷いことをしたとしても体を縄で縛って口をガムテープで塞いだ後、池の近くの草むらに葉月を捨てるだけだろうな)」



 いくら親衛隊の連中でも池の中に捨てることはしないはずだ。

 やったとしても数日分の食料と水を積み込んだスワンボートにのせて、沖に流すぐらいだろう。



「なるほどね。貴方の意見はわかったわ」


「葉月を助けに行くんですか?」


「やめとくわ。私が助けに行った所で、逆効果になりそうだから」


「それが賢明ですね。たまにはあいつに天罰を下しましょう」



 今まで様々なタイプの女性からちやほやされてきたのだから、たまにはこういう日があってもいいと思う。

 正直今のあいつの姿を見ても俺に罪悪感は一切ない。



「おっと、そろそろ時間だ」


「風見君はもう行くの?」


「はい。急がないと遅刻をしてしまうので。また」



 今日はいつもの個人練習とは違いチーム全員で練習をする日なので、絶対に遅刻するわけには行かない。

 時間的にも準備体操等のウォーミングアップをして間に合うかどうか、ギリギリのラインである。



「風見君!!」


「茅野、今日は一緒に帰れなくてごめん。また明日な」


「うん、また明日。学校でね」



 茅野に挨拶をして、俺は教室を出る。

 教室を出るまでの間、笑顔で控えめに手を振る茅野がとても印象的だった。



「茅野さん」


「何ですか?」


「ちょっと貴方に聞きたいことがあるから、一緒に帰りましょう」


「わかりました」



 俺が出て行った教室で紺野先輩と茅野が何か話していたみたいだけど、部活を急ぐ俺には話の内容がよく聞こえなかった。

 ちなみにこの後アップをする為池の近くをを走っていると、亀甲縛りをされた男子生徒がスワンボート乗り場の近くに捨てられていたのはまた別の話である。

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