第48話 ドルイドの森で兄妹喧嘩

冷たい風が吹き始めてから

すっかり出不精になった私を兄が連れ出した。


ムーアの先の太古の森。

黒々とした木立の中をゆるゆると行く。


苔むした岩や曲がりくねった枝、

空さえも覆い隠されて

まるでドームのようなその中では

一雫の水滴も鼓膜を震わす。


そこかしこ、びっしりとその肌を

様々な命で纏った古代樹たちは

背中の曲がったドルイドにしか見えない。


どこらともなく流れてきた霧に

冷たい手で頬を撫でられて

思わず兄の腕にすがりつく。

私を覗き込んだ兄が喉の奥で笑った。


黒い犬が出そうだわ。

大丈夫、真昼間だ。

それに純真無垢な幼子しか攫わない。


そんな話聞いたことがない。

私は目を細めて兄を睨んだ。


犬だけじゃない。

夏が終わってしまって

不機嫌な妖精たちもきっとたくさんいるわ。


私は兄の胸を軽く押して走り出す。

振り返って盛大に頬を膨らませた。

子供染みていると笑われるだろうか。


しかし相手が兄となるといつだってこうだ。

悔しいのに嬉しさがそれを上回り、

私は観念して呟いた。


でも。

ずるがしこくて嫌な女になったとしても

攫われないならそれでいいわ。

ここにいれるならそれでいい。


兄は大きく空色の目を見開いた。


そうだね、お前も僕も

鼻持ちならない大人になれてよかったよ。


それから行ってしまった柔らかな秋の

陽だまりみたいに微笑んだ。


でも。

僕の妹は可愛いから間違われては大変だ。

きまぐれな妖精に攫われるなんてまっぴらごめんだよ。

だからこうしておこう。


架空の森ももう、あの頃とは違う。

大切な温もりに包まれて

何一つ怖いものはなかった。

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