5時限目 知ったことかと手を振り切って

 「カミドー先生の手伝い断ったんだって?」


 昼食を終えた僕―――氷室零は、隣に歩く雷斗に話しかけられた。

 今はグループで行動しているが、残りの面々はあちこちを見て眼を輝かせている。

 僕は仕方なく雷斗の質問に応えた。


「―――あぁ。というかあの人の苗字シンドーじゃなかったか? あれ? ジンドーだっけ」

「どれでも良いけどさ。卯月さんとは何か進展あったのか?」

「…………」

「珍しくレーが頼みごとがあるからって言ったから先生にも相談したのに」

「それじゃ責任転嫁だろ」

「あ」


 雷斗は「くっそぅ……これじゃ凪さんと同じ……」とぶつくさ呟きがながら歩いていると、不意に「あっ」と大きな声を上げる。

 前方を見ると、ちょうど話の渦中(?)に居たジンドー先生が眼の前に現れた。ちょっと後方に僕らとは年上そうな、だが身長は高校生の典型そうな女性が立っている。


「あ、先生」

「零か、ちょうどいい。ちょっと来い」

「えぇぇ……嫌と言ったら」

「無理矢理持ってく」


 何この先生怖……。と、言うが早いが雷斗は僕を前に出し、彼のもとへ背中を押した。

 思いがけない行動に集団が驚くが……一番に状況が掴めていないのは僕自身だ。


「ちょっ雷斗。裏切るのか!?」

「残念だったな。オレはもとよりカミドー先生の味方だ! ってことで頼みましたっす! 先生!」

「サンキュー雷斗。んじゃ悪いな、コイツは預かるから、後は自由にしてていいぞ〜」

「了解っす!」



 首の襟を捕まれ、逃げるに逃げられない状況。

 グループの皆は唖然とした表情をしていたが、雷斗の「行こうぜ〜」という言葉に引っ張られ、そそくさと退散。僕は後で彼等に拳骨一発入れることを決意した。


 そして先程の女性の場所へ戻ると何やら説明をし、(声は聞きとりづらくて分からないが)不満そうな表情だけは見て取れた。腕を組んで半眼を向けているよう。

 渋々といった形で何らかの承諾を得たのか、僕は更に別の場所へ連れてかれた。後ろに取り残される女性は依然ムスッとした表情を作って先生の背中を物惜しげに見つめていた。


「せ、先生! ギブですから!」

「……本当か?」

「さっきは逃げて悪かったですよ……」

「謝罪は良いが、────卯月と接触はあったのか?」

「っっ…………」


 その沈黙に呆れたのか、歩を止めて人気のない廊下の最奥に着いた。先生の表情を見ると未だに渋面を作っている。

 だが、それは一転するととても楽しそうに、都合良さげに、次なる言葉の前置きと言わんばかりの口端の上げようを見せていた。


「お前には、これからゲームをしてもらう」



 ◇◇◇



「はぁ……やっぱり暇ね」


 彼が男子生徒一人を連行していった後。

 てっきり補欠要員と聞いていたからゆっくり二人きりで観光できたりするかと思ったけれど……多少なりと仕事があるのは当然か。


 食事スペースだけでなく、限定の土産物も売っていたりするらしいこの区画は、昼食を終えた生徒たちがわんさかしていた。


「病院の社員たちにでも何か買っていこうかしら……」


 一人でハワイに来ている人はもの珍しいのか、生徒からも観光客からもそこはかとなく視線が集まっている。

 そういえば、この区画にも卯月さんはいるのだろうか。だとしたならば少し暇を潰す用での話くらいしたいものだ。


「どうしたものかしら……」


 お土産の売っている店に入り、店内のモノを物色する。

 呆然と一人で歩いているのがそんなに不思議なのか、はたまた私の格好に何かしらの特異点があるのか、皆やはりこちらを向いていた。


 私は卯月さんを探しながらも歩いていると、ふと、誰かから呼び止められた。


『お姉さん綺麗だねェ』

『荷物重くなイ? 俺持つゼ?』

「─────(質の悪い……)」


 こういった人種には少なからず出会った経験はあるが……力付くで言うことを聞かせる人物じゃなければそう面倒にはならない。

 だが……こういうのはやはり面倒になるモノだ。

 腕を掴まれ、視界に入る日焼けた肌に嫌気が差す。

 振りほどこうとするも、それは無為に終わった。


「っっ……」

『ねぇねェ? ちょっとだけでいいからさァ?』

『良いとこ知ってるしィ?』

「あの、面倒だから────」

「止めて頂きたいな」


 色黒の手に、更に白い肌がしっぺの形で置かれる。

 不意に現れた突然の女声に、思わずびっくりしてしまう。

 男性達はその気迫に気圧されたのか、何も言わずに逃げていった。


「大丈夫かい? すまないね。こちらからもフォローできていれば話が早かったけれど」

「いえ……ありがとうございます」


 紺色のスーツに縁の太い眼鏡。年は二十代後半だろうか、大人っぽさが見て取れる格好のいい女性がいた。


「水瀬葵───校長」

「校長は不要さ。何せ君と僕は同じ部下を持つもの同士。心労は分かる。同じ女同士、堅いことはよしとしよう」

「……っ。水瀬、さん……」

「ま、意中の人物への行動は、僕としても見てて気分が良いよ♪ 構わず進んでくれたまえ」

「っっっ!!?!?」


 微笑混じりに言われたその発言に、気が動転してしまう。

 つばで顔を隠すも、彼女はニマリと笑っている。


「み、水瀬さんは、今は生徒と同じように買い物を?」

「う~ん……そうだね。ちょっと友人から頼まれたモノも買わないといけないし」

「友人、ですか……」


 ふと我に返り、友人に近しい人物を想起する。

 特に接点のある人物なんて、私のことを『姐さん』などと呼ぶ千鳥か、彼か……。

 そう考えてみると、私の交友関係が薄いことに気付く。


「彼は……生徒から人気なんですか?」

「さてねぇ。まぁあのルックスで有名さからは、いてもおかしくはないんじゃないかな? 彼がその子らを対象として見るかは別だけれどね」

「むぅ……」


 やはり少なからずいるようだ。女子生徒といえど様々だが……彼は一線を越えるとは思えない。暫くは大丈夫だろう。とはいえ、いつまでも安心してはおけないし……。


「ふふっ。君は見ていてとても面白いよ」

「なっ……!?」

「あぁ、すまないすまない。忘れてくれ。

 ─────他に何か、聞きたいことはあるかな?」

「他は……─────」


 っそうだ。彼女────卯月さんはどうしているだろうか。彼女のことも少し聞いておきたい。


「卯月咲夜さんって、知ってますか?」



 ◆◆◆




「ゲーム?」

「あぁ、ゲームだ」


 不思議な顔をしつつ、意図の読めないといった表情でこちらに疑問符を飛ばしている零。

 俺は携帯を取り出させると、とあるゲームを選択させた。


「お前は俺の手なしじゃ成功しない」

「─────何を根拠に」

「この現状さ」


 元より、本当に成功させたいのなら同じグループに入って会話ぐらいしているだろう。それを当人が生半可に終えたいと言うのなら話は別だが────そんなハズはない。

 渋面で首肯する零は、瞳を閉じて承諾した。


「で、これさ」

「これって……」

「あぁ、これはな恋愛ゲームさ。

 ただしそこらの選択式のゲームじゃない。自分で記述して高性能AIが返答をする最新鋭のゲームだ。その上、音声認証すら可能としている。んで、決め手はこれだ」


 そう淡々と説明し終えて、あるものを投げ渡す。零は唸ると、その物の意味を理解した。


「マイクと……インカム」

「そう。これで俺が全部指示しながらゲームを進めてくれ。そしてそれは何も、

「っっ! それって」

「あぁ、最初から言ってるだろう」


 彼の頬に垂れる汗を見て、口端を上げた。

 ニヤケた口調で今後に嗤う。それはなんとも出来心と好奇心で出来たのか。面白いことこの上なかった。


「さぁ、授業の時間といこうか」


 口に馴染むそのセリフを切って、ようやく幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る