第6話「あたしは宿屋で寝るときはいつもこの姿だ」
翌日、ララはイールがもぞもぞと身体を動かす音で目を覚ます。
窓から差し込む光はまだ乏しく、太陽はてっぺんすら見せていない。
「ふぁ……。おはよう、イール」
「ん、おはよう」
上半身を起こし、ララはぐぐっと身体を伸ばす。
凝り固まった筋がほぐれ、次第に意識が覚醒する。
たどたどしい足取りでベッドから降り、軽く柔軟運動をした。
「ふぅ、よく寝た」
冷凍睡眠をカウントしなければ、彼女は久しぶりに深い眠りについていた。
体力はもちろんのこと、精神の疲労も綺麗さっぱり消え去っている。
彼女が両手を上げて深呼吸をしていると、イールのシーツががばりと持ち上がる。
「ああ、やっぱりベッドはよく休める」
「へー、やっぱり傭兵だと野宿とかも……きゃぁああああああっ!?」
清々しい声で起き上がるイールに話しかけながら振り返ったララは、思わず悲鳴を上げる。
宿全体を揺らすかのような声が響く。
「なんだ!?」
悲鳴を上げられたイールは困惑して、キョロキョロとあたりを見回す。
しかし、何の変哲もないただの宿屋の一室である。
「なな、ななな……」
しかし、ララはぷるぷると震え、ゆっくりと指を指す。
その先に立っているのは、イール。
「なんで、全裸なのよ!?」
「……は?」
羞恥に顔を真っ赤に染めて、わなわなと震えながらララが糾弾する。
昨日、鎧の上からでも分かった肉体が、余すことなく見せつけられる。
輝く玉のような肌に、しっとりとした長い赤髪。
ほっそりとした腰の上には、圧倒的な存在感を放つ壮観な二つの丘。
イールは、一糸纏わぬ清らかな姿だった。
「なんでって言われてもな……」
彼女は困惑気味にララを見下ろし、頬を掻く。
「あたしは宿屋で寝るときはいつもこの姿だ」
「なんで!?」
「そっちの方が疲れないだろう? 服を着てると締め付けられるような気がしてな」
迷うこと無く言い放つイールに、ララは眉間を押さえた。
昨日寝入ったときは既に部屋が暗く、彼女の姿もあまり見えなかった。
まあ見ようと思えばナノマシンを起動することで見られるのだが、そこまでする必要性を感じなかったのだ。
「というか、ララだってほとんど同じじゃないか」
不服そうにイールが指摘するのは、ララの服装である。
彼女の着る水色のスーツはぴっちりと全身に密着し、わずかな曲線を描く身体を覆っている。
一切の装飾が排除されたそれは、全裸とは言わないものの、ほぼ全裸と同等だろう。
その上、彼女はその姿にイールが渡した外套だけを纏って外を歩いていたのだ。
「これは普通の服じゃない」
「あたしはそんな普通見たことないよ」
そんなにおかしいのかな? とララは腕を持ち上げてまじまじと見つめる。
身体をくねらせて、ぐぬぬと唸る彼女は、本気で自覚がないようだった。
「……とりあえず、今日はララの服を買おうか」
「うーん、別に私はこの服でも……」
「買おうか」
「……はい」
妙に圧のある笑顔に圧倒されて、ララは渋々頷いた。
そうと決まれば、早速朝の身支度である。
イールは慣れた手つきで服を纏い、その上から革の鎧を装着する。
外套を纏うだけで準備の終わるララは、手持ち無沙汰になってベッドの縁に座っていた。
「ほら、髪も梳かしておけ」
ぼーっと視線を送るララに、イールは手荷物の中から櫛を出して手渡した。
何かの花の模様が刻まれた、綺麗な櫛だ。
「あ、ありがとう……」
男勝りな性格な彼女が櫛を持っているとは思わなかったララは、戸惑いつつもそれを受け取る。
彼女が白い髪に櫛を通すと、一梳きするごとに艶が増すように感じた。
熟練の職人によって、丁寧に作られた一品なのだろう。
まるで長い間使ってきたかのように自然に手に馴染み、滑らかに髪の間を通る。
元々の髪色も相まって、ララの短い髪は透明感と艶を増していた。
「髪くらいはちゃんと梳かしておかないと、みっともないぞ」
「はーい」
白い歯で笑うイールに、ララは素直に頷いた。
いつもの服装に戻ったイールも、髪を梳る。
彼女の赤髪は腰まで届く長いもので、束ねず流したそれは流れる川のように美しい。
生来は癖のある髪質らしく、起きたばかりでは荒々しい激流である。
それを彼女は、櫛の一刺しで静めていく。
さらりと黒い櫛が通る度に、激流は清流へと変わっていく。
「イールの髪って綺麗よね」
惚れ惚れと見ていたララが思わず呟くように言った。
イールは頭を上げると、恥ずかしそうにはにかんだ。
「本当は仕事柄、短い方が楽なんだろうけどね」
「私は長い方が好きよ」
みるみるうちに整えられた髪を黒い紐で一束に纏め、仕上げも終わる。
「よし、じゃあ出発しよう」
荷物を纏め、部屋を片付け、二人は宿屋を後にした。
*
人々は、太陽と共に生活する。
彼女たちが宿の外に出ると、薄暗い朝靄のなかで、既に出歩く村人たちの姿が見受けられた。
「もう服屋も開いてるの?」
「店主が起きてたら開いてるな」
なんとも頼りない答えに、ララは難しい表情になる。
一分一秒まできっちりと決まっていた彼女の星の文化とは、まるっきり違うようだ。
「とりあえず、行ってみよう」
イールの一声で、一行は村の中を歩く。
ララがきょろきょろとあたりを見渡してみれば、やはり既に営業を始めている店もいくつか散見された。
「あら、いらっしゃい」
村に建つ建物の一つに入ると、奥から声が届く。
どうやら、目的の服屋はすでに営業しているようだった。
ひとまずララはそっと胸をなで下ろす。
「この子に旅の服を見繕ってくれないか」
「はいはい。分かりましたよ」
イールの注文に、店主の女性は頷くと、紐を使って素早くララの身体を測り始めた。
「この水色の服、見たことない素材ねぇ」
手つきは素早いながら、のんびりとした口調で店主が言う。
それもそのはず、一見ただの破廉恥スーツに見えるララの服は、彼女の星の技術の粋を集めた一品である。
ナノマシンとの親和性を第一に、あらゆる環境に対応する耐久性を第二に考えられたそれは、この世界では絶対に手に入らないと断言できる。
「ちょっと特別な……えっと、魔法の服なんです」
「へぇ、そうなの。珍しいものもあるのねぇ」
口からでまかせを言って取り繕うララ。
店主はそれで納得したようだった。
「よし、大体分かったわ。既製品でもいいかしら?」
「ああ、頼む」
サイズを測り終え、店主が紐を巻いて仕舞う。
そうして店の奥から、ララの体型に合う服を見繕って持ってきた。
「できるだけシンプルで耐久性のあるものがほしい」
旅慣れているイールの言葉は、ララにとっても頼もしい。
ララはひとまず、イールの意見に従うことにした。
「そうねぇ。これとかどうかしら」
イールの意見を参考に、店主は数ある服の中から選りすぐっていく。
真っ先に排除されたのは、子供向けらしい装飾の付いた服たちである。
ララがぽけっと眺めている間にも、イールと店主は話しあい、どんどんと選択肢を絞っていく。
「よし、これでいいだろ」
「はいはい。ここで着るのかしら?」
「ああ、頼む」
最終的に残ったのは、三セットの服である。
どれも簡素ながら、強い繊維で織られた一品で、肌触りも少しゴワゴワしているとは言え問題ない。
「それじゃあ、銀貨六枚ね」
「えーっと、……はい、どうぞ」
提示された値段を聞いて、ララは手持ちの袋から金貨を一枚取り出した。
昨日獲得した、アームズベアの報酬である。
「ちょっと待っててね。おつり取ってくるわね」
店の奥に姿を消した店主を見送り、ララは手早く着替える。
と言ってもスーツの上に着るだけだが。
「うん、似合ってる似合ってる」
少し距離を離して全体像を眺め、イールが頷いた。
先ほどまでの奇異な姿から変わっただけでも大きな進歩だが、今ならどこにでもいるただの美少女である。
残りの服は綺麗に畳み、ひとまずイールに持って貰う。
「旅の道具も揃えないといけないな」
「この村で揃うの?」
「うーん、揃うことは揃うんだが……」
ララの質問に、イールは眉間にしわを寄せた。
「大きい町の専門店で揃えた方が、質もいいし結果的に安い」
「そっか。まあ私はあんまり道具も必要ないと思うけど……」
イールの言葉に、ララはひとまず頷く。
とはいえ万能のナノマシンを備えた彼女なら、単身でもある程度生活できる。
とりあえず、村から大きな町まで行く道程で必要なものを考えることになった。
「はい、おまたせ」
話が一段落したところで、店主が銀貨を持って戻ってきた。
大振りな銀貨九枚と、それより一回り小さな銀貨四枚が、ララの手に落とされた。
「それじゃ、ありがとう」
「お世話になりました」
「いえいえ。旅には気をつけてね」
親身に接してくれた店主に礼を言って、二人は店を出る。
太陽は既に顔を半分ほど現し、人影も増えていた。
「この後は?」
ララが一歩先を歩くイールに尋ねる。
彼女は立ち止まり、髪を揺らして振り向いた。
「ひとまず、ギルドに行こう」
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