0064 対【樹木使い】戦~坑道の戦い(1)
俺の
≪完全に封鎖されたな、俺達をここから一歩も出すつもりは無いようだ≫
≪きゅぴぃ! 根っこさんから次々に『
≪赤……
最高標高地点の出入り口である『帰らずの丘』の大裂け目にはまだ【樹木使い】の軍勢は達していなかったが、それは『樹冠回廊』での制空権の争奪戦に
押さえた出入り口を根の構造物で完全に覆ってしまってどうするのだ、と思うかもしれないが――リッケルはようやく主力決戦を仕掛ける気になってくれたようである。
≪油断するなよ? 『樹人』どもの気配が無くなっている。少なくともその
≪変化さんしたってことだね!≫
壮絶に
おそらくは生物としての個別の個体意識は、ある意味では
そして、そのような肢体であり生態であるが故に、彼らにとって「身体」とは交換可能な道具という側面がある。『
生物よりは無機物への変化が得意な『
そこが己の【領域】でさえあれば、此方と彼方が"樹木の構成要素"によって連なっていれば、【根枝一体】の力によって彼方で生み出された根や枝を構成要素として身体を再構築し、擬似的な"転移"を可能とする。
アンとアインスが気付いたところでは、敵側は
≪御方様の叡智により、あのクズ木偶の奸計を見破られたからこそ、森を全て奪われずに済んだのが我らの僥倖でしたな≫
≪その通りだ。あのタイミングだったから、森を全て取られずに済んだ。地上部の森林が全部、奴の影響下に入っていたら――対策も立てられないうちに地下に封じ込められていただろうな≫
そして、リッケルの戦術の根幹を成す【根枝一体】を全面的に採用し、その特性を活かす上で『偽獣』の系統はまさにハマった存在であると言えた。
――現にこうして、入り口を囲い覆って塞いだ"根"の構築物の壁から、急速な新芽が生え、そこから新たな根や枝や葉や蔓といった植物の構成要素が雑に繁茂し、それを材料として次々に偽獣が"転移"して侵入してくるのである。
全てが「繋がっている」限りにおいて、【樹木使い】は
≪『擬人』が真に厄介なのはまさにそこだ。ソルファイドの知識にも無かったならあれがリッケル=ウィーズローパー殿の奥の手だったんだろうが、人間の精神で思考して
『環状迷路』の"隠し道"や"壁裏"に配置した
≪
ウーノの緊張感の無い、間延びしたきゅぴ声が『司令室』に響く。
余談であるが、語尾に明確に「きゅぴ」をつけているのはウーヌスだけであったが――他の
変わることのない、その謎発声器官への疑念を新たにしつつ、俺は鷹揚にうなずいてみせた。
≪最上の理想は、こっちだけ先に【樹木使い】の浸透に気付いて、気づいたことに気付かれずに準備することだったんだがな。
≪あはは、あははは! 任せて、
≪ル・ベリ、リッケルを見つけたら攻撃して構わない。だが、逃げるようなら追わなくていい。
≪御意にございます……それでは≫
≪さてソルファイド。正直に言って、ずっと裏方をさせてきたが――暴れ足りなかったか?≫
≪我が『
≪心が踊っているようで何よりだが、予定より敵の量が多いことの意味がわかっているな? 不眠不休のところ悪いが、まだまだ
了解の意が伝わってきて、ソルファイドが動き始めたのを感じて俺は【
そして、必要あらば
――相手を数百という、"数"や"量"で捉えることのできる存在と見てはならない。
単純な"数"だけで言うならば、それこそリッケル側はいくらでも『虚獣』や『偽蜘蛛』へと偽獣を行き来させ、水増すことも誤魔化すこともできるからだ。
そうではない。
だからこそ、その主力を坑道に引きずり込む必要があった。
いつでも海へ逃げ込むことのできる、海岸の拠点からその重い腰を上げさせる必要があった。
地上部の森林を明け渡すことにはなるが――
それでも予定外の事態がいくつかある。
【樹木使い】の【領域戦】の強力さを甘く見ており、地下迷宮の坑道で迎え撃つ彼我の戦力差が大きくなりすぎたこと。そして"海中"から直接、俺の地下迷宮への接続路を"根"で掘り進んで構築してきたことであった。
幸い、現れた"根の道"は『司令室』や『大産卵室』を直撃するようなルートではなく、『環状迷路』を中心に迎撃可能な範囲ではあったが――それでも、
そしてそのための"足止め"を行い、より深くへと引きずり込んでいかなければならない。
≪場合によっては俺も出る。ベータ、ガンマ、カッパーは備えておけ。アルファ、
***
木造船団が
しかし、その企みが看破され、余計な時間を与えては「海中拠点」を攻撃されかねないと判断したため、海中にプールしていた魔素と命素を――目標量には達していなかった予備分――を一気に『生まれ落ちる果樹園』の構築に使ったのである。
この時点で生み出した兵力は、オーマがリッケルの木造船団の到来を知ってからの数日間で迷宮経済を増強して揃えた、
しかし、乗員の健康を考慮しなくてよい、という意味での快足の"幽霊船"や"樹木型魔獣の船"で、2週間弱という距離を最果ての島まで何年もかけて「繋いで」きた"根の道"を考慮すれば、一時的に大陸側から大量の魔素と命素を送り込むことは可能であった。
【樹木使い】の軍量は【エイリアン使い】を瞬間的には超えており、
ただし【眷属戦】では副脳蟲達によって、その有利を生み出していた部分が後から解析され分析され対策され、翻弄されることとなるが。
他方、【領域戦】においては、アイシュヴァーク達3従徒は本格的な意味での「経済破壊」を防ぐことに成功していた。常時、送り出した偽獣の部隊が激しく破壊され激しく損耗させられ、しまいには
ただし、大陸側との迷宮経済としての一体性の寸断は逃げ道が無くなっただけでなく、本拠たる【疵に枝垂れる傷みの巣】への連絡手段が破壊されたことも意味していた。
極論を言えば、旗色が真に悪いのであれば、魔素と命素を吸い尽くすだけ吸い付くして"大陸"側へ当初の目的通り、テルミト伯を奇襲するために大返ししつつ「逃げる」という戦術もあり得たのである。
≪このまま"蓋"をしたら大人しくしていてくれたら良いんだけどね、「新人君」がさ≫
≪……それは無理でしょう、副伯様。
≪同時に相手をすることができないのが辛いところだね。だからこのまま、賭けるしか無い。"海中"側の方はどう? 作業は進んでいるかい?≫
≪つつがなく≫
≪それじゃあ、僕達はこのまま攻略を進めるとしよう。【樹木使い】に地下洞窟なんかで対抗することの愚を教えてあげようじゃないか≫
索敵と経路探索、威力偵察のために
この"迷路"は呆れ返るほど広大であり、また執念深さを感じられるほど細かく分岐し、隠し道が各所に配置されており、例えば
しかし、
【木の葉の騒めき】によって直接、互いの樹体を震わせて交信しつつ――リッケルはその
≪ほら、もっとちゃんと獣っぽく進みなよ君達。そんな不自然でぎこちない動き方じゃ、すぐにバレるか弱った個体だと思われてあっという間に狩られてしまうね、あっはっはっは――真面目な話、これこそが【根枝一体】の真髄だ。使いこなせなければ死ぬよ≫
そんな励ましでも叱責ですらもない煽るような発破に、3従徒は黙々と"体操"を繰り返しながら、偽獣達への指揮と情報の整理統合を進める。
時折、分かれ道の先などで敵の――例の強靭な後ろ脚とおぞましい足爪を備えた"基本種"たる異形の魔獣の姿がちらつくが、本格的な衝突にはまだ至っていない。こちらを奥深くまで引きずりこんで、迎撃をするつもりなのだろう。
だが、そう単純に行くかな? とリッケルはほくそ笑んでいた。
【樹木使い】の迷宮経済の本質は、複数の樹木が
偽獣達の進んだ道を後ろから、坑道に張り出した"根"からさらに【根枝一体】により、新芽が芽吹いて『魔素吸い花』や『命素汲み花』、その他の"支援型"の植物を生やしていく。いかな「迷路」であれ、その端から壁や床や天井ごと根と蔦と蔓で覆い尽くしてしまえば、彷徨うこととも堂々巡りに陥ることとも無縁であり、文字通り、吸い尽くしてしまうことができる。
"短期決戦"とは、何も【眷属戦】で犠牲を払いながら押し潰して完勝することではないのである。
相手の迷宮経済を、むしろこちら側から積極的に干上がらせるための積極的な
≪あぁ、思った通りだ。堪らず、こちらの手薄な箇所の突破を試みてきたね?≫
≪し、襲来してきたのは……2号、5号、12号から17号、20号ですね≫
≪この狭い坑道では、純粋な力押しになるね。適宜、振り分けながら対応することとしよう。膠着するようなら一度退いても構わないけれど、周囲に"根"は残していくようにね≫
また「泥沼の泥仕合か」とケッセレイが露骨に嫌そうな声で呟くが、それが樹海での攻防と駆け引きとは異なることを、彼もアイシュヴァークもリューミナスも理解していた。
地上の樹海部分とは異なり、この地下坑道はほぼ確実に「新人君」によって【領域】として設定されているものであるとわかっており――偽獣達が押し込んで【樹木使い】の迷宮経済を構築した分だけ、その魔素と命素を奪って相手の迷宮経済に直接の圧迫を与えることができる。
その悪影響は魔素不足、命素不足となって
根を浸透させ、侵食させた分だけ、相手は死にものぐるいで反撃してこなければならない。
――そうした
≪泰然と押し潰していこう。深く入り込み、全てを吸い尽くしていくだけで僕達は勝てる。激しく抵抗しても、どんなに地上でやったみたいに駆け引きを仕掛けてきても、攻めれば攻めるほど兵力を損耗するだけ――追い詰められた彼は"火"を使うだろう。使いたくなるだろう。ここまで
≪確かに、奥に進むほど
≪さすがに"上位種"どもの突破力が凄まじいか。副伯様、"欺竜"を使う許可を――坑道内で満足に身体を振るえませんが、威圧効果は大きいはず≫
≪構わないとも。追い払ったら、そのままバラしてなだれ込ませてしまえばいいね!≫
≪リッケル様。奥に進んだ複数の広間で待ち構えているようです!≫
≪り、リッケル様! 罠です、床が丸ごと陥没して……なんですかこれ、固まって……動けない!? いや、これは【酸】が……!≫
オーマが基本構想を示し、
その最大の特徴は、ただ単に複雑な立体迷路であるだけではなく――
偽獣による"索敵"によって、確かに【樹木使い】側は多少の
それは、軽いジャブと誘いとしてオーマが仕掛けさせた、地上部での
いくつかの"出入り口"を覆う【根ノ城】から
同時に環状迷路の複数の箇所で天井が崩落し、凝固液と強酸が入り混じった液体が侵入してきた偽獣の一団にぶち撒けられる。
そして広間に到達した部隊の前にル・ベリと"名付き"達が率いる『襲撃班』が展開し、時同じくして『環状迷路』の"溶ける壁"もまた溶融してその箇所に詰めていた
ある襲撃が、他所の別部隊の動きに連鎖的に影響を与えることで、バタフライ効果による複雑な"追い込み"合戦となっていた地上部での
それは、迷路とその中の大小広間を舞台にした、全戦域での
【エイリアン使い】オーマと【樹木使い】リッケルの戦いは、ここにその最終幕が開かれることとなった。
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