【くしゃく様】 下

『…………逃げられちゃったか。』


砂埃が消えた先には、紙の焦げた物だけがあり柏木の姿は無かった。

陰陽師だから、不思議な力で逃げたのだろうか?


『莉玖くん【くしゃく様】に御礼言っときなよ?君が吹っ飛ばされた時に骨一つ折れて無かったのは、彼が手加減してくれてたからなんだから。』



「そうだったんだ……怖がってごめんなさい。手加減してくれて有難う!お陰で助かったよ!!」


俺が【くしゃく様】にお礼を言うと、大きな手で頭を撫でられた。

見た目は厳ついが、本当に子供好きらしい。案外やさしいのか。


「ねぇ、柏木はどうするの?

アイツ、きっと俺達を逆恨みして何か仕掛けてくると思う。」


『まぁ、心配せずとも放置する気は無いよ。僕や莉玖くんを騙そうとした報いはキッチリと受けて貰わなければね。』


 そう言って、新谷先輩がスマホから流したのは柏木の声。



{実は、コイツは怪異でね。

君と同じく呪いを半分回避されて、弱体化していた所をスカウトしたんだ。}



{有栖川くんの手にある巻貝……いや、彼女は君と同じ【半憑】だよ。

この怪異……【くしゃく様】のね。}



{生命を維持できるギリギリまで身体を削ってね、生命力の強いバリョウヤドカリの内臓に寄生させて生かしてみたんだ!!するとどうだ?人間側が死にさえしなければ怪異側は無事に動かす事が出来る。それどころか、ほぼ本来の力を引き出せるんだよ!!!}


 などなど。


 柏木と話している時に、やけに色々と聞いていたが、まさか録音をしていたとは……!!


『音声データと巻貝を陰陽師達の所に送ろう。真っ当な機関なら彼に何かしらの制裁はあるだろうし、もしかしたら【くしゃく様】を解放する方法も知ってる可能性があるからね。』


「確かに一般人を巻き込むのは御法度とかなんとか言っていたけどさ、それも本当の事か分かんないじゃん。」


『それでも……。少なくとも、今の僕達よりかは出来る事は多いと思うよ。』


 確かに、彼の言う通りだ。

 いつもの事ながら、彼の抜け目無さは感心通り越して腹黒い。


「でも、どうやって届けるの?

陰陽師組織の場所なんて、俺知らないよ?」


『莉玖くん、忘れたの?』


 ニヤリ、と新谷先輩は口元を歪める。


『僕は手紙の怪異なんだよ。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺たちは各教室から文房具などを拝借すると、パソコン室に向かい作業を始めた。

 作業をすること数十分後、出来上がった【呪念の手記】の印付きの事情を綴った手紙と巻貝、音声データ(俺の名前や所々を編集済み)を入れたメッセージボトルを新谷先輩に手渡す。

 すると、瞬きしないうちに其れは消え跡形も無くなった。


 全て手紙判定になるのは、新谷先輩が強くなったからか?


『これで届いた。

【くしゃく様】は害が少ない怪異だと認識されているみたいだし、きっと良い処置をしてくれるさ。』


 そうだと良いな。

 今回【くしゃく様】が味方してくれなければ柏木に負けてたかもしれないし、陰陽師の人達が彼を助けてくれる事を願う。

……あの、巻貝に寄生させられた女の子も。


 何はともあれ、俺たちに出来る事はここまでだろう。


いやぁ、本当に良かった。

……良かったのだが。


「……で、これどうするの?」


 俺の振り向いた先には【くしゃく様】が暴れてボロボロになった廊下と、崩れかけの視聴覚室が広がっているのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ち、違う!!!これは何者かの陰謀だっ!!!」


 引き攣った柏木の声が、部屋に反響し木霊する。

 一族総出で縛られ、目隠しをされ、それでも死にものぐるいでみっともなく弁解の言葉を並べる姿は、情けなく憐れではある。

 だが、柏木が赦される事は万が一にも無いだろう。一般人に手を出した証拠はあまりにも多過ぎたし、その罪は重過ぎた。


 発覚の発端である何者かによって送られてきた音声データに、最初は我々も半信半疑だったが、念のためと陰陽師一同で調査をしたところ、ゴロゴロと違法の研究データが出てきたと言うわけだ。


「赦すことは相成らん。我々の顔に泥を塗り、怪異討伐を任せて下さっている御国の信頼を裏切った罪は重い。

よって、柏木一族を【人柱】の刑に処す。」


 あぁ、死んでた方がマシだっただろうに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る