【くしゃく様】 中の三

 事態についていけない。

 何で、こんな事になった?


『なに?莉玖くんに断れたからって、今度は僕に媚を売るつもり?』


「本当は有栖川くんを騙して穏便に済ませるつもりだったんだけどね。

本命と直接交渉しようと思っただけだよ。」


 本命?騙して?

 柏木さんの目的は新谷先輩……【呪念の手記】を祓って手柄を立てる事だったんじゃ……??


『……力を戻すとか言ってるけど、僕を殺そうとした奴の言葉を素直に信じると思う?』


「だろうね。

けど、実際に目にしたらどうかな?」


 柏木さんの背後で佇む化け物を一瞥する。

 そういえば、先ほどからヤケに大人しい。


「実は、コイツは怪異でね。

君と同じく呪いを半分回避されて、弱体化していた所をスカウトしたんだ。」


 柏木さんの言う事が本当だとして。

 この化け物が怪異で、呪いを半分こした俺の様な【半憑】の人間が居たのだとしたら。

……まさか、この巻貝は!!


「有栖川くんの手にある巻貝……いや、彼女は君と同じ【半憑】だよ。

この怪異……【くしゃく様】のね。」


ピシリ、と空気が凍った。


「柏木家は元々霊力的にも弱くてね、何とか戦力になりそうな物を探していたんだ。……そして、彼女を見つけた。」


 【くしゃく様】の呪いのせいで視聴覚室から出られなくなった依頼人の【半憑】の少女は、ネットで見つけた陰陽師の存在に希望を見出し、懇願したそうだ。

 自由になりたい。

 なんでもするから、助けて下さい……と。

 そして、この男に身を預けてしまった。


「生命を維持できるギリギリまで身体を削ってね、生命力の強いバリョウヤドカリの内臓に寄生させて生かしてみたんだ!!するとどうだ?人間側が死にさえしなければ怪異側は無事に動かす事が出来る。

それどころか、ほぼ本来の力を引き出せるんだよ!!!」


 【半憑】が死ぬと怪異も消滅する。


 つまり【半憑】の人間を改造・人質にして、怪異を好き勝手使役していたのか。


 酷い。

 藁にも縋ろうとした彼女の願いも命も踏み躙って、人の命を何だと思っているんだ。


「……陰陽師の一族は、みんなお前みたいな事をしているのか?」


「まさか。一般人に手を出すのは御法度さ。だからこそ、ボク以外の奴等は永遠にこの領域まで辿り着けない!!

柏木家はボクの代で成り上がる!!!」


 ピリピリと空気が凍てつく。


『それで、莉玖くんを騙して同じ事をしようとした訳だね。……僕を支配下に置くために。』


「その通り。だが、状況が変わったからね。莉玖くんを巻貝にしたら君にあげよう。どうだ?悪い話じゃないだろう?」


 手のひらに収まる巻貝を見た。


 肉を削ぎ、記憶を削ぎ、感情を削ぎ、意思を削いだ其れは、ただ「生きたい」という本能のみでヤドカリから養分を吸い取って生き続けている。


 一歩間違えて甘言に乗っていたら自分もこうなっていたのだと思うと、全身の血の気が引いていった。

 新谷先輩は、どうするのだろう?

 こんな奴、信じないでくれ……!!と必死に念じながら強ばる俺には目もくれず、新谷先輩は飄々と返した。


『なるほどね。でも、どうやらそのやり方には重大な欠陥があるみたいだ。』


「……欠陥?なんのことだ?」


『気づいて無かったの?

君が右ポケットに貝を隠していた事も、全て切り落とされる筈だった【十六時の信号機】の腕が一本見逃されたのも、僕たちに協力者が居たからなんだよ。』





『ねぇ【くしゃく様】?』

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