第2話「ロリを魂して、何が悪い!?」

 ギャァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアア……!!!!!







 築35年のボロアパートに、管理人の絶叫がこだましている。


 約30名の住人は、またか…という程度の認識だ。それぞれの部屋で顔を顰(しか)めるはするも、もはや注意する気にもなれない。

 この安いアパートならではだ。

 一々気にしていたらやっていられない。


 少々、お頭(つむ)の緩(ゆる)い管理人がいるくらい我慢しろ、というもの。

 そのうちに、黄色い救急車か保健所を呼ばれるまで我慢我慢…


 唯一、守屋さんだけが、「うっせぇぇぇぞ! ボケェ!!」と皆の気持ちを代弁してくれている。

 とは言え、あと数か月もすればそれが無駄だと悟るだろう。

 自衛官に在りがちな転勤族ゆえ、守屋さんはまだこのボロアパートに越してきて日が浅い。怒るのも無理はないが、そのうちにあきらめる。


 諦めなかったものはここを去るのが通例だ。


 家賃の安さに釣られてきたが運の尽き…といったところか。

 まぁそれでも、気にせず暮らしている者もいるのだからお互い様といったところだ。


 こんないわくつきの物件に長く住むのは、少々の変わり者か、行く場所のない人間くらいなものだ。

 あるいは、こんな環境も悪くはないと、と聖人君子の生まれ変わりのような人間だけ。


 と、ここにも一人、いわくつきの物件に長期で住むものがいる。

 クサレニートこと、渡辺良夫わたなべよしお



 管理人の目から言えば、うすらデブ。

 大家からすれば、クサレニート。

 某軍曹なら、微笑みデブ───というだろう。



 30絡みのその男は、5年ほど前からここに住んでいる。

 噂では、親から捨てられたとか…まぁ、仕送りはもらっているようだが、働いてはいない。


 彼の両親がここに、このクサレニート連れて来た時のこと、大家たる光司の姉貴に言った言葉は「30過ぎて、実家ですねかじるリアルファンタジーな息子は、ちょっと…」とのことらしい。


 管理人の光司からすれば、少々胸に響く言葉だ。


 ともあれ、以来、このクサレニートは、親の脛を齧(かじ)りつつ、ファンタジーの世界を生きている。

 家賃も含めた仕送りは、時折パチンコ代やネットゲームの代金に消え、頻繁(ひんぱん)に未払いを引き起こしていた。


 大家たる姉貴は、こんな時に容赦はしない。


 まずは、クサレニートの家をバンバンとノック? して、出てこなければピンポン連射を電池が尽きるまで続ける。

 それでも出てこなければ、合い鍵で押し入るという寸法だ。


 一応、管理人として、光司も大家サイドの人間として立ち会う。


 凶暴な姉貴は、大家としての矜持きょうじか、ムワっと臭う部屋の匂いを物ともせず、部屋の隅でガクガクと震えるクサレニートを───ガックンガックンと揺さぶり、家賃を要求する。


 一歩間違えば不法侵入だろう…かなりグレーゾーンだ。…いや、真っ黒か?


 とはいえ、警察の武藤さんがそれを指摘することは無い。

 家賃未払いのクサレニートが悪いのだ。

 しかしながら、家賃未払いの理由は単純にお金がないからである。


 いくら揺すって、叩いて、蹴飛ばしたところで出ないものは出ない。せいぜい、汚い悲鳴とよだれと涙くらいなもの…あぁ本当に汚い男だ。


 クサレニートの涙ほど見苦しいものはないだろう。


 とりあえず、務めを果たした大家たる姉貴は、即クサレニートの両親に電話。

 家賃を要求…

 そして、クサレニートの親が平謝りに謝り、家賃が振り込まれるという寸法だ。


 少額の未払いとはいえ、取りっぱぐれたことは無いというのだから、大家たる姉貴の容赦のなさに涙が出る。


 と、長々と説明していたが、クサレニートこと、渡辺良夫は今日も下種な欲望をしたためていた。


 窓から見えるのは、眩しくも瑞々みずみずしい健康的な肌。

 ぱっちりとした黒い目。

 ユラユラと可愛らしく揺れるツインポニテ。

 年の割に膨らんだ、ささやかなるも主張激しいオパイ

 全てが愛らしいパーツで構成された、僕の天使…


「ハァハァ…ユズたん萌えぇぇぇ…」


 と、──どこにでもいるクソ野郎の思考に真っ黒に染まったクサレニート。


 いけ好かない管理人とたわむれている姿には嫉妬しっとを覚えるが、あの太陽のような笑顔がそれを吹き飛ばす。

「ち、ち、ちくしょ、め、め…管理人の、の、奴。ニートのくせに…」

 ぼ、僕のユズたんと~!! と、あり得ない所有欲をみなぎらせてうなっている。


 というか、お前にだけはニートと言われたくないだろう。

 まぁダメ人間コンテストではどちらも上位入賞間違いなしだが…


 クソクソクソ…!!


 行き場のない憤りを、股間にブツケテ、しばらくの後に訪れる賢者タイムまで彼はうなり続けていた。


 対して歳も変わらない、

 仕事だって、そう違うとも思えない、

 自分と何が違うのか! と自問自答しつつ、

 クサレニートの渡辺は、管理人の光司に対し、勘違かんちがいもはなはだだしい感情を抱いていた。


 な、なんで、なんであいつだけ、あんなに恵まれてるんだよ!!

 と……


 実際に光司が恵まれているのか…は、主観的にはわからないが、第3者から見れば、う~ん…と悩みどころだ。

 ただ、光司の周りには女性が多いのは事実。

 モテるモテないは別にしても…だ。

 

 そして、クサレニートがのぞく視線の先。

 巨大蜘蛛にビビッてぶっ倒れている光司を見て、ざまぁ見ろと言う気持ちが湧く。



 こ、今度、あ、あ、あ、あいつの家に、も、もっとデカい奴を入れてやると、人によっては殺人クラスの悪戯いたずらをしようとしてた。







 あぁ…

 このアパートには真面まともな奴はいないのだろうか?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る