1-4 イレギュラーな採集作業
ミミリは、川の麓の砂利や小石に足をとられながらも、腰を落として、しずく草が生えていないか目を凝らして探す。
しずく草は、草と名はつくが草ではない。
透き通った水分が草をかたどって地に根付いているだけだ。地に根付いているとなると、地面の乾きに吸収されてしまいそうだが不思議と吸収されることはない。
夜間に冷えたた水蒸気が、明け方にしずくとなって地に降りる際、空気中の魔力を吸って草をかたどり地に根付くと言われている。しずくの表面を魔力が覆っているため、地面に吸収されずに形を保って生えているとかいうことだ。
外気温が上がると、しずく草がはじけて再び空気中に霧散してしまうので、気温が上がる前の午前中の早い時間でないと採集することができない。
しずく草の採集についても注意が必要で、乱暴に根本を掴むと水風船に穴を開けたようにしずくが飛び散るため、繊細な扱いが求められる。
また、錬成作業をする部屋の温度管理も重要で、ちょっと目を離すと、気がつけば蒸発して跡形もない、なんてこともある。
そのため、しずく草を用いる錬金術は、温度を下げた部屋か、午前中に屋外で行わなければならない。
透き通っているため目を凝らさないと発見できないということや、デリケートな扱いを要求される特徴があることから、うさみはしずく草のことを「拗らせ草」と呼んだりもする。
そして、採集に失敗して身体が濡れて自分の身体、つまり中身の綿が重たくなることを嫌い、うさみは発見専門で採集はミミリに任せることにしている。
ミミリもまた、しずく草採集の練習中であり、採集に失敗してはじけたしずくを幾度となく浴びてきた。そのたびにうさみから「今日も拗らせたわね〜」とからかわれてきた。
「あった…!」
小石の隙間から生えるしずく草をミミリは漸く発見した。草の根元を掴むように手をやると、透き通った草越しに、ミミリの手が歪んで見える。
「ミミリ、しずく草の採集は繊細な魔力コントロールが必要です。手のひらに、魔力を集中させてください。薄い魔力の膜を張って、しずく草の表面を覆う魔力と反発しないよう、融和させるのです。」
「はい。やってみます。」
ミミリは手のひらに魔力を集中させた。
ミミリの瞳の色のような、晴れた空色が薄くミミリの手のひらを覆う。しっとりとしたハンドクリームを手のひらに塗ったような感覚。
優しく草の根元を掴み、魔力集中を意識しながら垂直に草を引き抜く。
すると、草の葉から根まで水々しいしずく草が姿を現した。質も良いこのしずく草なら、良い回復薬が作れるだろう。
「とれた!やったよ!」
「気を抜かず【マジックバッグ】へ」
「はい!」
ミミリはそのまま、【マジックバッグ】へ収納した。
【しずく草 良質 新鮮】
収納まで終えて、ミミリはほうっと一息ついた。【マジックバッグ】の鑑定結果も上々とのお墨付き。
「やった!やったよアルヒ〜!!」
ミミリはぎゅうっとアルヒに抱きつき、アルヒの柔らかい胸元に顔を埋めた。
「ミミリ、今は採集作業中ですから警戒してください、…と言いたいところですが、よく、諦めずに頑張りましたね。魔力操作、魔力コントロールの上達は錬金術師として成長した証拠。私は今、喜びの感情が溢れています。」
アルヒはそっと、ミミリの頭をなでた。
…この感情はなんだろう。
一言で言い表すことができないこの感情は。
喜び、そう、喜びの数値は非常に高い。
でも、喜びだけではない。
ミミリが今まで努力を重ねてきたこと、しずく草の採集に挑戦しては失敗したこと、項垂れ落ち込む姿、立ち直り再び挑戦する姿勢。
アルヒの記憶が走馬灯のように駆け巡り、暖かい感情がほっこりと芽生える。
「これは、そう、愛おしさ。満たされるようなこの感情。あなたはまた、味わわせてくれましたね。」
アルヒもキュッとミミリを抱きしめた。
そんな二人の姿をうさみは、たまらない様子でふるふるとしっぽを震わせながら見つめている。
「嬉しいけど、ちょっと嫉妬しちゃう〜!私も入れて♡」
ピョンピョンと小さく跳ねて、うさみは2人のもとへやって…
ビシャッ!!
来ようとした瞬間、足元に生えていたしずく草に気がつかずに踏んだようだ。
装備を纏わず剥き出しの顔にしっかりとしずく草を浴びて、水も滴るいい濡れうさぎになった。
「うわーん!顔が重ーい!!」
「ぷっ!あははは」
「しぼりましょうか。」
「あっちょっと待ってほんとに!?いひゃい、いひゃいアルフィ」
両手で顔をこしこし擦るうさみを、アルヒに抱きつきながら笑うミミリに、うさみの顔をむぎゅっと挟んで真剣にしぼろうとするアルヒ。
…採集作業の穏やかなひとときも束の間。
張り詰めた空気を、気配を、うさみの探索魔法は逃さなかった。
そして類稀なる戦闘能力を備えたアルヒも同じく。
「うさみ。ミミリを。」
「えぇ、わかってるわ。
…イレギュラー中のイレギュラー。顔は濡れたままだし、これは笑えないわ、ほんと。」
アルヒはミミリをうさみに預け、鞘から白刃の長剣を引き抜いた。うさみは更にミミリを後方にやり、パーティーの中心にポジションを取った。
遅れてミミリも、事態に気付く。
「私にはまだ見えないし、何も感じないけど、まさか。」
「そう、そのまさかよ。しかもなんだか、普通じゃなさそう。」
ミミリは震える両手で、ギュッと【マジックバッグ】の紐を掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます